魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『信じてみるよ。 中編』

 

 まどろみに日向の温もりを覚えて。

 意識を取り戻したバサラが眺めたのは、夜空だった。

 

「……寝過ごしちまったか」

 

 しかし、星の光は見えない。

 太陽のような恒星は伺えるが、降り注ぐ光は月さながらに心許なく、昼間の空をそのまま黒く染めたように味気なく不気味。吹き付ける潮風にしても冷たさはない。まだまだ昼夜に大きな寒暖差のある季節、それらから察するに日没後というわけではなさそうだ。

 バサラは重い体を起こす。すると胸元から紅い煌めきが転がり落ちたのが目に映り、砂浜に沈んだそれに手を伸ばす。

 

「なんだこりゃ」

 

 一見赤いビー玉にも思えたが、指先で支えた重さやら光の通り方を見ればそれほど安っぽいものとも思えず、後で交番にでも持っていくかとポケットに突っ込むことにした。

 

 立ち上がり、ふと目についたのは海岸に打ち上げられたマイギター。それを手に取る。

 相も変わらず頑丈なようで、水濡れや付着した砂粒が気になったが損傷はない。気がかりがあるとすれば、潮水を原因とした錆。取り急ぎオーバーホールの必要があったが、そんな気分にはなれなかった。

 

「アイツらは、行っちまったのか」

 

 濡れた砂浜を歩きながら海を眺める。

 暗く沈んだ波間には、先の巨人の気配は微塵も感じられない。黄色い少女のも、桃色のハートもここにはない。空を塞いでいた紫の苛立ちも今は無い。地球上に起こりうるはずのない幻想のような時間は、今はどこにも感じられない。

 

「夢だった、のか……?」

 

 後悔に囚われ、鬱憤に塗れた女と交わした思念。こことは違う見知らぬ場所で言葉を交わし、目と目を交えたその時間は、途方もなく現実離れしていた。

 だが、夢などという儚いものとも到底思えなかった。

 サウンドを通じて言葉(ハート)を交えた不可解な現象。一方通行ではない、交えたのだ。胸の奥に残るのは、紫の女の想念。その苦悩の記憶が、今なお胸の奥にくすぶる。

 

 だからこそ、バサラはぼやく。

 

「どいつもこいつも、なんだって俺の歌を聴きやがらねぇんだ」

 

 落胆に任せてギターを掻く。千鳥足じみた音階、間の抜けた不協和音が耳に残る。それだけがリアルな感覚として残ったものだから。

 

「しょうがねぇな」

 

 こんなんじゃ鬱憤晴らしにもならないと、バサラは辿り着いた岩場に腰を下ろしてチューニングに取り掛かる。キリキリとペグを捩じって、ジャランと弾いて音程に耳を傾ける。

 

 次第に整っていく音調、調子を取り戻していく指先。体がリズムを刻むようになった頃になって、バサラは異音に気付く。

 

 

『Please listen.』

 

 

 調整の音色に紛れた、ネイティブな機械音。

 次いで胸を打ったのは、暖かく真っ直ぐなハート。かつての夕暮れに声を重ねた、小さな女の子を想起させる桃色のサウンドだった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「〈愛の力 信じたい!〉」

 

 下方より上り来るのは空間に充満する密度のメロディー。工業用大型アームにも似たスピーカー型デバイスを背負い、神経を逆立てる音波を振り撒きながら迫りくる小さな体。

 

「〈溢れる強いビート 歌に乗せっ!〉』

「なんだ、そのサウンドウェーブはっ……!」

 

 気を抜けば、体が吹き飛ばされかねない音圧。

 鼓膜だけではない。全身を打ち、内臓を揺さぶり、リンカーコアにまで干渉する音の飽和攻撃。それを発するのは小さな体の――――同い年ぐらいの女の子。

 

「高町、なのは……!」

 

 大きな瞳、力強い眼差し。

 逸らすことなく、目移りせずに。瞳の中に映る黄色い姿目掛けて、無警戒とも思える程愚直に向かってくるそのプレッシャー。

 だが、勢い任せの突進など的にしかならない、と。フェイトはプレシアとの訓練で繰り返し刷り込まれた対応策を実行すべく足を止めて――――脳裏を過ぎったのはシミュレーション訓練の結果。血に沈む敵の姿……。

