魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『ふたりはマブダチなの?』

 ビル街はすでに茜色に染まっていたが。

 月村(しのぶ)は、念のため腕時計を確認する。

 

「もうちょっとね」

 

 妹の習い事が終わるまでは。

 忍は足を速めたが。よくよく考えてみれば、あと少しというには余裕がありすぎる時間。早く到着しても仕方がないし、他に用事もない。

 気が逸りすぎたのを自覚して、歩幅を小さくするとビルを仰いで一息。

 

 

 忍は、妹の月村すずかを迎えに海鳴市ビル街を歩いていた。

 すずかの週二回の習い事。友達のアリサ・バニングスと一緒に通うバイオリン教室のお迎えに。

 

 決められた曜日に二日間。平日の放課後にある習い事であり、普段は使用人運転による車通い。すずかとアリサが「一緒の車がいい」というものだから、月村家とバニングス家が交互に送り迎えをすることになっていた。それが日常になっていた。

 

 しかし今日はその日常が、少しだけ異常に変わる。

 

 本日の送迎担当が月村家であることに変わりはない。送りは車であり、習い事の時間帯もスケジュール通りであることも変わりはなかった。

 変わったのは迎えに行く人と手段。

 つまり、すずかの姉と、すずかお付きのメイドが、徒歩で迎えに来たというわけであり。

 

 

「あいたっ」

 

 背中に柔らかい衝撃と、後ろを歩いていたメイド、ファリンの悲鳴が聞こえて「大丈夫?」と、忍は振り向いた先で尻もちをつくファリンに手を伸ばした。

 

 ファリンはその手を取って「ありがとうございます~」と子供のように顔をほころばせたかと思うと、しまったといわんばかりに慌てて立ち上がった。

 

「ご、ごめんなさ~い」

「いいのよ。私の方こそ、ごめんなさいね」

 

 忍は漏れ出る笑みを隠すために口元に手をやった。

 

 ファリン。

 月村家の使用人で、主にすずかの世話役を任せている。だから、忍とふたりっきりになる事はそれほど多くない。だからこそ、ファリンの素直さが、新鮮で面白くて。

 

「ファリン、スカートが折れたままよ」

 

 ファリンは顔を赤くして、バサバサとスカートの裾を揺すった。

 そういうところが忍は好きだった。妹のすずかがしっかり者だから、ファリンの抜けたところが忍は新鮮で好きだった。

 

 ファリンは取り繕うためなのか。衣服の汚れを払ってからわざとらしく咳払いをして。

 

「どうして車じゃないんですか?」

 

 拗ねたような口調でファリンは言い放った。

 自分が転んだのは、すずかのお迎え方法を急に変えた忍のせいだ、と。拗ねているようにも聞こえて、忍はもっと意地悪をしてあげたくなったが我慢する。

 

「たまには散歩もいいものでしょ」

 

 たまには。

 そう思ったから。

 たまには、姉がサプライズで迎えに来たら喜ぶんじゃないかと思って。たまには、妹とその友達を誘って、街を歩いてどこかで外食でもしようと、なんとなしに思い立ったがゆえの行動。

 

「気まぐれよ」

 

 理由はそれだけ。

 

 はぁ、と頷いたのかよくわからないファリンだったが、不意に街中の広場を指差して「忍さま、あれはなんです?」と首を傾げた。

 

 何かを囲う十人程度の集団、静かな人だかりに足を向ければ、車のエンジン音に紛れて音楽が聞こえるようになってきた。

 

「あれは、ストリートライブね」

 

 アコースティックギターらしき音色に、男性の歌声が聞こえるから。途端、ファリンは目を輝かせて大きく足を踏み出した。

 

「じゃあ、すごい音楽家のヒトがいるんですね!」

「期待できないわね、あの規模だと。……残念、ちょうど終わったところみたい」

 

 ばらばらと人が散り始めて、ファリンの歩幅ががっくりと小さくなった。忍も特別興味があったわけではなかったので足を止めてファリンを待つ、が。

 

「あら?」

 

 目に入ったのは、散り散りになった人だかりの向こう。露わになった青年の姿に、忍は遠目ながら既視感を覚えて。

 

「あいたっ」

 

 忍は後ろからきた振動に「ごめんなさい」と残して、青年へと向かう。

 

