魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『嬉しいことの為に、やるんだよ。』

 

『おはよう』

 

 また、そんな声が聞こえて。

 熱気バサラは夢の中で目覚める。目の前には人を(かたど)った光の塊――――少女がいた。

 

「よう、また来たのか」

『うん、また呼んじゃった』

 

 少女がふいと顔を逸らすと周囲の風景が変わる。

 そこは深夜の海辺。住宅街を抜けて海岸沿いを山側へと逸れていった先、いつも腰かけて海を眺めていた岩場だった。

 

「荒れてんな。スゲェ波だ」

 

 しかし、見慣れた風景とはかけ離れた荒れ模様。

 岩場は海面までいくらか高さのある崖上に位置しているはずなのに波に濡れていた。空はどす黒い雨雲に覆われ、月どころか星もない。囂々と雨風が吹きすさび、背後ではまるで山そのものが揺れているかのように木々がざわめていている。

 

『台風だもん、しょうがないよ』

「そうだったな」

 

 二つの台風―――昨日から双子台風だとか兄弟台風だとか前代未聞だなんだとニュースで騒がれていた。だからこその荒れ模様だというのに、少女の声はクリアに聞こえた。少女もバサラも風を感じない。雨にも打たれない。当然か、夢の中だもんな、と。バサラは納得する。

 少女は、暗く荒れる海を眺めると。

 

 

『これが、バサラの望みなの?』

 

 

 バサラは「いや」と海の向こうを眺めた。

 少女は『あれ?』と首を傾げた。

 

『だって、バサラが呼んだんだよ。バサラが望んだから、みんなでガンバッて呼んだんだよ!』

 

 バサラもはてと首を傾げた。

 

「みんな?」

『うん、バサラを呼ぶみんなが言ってたから』

 

 だからそれは誰なんだよ、と。バサラはもう一度同じように尋ねてみるが、少女は『みんな』とオウム返しに頷いた。そのあまりにも幼い返答に、バサラは「そうか」と息を吐く。

 

「お前、歳いくつ?」

『5さい――……あっ、ちがう。えっと、数えきれない……両手の指じゃ足りないぐらい?』

「じゃあ、しょうがねぇな」

『……なんで笑ってるの?』

 

 さぁな、と。バサラは腰ほどの低さにあったその頭を小突いてやった。光の塊なのにクシャリと髪の毛がつぶれて頭蓋骨の感触に突き当たり、小さく驚きの声が漏れた。

 少女は困惑から頭を押さえていたが、次第にその色が控え目な微笑みに変わっていくと。

 

『こういうのすっごく久しぶり』

 

 呟かれたそれに、バサラは「そうか」ともう一度頭を小突いてみる。今度は弾むような笑い声が漏れた。少女はバサラの手を、じゃれつくように払った。

 

『ねぇ~ほかに知りたいことないの? もうお話しできるかもわからないんだよ」

「お前、誰かの夢に出るのが趣味なのか?」

 

 ひょっとして幽霊か、と。からかい交じりに問うと、少女は頬を膨らませたようだった。

 

『ちがうよ! わたしだけじゃなくて、みんながやりたいっていうから! それにバサラがこっちに来てるの! 呼んだのはわたしたち!』

「お前の言う“みんな”ってのが、俺をここに呼んだのか?」

『うん! わたしも一緒にね』

 

――――呼ぶ。

 連想されるのは胸の奥に語り掛けてくる声。地球上のどこにいても自分を呼び続ける声を想起して、バサラはふと口を開いた。

 

「ずっと昔から、俺を呼ぶのはお前達なのか?」

 

 物心ついた頃から語り掛けてくる声はお前たちなのか、と。そう問いかけてみたところ、少女は首を傾げた。どういうことかと、目を丸くしたようだった。

 

『昔って――――……ありゃ』

 

 そして、少女はまた別の困惑を示した。その姿――少女を模った光の塊が足元から風に流れていく、その感覚が薄れていくのがわかった。

 

「なんだ、もう行っちまうのか?」

『そうみたい』

 

 まだまだ遊び足りないのにといった具合に、少女は肩を落とした。けれど、息を吸って両手を握り、ふんすと顔を上げた。

 

