魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『私も、行っていいですか?』

 

 何かが足りない、と。

 なのはは腕を組んだ。

 

「う~ん……」

 

 机の上に広げたノート。計算式のように規則正しく書き連ねた文章を広く見渡してみて、何かが足りないと思った。想いが形になるために、言葉に想いを込めるために。欠けてはならない何かが足りない……。

 

「なにが、違うんだろう」

 

 思い描いた形にならなかった文字列。

 頭の中で何度もシミュレートした言葉をそのままに書き綴ったはずなのに。欠けのない真ん丸な球体をイメージしたのに、出来上がったのは紙面に垂らした絵具の滲みのような無残なありさまで。

 

「なんなんだろう……」

 

 なぜ、そうなってしまったのか。

 一つひとつの言葉は本心に浮かんだもの、真っ直ぐな言葉を選んだつもりだった。だけど出来上がったのは愛想笑いのような真っ直ぐでないモノで、なにがどう間違ってそうなってしまったのかわからなかった。間違いの原因が、考えても考えても出てこない。そもそも考えようと頭が動いてくれないようだった。

 

 

「なーにやってんのよ、なのは」

 

 

 ちょうど漏れたため息に覆いかぶさるように。つい気持ちが上向いてしまうような声が教室に入ってきた。 

 

「アリサちゃん、おはよう。すずかちゃんも」

「おはよう、なのはちゃん。今日は早いんだね、バスに乗り遅れちゃったのかと思ったよ」

「国語辞典なんて開いてどうしたのよ、宿題?」

「ううん。歌をつくってるの。伝えたい気持ちがあるんだけどうまく言葉にできないから」

「へぇ、粋なことを考えるのね」

 

 アリサがノートを覗き込んできて。

 なのはは恥ずかしいと押し退けてしまいたかったけれど感想が欲しかったから。他人の目にはどう映るのか、モヤモヤを解消するヒントになるんじゃないかと思えたからこらえる。こらえた後で、恐る恐るアリサの表情を仰ぎ見て、なのはは後悔した。

 

 狛犬。

 

 神社を守る石彫りのアレのようにおどろおどろしく。アリサの面持ちが愕然としたものに変わっていたのだから。

 

「これ誰かに贈る歌なの!? 正気っ!?」

「ア、アリサちゃん。そこまでいうことないんじゃないの……?」

「だって、すずか! ここ読んでみなさいよ! 『あなたの痛みを覚えている』の続き!」

「えっ」

 

 その詩の続き。

 覚えている。なんたって本心を形にしたところだから。実感を伴った言葉をそのまま形にできたところなのだから……。

 

「『ちくちくジクジク、離れていても あなたの心は熟れ落ちた(かき)のよう』。――――……えぇ」

 

 だから、すずかの声が震えている理由。どこか青ざめた表情の意味がよくわからなかった。

 

「そこから先も! 『遥か時を巡っても 私のHeartはオーブンにHeat!』……なんで急にラッパーかぶれてんのよ! 落ち着いた雰囲気がグチャグチャじゃない、急にExciteしないでよ!」

「……そう、見える?」

 

 ところどころに散りばめた慣れない英単語がそう見せるのかもしれない、と。アリサの指摘はなんとなくわかるような気がするけど、そんなはずがないと思いたかった。

 

「あとショージに言うけどね! 」

 

  だけど、ガツンと。

 

「詩的表現のセンスが絶望的にないのよ、これにメロディーつけるのはやっちゃだめ! 贈られた相手が腹抱えて転げまわって頭ぶつけて死んじゃうわよ、ゼッタイ!」

 

 装いもしないアリサの言葉に、後ろから頭を殴られたように納得がいった。やっぱりとさえ口走りそうになったけど。

 

「そ、そんなにダメ?」

 

 すずかの感想をまだ訊いていなかったから我慢した。

 すずかは困った顔をしていた。

 

「ヒトに贈るのならよくない、かも。……なんとなく理解できるけど、やっぱり混乱しちゃうと思う」

「そっか……」

 

 すずかがそこまで言うというのなら間違いはないのだろう、と。なのは納得するしかなかった。

 

「やり直しかぁ」

 

 もう一度最初から……。

 現実の魔法とは違うのだから、最初から上手にできるとは思っていなかった。すごく難しいことだとわかっていたけど、肩の力がしぼむように抜けていくのがわかった。

 

「あっ、でも、ここはすごく好き。『言葉だけじゃ――』ってとこ。力強くて優くて、なのはちゃんらしいもん」

「ホントっ!?」

 

 一転して、そこはいわばテーマの部分。

 歌の芯にあたる部分、読み返しても唯一気持ちよく感じられるところだったから、すずかの微笑みが自信に変わるようだった。

 