 

「……当たったらタダじゃ済まないぞッ!」

『Photon lancer.getset』

 

 湧き出る躊躇を飲み込んで射撃魔法を放つ。

 目標へ向かう殺傷設定下の3発の直進弾。

 だが、それらは桃色の防御壁と対消滅するように霧散する。高町なのはの表情に陰りが現れ、多少の減速を視認するが止まらない。重戦車紛いの吶喊力に陰りはない、衝突コースから外れない。

 

 正面衝突を避けるべく、フェイトは静止状態からの急旋回を実行するが、その初動。

 

「くッ……!」

 

 転回する肉体、反転する視界。

 最小限の軌道を思い描くも、疲労に振り回されてあらぬ方向へ吹き飛びそうになる肉体。しかし負けるわけにはいかないと、フェイトは込み上げる吐き気を堪え、飲み込むことで魔力の制動と体幹の軸を踏みとどまらせる。

 結果、闘牛士さながらの翻身で衝突を避けることに成功。

 

「〈傷つけ合う この世界!〉」

 

 そのすれ違いざま。

 脂汗が滲む高町なのはと視線が重なる。

 

 フェイトはついと視線を伏せてしまったが、それでは勝てないと意志を保つ。

 追撃の有無を観察する必要があった。デバイスの挙動、動作に現れる予兆を注視しようと再度顔を上げるが―――――その蒼みがかったその瞳に吸い込まれる。視線を釘づけにされる。

 

「〈吹き飛ばす ハート&ソウルl!〉」

 

 水晶のように透明でありながら海のように深い瞳。そこに映る自身の姿――――フェイト・テスタロッサの姿。脂汗にまみれ、眉を顰め、怯え切ったように弱々しいその姿……。

 

「――――違うッ!」

『Scythe form.Setup.』

 

 母さんの愛情を受けた自分が。

 母さんが望んだ“記憶の中の私”がそんな姿をしているはずがない、と。それは私ではないと、フェイトは魔力刃を振る。在ってはならない迷いを振り払う。

 

 けれど、高町なのはは怯まない。

 

 速度を堕とすことなく、体の両脇から突き出たスピーカーデバイスから推力を噴射。側転による最小限の動きで回避される。そして距離が離れるとすかさず旋回し、またも向かってくる。

 

「〈ハート&ソウル!〉」

 

 高町なのはが、向かってくる。

 愚直にも突進を繰り返す。 

 海上で相対した時よりも速度はない、明らかに消耗している。大型スピーカーデバイスを背負っての機動、その重量と空気抵抗は疑いようもなく負担になっている。推力の源たる魔力にも陰りが伺える、桃色の防御壁の強度と持続性は疑いようもなく低下している。ガス欠は間近、それは間違いないのに――――。

 

「〈ハート&ソウル!〉」

 

 だというのに、向かってくる。

 高町なのはは真っ直ぐに突っ込んでくる。

 

「どうして、前に出てこられるッ……!?」

 

 殺傷設定の魔法に怯え、竦んでいた先ほどまでとは違う。

 

「どうして前に出てこられるッ、痛いのが恐くないのかッ!」

 

 海上での決闘の時のように回避と防御、迎撃に専念しているわけではなく、前に出てくるその胆力。言葉ではなくメロディーを突き付けてくるのはどうしてなのか。気が違ったわけでもなく、理性的で情熱的で、はっきりとした意志を秘めた瞳。

 フェイトはそれらが示す意図を測りかねて、距離を置きたい衝動のままに逃走を選択するが……。

 

――――もう迷わないよ。

 

 高町なのはの宣言が、脳裏を過ぎった。

 

――――もう怖がらない、引き込まれない。私が私のまま、フェイトちゃんを引き寄せる。フェイトちゃんの気持ちに、私のままで。私のハートを、正面から伝えるよ。

 

 理解に苦しむ。

 それが半端な覚悟から口走ったものでないことはわかる。一騎打ちを経て、命がけの状況の最中で冗談を言えるわけがないのだから。そういう性根でないことは、これまでの戦いで理解できる。

 だからこその疑問。

 なぜ、そんなことをするのか。命を懸けて、全霊を賭けてでもサウンドを奏でるその意味が理解できない。どうして“現実の私”なんかに、そんなにホンキで向かってくるのか、と。

