魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『やっぱり、来なければよかった。 後編……』

 

 夜の帳が開けていく。

 地平線の向こうに現れた一筋の光が深々と凪ぐ海を照らし、黎明の空に滲んでいく。夜の寂しさを晴らすように、新しい世界が広がっていくように、真白の陽光が瑠璃色の空を伴って姿を現す。

 

「〈Power to the world〉」

 

 朝日が昇っていく。

 

「〈Power to the lovers〉」

 

 波打つ人垣の向こうに色とりどりの照明が行き交うステージを眺め、身も心も包むミュージックにフェイトはそんなイメージを観た。ステージ上で揚々と楽器を奏でる男たちに、そんなイメージを覚えた。

 

「〈本当の愛が見たいのさ〉」

 

 四方八方に充満するサウンドが全身を叩く。皮膚の張りを実感できるほどに、筋肉の振動を実感できるほどに躍動感にあふれた楽器の音色。神経を奮い立たせるエネルギッシュな歌声。音の圧力というものを心地よいと感じたのは初めてだった。

 

「〈輝く彗星の軌跡が メロディにソウルを与える〉」

 

 フェイトはそのメロディーに体を揺する事さえできずにただただ立ち尽くしていた。

 ステージの上には肩から下げたキーボードを、まるで音の波に乗るように弾く壮年の男がいた。ドラムセットに腰かけて、衝動をその身で表現するように頭を振る青年がいた。しかしフェイトが見つめているのは彼らではなかった。暖かいサウンド歌声に乗せるステージの男――――熱気バサラを見つめていた。

 バサラはフェイトを見ていない。その真剣な眼差しにフェイトは映っていない。雑多な観客の中のひとりでしかない。“こわい”などという感覚を突き付けられることはない。だから穏やかな気持ちで感じられる。

 

 幻でも、感じることができた。

 

「〈人はひとりじゃ生きられない 愛する誰かが必要さ〉」

 

 それは寝覚めのまどろみに似ていた。

 バルディッシュのアラームが鳴り響く。布団の中で身悶えするけど、頑張って体を起こしてベッドを降りる。鼻に香るトーストとバターの芳ばしさに、母が好む大人のコーヒーの香りが添えられていた。匂いのもとを辿るように、いつものように朝日が差すテラスに向かうと、朝食が並ぶテーブルに座る母が寝覚めを迎えてくれる。「おはよう」と自身の名を呼んでくれて、それからリニスが顔を洗うように進む先を促してくれる。少し遅れてアルフが寝ぼけまなこのまま姿を現してリニスに叱られ、湯気立つカップを手に持った母が笑う……。

 幻でも、感じられる繋がり。

 

 悪いことを忘れられる心地良い時間を静かに感じられた。この身を包むメロディーに体と心を預けることができた。胸の奥に灯った火を抱きしめて、ステージという空を仰ぐことができた。

 

 夢のような時間だった。

 まどろみの中に確かな暖かさを感じる時間だったがそれも終わり。すべての音色が流れ星のように尾を引いて消えていく。ステージ上の照明が白一色に統一された、彼らは歌うことをやめてしまった。曲が終わってしまったのだ。

 

 名残惜しさからフェイトが我に返った瞬間だった。

 

「           」

 

 ホール全体から喝采が上ったのだ。一寸の間もない拍手の波、絶叫ともいうべき歓声に包まれて思い出す。その場の状況、ホールを埋めるほどの観客とその密度と熱量を。フェイトは余韻に浸る間もなく現実に引き戻される。

 

「うっ……!」

 

 フェイトは忘れていた眩暈に襲われた。

 ホールに入った瞬間のこと。一か所に集まった人の数に目を回し、集団の熱気に吐き気を覚えたことを。人ごみは好きだった。誰もかれもが無関心だったから。しかしこの場に足を踏み入れて集団の一員になることは嫌いだと知ることができた。気持ち悪い感覚に襲われるから。

 

 フェイトはホールを飛び出したい衝動に駆られるが、壁に背中を預けて耐える。来て良かった、と。そう思わせてくれたドラムの青年にお礼を言いたかったから。無性に、熱気バサラのもとへ行きたかったから。

 

「どこだろう……?」

 