 アコースティックギターを背負いあげた、同い年ぐらいの青年。

 頭をぎゅうぎゅうに絞めつけるような、明らかにサイズの合わないキャップをかぶっている。しかも小さな丸メガネ迄かけている変な青年。

 だけど、既視感があった。

 

 近づくにつれ、既視感が記憶の姿に重なっていくのが分かって。

 

「ねぇ、あなた。熱気バサラでしょ?」

 

 忍は、青年に話しかけていた。

 反応はあった。青年は呆けるような目つき、誰だといわんばかりの表情だったが、近くでまじまじと見て確信した。

 

「やっぱり、バサラじゃないの」

 

 青年――熱気バサラは口を開きかけてやめたが、その表情が若干の驚きを帯びた途端。

 

「お前、忍か?」

 

 バサラはやっとのことで思い出してくれたようで。

 でもそれがバサラらしくて、忍は嬉しくなった。

 

「久しぶり、バサラ。本当に帰ってきていたのね」

 

 恭也から聞いていた話ではあったが、実感を得られなかったから。

 だから忍は、遠く聞こえた噂話を、バサラらしき人物が行った事件が、本当かどうか知りたくて。

 

「聞いたわよ。アメリカで銀行強盗を捕まえたって」

「んなことしてねぇよ。俺は――――」

「『歌いたいときに歌ってただけ』でしょ」

 

 やっぱり本当なんだ、と。つい笑ってしまう。

 

「……わかってるじゃねぇか」

「まあね」

 

 中学生の頃に、そう言いながら駆け回っていたバサラを知っているから。

 拍子抜けしたようなバサラを改めて見直す。

 

 変わらない。

 目に含まれた色や纏う空気、においも仕草もまるで変わらない。たぶん中身も昔のまま、以前と変わらない。変わったのは成長した見た目だけ。

 

「なんだよ」

 

 長いこと沈黙していたのがよくなかったらしく、困惑しながら見つめ返してきたバサラ。

 

「ごめん、ちょっと気になっちゃって。そのギター、昔からのやつよね?」

「ああ、ガキの頃からな」

「かなり古いけど、買い換えようとは思わないの?」

「俺の相棒だぜ、とっかえひっかえするわけねぇだろ」

 

 忍は楽器に興味があったわけでもないので「それもそうね」と切り上げて、キャップというよりは帽子と呼んだ方が適切なそれを指して。

 

「じゃあ、その帽子は観客(オーディエンス)の贈り物?」

「よくわかったな」

 

 バサラは顔をしかめながら帽子のツバを居直した。

 

「貰いもんだからよ、被らないわけにもいかねぇだろ」

 

 戦隊ヒーローの刺繍がなされた帽子。子供用か幼児用か、それほどまでにサイズの合わない帽子は、バサラの頭を万力のように締め付けているように見える。

 

「痛くないの?」 

「……まあな」

「やせ我慢はよくないわよ」

 

 そうやって言葉で語ろうとしないことも前と同じで。初めの頃は不愛想だと思っていたけど、それがバサラなんだとわかってからおかしくて仕方がなくて。

 

「ふふ」

 

 漏れる声を抑えきれなかった。思った通りだったから。バサラが、バサラのままだったから面白くて、笑ってしまった。

 

 

 だから、なのだろうか。

 

 

 バサラは痛みを忘れたようにぽかんと口を開けたかと思えば、遠くを見つめるように目を細めて。

 

 

「お前、変わったな」

 

 バサラは、そう微笑んだ。

 それは愛想笑いとは違う。同級生の気さくな感じとは違う、親しい恭也のものとも違う。もっと別の、身近に感じる温かい微笑みに思えて。

 

 

「あの~。お、お話しちゅうすみません」

 

 

 なにが、と疑問を口にすることもできず、忍は後ろのファリンへと意識を引かれた。耳元で「すずかちゃんのこと。そろそろ時間が……」と囁かれて、忍は腕時計を確認する。迎えの時刻は目前だった。

 

「あら、ごめんなさいバサラ。これから妹を迎えにいかなきゃいけなくて」

 

 まだまだ話したいことはたくさんあったが、すずかの事だって大切だったから。

 

「ああ、じゃあな」

 

 だけど、バサラはそんな名残惜しさを感じさせることもなく去っていく。

 それがなんだか悔しくて、忍は「バサラ」と呼び止めた。

 