 

 フェイトは背中に迫り、覆いかぶさろうと距離を詰めるサウンドを振り切ろうと脚を速めるが――――速度が伸びない。

 

Lack of energy(魔力不足です).』

 

 バルディッシュの警告に気づかされる。

 フェイトは、緊張状態によって覆い隠されてきた自身の疲労を意識してしまう。

 

 途端、急遽押し寄せたのは不調。眩暈が襲い、指先に震えが生じる。リンカーコアが魔力不足に陥った症状の一端、酸欠状態に似た体調不良を自覚する。

 

「限界が、近いッ……!」

 

 海上での決闘。自身が冷静でなかったが故に、繰り返した無謀の攻めの結果。シミュレーションでは想定したことのない連戦が、こんなにも苦しいものだと知らなくて……。このままでは母さんの望み果たせない、母さんの助けにはならない、と。フェイトは強迫観念に圧されて反撃を決心する――――その直後の事。

 

 

『〈―――――〉』

 

 

 鼓膜にキンと通ったのは波動だった。

 神経を駆け巡ったのは電流が流れたような錯覚。

 リンカーコアに突き付けられたのは切れた線が繋がった感覚。

 

「今の、ウェーブはなに……?」

<偽らないで!>

 

 直後、脳裏に通ったのは声音に思えた。リンカーコアに繋がる思念通話とは違う、高町なのはの声に似ているが鼓膜に感ぜられたものではない。妙に芯に響く波動……。

 フェイトは、背後を盗み見る。

 

「〈どんな時でも 強く抱き合えば〉」

<気持ちを偽らないで。本心を話すことを恐がらないで!>

 

 高町なのはの唇は歌声とシンクロしている。

 苦悶の表情、高町なのはもまた消耗しているとわかる。

 なのに、声に似た感覚が聴こえる(・・・・)のはなぜか。音色に詰め込まれた情報とでもいうのか。ダイレクトに思考に迫ってきたその波動がなんなのか、フェイトにはわからない。

 

「〈そばにいなくても 君の声がする〉」

<気持ちを伝えるのは、裏切りじゃないよ! フェイトちゃん!>

 

 耳を塞いでも、リンカーコアの思念チャンネルを切断していても、その的外れな言葉が頭に響く。その眼差しが、見つめてくるから――――。

 

「私の本心は母さんと共にあるっ!」

『Photon lancer.Full auto fire.』

 

 痛みを訴えるリンカーコアから魔力を引き出して射出する。

 歌声を掻き消したくて、頭に響く声を振り払おうと連射するが、それは十数発程度の弾幕にしかならない。心肺機能が全力疾走の負担に耐え切れないのと同じように、リンカーコアが気息奄々と限界を訴える。

 

「裏切りも、何もない……! 母さんの望みが私の望みだっ! 隠し事なんかないっ!」

 

 しかし、高町なのはは身体的な負荷を顧みない急速転回(バレルロール)を繰り返し、直撃コースの射撃を、薄明な桃色の防御壁で相殺しながら直進してくる。焼け付くような眼差しが向かってくる。

 

 その捨て身が酷く“こわい”。

 その真剣な眼差しが、今までにない何かを齎すようで“こわい”。

 

<わかっているはずだよ。フェイトちゃんのお母さんは、フェイトちゃんを見ていない事……>

「そんなことないッ! 母さんは私を見てくれているッ!」

 

 そうでなければ“私”がここにいる意味がないのだから。

 “記憶の中の私”から続く“今の私”の頑張りを見てくれている。期待してくれているから頑張れるのに……。もしも、そうでないのならば――――と。

 フェイトは唇の震えを自覚する。心臓を掴む不安、脳裏から拭いきれない恐れを突き付けられて……。

 

<わかるでしょ! お母さんが、別の誰かを想っているって事……>

「母さんはっ、私を想っているッ!」

 

 そうでなければ、この苦しみは無為でしかないから。

 これまでの全部の頑張りから、意味が失われてしまう。これまでの悲しみ、これまでの辛さの全部が無駄だったってことになってしまう……。もしも、本当にそうだったら――――と。

 フェイトはバルディッシュを握る手から力が抜けるのを自覚する。見ないようにしてきた現実、夢の世界の虚構を暴かれて……。

 