 目当ての男たちはもう見当たらなかった。ステージ上には次に演奏するのだろう、四人組の青年たちが既にマイクパフォーマンスに取り掛かっていた。

 

 フェイトは背伸びをしてホールを見回す。

 するとタイミングよくステージ側の、観客の視界に入らないだろう非常口の扉が開いた。そそっかしく飛び出してきたのはドラムを叩いていたあの青年であった。彼は観客を避けて壁沿いに、フェイトがいる方向とは真逆の方向へ、一目散に会場の端へ向かっていった。

 外に出ていってしまうのではないかと、フェイトは逸る気持ちのままに足を踏み出すが、躊躇いから足踏みしてしまう。

 

「……どうしよう」

 

 目の前には興奮する観客の集団があった。ホールの壁沿いに迂回すると会えなくなるかもしれない、その予感が強く胸に刺さる。

 

――――そもそも、どうして会おうとするの?

 

 フェイトはつま先を見下ろす。

 足は前に進もうとしていた。演奏の興奮が残っていたのかもしれない、周りの観客の熱気に当てられたのかもしれない。それらから導き出せる結論、つまりは会う必要はないという言い訳だけがブクブクと泡のように頭に浮かぶけれど、フェイトは頭を振る。

 

「行かなくちゃ……」

 

 理性ではなく感情。

 気持ちがそう急き立てるから。

 

 こんなに前向きな衝動はかつてなかった。

 

 フェイトは観客の塊に突っ込んだ。

 隙間のない人ごみを掻きわける。接触する度にごめんなさいと口の中で呟く。迷惑をかけているという罪悪感が四方から押し付けるようだった。けれどフェイトは止まらない、体は止まらなかった。熱く揺れ動く観客のトンネルを抜けて、フェイトは目当ての後姿を見つける。

 青年は誰かと会話をしているようだった。記憶の中にしかない母との会話と重なる、和やかな雰囲気だった。

 

――――邪魔になってしまう。

 

 フェイトはそれを認識するが、それでも止められなかった。

 

「あのっ……!」

 

 思わず飛び出たはずの声は驚くほどに小さかった。聞こえなかったかもしれないと、フェイトは慌てて青年のジャージに手を伸ばす。強く握るつもりはなかった。ぐしゃりと上がった衣擦れの音それに反応したように青年の体が翻る。

 

――――怒られる。

 

 強い予感からフェイトは咄嗟に手を放すが、それは杞憂に変わる。振り向いた青年の表情は柔らかいものだったから。記憶の中の、フェイトが抱き着いた時の母の照れ笑いに似ていたからだ。

 そんな青年の表情はすぐになりを潜め、年配者としての威厳を思わせる余裕のある微笑みに変わった。

 

「あぁ、さっきの……。どうだ、楽しかったか?」

「……はい。とても楽しかったです」

 

 青年は「そうか」と鼻を掻いた。

 今度はにやけていた。だらしないとまでは言わないけれど、どっしりと頼り甲斐のある印象にそぐわない気がぬけた表情だった。

 

「……どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」

 

 思わずそんなことを口走ってしまうほどに。

 自覚して、フェイトは口元を押さえる。必要のないことを尋ねるのはいけないことだと母から教えられていたから、怒られるかもしれないと。

 けれど、青年の嬉々とした色は崩れていない。

 

「君が、なんだか昔の妹のように思えてね」

 

 青年の黒い瞳が真っすぐに降り注ぎ、フェイトは顔を伏せてしまう。こわい、と。ぽっと浮かんだ感情がそうさせた。

 

「ほんの少しでもさ……。俺のサウンドが、君の力になったのなら嬉しいんだ」

 

 そっと髪を掬われるような慈しみを含む、確かな喜びの声色だった。フェイトは、その青年の表情を見なかったことを後悔した。俯いたことを罪だと感じた。引っぱたかれ、叱責されるべき悪いことだと思えた。

 

 言うべきことは伝えた。

 ステージ上では別グループの演奏がピークを迎えようとしていた。息苦しい熱気にこれ以上浸りたくないと、フェイトはもう一度顔を上げる。未だ羞恥を露わにしている青年にさよならを言おうと息を溜める。

 しかし、フェイトは溜めた息を飲み込んだ。

 

 

「フェイト、ちゃん……!?」

 

 

