魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~ 作:どめすと
「どういう、ことだ」
その日、高町恭也は天地がひっくり返っても実現することがないと思われた事態に直面していた。
場所は大学構内に数十とある講義室の一室、時刻は午後の講義開始直前。
これから講義を始める教授は、特別面倒な男であった。
授業の理解度を云々という義務教育さながらの大義名分を掲げて、講義の頭に前回講義内容を盛り込んだテストを行い。講義の最中には後ろの席に座るやる気のなさそうな学生を中心に私見を述べさせ、重箱の隅を楊枝でほじくるようにあれやこれやと口をはさんで時間を浪費し。講義終了時には売店の注文リストを配布して、近年の名著の読書課題を出してきたりと―――それはもう人生の勉強になる講義をする男であった。
それ故、前期日程の半分を消化した頃にもなると、講義に顔を出す生徒も厳選されているわけで。当初は教室を埋めていた六十名近くもの生徒も今や十数人という有様――恭也は両親への義理立てということで、履修単位の全取得の為に嫌々出席していた――で、室内にいる生徒各々は、講義前の予習復習に力を尽くしていた。
だが、そんな懸命な学生らが席についている中で。これから始まる講義を前に、場違いにもぼんやりと窓の外を眺めるだけの男がいた。
「バサラが、大学に来ている……」
この上なく退屈な面持ちで、どうしようもなく諦めた様子で。あろうことか愛用のギターを持たずに。熱気バサラは、柄にもなく大学ノートを広げて席についていたのだ。
明日はドラムスティックの雨でも降るのではないか。いやいや、ひょっとしたらエレキギターの津波でも押し寄せるのではないか、などと。柄にもなく冗談を思い浮かべてしまう程に恭也は動揺していた。
「よう、恭也か」
いつの間にか足は前に進んでいたようで、気が付けばバサラの座る席の横についていた恭也に気の抜けた声がかかった。日頃の熱気バサラと違わない気の抜けた声色にどこかで安堵して、恭也は隣の席に腰かけた。
「どういう風の吹き回しだ……?」
「なにが?」
「どうしてお前が学校なんかに来ているんだよ」
中学時代でさえ学校に顔を出すことも稀で。朝のホームルームで見かけたかと思えば、授業なんか糞食らえと言わんばかりに教室を抜け出して、生徒指導の先生に追いかけ回されていた男が、自主性を重んじる大学の講義に顔を出すなんて……。
「柄じゃないだろ、どう考えても。何か悪いことでもあったのか? ギターも見当たらないし、まさかなくしたのかっ!?」
「置いてきただけだ」
「じゃあ、なんで……――――」
「気分なんだよ」
そうバサラはそっぽを向いた。
人には言えない事情でもあるのかと、恭也はバサラを問い詰めようとしたところで、ちょうど教授が入室してきた為に断念せざるを得なかった。
いつも通りに小テストの配布を始めた教授だったが、バサラを一目見ると、見慣れない生徒だと壇上へ呼びつけた。怒鳴り散らすかと思われたが、大学への在籍を示す学生証の所持を確認し、今日が初めての講義であることを知ると、講義室からの退出を淡々と求めたのだ。
当然の対応だと思う反面、生徒の自主性を考えれば学びたいという意思を尊重すべきではないか、と。恭也は身内びいきを自覚しつつも、教授に物申すべきだと立ち上がったのだが――――。
「よろしくお願いします」
なんとっ!
あろうことかっ!
それこそ天地がひっくり返ったような錯覚さえ覚える程の衝撃を伴いながら、バサラが情けなく頭を下げたのだ。納得できない事にはどうあっても首を縦に振らないあのバサラが、首どころか、腰を直角に曲げ頭まで下げて授業への出席をお願いしていたのだ……。
まさに驚天動地の事態である。
そんな恭也とは打って変わって、教授はその殊勝な態度を受けてなのか。はたまた出席日数不足から何にしても単位は与えられないというある種の余裕からか「まぁいいだろう」と関心薄めに出席を認め、バサラにこれまで講義を簡単に説明し、教科書の読書範囲を指示してからいつものように授業直後の小テストを開始した。
毒気を抜かれて席に着きなおした恭也も配布された小テストにペンを走らせるが、どうにも考えがまとまらなかった。わき目でバサラを盗み見れば、教科書に目を走らせる姿は年相応に理知的に思えた。全くもって、普段の破天荒具合からは考えられん有様……。
――――ありえないっ!