「他のトコはてんでダメだけどね。言葉が意味を伝えることを放棄しているとしか思えないわ」

「にゃ、にゃはは……」

 

 ただ、アリサの言葉もまた本当の事だろうから。

 やっぱりやり直さなきゃ、と。なのははマーカーペンで指摘された違和感に線を引いていみたのだけれど。

 

「ねぇ。これいつまでに完成させなきゃいけないの?」

 

 ざわざわと胸の奥がうずくような錯覚が頭に蘇った。

 

「……できるだけ早く。もう、そんなに時間がないの」

 

 昨日。野放しになっていたジュエルシードの反応が、感じられたと思ったらすぐに消えた。早朝の事だった。同時に感じられた小さな波動からフェイトが封印したことはわかりきったことだった。

 

――――残りは、3つ。

 

 海鳴市近辺に散らばったジュエルシードは残り僅か。時空管理局がジュエルシードと共にフェイトの追跡を行っていることもそうだけれど、過激な色を含んだ女のヒト――フェイトに似通った大人の女性の存在が強く胸に残っていて。形のない想像、想像にもならない錯覚が、胸を急き立てるから。

 

「ふーん」

 

 察したように、アリサは窓の外に目を逃がした。

 

 結局、魔法の事は話していない。どれほどアリサに心配されようとも、なのはは話す気はないから。話してはいけない、巻き込んではいけないという決心に変わりはないから。

だけれど、一度ぶつかったから。お互いに本音を吐き出し合って、お互いに気持ちの整理がついたようで。アリサは一線を保ってくれていた。

 

「……でも、これはちょっと」

 

 すずかもまた普段通りを保ってくれていた。

 

「昔本で読んだことがあるんだけどね、詩を書くにはいろんな言葉を知って、いろんな経験をして、いろんな詩を読む必要があるんだって。学力だけじゃなくて、センスだって磨いていかなきゃいけないって」

「うん、よくわかるよ。……すごく難しいことだって」

 

 気持ちを言葉にして、言葉を繋いでひとつの形としてまとめ上げて、メロディーに乗せて歌いあげる。一朝一夕でできるものじゃない。とても難しいことで、どうしたらいいかわからなかった――――けれど。

 

「……これは、手伝ってもいいことなのよね」

 

 アリサは伏し目がちに。

 いつになく小さい声で呟いた。

 

 でも、とても心強く感じたから。

 

「うん、お願い!」

 

 なのはが思わずとってしまった手を見下ろしながら、アリサは照れくさそうに笑った。鼻を掻いて、所在なく視線をうろつかせて。教室にクラスメイトが満ちてきたことを気にしてだろう、アリサはいつものように強気な笑顔に変わっていた。

 

「とはいったものの。私は詩集とか読まないし、私の感性でしか力になれない。だから、こういう時こそ読書家のすずかの出番ね! 軽くお手本のひとつでも――――」

「王子様、だよ」

 

 ピタリ、と。アリサの勢いに水を差した一言がすずかから聞こえて。

 

「――……は?」

 

 あまりにも唐突で。どんな想像の候補にさえ上がらなかった単語に、なのはもアリサに声を重ねてしまった。

 

「お姫様が望むのは王子様。ガラスの靴は、王子様の手で履かされてこそ価値があるの……。アリサちゃん、私たちはお姫様でも王子様でもない。私たちは魔法使いになるべきなんだよ」

「あぁ……すずか、よくわからないわ。お願いしたのは詩のお手本なんだけど。……どういうこと?」

「私たちの役目じゃないの。こういうことは、その道のヒトに助けてもらうのが一番だよ」

「その道の?」

「……いやーな予感がするんだけど」

 

 すずかは、こんなものは必要ないとでもいうように国語辞典を取り上げて。まるで遠足前の園児のように浮足立ちながら、大好きなアーティストの生ライブを思い浮かべるように顔を赤らめた。

 

【挿絵表示】

 

 

「放課後、バサラさんのところに行こ!」

 

 

 反して、アリサはものすごく嫌そうな顔をした。

 

 

 

 

 

 

「なんだ、俺の歌を聴きに来たのか」

 

 BAR≪シティ・セブン≫の扉からバサラが顔を出すなり口にした一言に、アリサは学校での表情を繰り返した。

 

「こんにちはの前に出てきた言葉がこれよ。やっぱコイツおかしいって、頭蓋骨にオタマジャクシ詰まってんじゃないの。、帰りましょ」

「相変わらず(とんが)ってんな。カケッコはわからねぇが、悪口競争なら一等賞獲れるぜ」

 

 大人の余裕というのだろうか。バサラは気の抜けた微笑みでそう返すと、アリサはらしくもなく顔を真っ赤にした。

 