 栗色の髪の毛を頭の両脇でくるりと結んだ子。脳裏にこびり付いたその姿。自身と同じぐらいの背丈、同い年くらいの女の子が、その大きな目をより大きく見開いていた。

 

「高町……なのはっ……!」 

 

 認識して、その膨大な魔力に気が付く。なぜこんなに接近するまで気付けなかったのか。自省の念に駆られるが、今はそれどころではない。フェイトはすぐに身を翻す。

 ホールを後にする。階段を駆け上がり店内を飛び出す。三拍ほど遅れて足音が迫る。肩越しに高町なのはの姿を認識して足を速める。高町なのはは、見るからに息が上がっていた、すぐに振り切れるだろうとフェイトは判断する。

 

 街中の公園に差し掛かる。公園の中は木々や茂み、心もとない街灯のおかげで身を隠せる陰が多い。ここを経ることで高町なのはを振り切れるだろうと、公園出入口の防護柵を飛び越える。

 そして背後で砂利を踏み切り、跳躍する音が聞こえて――――。

 

「ぎゃふん」

 

 そんな素っ頓狂な悲鳴が後ろで転倒した。

 フェイトが足を止めて振り向くと、額からコンクリートに滑り込んだような姿で倒れるなのはの姿が目に映った。のっそりと身を起したなのはからは追ってくるような気迫は感じられない、今にも泣きだしそうな面持ちだった。

 

――――今のうちに。

 

 逃げ切ってしまおう。フェイトはそう思った。

 これ以上関わってはいけない。この場にとどまるべきではない。高町なのはは時空管理局という母さんの敵と通じ合っているのだから、と。フェイトは理性で判断する。

 

「――――……でも」

 

 放っておけないとも思った。

 フェイトは額を押さえるなのはのもとへ歩み始めていた。なぜかはわからない。近寄るメリットはない、これから行う行動はデメリット以外にない。

 けれど、体には熱があった。もしも見て見ぬふりをしたのならば、この胸の熱はどこかへ消えてしまう。この足が逃げるようなことがあれば、二度とこの熱を手にすることはできないと感じた。だからフェイトは、目に涙を溜める敵―――高町なのはに手を伸ばしていた。

 

「大丈夫?」

 

 視線が絡む。

 なのはの大きな目はより丸くなっていた。フェイトが記憶の中でしか持っていない光を含んだ瞳だった。フェイトはそう思った。こわいと思ったけど、逸らしたくないと強がる。敵として顔を合わせていたはずなのに初めて見た気がした。

 その真白の光を宿した瞳を。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 なのはは額を触ってみた。

 砂利ですり下ろされた直後とは思えないすべすべ感。若返りというものがあるのなら、こういう感じなのだろう。肌が張った感じはあるけれど痛みはないから前髪を整える。

 

「フェイトちゃんってすごいんだね、傷を治す魔法が使えるんだもん。おでこ、もうちっとも痛くないよ!」

 

 同じベンチに腰かけるフェイトは特別表情を変えるようなことはなかった。笑いもせず悲しみもせず怒りもしないで、じっと目が合わせると正面に俯いた。

 

「リニスが教えてくれたの。応急処置ぐらいにはなるからって」

「リニスさんって、フェイトちゃんのお友達?」

「……教育係で、魔法の先生かな」

「やっぱり先生がいるんだ。フェイトちゃん、魔法上手だもんね」

「……そんなこと言われたの初めてだよ」

「私にも先生がいるんだよ、ユーノくんっていうの。……ちょっと抜けてるところがあるんだけど、優しいお友達なの」

 

 そうなんだ、と。フェイト味気ない呟きが聞こえた。

 その横顔は人形のようだった。楽しそうではない、つまらなそうでもない、悲しそうでもない、人形のような表情だった。

 

――――どうすれば、笑ってくれるんだろう。

 

 この子にも笑顔というものはあるのだろうか、と。風化することのない芸術性を備えた人形のように端麗な、陰の絶えない面様に、なのははふとそう思った。

 

「フェイトちゃんって、ライブとかよく行くの?」

「……今日、初めてだけど」

「音楽が好きなんだね、フェイトちゃん」

「どうして?」

「だって、好きでもなきゃライブハウスになんていかないよ」

「そうなのかな……好きとか嫌いって、よくわからないよ」

「簡単だよ。楽しかったり、気持ちよかったり、嬉しかったりしたら好きなんだよ。お友達といるのって楽しいし、嬉しいし、心強いでしょ? そういうことだと思うよ」

 