<だって、アリシアさんってヒトの事を――――>

「そんな子、知らないッ!!」

 

 夢に見る過去の日々。映画のように羨望を以って眺めることのできる夢の世界。そこに居座るのが別の“私”でなど、あるわけがないのだから――――と。

 

 フェイトは反転する。

 逃走をやめる。

 

<瞳を開けて、ホントのことを見つめて! フェイトちゃんっ!>

「知らないよッ! “私”以外の“私”なんていないッ! 母さんの子供は私だけだッ!!」

 

 怒りに。

 不安に。

 “こわさ”に。

 

 複雑に絡み合う感情に震える指先でバルディッシュを握り締め、動悸と悪寒に襲われながらもリンカーコアをふり絞る。絞り出して、纏め上げて、今なお向かってくる敵――――高町なのはを睨みつける。

 

 

<変わること、変わっていくことをこわがらないで!>

 

 

 怒りを叩きつけるべき敵を。

 止めどない不安を齎す敵を。

 この世で最も恐ろしい“こわさ”を突き付けてくる敵を。

 

『Thunder Rage.getset』

 

 バルディッシュの切っ先を向けて。

 高町なのはを睨みつけて、叫ぶ。

 

 

 

「私は、フェイト(・・・・)テスタロッサ(・・・・・・)なんだからぁあぁぁぁあぁあ!!」

 

 

 

 母から授かった名前を。

 夢の世界を守る為に。

 夢に見る母との絆を想い続ける為に。

 

 フェイトは、ありったけを撃ち放つ。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 上空より今なお照射され続ける砲撃魔法は、たぶん――――そんなに強いものではない。込められた魔力の総量も、魔法自体の構成も、それほどではない。

 

「〈見、つめ合、って……!〉」

 

 だけど、歌う意思を挫かれそうだった。

 黄金の発光は薄黒く濁り、細く儚いくせにこれまでのどんな魔法よりも強烈な意志が籠っていて。全霊の防御壁を展開し、踏みとどまって尚圧し潰されかねない気迫が籠っていて……。

 

Get out of there now(即座に退いてください).』

「メロディーを、止め、ないで……!」

 

 レイジングハートは真っ赤に点滅しながらも、戸惑いながらもメロディーを続けてくれる。

 それが正解だというのはわかる。戦いに勝つだけならば、フェイトちゃんが放つこの一撃を回避して終わりだと直感できるし、無防備に放たれた砲撃魔法だったから、躱すだけの隙は充分にあったんだけど……。

 

「駄目、だよ……!」

 

 それでも、ここで踏みとどまらなければならないと思った。

 

「ここで、退いたら……誰が! フェイトちゃんの辛さ、を……受け止めて、くれる、のっ……!」

 

 やっと吐き出されたその不安。フェイトちゃんの本心のとっかかりを、ここで受け止めてあげなければ――――もう二度と表に出てこなくなっちゃうから。もう二度と、誰かに気持ちを吐き出せなくなっちゃうだろうから。

 “公園で項垂れる幼い私”が、誰もいない夕暮れの時間からずっと抜け出せなくなっちゃうから。そんな悲しみは、終わらせなくちゃいけないから。

 

「〈届け、たいっ……!〉」

 

 だけど、リンカーコアの出力が続かない。 

 

 限界だった。

 海上での戦いに始まり、ここに辿り着くまでの傀儡兵との連戦に次ぐ連戦……。それがこんなにキツいものとは思えなかったんだけど、魔力の損耗からリンカーコアが悲鳴を上げる。神経が細るような錯覚が全身にいきわたる。冷たい汗がどこからともなく吹き出して、全身の筋肉から内臓に至るまでもが激しく痙攣している。

 

――――フェイトちゃんは私以上に辛いはずなのに、気力で敗けているから……?