「結構じゃないの! 変人オリンピック金メダル級のアンタよりはよっぽどマシ!」

「アリサちゃん。抑えて抑えて、なのはちゃんのためだよ」

「アタシ! コイツ嫌い!」

「今のはアリサちゃんが悪いと思うよ……」

 

 いきなり噛みつかれたら男の子はやり返す。クラスメイトの男子を思い浮かべれば当然の事だったから、なのははアリサに耳打ちするけど納得していないようだった。

 

 前に出たすずかはぺこりとお辞儀をした。

 

「お邪魔します、バサラさん」

「よう、忍の妹。すずかっつったか、姉ちゃんのお遣いか?」

「いいえ、今日はバサラさんの歌を訊きに」

 

 やっぱりか、と。そんな具合にバサラの表情が朗らかに変わったのだけれど。 

 

「私たち、バサラさんの歌のヒミツを知りたいんです。ぜひ、お話を訊かせていただけませんか?」

 

 まるで先ほどのアリサのように。

 バサラは嫌そうな顔をした。

 

 

 

 ジョボジョボとガラス製のコップに水が注がれきってから、バサラは蛇口を閉じた。

 

「ほらよ」

 

 カウンターに置かれたコップ。

 伝う水滴すら拭われずに差し出されたそれをなのはは手に取ってみた。ひんやりとするけど、無償の暖かさが感じられた。

 

「ありがとうございます、バサラさん」

「お礼なんて必要ないでしょ、なのは。……ねぇ、なんで水道水なのよ、バカにしてるの?」

 

 隣に腰かけたアリサがコップを押しのけると、バサラは冷蔵庫を開いた。

 

「ミルクの方がいいか?」

「い・ら・な・い!」

「なにイラだってんだよ」

「当たり前でッ――――」

「あっ、アリサちゃんの事は気にしないでください!」

 

 身を乗り出したアリサを締め上げるように、すずかが後ろから抱き着いていた。もがもがと足掻くアリサだったが抜け出すのは無理だろう。すずかは文学少女に見えて運動神経がいい、クラスの女子でなんとなしにやった腕相撲でも一番強かったのだから。

 

「よせよ。ケンカなんてくだらねぇぜ」

「わ、私もそう思います! ……ちょっとお話してきますね」

 

 すずかは力に任せてアリサを引っ張っていくけど、すれ違いざまに。

 

「がんばってね、なのはちゃん」

 

 耳元にそんな言葉を残して隅のテーブル席へと退いていった。

 なにを、と。そんな疑問が頭に浮かんだけれど、視線を前に戻すとバサラと目が合った。

 

「んで、俺はなにを話せばいいんだよ」

「その……――ヒントが、欲しいんです」

 

 鞄の中からノートを取り出す。黄色い彼女に向けての歌、その歌詞のとりあえずの完成系、ダメ出しをされたままの歌詞をカウンターに置く。

 

「歌をつくっているんですけどうまくいかなくて。何かが違っていて、でもどうしたらいいかわからなくて……。バサラさんなら、いい歌をつくるヒントをくれるんじゃないかって」

「おいおい、作文の添削でもしろってのか」

 

 バサラは酷く不機嫌だった。なんで俺が、というふうに悪態をつきたがっていた。なのはにはそう見えたから顔を伏せた。自分のせいで誰かが――特にバサラが――不機嫌になるのは嫌だったから。

 

「バサラさんの歌、すごいから……」

 

 腹の底に響くサウンド、胸の芯に響く歌詞。心の蓋を開けることのできる、バサラ脳ような歌が必要だったから、バサラにしか頼れないと感じたから、ここに来たのだと。なのはは顔を上げる。

 

 すると、バサラは頭を掻いた。

 頭を掻いたその手で、ノートを手に取っていた。

 

 時計の秒針が二週も回り切ってから、バサラが背もたれに寄りかかった。読み終えたのだと思えて「……どう、ですか?」と。なのはは自分の声の震えを自覚した。その理由が感想を恐れての事だったと気づいた頃になって、バサラは口を開いていた。

 

「いい(うた)じゃねぇか」

「えっ!? アンタ正気っ!?」

 

 角のテーブル席からそんな声が上がって、バサラは気が抜けたような表情でアリサを眺めた。

 

「感じたままが出てる、いいと思うぜ。メロディーはできてんのかよ」

「は、はい」

 

 鞄の中から無地のCDを取り出す。作曲家レイジングハートの渾身の一曲を抽出した一枚。バサラはそれをカウンターに置かれたCDラジカセにセットして、再生ボタンを押した。

 