『ねぇ、バサラ。ちゃんと来てね、ぜったいに!』

 

 どこに、などと。

 そんなわかりきったことを訊くつもりはない。胸の奥に訴えかけてくる感覚から確信できるのだから。バサラは神経に伝う浮遊感を覚えつつ、それが夢の終わりの合図だとも理解してはいたが「そういや」と、少女を見下ろす。 

 

「名前、あるんだろ」

 

 いつまでも“お前”では寂しいだろうと、バサラはそういう軽い意図から少女を見つめると、少女は待っていたといわんばかりに微笑んだ。

 

『うん、あるよ。お母さんがくれた大切な名前!』

 

 少女があまりにも嬉しそうに、自慢げに胸を張っているものだから、バサラもまた微笑みが零れる。「なんて言うんだ」とその先を促してやると、少女は頭の両脇で結った眩い金色の紙を揺らした。

 

 

 

『うん! 私の名前はね―――――』

 

 

 夢の終わりに、まるで向日葵のように笑ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 バサラはなるたけ音をたてないよう。BAR≪シティ・セブン≫の階段を降りる。古い建物だ、昼間の調子で無遠慮に階段を踏み降りようものなら、自室で眠る仕事終わりのレイを起こしてしまうだろう。それはよろしくない。

 尤も、台風で建物中が悲鳴を上げているために無駄な気遣いではあったが……。ともかくバサラは電気もつけず慎重に階段を降りて、それが本当に要らぬ気遣いであったことを思い知る。

 

「どうした、バサラ。眠れないのか?」

 

 BAR≪シティ・セブン≫の一階には、カウンター席に腰かけてコーヒーを啜るレイの姿があった。

 

「いや、今起きたところだ」

 

 バサラは時計を見上げる。

 時刻は午前三時半を回ったところ。BAR≪シティ・セブン≫の閉店時間はまちまちだが、夜の店としては早い時間になることが多い。またレイの日頃の生活リズムを思い起こせば、この時間帯ならば、既に自室のベットに潜り込んでいることが多い。

 つまり今のレイは閉店後の一服を楽しんでいるわけではないのだろう。バサラはそこに至って、レイの目的を感覚的に察するけれどおくびにも出す気はない。

 

「歳取ると早起きになるってのは本当なんだな、レイ」

「よせよ、俺はまだ28だぞ」

「自称だろ?」

 

 本当なんだがなぁ、と。レイは頭を掻いた。

 

 嘘つけとバサラは笑う。

 バサラはレイの実年齢を知らない。しかし察することはできる。レイの成熟した柔らかい眼差し、ごつごつした男らしい輪郭から、少なくとも三十代と推定できてしまう面持ち。しかも鼻の下にはちょんちょんとしたチョビ髭が添えられていて、それが推定年齢を更に八つは引き上げてしまっているものだから、自称28歳などと大半の人間が信じられないと言い切るだろう。

 

 観念したのか「まぁいいか」とレイは呟くと、カウンターの流し台脇に置かれていた、まだ水に濡れたままの清潔なマグカップを手に取った。

 

「コーヒー、飲むか?」

 

 バサラは「いや」と壁にかけておいたエレキギターを手に取り、ジャランと鳴らす。音程に狂いはない。すぐにでも演奏できる状態だ。

 レイは「そうか」と自身のマグカップにのみコーヒーを注いだ。

 

「ステージ衣装まで着込んで、遠出でもするのか?」

「あぁ、呼ばれちまったからな。ちっとばかし出てくる」

 

 バサラはライダースーツ調ステージ衣装の襟元を居直す。ノースリーブ故に肩の動きを妨げられる感覚はない。膝までを軽々と覆うブーツは靴底に衝撃吸収材が仕込まれ、靴裏は滑り止め機能を備えたゴム底となっている。人工的な地面の上ならば、どれほど激しい運動であろうとも何不自由なくこなせるだろう。

 バサラは木製の床に足を擦りつけてみて確かな実感を得る。

 

「外は嵐だぞ」

「関係ねぇさ」

 

 雨が降っていようと風に打ち付けられようと、やるべき事に支障はない。

 