「ライブ、やるんでしょ? 次の休みに。恭也から聞いたよ、中学の同級生を集めるって」

「まあな、お前も来いよ」

「もちろん。聴きに行くからね」

 

 立ち止まって、振り向いてくれたバサラに、忍は「絶対」と付け加えた。

 

 するとバサラは、背負ったギターを抜いて笑った。

 子供のように。昔と変わらないふうに。

 

「最高のサウンドを聴かせてやるぜ」

 

 ジャンっと。

 満足気に掻き鳴らした音色を残して、バサラは行ってしまった。

 

「……この後も、どこかで歌うんだろうなぁ」

 

 その後ろ姿に忍もなんだか満足して、忍はすずかを迎えに行こうと踵を返す。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 アリサ・バニングスは布を噛みしめていた。舌に触れると、味なのかよくわからないものが味覚を伝ってきて、ぞわぞわとした気持ち悪さがこみあげてくる。

 

 だけど、それ以上に。

 

「なに睨んでんだ、てめー」

 

 陽が落ちた廃ビルの中。

 電気も通っていない暗い一室で、覆面の男が目の前にナイフをちらつかせる。すると他に3人は見える覆面の男のうち、体の大きなひとりが「人質に傷をつけるな」とナイフを取り上げた。

 目の前の脅威が去って、アリサは心が軽くなるのを自覚して、悔しくなった。

 

 屈辱だった。

 アリサの父は世界を股にかける実業家だ。いろいろな国で、いろいろな人と、いろいろな商売をしている。カネが絡む。カネがあるから、味方ができて、事業ができて。

 敵ができて、争いが起こる。騒動が起こる。

 例えば今、アリサの身に降りかかっている火の粉のような。

 

 

 習い事の帰り道を狙われた。

 その日はすずかと一緒に、すずかの家の車を待って、大人と一緒に帰るつもりだった。しかし習い事を終えたアリサたちを迎えに来たのは、すずかの姉である月村忍であった。

 

――――久しぶりに一緒に外食でも、と思ったのだけど。

 

 忍。友達の姉の、柔らかい微笑みがアリサに向けられて。

 アリサはお誘いの言葉が飛び出す前に「いいのよ」と、すずかの背中を押してあげた。

 

 家族の時間。

 その尊さをアリサは身に染みて知っているから。父も母も、それぞれの仕事を全うするために、世の中のために家を空けてばかりだから。家族と一緒にいる時間は少なく、ご飯を一緒にするとなれば希少で、アリサにとってはとても大切な時間だった。

 そんな特別な時間に、友達とはいえ、他人が入り込むのはいけないことのように思っていたから、アリサは手を振って別れた。

 

 いつも送り迎えをする大人がいない、ひとりの時間ができた。

 その隙を狙われた。

 

 

 

「楽なもんだったな」

 

 街で見かける学生と同じように笑う彼らに、アリサは捕まったのだ。

 誘拐されたのだ。たぶん、身代金目的の。

 

 屈辱だった。

 父と母に迷惑をかけたことに。こうならないために、いつも送り迎えをしてもらっていたのに。アリサは自分が許せなかった。自分を曲げなかったがゆえに、こうなってしまったことに。

 

「で、これからどーすんの?」

「バニングス家の恐怖心を煽り立てる」

 

 存在感のある覆面男が――たぶんリーダー格なのだろう――はっきりと言った。

 

「はじめは電話で悲鳴を聞かせる。それでダメなら娘の持ち物をズタズタにして送る。それでダメなら写真かビデオレターか、娘の悲惨な姿を送り付けてやるさ。それでダメなら……。まぁ、最終手段になる、な」

 

 わざと聞こえるように。

 仲間に話しかけているように見せて、アリサに脅しかけるように。

 リーダーの男は告げてから、アリサの目の前にしゃがみ込んできた。腕の入れ墨を見せるように頭を撫でてきたのだ。ただ触れただけように、モノを扱うように。

 

「わかってるよな、娘さん。あんたができるだけ怖がってくれれば、早めにお家に帰れる。大人しく言う通りにすれば、痛いこともなく家族に会える」

 

 いいな、と。リーダーの男はマスクの奥の瞳で威圧してくる。

 

 ふざけるな、と。アリサは睨み返す。誰が言うとおりにするものか。誰が悪党に手を貸すか、と。心の中で、アリサは自分の正しさを繰り返す。

 