 

 踏ん張りが利かない。

 圧し敗けてしまいそうだった。

 

 降り注ぐ砲撃魔法の威力に対して、後方に噴射する飛行魔法の推力が足りない。防御壁の強度を維持できない。じりじりと押し込まれ、高度が下がっていく。リンカーコアをふり絞って、気力をふり絞って、全身の力をふり絞って尚圧し敗けちゃう……。

 

「〈暖か、な……――――〉」

 

 息が続かない。

 歌うどころか呼吸すらままならない。腹の底、体と心の奥の奥からの力をふり絞って尚圧し潰される……。桃色の輝き、身を守る障壁がボロボロと崩れ出す。それを再構成する力は残っていなくて……。

 

「         ッ!」

 

 フェイトちゃんの絶叫が、胸を抉り。

 くすんだ閃光が、視界を覆い尽くしていく。

 

 

 やっと、蓋の奥に隠れた本心を引き出せるのに。

 やっと、ホントの気持ちに届きそうなのに。

 やっと、その手を引き寄せられるのに――――。

 

  

 光の向こう。

 拒絶に表情を歪め、汗と涙に塗れながら気力を振り絞るフェイトちゃんの姿が視えて。夜の帳に取り残される過去の私が重なって。吐き出しようのない後悔の念が胸を埋め尽くす中で、光の奔流が全身に降りかかる。

 

 

――――――――……届かなかった。

 

 

 その無念が、胸の内を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『〈言葉だけじゃ 届かない〉』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど、光を遮ったのは真っ赤な熱気。

 背中を支えたのは、燃えるようなサウンドだった。

 

『〈消えてく熱い想い 歌に乗せ〉』

 

 夕暮れの中で聞こえた、男のヒトの歌声だった。

 

 フェイトちゃんの砲撃魔法が、見えない壁――赤い光に阻まれて目の前で四散する。その障壁は私の全身を包んでいた。それはフェイトちゃんの最後の攻撃を正面から受けながらも、まるでたゆむことのない強固な光で。背中を支えるように暖かくて。

 内臓にまで届く燃えるようなサウンドが、レイジングハートを通じてダイレクトにリンカーコアを揺さぶる。鼓膜に響くそれは、幻や幻聴の類ではなくて。

 

「――――……バサラ、さん」

 

 背後を見上げると目が合った。

 

 理屈はわからない。

 レイジングハートがみせたホログラムなのかもしれないし、ジュエルシードの特別な力がみせた幻なのかもしれない。なんであれ、あの人自身の意志でこの場に現れる事なんてできるわけがない。だって、あの人は危ない魔法に関わらせちゃいけないから。危険な魔法とは、何の関係もないヒトだから……。

 

『やるじゃねぇか。お前も、アイツも』

 

 だけど、その声は紛れもなく彼のもので。その眼差しは、自身の意志でこの場にいることを物語っているようで。幻のように淡い光に包まれた彼の姿がそこにはあって。

 

 少しの、無力感を覚えた。

 自分ひとりの力で――――レイジングハートの助けを借りても、“昔の私”に魔法をかけてあげられなかった事が、ちょっとだけ情けなくて……。

 

『落ち込んでたって、なにも始まらねぇぜ』

 

 だけど、それ以上に――――心強かった。

 かつての記憶を呼び覚まされるように気力が戻ってきた、力が湧いてくるようだった、リンカーコアがどこからか魔力を引き出してくれるようだった。

 まるで魔法に掛かったように、強くなった気がした。

 

 

『いくぜ』

 

 その眼差しが、私が追い続けた黄色い彼女に向けられる。私がやっていること、これからやるべきことが間違いでないというように、背中を押してくれる。

 

「はいっ!」

 

 バサラさんのメロディーに呼応するように、レイジングハートがサウンドを強める。バサラさんの歌声に敗けないように、私も息を吸って――――。

 

 

『〈見つめ合って 伝えよう〉』

「〈暖かな ハート&ソウル!〉」

 

 

 声を重ねて、上空の光を見つめる。

 照射される光の中を進んで、その向こうにいるフェイトちゃんへと飛ぶ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『〈Heart&Soul〉』

「〈ハート&ソウル!〉」

 

 

 驚愕に見開かれた瞳へ。

 蓋をしたような瞳の奥へ。

 蓋の奥の寂しい心へ。

 

 魔法のサウンドにメロディーを重ねて。

 魔法の歌声にハートを乗せて。

 私は、飛び込んだ。

 

 

 

「『〈Heart(ハート)&Soul(ソウル)!〉』」

 

 

 

 そして、フェイトちゃんの透き通る瞳と絡み合う中で。

 悲しみと辛さの奥に飛び込み、ハートと音色が溶け込んでいく中で―――――。

 

 

 

 不思議なことが起こった。

 

 

 

 

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