一体、何がアイツを変えたというのか。ギターを人質にでもとられて出席を強要されているとでもいうのか、はたまたこの間のオーロラ、地球磁場の歪みで頭がやられて真人間になってしまったというのだろうか。……いや、普段が狂人じみているというわけではないが。
ともあれ、その後の講義中のバサラは平凡そのものだった。
教授の顔色を伺うことなく楽譜を広げて作曲を始める、なんてことはなく。授業中の生徒に配慮することなくギターを掻いて歌い出す、なんてこともせずに。まるで普通の学生のようにつまらなそうに板書を取りながら、面白みのない面持ちで教授の話に耳を傾けていた。
だがしかし、講義の終盤。
不意にバサラは我に返ったように窓の外を眺めて。
「つまんねぇな」
誰にともなくそうぼやいた。
それでなんとなく理解できた。この異常事態の原因というか、バサラの異常な行動の意味、その意志の源泉。
バサラは自分の心に正直な奴だ。心の底からつまらなそうな顔をして、我慢できずに漏らしてしまったその言葉が本心であるのなら、いつものバサラならば絶対に講義に出席するなどという選択はとらないだろう。
だから、きっと。
今日この場に居るのは誰かの為の行動なのだと理解できた。かつてのように、自分本位の行動をとっているように思えて、実は誰かの為に歌っていたように。誰かの望むように、自分の行動を変えてみせただけの事で。
それはきっと、大学に通うことを望んだ親代わりのレイさんの為なのだろうと、なんとなく理解できた。
それから間もなくして講義が終了すると、恭也がようやく筆記用具をしまい終えたところで、バサラはもう用はないというように席を立っていた。
「おい、次の講義はなんなんだ? 同じなら――――」
「んなもんねぇよ、俺は帰るぜ」
「嘘つけ、お前の講義スケジュール組み立てたの俺と忍なんだぞっ。ただでさえ出席日数が足りてないのに……。おいっ!」
制止の声なんか意にも介さずバサラは足を進めていく。しかし教室の出入り口で足を止めると、そこには不敵な笑みを浮かべるいつものバサラがいて。
「恭也。夜、忘れずに来いよな」
そう言い残して今度こそ行ってしまった。
夜。たしか、それはなのはの友達の送別会とかで、BAR≪シティ・セブン≫に来て欲しいという約束の事だったか、と。恭也は、昨晩にレイからもらった連絡を思い起こす。
そうして「しまった」と思うのも束の間、バサラの姿は廊下にも無く、本当に大学から消えてしまったようだった。
「……まぁ、アイツはあれでいいのかもな」
ここにいることが不自然で、むしろそうである方が自然だと自分を納得させて。恭也は両親への義理立ての為、次の講義教室へ向かうことにした。
そして。
その後、バサラは大学は辞めた。
特別な感慨も、僅かな未練も残すことなく、事務的な手続きを経て正式に大学から去っていったのだが、恭也がそれを知るのはもう少し先の話し――――うだるような熱気漂う梅雨のある日、炎の魔剣を駆る騎士と対峙したその日の事となる。
――――
その日のBAR≪シティ・セブン≫の一階は普段とはまるで異なる空気に満ちていた。商業的な色を潜め、ある種のホームパーティ染みた様相を見せていた。
「アナタ、生地の準備はできた?」
「もちろんだよ。ほら、僕らの愛情が詰まった最高のピザ生地さ!」
まずキッチンに入っているのが高町夫妻。翠屋のパティシエ高町桃子が、これから始まるパーティ用の料理に勤しんでおり、その夫である高町士郎が素材の下添えやら食器類の準備やらに尽くしていた。時折、顔を見合わせてはイチャつき始めるものだから。料理の準備にちょっとした遅れが生じているのは御愛嬌というもの。
「はい、恭也。折角作ったんだから壊さないでよ?」
「俺はそんなに乱暴じゃないぞ……。この紙の輪っかを、アッチの窓枠に垂らせばいいんだな」
「キョーちゃん、不器用だからね」
続いて室内の飾りつけを楽しむ大学生カップル及びおまけ。月村忍が色紙を切って丸めて繋いだ飾りものを制作し、それを高町恭也と美由希が脚立に昇りながら飾りつけを行っていた。忍が休憩を訴えながら恭也に甘えようとするのを、美由希が恋敵のように引き離しにかかろうとするものだから、恭也としては苦笑が絶えない時間であった。
「へっ……」
そして、一階の小さなステージでギターの準備をするのは熱気バサラ。相棒であり店主のレイが所用で不在の為、今は実質的な店主のような彼だが、特別パーティの音頭をとることもせず、ただこれから始まるステージに胸を高鳴らせてチューニングを楽しむばかりであった。