 フェイトは困ったといわんばかりに眉をハの字にした。口を一文字に結んで視線をさまよわせた。自分の内側を見つめるような、そんな思案の表情から次第に曇りが晴れていく。フェイトは伏し目がちに顔を上げた。

 

「そういうことなら、好きかもしれない」

「じゃあ私と一緒だね! 私も大好きなんだ、歌うのも聴くのも! さっきのステージは最高だった!」

「……うん。良かった」

 

 フェイトの口元が緩んだ。谷底に花が咲いたようだったけれど、それはほんの一瞬だった。フェイトはしまったというようにまた顔を伏せたからだ。

 

 お互いの立場がそうさせたのだろうと察して、なのはは首から下げたレイジングハートを取り出す。フェイトが警戒心を露わにする。今にも立ち上がりそうだったから、なのはは「待って」とフェイトが動きを止めたことを確認してからレイジングハートに目を落とす。

 

「レイジングハート。30分だけ眠ってもらっていいかな」

『Of course.』

 

 ブツンとわざとらしい音を上げてレイジングハートの光が消えると、フェイトは信じられないというように目を見開いた。

 

 それは単なる待機状態とは異なり、口頭命令だけではデバイスを使用することはできない状態――いうなれば主電源オフの状態。ドライヤーのような家電を使用するためには物理的な電源のオンが不可欠であることと同じように、デバイスを物理的に操作できる設備がない限りレイジングハートが起動することはない状態。ただしなのはが行ったように、指定した時間の経過あるいは時刻に至ることでデバイスが起動するようタイマー設定を行うことが可能ではあるが。

 重要な点は、つまるところ30分間。なのはが戦うどころか身を守ることもできないという点であり、フェイトが驚き、怪訝に眉を顰めたのも当然だった。

 

 その驚愕の根本にあるのは、ジュエルシードを奪い合うという間柄。これまでの積み重ねによって育まれてしまった関係性なのだから。

 しかし、なのははすでにジュエルシードを持っていない。

 

「フェイトちゃん、最後までお話を聞いてほしいの」

 

 なのははもう対立関係というフィルターを持ってはいない。そもそも、そんな関係なんて初めから望んでなどいなかったのだから、簡単に捨てることができた。

 

「私はフェイトちゃんの敵じゃない。そんなつもりはないの。……だから、私の言葉を聞いて、きちんと答えてほしいの」

 

 フェイトは顔を伏せてこそいるけれど首を横には振らなかった。逃げようと立ち上がる素振りもないから、なのはは横に腰かけるフェイトの顔をじっと見つめた。

 

「フェイトちゃんは、どうしてジュエルシードを集めているの?」

 

 フェイトの唇が強く結ばれる。

 話す気はないと察したなのはは言葉を続ける。

 

「私は、大好きなこの場所を守りたいから。……最初はユーノくんの為だったの。ユーノくんがジュエルシードのことに責任を感じて真剣に集めようとしていたから、そのお手伝いだった。ジュエルシードを集めていく中でそれがものすごく危ないモノだってわかったから魔法を使える私がなんとかしなくちゃいけないって、わかったの。ある人に会えるかもって思ったのもあるけど、それで――――ジュエルシードを探している中で、フェイトちゃんに出会って、もっと真剣になったの」

「……私のことも、アナタがジュエルシードを集める理由のひとつなの?」

 

 フェイトは純朴に、好奇心から訊いているようだった。なのはが「うん」と頷くと、フェイトは目をより丸くした。

 

「どうして?」

「フェイトちゃんのこと放っておけなかったから。ジュエルシードの先に、フェイトちゃんがいるから。必ず会えると思ったから」

「……どうして、放っておけないって思ったの?」

「わかんない。……だから知りたいの、あなたのこと」

 

 フェイトは、やはり困ったふうに目を伏せた。考え付いたことを、そのまま言っていいことなのか迷っているようだった。何かに怯えているようだったけれど、まるで隠し事を漏らすように。

 ぼそりと一言。

 

「私は、母さんが望むから」

 