 ギター。ベース。ドラム。キーボード。歌声が足りていないけれど、それぞれの音が折り重なった胸を熱くさせるメロディーが店内を満たす。何度聴いてもかっこいい曲だと思えた。レイジングハートの気持ちを感じる強いメロディーだと、なのはは誇らしくなって。

 

「――――やるじゃねぇか」

 

 バサラの表情が嬉々として緩んでいたのが、自分の事のように嬉しくなった。だからこそ、バサラも首をかしげたのだろう。

 

「なにが気に入らねぇんだよ」

 

 バサラにしてみては歌詞もメロディーも不満はないようだったから、毒気が抜けた顔つきで見つめられて、正直に答えるのが怖かったけれど、本当のことを言葉にしてほしかったから。

 

「歌詞がメロディーに負けちゃってる気がして。歌詞を読み返してみても“なんだかな-”って。何かが足りないって思っちゃって……。」

 

 自分の歌詞が、レイジングハートのメロディーに追いついていない、と。指摘は怖い、でも勇気を出して言い切ってみたけど、バサラは変わりなかった。もう一度再生ボタンを押して、もう一度ノートに目を落としていた。

 

「合わせてみてどうだった」

「合わせて……?」

「メロディーに合わせて歌ってみてどう感じた」

「……それは、まだ」

 

 しかし、途端。

 大きくため息を吐いてノートを閉じた。停止ボタンを押して立ち上がっていた。

 

「じゃあこいつは歌じゃねぇな」

 

 まるで、崖から突き落とされたような気分が襲った。

 

「えっ――――?」

「この歌詞もこのメロディーにもハートがある。けど、なにも始まっちゃいねぇ。頭で考えただけのモンは歌じゃねぇんだ」

「ねぇ!」

 

 そんな声と共に、木製の椅子がガタリと音を立てた。

 店内角でアリサが怒りを露わにしていた。

 

「ねぇ……。言い方ってもんがあるんじゃないの」

「本当のことを言っただけだぜ」

 

 バサラは立ち上がっていた。もう話すことはないというふうに壁掛けになっていたアコースティックギターを背負っていた。

 

「悪いがこれから用事がある、俺は行くぜ。暗くなる前に帰れよ」

 

 それが引き金になったように、アリサは怪獣のような足音を立ててバサラへと向かって行った。

 

「ちょっと、なのはが困ってるのよ! アンタ本物のミュージシャンならなんとかできるでしょ、結局どうすればいいものができるの? 歌って何なのよっ!」

 

 すると、バサラは立ち止まった。

 振り向いていた。

 

「熱いハートを叩きつける。それが歌だ」

 

 バサラは、真剣な目つきだった。

 本気のハートを、胸の奥に感じた。

 

 でもアリサは怒ってばかりで、受け入れていないようだった。

 

「だから意味わかんないっての!」

「言うべきことは言った、わからなくていいさ」

 

 お茶を濁すように。核心を包み隠すようにどこかはっきりしないバサラに、アリサがカッと顔を赤くしたけれど、バサラはその頭をグワンと撫でた。

 

「なっ―――!?」

「明日の夜、ここの地下でメンバーと()る。聴きに来いよ」

 

 ふらりと後退したアリサは、言い返そうと息を溜めたけど。

 

「ホンモノの歌を感じさせてやるぜ」

 

 じゃあな、と。バサラは古めかしい鐘をカランと鳴らして行ってしまった。

 

 なのはは、追う気にはならなかった。

 アリサもまた追うつもりはないのだろうけど、ぷるぷると震える手を握り締めて、振り上げて。でも自分の家じゃないとわかったらしく――激しく頭を掻いた。

 

「もー! 意味わかんない! なんであんなに言葉足らずなのよぉー!!」

「残念だったね、なのはちゃん」

 

 アリサとは真逆に。すずかは静かに元気づけるように言ったから、なのはは首を横に振った。

 

「ううん、来てよかった」

 

 熱いハートを叩きつける。頭で考えただけのモノは歌じゃない。――――やってみなくちゃ何も始まらない。

 ヒントは貰った。やるべきことは見えたから、視界が明るくなった。

 

「明日、また来ようね」

 

 ホンモノの歌を感じに来よう、と。

 最後のピースを感じるために、誰かに届かせるための答えを感じるためにライブに来よう、と。

 

「うん、そうだね」

 

 すずかは同意するように微笑んでくれた。

 けれど、その頬は赤らんでいてなにか違っていた。

 

「次は、さりげなく手を取ってみたらどうかな。ノートを手渡す時とか、CDを再生する時とか」

「……何の話をしてるの?」

 

 

 

 すずかは、どこかおかしくなっているようだった……。

 

 

 







作詞も作曲家も、あくまで『この物語の設定では』ということでよろしくお願いします。

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