魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~ 作:どめすと
「大丈夫かな、あのフェレット」
先ほど雑木林で拾ったフェレットを動物病院に預けた後。
塾に向かう道中、アリサの後ろ髪をひかれるようなつぶやきに、なのはは頷いた。
「ケガは大したことないって、院長さんも言ってたし大丈夫だよ」
「問題は飼い主ね。明日また来るって約束しちゃったけど」
「院長さんも、ほかの動物さんを診ないとだから、ずっと置いてはくれないだろうしね」
フェレットが胸に下げていた赤いビー玉から察するに、飼い主がいるはずというのが、なのはを含めた三人の共通見解だった。
「あの子。なのはちゃんのこと、すっごく見てたよね」
「気に入られちゃったのかもね」
すずかとアリサのやわらかい物言いが。その事実がなのはは嬉しかった。
でも、だけど。
「それは、すごく嬉しいんだけど……」
両親が営む喫茶店を思えば。動物を飼うのは衛生上よろしくないのでは。でも、生活の場とお店には距離があるからいいのかな、などと。
なのはが頭を悩ますのとは対照的に、アリサもすずかもスタンスははっきりしていた。
「ウチは犬がいるからダメよ。食べられちゃう」
「私も。猫がいっぱいいるから……。たぶん追っかけまわしちゃうと思うし」
「困ったね……」
そうなのだ。
アリサもすずかも、家でたくさんの動物を飼っている。アリサは大きな犬。すずかは猫。それぞれ印象通りの動物で満ちた彼女たちの家に、異質なフェレットを放り込むわけにはいかなかった。
「クラスのみんなに頼んでみる?」
「それも考えなきゃね」
それでも、なのははあきらめきれなかった。
あの迷子の小さな動物が、目の届かないところへ行ってしまう。
考えただけでもちょっと寂しくなる。
あのくりくりとした愛らしい瞳は、なのはを見ていたから。アリサでもすずかでもなく、なのはを見ていたから。頼られていると感じたから。
なのはは胸の中で、よしと拳を固めた。
「私、帰ったら相談してみる! 飼い主さんが見つかるまでなら置いてくれるかもしれないし」
短い付き合いになるかもしれないけど、放っておけないから。
すると、すずかもアリサも花が咲いたように微笑んでくれた。
「なのはちゃんのトコなら安心だよ。頑張ってね!」
「Fight! なのは!」
「うん、がんばるよ!」
どうなるかわからないけど、精一杯頼んでみよう。きっと大丈夫、ハートをぶつければ、なんとかなるから。なのはは、鼻から大きく息を吸っていつものように気合を入れる。
「〈突撃ラブはぁーと!〉」
魔法の言葉を力にしたなのはにとって、フェレットはもはや自分の部屋に住み込むことが決まったようなものだった。
その後、なのはは塾の講義を流し聞きながら、フェレットの飼い方について、アリサやすずかと筆談を交わし続けた。
『ホントに飼えるの?』
さっきまで応援してくれていたアリサの、イジワルな一文に締めくくられるまで。
陽が沈みきったその日の夜。
なのはの決意が届いたのか、夕食が並ぶリビングで、対面に腰かける父、高町
「ホントに!」
「ただし、命に責任をもって面倒を見ること。お父さんとの約束だぞ」
「うん!」
高町家のリビングにはなのはと士郎を含めて四人の姿があった。
「もうひとつ、お母さんとの約束。飼い主さんが見つかったら、ちゃんとフェレットくんをお家に帰してあげること」
夕食の準備をする母、喫茶≪翠屋≫のパティシエ、高町
「よかったね、なのは」
なのはの横に腰かける現役女子高生の姉、高町
「あとは、恭也がどう言うか……」
「大丈夫、説得するから!」
なのははすでに心を決めていたから。やってやるという気持ちが漲っていて。
「なのはのお願いなら、キョーちゃんも即オーケーだよ」
「がんばってね、なのは」
さらには美由希に続いて桃子までもが背中を押してくれたから、なのははもはや勝ったも同然という気持ちになれた。
その桃子は夕食の準備を終えたのだろう。父の隣に腰かけると両手を合わせた。
「恭也は遅くなるみたいだから、先に食べましょ」
「そうなの?」
なのはは隣の席が空いていること確認してから、そのまま向こうにいる美由希に「なんで?」と目をやった。
「昔の友達が帰ってくるから、そのお迎えに行くんだって」
「へぇー」
昔の友達。なのははまだそういう経験がなかった。