「昨晩から避難勧告だって出ているんだぞ」

「だから、関係ねぇのさ」

 

 バサラは部屋の隅に立て掛けられていたギターケースを、客席の丸テーブル上に無造作に広げる。そこにエレキギターを押し込んで背負うと、大きな溜息がレイから漏れた。

 

「お前は、面白いモンを見つけるとすぐに飛び出して行っちまう……。馬鹿デカい木の時もそうだ、向こう見ずは変わらんな」

「ヒトをガキみてぇに言うなよ」

「俺に原付(バイク)弁償させておいて言えるセリフか?」

「へっ。そういや、そうだな」

 

 自分が壊した同級生のバイクを弁償したなどと、まるで親子のようだとバサラは笑う。バンド仲間のレイが親父などと考えたこともなかったものだから、それがどうにも面白くて仕方がなかった。

 バサラは笑い声を噛み殺して出口へ向かう。コート掛けに引っかかっていた雨合羽と、壁に寄りかかっていた傘が視界に入るが、どうせ風に攫われるのだから手に取る必要もないと意識の外へ追い出す。

 

「バサラ」

 

 するとレイの声と同時に床が軋み、バサラは足を止める。

 

「お前には歌がある。お前の歌を、地球上の大勢の人たちが待っている。お前の歌は、地球上のみんなを感動させられると、俺はそう信じている。……だから、あんな世界に(かかずら)わるな」

 

 最後に添えられた言葉、妙に含みのある声色。バサラにはそれがどういった意味合いを持つものか理解できず、レイに答えを求めて振り向く。そして理解する。

 

「まぁ、言っても聞かないのはわかっているんだがな」

 

 レイは眉をハの字にして、しかし口元には何とか張り付けたのだろう笑みを浮かべていたものだから。言葉の意味は理解できないが、その言葉に含まれた意図をバサラは察する。

 

――心配。

 レイからそんなふうに見つめられたことなどかつてなかった――――いや。アメリカ行きを勧めてきた時期のレイにはそれに近しい感覚を感じたものだった。しかし今は、その時以上に切迫する眼差しが目の前にあった。

 

「おいおい、『好きにやれ』っつったのもレイだぜ」

「……そういえば、そうだったな」

 

 レイはしてやられたという風に頭に手を当てた。

 

「悪いな、レイ」

 

 バサラは視線を外す。

 レイの眼差しは煩わしくはあった、しかし嫌な気分ではない。だけれども、バサラはそれ以上とやかく言うつもりも、言われるつもりもなかったから扉へと足を進める。

 

「やりてぇことがあるんだ」

 

 なぜなら、バサラもまた真剣だったから。

 

 バサラは扉を開く。

 押し戻されるほどの強風が、大粒の雨と共に流れ込んでくる。胸の奥に、強烈な波動が流れ込んでくるようだったが、バサラは前に踏み出す。

 

 

「あまり、遠くには行くなよ」

 

 

 背後で囁かれた声に。

 ああ、と。バサラは応える。

 そして走る。

 

 

 胸の奥の感覚に任せ。

 夢の声の波動目掛けて。

 待ち焦がれたその時を望んで。

 

 

 バサラは、嵐の朝へ駆け出した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 不意に、頭を過ぎったのは古い思い出だった。

 

 

 向日葵の花が咲いている。

 青々とした芝生を踏みしめ、草木香る風に包まれながら見晴らしの良い丘を走る。若いサマンの木を目掛けて――――木陰で本に目を落とす母さんの傍へと走った。

 すると、母さんがおとなしやかに顔を上げる。 

 

「あら、どうしたの?」

 

 私は両腕に抱えていた絵本を差し出す。

 『海のこころ』――そういうタイトルがつけられた、青を基調としながら、海の生き物がギュウギュウに詰め込まれた色彩豊かな絵本だ。

 芝生に腰かけたまま母さんは目を細めてそれを手に取ってくれた。

 

「あらあら、またこのご本を読んでほしいの? 本当に好きなのね、ア■■■」

「うん! 色がいっぱいあって、きれいでやさしいから好き!」

「難しいご本なのに、■■シ■はすごいのね。ほら、こっちいらっしゃい」

 