 その声は震えていた。

 フェイトは顔を伏せていた。

 垣間見えた目からは今にも涙が溢れそうだった。なにがそうさせたのかわからなかった。まるで怒られやしないかというように、びくびくとした面持ちだった。

 

「母さんの悲しい顔を見たくないから。母さんの為に――――私にできることがあるから、それがジュエルシードを手に入れることだから、やるの」

 

 強い決意を思わせる声の震え方だった。

 

「そうすることが、母さんが母さんでいてくれる繋がりだから」

 

 付け足されたその言葉が何を意味するかはわからない。けれどフェイトが膝の上で組んだ手に力が込められて、そこに現れた震えが前向きなものには全く見えなかったものだから。

 

「じゃあ、なんで辛そうな顔してるの」

 

 ジュエルシードを集める理由を語るフェイトの、その表情が気になってしまった。

 

「してない」

「してたよ。会う度にいつも、戦ってる時は特にそうだった……」

 

 無表情の奥にしまい込んた本心は底のない穴のように暗いもので。魔法の力に紛れた痛みは繰り返される終わりのない苦痛に思えて。感じたことは錯覚ではないと、なのはは確信していたから。

 

「フェイトちゃん、優しいんだよ」

 

 言葉と感情が一致しない、重ねて捻じれた不協和音。

 それが、フェイトの優しさから生じたものだと直感できてしまったものだから。

 

「だから、お母さんの為に頑張れるんだよ。だから、やりたくないことでも無理してできちゃうんだよ。……でも嫌なことはちゃんと言わなきゃだめだよ。お母さんに、ちゃんと言わなくちゃ――――」

「嫌じゃないっ」

 

 フェイトは眼光を鋭くした。

 刺すような視線ではあったけれど、後ろ暗さを直観できる鈍い光だった。自覚があるのだろう、と。なのはには、なぜかフェイトの強がりを理解できた。その強がりがハリボテだと共感できた。

 

「自分にウソはダメだよ」

「嘘じゃないッ!」

「ウソだよ!」

 

 こういう時、上手に口が回る子が羨ましく思う。例えばアリサなら持ち前の勇ましさで包み込み、一緒に背負おうとするだろうから。例えばすずかなら優しく言い聞かせることで、自覚と転換を促すだろうから。

 

「だって、フェイトちゃんの眼差しはホンキだけど辛がってる!」

 

 だけど、なのはにできることは、結局のところ真っ直ぐに伝えることだけ。感じたことを、感じたままに言葉にすることだけなのだから。

 

「イヤなはずなのに、それ以外にないって決めつけちゃってるから。辛いってことを、ちゃんと誰かに伝えれなくちゃ。お母さんに言わなくちゃ……――――」

 

 だけど、なのはは言葉に詰まった。

 

 

 

「やっぱり、来なければよかった」

 

 

 

 低い声が、フェイトの喉元から生じた。

 

 なのはは言葉に詰まった。

 驚いたからではない。ストンと胸の奥に答えが降りてきたような感覚に襲われて、納得がいったから。フェイトの姿に重なるように、幼い女の子の姿を幻視したからだ。

 

「わかった。高町なのは」

 

【挿絵表示】

 

 

 わかってしまったからだ。

 フェイトの瞳が、ある人影に重なったからだ。フェイトの背後に“高町なのは”がいた。四年前の自分、公園で起きた奇跡に出会う前の自分の姿が――――。

 

「その()が、どうして“こわい”のか。この胸がどうしてざわつくのか、今ようやくわかった。――――……高町なのは」

 

 気持ちに蓋をして。

 言葉を胸の底に押し込んで。

 四年前に、熱気バサラに出会うことのなかった自分――――それがフェイト・テスタロッサなのだと、なのはは理解した。

 

 どうしてフェイトの姿が頭から離れないのか。どうしてその痛みを繰り返し思い起こしてしまうのか。どうしてその瞳が心を掴んで離さないのか、今ようやくわかった。

 

「お前は、私から母さんを奪う気なんだ」

 

 フェイトの激情が、なのはには自分の事のようにわかる。

 自分の手で、自分の心に蓋をして。それこそが自分の望み、家族の望みだと言い聞かせて。その強がりが、家族の為になると錯覚したために。

 