「しかし、いいのかい、バサラくん? 場所を借りちゃって」
「あぁ、レイがいいっつってんだ。恭也の父ちゃんが気にすることはねぇよ」
マスターのレイが不在の為、もともと今日は開店の予定はなかったのだ。その上、電気水道等の費用を支払う必要がない――レイ・ラブロックにひと包み手渡そうとしても受け取ろうとしなかった――ものだから、保護者たる高町士郎としては申し訳なさが先に立ってしまうというものだ。
「すまないね、なのはの友達の送別会なのに」
「町内会のよしみって奴だろ? それに御指名が入ったとなりゃ、俺は大歓迎だぜ」
だが、店主代行のバサラがジャランと陽気な音を奏でるものだから、あまりしつこく言うのも悪いと考えて、高町士郎がお礼を一言述べると、恭也とイチャついていたはずの忍が「そういえば」と脇から出てきた。
「今日の主役ってどういう子なの? 外国に行っちゃうっていうなのはちゃんのお友達」
その隙を突いたのか、恭也の腕に絡みつくように身を寄せる美由希までもがやってきた。
「私も会ったことがないから……。キョーちゃんは?」
「少し前のライブに来ていたって話だから、ひょっとしたらあの子かもしれないな。アリサちゃんみたいな金髪の、ちょっと大人しいタイプの女の子。名前は、確か――――」
途端、コンコンと正面口の扉がノックされた。
「来たな」
すると意外にも。
あのバサラが我先にと来訪者を迎える為に扉を開いた。
ぴょこんと跳ねるツインテールをなびかせて、扉の前に立っていたのは高町なのはだった。
「よう、遅かったじゃねぇか。なのは」
「にゃはは……。その、ちょっとヒトが増えすぎちゃって」
なのはの後ろには、どうしてかなのはとバサラを熱っぽい視線で眺める月村すずかの姿。そして胡散臭げにユーノの顔を覗き込むアリサの姿が目に付いた。
「なのはちゃん、頑張って!」
「なぁんかアタシ、君の事見たことあるんだよね。そのアホ毛とか、首から下げた宝石とか」
「や、やだなぁ、初対面ですよ!」
「アンタ、名前は?」
「僕の名前は――……あっ、いや、あはは……。なっ、ナイショでお願いします……」
そして≪Fire Bomb≫のグッズを持ったリンディと、それに辟易としているクロノの姿。
「なんで後ろに下がってるんです? 母さん」
「いや、だって……あのスーパースターの前なんですよ」
「前に会っているでしょうが……。エイミィとじゃんけんまでしてアースラを出てきたんですから、管理局の代表としてせめて堂々としてください」
「今日はプライベートなのよ。恥ずかしいわ……」
バサラはなるほどと納得しつつ「賑やかでいいじゃねぇか」と再度なのはに視線を落とす。正確には、その隣でどこか萎縮するように肩を丸める、金色の少女を見やり、視線が合って、バサラは思わず微笑んだ。
「よう、俺の歌を聴きに来たのか?」
「はい、来ちゃいました……」
金色の彼女――フェイトは、伏し目がちではあったが視線を逸らすことなくに頷いた。そこにはかつての寂しさは伺えず、バサラは思わずいつものように笑い声を漏らした。
「待ちくたびれたぜ。いつも遠くから眺めてるだけでよ」
「……すみません。なかなか、踏み出せなくて」
なにがきっかけだったのか。
彼女たちの繋がれた手がそれを物語っていたものだから、多くを語る必要はないとバサラは「入れよ」と体を翻す。そして、ふと思い出す。
「そういや、名前――――」
まだ、目の前のこいつの口から聞いていなかったと。夢の中ではなく、現実に現れた少女のその口からきいていなかったと、熱気バサラは真っ直ぐに見つめる。
「名前、なんていうんだ」
すると、金色の少女は息を呑んだ。これまでの彼女らしく戸惑いを露わにしたけれど、ふと向日葵のような眩しさが視界を過ぎって。俯きかけた顔が上がり、表情には意を決したという勇ましさが宿り、金色の少女は目を逸らすことなく息を吸った。
ただ、胸を張って顔を上げて。
どこか自慢げに。
どこまでも誇らしげに。
フェイトは叫ぶ。
「私の名前は、フェイト・
親愛なる母親から与えられた自分だけの名前を、フェイトは叫んだ。
遅くなりますたが、あけましておめでとうございます!
ジュエルシード編をなんとか完走したので、次回からA's編をやれればと思います!
いつも読んでくださってありがとうございます!
後、今回の挿絵ですが、バサラさんの影を描くのを忘れていましたぁ…
修正が面倒なのでこのままでオナシャス!