 母さんが隣の芝生をポンポンと叩いたので、私はその腰元へ座り込む。母さんが絵本を広げるその腕の中に、頭から潜り込む。身を寄せると、紫陽花の香りに包まれた。大好きな母さんの匂い。

 そして、絵本の文字が母さんの声になって、私の心は絵本の世界に飛び込んでいく……。

 

 

 それは、思い出の一幕。

 どこか他人事のようなのに。どこか遠くに感じられるのに。色濃く脳裏に残る、燦然たる記憶の欠片。不意に頭を過ぎった私の不安。私の記憶、私が体験したはずの思い出。

 

 それは、私が“私”である証拠。

 私が“フェイト・テスタロッサ”であることの証明だった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 頭が重い。

 まどろみから目覚めたアルフの気分は重かった。やけにリアリティのある夢を見せられた。ここではないどこかで起きている現実を見せられているようだったから、アルフは体を動かした。自分がまだ夢の中ではないことを確かめる為に、ベッド代わりにしていたソファから立ち上がり、壁一面の窓から街を見下ろす。

 

「嵐だねぇ……」

 

 目覚めていない街は雨と風に襲われていた。昨晩から続くそれらは勢いを増している、それは紛れもなくアルフが眠る以前からの、夢ではなく現実の続きだった。

 そして、アルフの人間離れした使い魔としての聴力が隣室からの来訪者を察知する。そこから出てきた人影に、アルフは眉を顰めた。

 

「眠れなかったのかい? フェイト」

 

 ふらつく足をそのままに、寝室から主人――フェイトが顔を出したからだ。

 今にも転んでしまいそうな危うさを感じて、アルフはリビングの照明を付ける。最新式の高層マンションに間借りしていることは幸いだった。最新の設備機能、照明の色を目に優しい暖色に変えて、明るさを最低限に調整する。主人の寝覚めの気分を少しでも和らげることができるのだから。

 

「……どうして?」

「酷い顔してるよ」

 

 明らかな疲労が見て取れる重い表情だった。目の下は腫れていて目に光がない。唇もどこか乾燥気味で、照明のせいもあるだろうが頬はこけているよようにも思えた。

 フェイトはソファまでなんとか辿り着くと、落ちるように座り込んだ。

 

「母さんから連絡は?」

「……来てないよ」

 

 連絡があれば大音量で呼び出されるのだから。アルフが三時間とはいえ仮眠できたことが、連絡が入っていない証拠だった。

 

 それに、このタイミングでプレシアから連絡が来るわけがない。

 高町なのはとの約束の時刻までは、第97管理外世界時間でおよそ一時間後。プレシアに与えられた指令は、フェイトがなのはと約束通りに戦うこと――――勝利することのみ。その他の些末な事柄は全て、プレシアが何とかするとのことだったからだ。

 

「そっか……。母さんも忙しいもんね」

 

 フェイトはそういった事情を遅まきながら理解できたのだろう、ソファの背もたれに後頭部を載せて天井を見上げた。息を吐いた。今にも泣きだしそうで、酷く鬱屈とした脱力感が見て取れた。

 だから、アルフもまたソファに腰かける。フェイトに身を寄せる。

 

「フェイト、辛いのなら……アタシだけで――――」

「ダメだよ……。それじゃあジュエルシードが手に入らない、母さんが喜ばない」

「でも、フェイトは笑わなくなっちまったじゃないか」

 

 アルフが勧めたライブから帰ってきて以来、フェイトはささやかな微笑みすら見せなくなった。その翌日に送られてきた高町なのはからの提案、それをプレシアから受けるように告げられてからというもの、フェイトは休む間もなく訓練に力を注ぐようになり、今日という日を迎えてしまった。

 

「――――アタシ、わかってるんだよ」

 

 シミュレータの中で、フェイトのバイタルサインが悪化していくのを目にしながら。シミュレータの中で、高町なのはという人間を表情無く切り捨てていくその姿、その内心を思い出して、アルフは涙を抑えきれなくなっていた。

 

「フェイトが喜ばないんじゃ……。アタシも辛いんだよ……」

 