「私と母さんの繋がりを奪う気なんだッ! わかったぞ、高町なのはっ!」

 

――――言葉だけじゃ、わかるわけない。

 フェイトが口にした言葉の意味が、今になってようやくわかった。本当の意味で理解するためには言葉だけでは足りないのだと、なのはは今になって理解できた。

 

 フェイトはバリアジャケットを展開して跳躍する。夜闇へと離れていくフェイトの、蓋をしたような瞳。胸の奥に痛みを訴えかける目が、それを覆い隠すほどの怒りで真っ赤に燃え上がっていた。

 

 フェイトは叫ぶ。

 

 

 

「―――――お前は敵だッ」

 

 

 

 自分自身に言い聞かせるように。それがフェイトテスタロッサと高町なのはの関係なのだと、決定付けたいがために。フェイトは夜空へ消えていった。

 まるで戸惑い、逃げるように。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 もしも、この日。

 フェイト・テスタロッサがBAR≪シティ・セブン≫を訪れなければ、熱気バサラと高町恭也のサウンドを目の当たりにしなければ、彼女は幸福だったかもしれない……。

 

 

 

 

 ≪サタデーナイト・ライブ≫の全プログラムはまだ終了していないが、観るべきものは観たということでなのはたちの初ライブ鑑賞はお開きとなった。忍の車で自宅に送り届けてもらったなのはは、すぐに自室へと飛び込んだ。

 

「ユーノくん!」

 

 編みカゴのベッドから身を起こしたユーノは「どうしたの」と目を丸くした。なのはが覆いかぶさるのではないかというほどの勢いで近づいてきていたからだ。

 

「ジュエルシードは、まだユーノくんのモノだったよね。まだ管理局のヒトのモノじゃないんだよね!」

 

 それはジュエルシードの所有権に関わるものだと判断したユーノが頷く。ジュエルシード自体は安全性を考慮し、≪次元空間航行艦船 アースラ≫へと招待されたその時に、時空管理局に保管を願い出たため手元にはない。しかし、まだ所有権までは明け渡していないと。

 

 なのはは安堵の息を吐いた。そして吐いた分だけもう一度息を吸って、今度は静かに細く息を吐いた。心を落ち着けるように、覚悟を言葉にするために、静かに吐く。

 

「それなら……。まだ歌はできてないけど、お願いがあるの」

 

 なのはは思い起こす。

 

 バサラの瞳を受けた。熱を伴う真剣な眼差しを。自身だけがそこに映り、自身にだけ降り注ぐようなサウンドを。ホンモノの歌というものがあるなら、そこに込められる熱気を感じられたこと。

 フェイトの瞳と向き合った。蓋をした瞳の奥に潜んだハートを垣間見れたことを。その蓋の意味と、その瞳に対してなのは自身がどうしたいのかをはっきりと理解できたことを。

 

 ジュエルシードは残り三つ。

 戦って、奪い合うつもりは、なのはにはなかった。けれどその場こそが、フェイトの本心とぶつかり合うことのできる唯一の場所。フェイトと本気でぶつかり合うことのできる僅かな機会だから。

 

 戦うためじゃなく、本音でぶつかり合う為に。言葉だけではなく、ハートをぶつける為に。ハートにぶつかっていく為に、なのはは決意する。

 

「ユーノくん。私のワガママを聞いてほしいの』

 

 

 

 

 もしも、この日。

 フェイト・テスタロッサが高町なのはに手を差し伸べなければ、彼女は幸福だったかもしれない。

 

 プレシア・テスタロッサの厳しさを愛情として、垣間見せる優しさを真実として、か細い打算で押し付けられた繋がりを幸福だと受け入れて生きていけたかもしれない。どれほど辛くとも、母親という存在のみを拠り所として、気持ちを言葉にすることもなく幸福だと自身に言い聞かせて、生きていけたかもしれない――――。

 

 しかし、フェイトは感情を表に出してしまった。頑なに外すことのなかった瞳の蓋をズラして、その奥に必死に隠し通してきた本心を垣間見せてしまった。

 熱気バサラや高町恭也のように、衝動のままに行動してしまったが故に、高町なのはと言葉を交わしてしまった。高町なのはという同質の存在に対して、その本心を垣間見せてしまったこと。

 

 

 それさえなければ、彼女は―――――。

 

 

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