なのはにとって友達とは、一緒に通う学校の友達と、一年生の頃からの親友であるアリサとすずか以外にいなかったからだ。
「……昔の友達に会うのって、どんな気持ちなんだろう?」
今頃は、友達との再会を果たしているだろう兄の心境を思い描こうとするも、玄関の開閉音によってその必要はなくなった。
ガチャリと、リビングの扉が開く。
「お帰り、お兄ちゃん」
「ただいま、なのは」
大学生で高町家長男、高町
「お帰り、早かったね」
「おかえり、恭也。友達とは会えたのか」
「だめだったよ。マスターさん曰く、入れ違いだってさ。予想通りだよ」
アイツ自分勝手だから、と。ため息に混じった声になのはは興味を惹かれた。
「それってどんな人なの?」
「こいつだよ」
恭也は一通の封筒を取り出した。縁に赤と青の斜線が入った白い封筒。封筒の中央には目を引く力強いサインがあった。
「ば、さ……ら……?」
『Basara』、と。
変わった名前。そもそもこれが名前なのかと、なのはは首をかしげたが、恭也はどこか不機嫌なまま「ああ」と肯定してくれた。
「中三の時、急にアメリカに行っちまったバカ野郎だよ」
「なか、見てもいい」
いいよ、と。恭也が柔らかく頷いてくれたので。
封筒の中には、一枚の紙が入っていた。三つ折りとも言えない雑な折り方。なのはは、手紙に折れ目が付かないよう、慎重に開いてみると、そこに書いてあったのは。
「『帰る』」
横にいた美由希が読み上げたことで、なのははそれが目の錯覚でないことに至る。
「これだけ?」
「それだけ」
「うわー雑だねー」
「こんなだからさ。あいつン家で帰りの予定聞いて、一応祝いの品も用意したのに」
無駄足だったよ、と。
恭也は「母さん、俺も食べる」と洗面台へ向かっていった。手洗いうがいは、高町家では基本中の基本なのだ。
昔の友達に会う。
それはいろいろ複雑なのかもしれない、と。なのはは書きなぐられた手紙を折りたたむ。
恭也の食器を用意する桃子は「でも驚いちゃった」と笑顔になって。
「なのはが『お話があるの』っていいだすから、何かと思っちゃった」
「ああ、わかる! 昔『おれの歌をきけー』って歌いだした時とおんなじだったもんね」
「うわぁ! やめてよ!」
同意を示す美由希になのはは縋りついた。
それは四年前のあの日にやってしまったこと。なのはは、思い出すだけでも顔が真っ赤になるそれを、家族の口から聞くのは、いたたまれなかったから。
「ああ、その話か」
四年前のその場にいることのできなかった士郎は、興味津々らしくて。
「父さんも聴きたかったなぁ。今度、歌ってくれないか。楽器を演奏できる人を知っているんだ」
「や、やだよ。恥ずかしいもん」
そこへ手洗いうがいを終えた恭也が「何の話だい?」と戻ってくると。
「明日から、ウチでフェレットを飼う話!」
なのはは早くひとりになろうと、サラダを掻きこんだ。
――――――――――――――――
「そろそろか」
日が傾きかけた頃。
浅黒い肌をした筋肉質な男、レイ・ラブロックは海鳴市のメインストリート≪サブマリンストリート≫を歩いていた。
なんてことはない、日常の中の一幕。両手にぶら下げた買い物袋。食料品を買い足しに出かけただけの事。今日という日を除けば、日常の一幕でしかなかった。
「賑やかになったもんだ」
数年前の街並みを思い返しながら、レイはあたりを見回す。
駅前の小さな商店街が立ち並んでいたメインストリートは、その面影を残しながらも変貌を遂げ、若者が集う華やかな街並みを形成していた。
例えば肉屋≪よしおか≫。昔は新鮮な肉と揚げたてのコロッケだけ売っていたこの店は、ハンバーグやステーキを手軽な値段で食べることのできるグルメスポットの仲間入りを果たしていた。その店舗は改装を重ねるごとに洗練され、木の香り漂う和式洋食店という独自のポジションを獲得するに至った。
例えば酒屋≪頑固堂≫。当初は看板通り、店舗一杯に国中の酒を敷き詰めた専門店をやっていた。それが何をトチ狂ったのか、時が流れるうちに一階をテナントに貸し出して女性専用ファッション店をいくつも招き入れ、増築した二階にも同様に食事処を増やしていく中で、主力だった酒を隅に追いやっていった……。
そんなショッピングモールの看板が≪酒屋 頑固堂≫のままというのがまた人々の想像を掻き立てるもので、いまでも商店街の話のタネとして君臨し続けていた。