 なぜなら、感情は正直なのだから。

 感情で繋がった使い魔たるアルフには、隠し切れない暗い想いを理解できてしまう。プレシアの指令に従事し、魔導士としての能力をどれだけ磨こうと。その能力を発揮して高町なのはと雌雄を決し、天が味方して万が一時空管理局を正面切って圧倒できたとしても、フェイトが喜ぶことはない。

 

 フェイトは優しいから。

 だから、アルフにはわかってしまう。

 

「嬉しいことの為に戦うんだよ……。母さんが喜んでくれるなら、私は嬉しいから」

 

 それもまた本心である、と。プレシアの指令を完遂した未来――戦いの先にある“もしも”の話。その言葉に、フェイトの本心が乗っていることが、アルフにはわかってしまう。

 

 だからアルフは止めなかった。

 フェイトが立ち上がり、冷蔵庫のミネラルウォーターを取り出して一口含み、その足をトレーニングルームに向けるまでの一連の流れを、妨げることができなかった。

 

「最終調整しなくちゃ……」

 

 高町なのはとの決戦に、ベストコンディションで臨む為に。フェイトは物理的なトレーニング器具が揃った部屋へと足を踏み出した、その瞬間の事だった。

 

―――――……。

 

 フェイトの覚悟の上を、妙な感情(ノイズ)が駆け抜けた。骨身が軋み、肌が焼け爛れるのにも似た神経痛――――そんな感覚が心に走り、フェイトは足を止めた。

 

「……アルフ」

 

 フェイトの声は震えていた。

 何か恐れるように、でもとぼけるわけにはいられないという使命感からか、フェイトは振り向いた。その唇が開かれて、その喉が震えた。

 

 

 

「アリシアって子、知ってる……?」

 

 

 

 聞き覚えはあった。

 それは先ほどの夢の終わりに響いた名前。

 

 フェイトと同じ姿をした、今のフェイトよりも幼い少女が自称した名前。熱気バサラに向けて、フェイトと同じ声で名乗った少女の名前。アルフは、夢の終わりにその名前を耳にしてはいたが――――。

 

「いや、知らないよ」

 

 アルフは首を横に振った。

 それが現実であってはならない、と。どうしてか脳裏を過ぎったプレシアの眼差しと、フェイトから漂う強い否定の想いがアルフに言葉を飲み込ませた。

 

 そうだよね、と。フェイトは頷く。

 ほっとしたように。そうであるわけがないと思い込むように。

 

 フェイトは足元もおぼつかないままにトレーニングルームへと姿を消した。閉じられた扉から、機器の駆動音が漏れてくる。フェイトは嫌なことを考えないように、不安を押し殺すつもりでがむしゃらに体を動かしているようだった。

 

 

 

 今なら、自分の感情がフェイトに流れたとしても深く気にかけられないだろう。そう考えて、アルフはソファに背中を沈めて思考する。

 

「アリシア……」

 

 フェイトと同じ姿をした、フェイトよりも幼い子供。

 なぜ、夢の中の存在をフェイトが恐れるのか。なぜ、現実に存在するかも定かではない人間を、精神が軋みを上げるほどにフェイトは怖がるのか。

 アルフには心当たりがあった。

 

――――お母さんがフェイトを守ってあげるから。

 

 かつてのプレシアの言葉、その遠くを見つめるような眼差しが思い起こされる。フェイトに向けた言葉のはずなのに、フェイト以外の誰かを想う微笑み。そして、そういった感覚をなぜ自分が自覚できるのか、アルフは理解する。

 おそらく、フェイトもまた心のどこかで察しているのだろう。無意識下でわかってしまっているのだろう。プレシアから向けられる感情からの疎外感。愛情に芯がないことを、頭ではなく感覚で、漠然と理解してしまっているのだろう。

 

「大丈夫だよ、フェイト……」

 

 だから、アルフは(うそぶ)く。

 

「いるわけがないないんだから、きっと大丈夫だよ」

 

 本人(フェイト)ではない別人(フェイト)

 そんな都合の良い存在(・・・・・・・)がいるわけがない、と。アルフは両手を握り締めた。

 

 

 

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