例えば喫茶≪翠屋≫。開店当初にマスターが不慮の事故で店を離れることになり、パティシエを担当する奥さんと息子とで切り盛りするという人情派ストーリーが展開されていた。新入りを放ってはおけないと、商店街の人々がよく翠屋に足を運び、スイーツを買って帰っていた光景が嘘のように思い出される。
なぜなら今では、得も言えぬ極上のスイーツと、至福のひと時が約束された穏やかな空間を提供する正統派喫茶店としての地位を確立していたからだ。県外からもリピーターが絶えないことから、その魅力が本物であることは明らかだろう。
さて。
その面影のひとつ。レイは、サブマリンストリートの裏方に位置するBAR≪シティ・セブン≫の看板の前で足を止めた。
「汚れなし」
先ほど磨いたばかりの清潔な看板に微笑みかけると、≪CLOSE≫のプレートがかかったその店の扉にカギを差し込む。
「……開いてるなぁ」
出かけた時にはカギは締めたはず。レイは「俺も歳か」と鍵を引っこ抜いて扉を開けた。カランというレトロな音が木霊する。
中に入るとレイはカウンター席に腰かける人影に気が付いた。暗くなりかけの室内で電気もつけてないため、その姿は伺えない。
浮浪者でもはいりこんだか、と。レイは買い物袋を近場のテーブル席に置いて、警戒しながら室内の照明をONにする。
「よう。帰ったぜ、レイ」
そこに腰かけていたのは、タンクトップ姿の青年であった。
レイは懐かしい面影を残した彼に気持ちが高まるのを抑えきれなかった。
「バサラか! 見違えたぞ」
熱気バサラ。
そういう名前の青年だった。
「いい加減、ポストに鍵入れとくのやめとけよ」
バサラが金属製の鍵をカウンターに置くと、レイは安堵した。それが正面口の合鍵で、自分が鍵を閉め忘れたわけではなかったから。
「早い到着だな、駅にはいつ着いたんだ?」
「今朝」
「予定と全然違うじゃないか」
あと一時間後に海鳴駅に到着。そこへレイが迎えに行く。
そういう予定だったが、バサラの「気分だったんだよ」という依然と変わらない姿に「そうだったな」とレイは口元の緩みを自覚した。
レイは、当然のようにカウンター裏に入ると、コップを手に取ってそこに水を注いだ。それを咎められる人は誰もいない。なぜなら、レイ・ラブロックはこの店、BAR≪シティ・セブン≫のマスターだから。
レイはコップをカウンターに差し出すと、バサラがそれを手に取って口をつけた。
「久々の日本の水はウマいだろう」
「ああ、なかなかだ」
「四年ぶりか」
バサラがあっというまにコップを空けたため、レイは嬉しくなって水を注ぎ足した。
「アメリカはどうだった? デカかったろう」
海外留学という名目で、バサラはつい先日までアメリカに滞在していた。レイの提案と支援があっての留学。レイは、その感想を少しでも早く聞きたかった。
「ああ、なかなかだったぜ」
バサラの返事は、レイにとっては残念ながら予想通りの回答だった。
「その割には不満そうだな」
「そうか?」
「顔に出てるぞ」
バサラの表情は、ただ目的地に行って帰ってきただけというような何の抑揚もないものだった。
もともと愛想笑いを浮かべるような男ではないが。バサラの仏頂面には、不機嫌な色があるように見えた。
「そんなことねぇよ。すげぇハートをもったやつがたくさんいたぜ」
「だったら、帰ってきた理由を聞かせろよ」
予定では、バサラはもう一年アメリカに滞在することになっていた。
留学先に、そう話をつけたのはレイだった。熱気バサラという男を、アメリカという世界で花開かせたかったレイの思惑。それをキャンセルしての帰郷となれば心配にもなるというものだった。
バサラはどこか上の空で、店内のある一点を見つめているようだった。
なにかあるのかと、レイはその視線を追うと。天井の隅の黒い影が、なんの代わり映えもなく縮こまっていただけだった。
「……理由、か」
そうバサラは水を飲み干すと、大型犬ぐらいならすっぽり収まるだろう黒い板状のケースを担いで立ち上がった。
レイは、その様子にすら口がほころぶのを止められなかった。
「まぁ、いいさ。お前の好きにやるといい」
変わらない。
それがわかっただけで、レイは嬉しかった。
自身の夢は――彼の夢は何も変わってはいなかったのだから。
店から出ていったバサラの背に、レイは念のため「二階の部屋は昔のままだ、好きに使えよ」と声をかけてから扉のプレートをひっくり返す。
≪OPEN≫。
開幕、と。