 だけど、リーダーの男はまるで気にも留めずに、今度はアリサの首の後ろに手を伸ばしてきた。アリサは口元の異物感が緩むのがわかった。

 (くつわ)代わりの布がなくなったのがわかったから。

 

 

 アリサは大声を上げた。

 

 

 

「――――うッあァ」

 

 だけど、背中に加わった痛みに、それもすぐに引っ込んでしまう。

 

 息ができない。痛い、苦しい。

 踏みつけられた。殴られた。

 どっちかはわからなかったけど、痛いのと苦しい感覚が止まらない。

 

「娘さん、あんた賢いんだろ」

 

 頭の上から苛立ちが耳に入る。

 呼吸が戻りつつある中で、アリサは見上げる。遥か頭上にいる男を。リーダーの男は「知ってるぜ」とため息をついた。それが何を指すのか、アリサはすぐに思い知った。

 

「成績は学年トップクラス。クラスメイトからは人気があって、仲のいい友達が二人いる。さっきの女の子は月村すずか。一緒にバイオリンを習っている。彼女も金持ちだったな。今日は、お姉さんの月村忍とメイドと一緒に帰った。前の日は、友達二人、月村すずかと高町なのはとで塾に――――」

「やめてッ!」

 

 明確な脅し。

 自分の事はいい。痛みはなんとか耐えられるから。どんなことでも。

 でも友達や知り合いはダメ。耐えられない。どんなことでも。

 

「賢いね」

 

 リーダーの男はそう言うと携帯電話を取り出した――が。

 

 

 

「〈さぁ 始まるぜSaturday Night!〉」

 

 

 

 廃ビルに木霊するメロディーが、リーダーの男の動きを止めた。

 階段を上がってくる陽気な音楽。

 

「〈調子はどうだい?〉」

 

 それが、室内の出入り口に姿を現した。

 キャップを被った大人の男が、ギターを弾きながら立っていた。

 

「おい、誰だ。こんなバカ呼んだのは」

「じょーきょーわかってますぅ?」

 

 覆面の内の二人がギターの男に接近する。手に刃物を備えて。

 だけど、ギターの男は歌うことをやめなかった。数秒見つめ合った彼らだったが、しびれを切らしただろう。下っ端の男が刃物を振りかぶった。

 

「危ない!」

 

 アリサは叫んでいた。

 でも目に入ったのは、それを空振りする下っ端の姿。

 

 ギターの男はズカズカと部屋の中心まで入り込んできた。

 リーダーの男の目の前に。

 部屋の奥にいた一人と出入口の男二人。リーダーの男を含めて、四人の男が部屋の中央に集まった。その中心で、体を陽気にゆすりながら歌うギターの男。

 

「〈Hey Everybody! 光を目指せ! 踊ろうぜ!〉」

「勝手にやってろ」

 

 目の前であんな声を出されたら誰もがそうなるだろう。

 リーダーの男は握った拳を、ギターの男へと振り切った。

 

 しかし、空振り。

 

「――――お前ッ!」

 

 リーダーの男がもう一度殴り掛かる。

 空振り。

 脚を振り回した。

 空振り。

 掴みかかろうとした。

 空振り。

 

 ギターの男は、歌いながら難なくそれを避けていく。まるで踊るように。リーダーの男を真っ直ぐに見つめながら。瞳を逸らさずに、ギターを弾くのをやめずに。

 

 視界に映る誘拐犯は全員、ギターの男の周りに固まっていた。

 よくわからないがチャンスだ、と。

 アリサは呼吸が整ったのを自覚する。体に力が入る。いつでも走り出せた。だから。

 

「おっ――――!?」

 

 足腰に力を入れて、近くにいた下っ端に体当たり。

 目の前で呆れ顔をさらしていた男が情けなく転倒する様に、ざまーみろと鼻を鳴らしてやった。アリサは勢いのままに部屋の出入り口へと疾走するが。

 

 

「騒がしいと思えば」

 

 

 出入口から五人目の誘拐犯が現れたのだ。

 

「ガキなんか痛い思いさせれば一発っしょ」

 

 キャンプなんかで見かけるアウトドア用の大型ナイフを片手に。

 アリサが両手でも握り切れない刃物を振りかぶって、男は汚く哂った。

 

 アリサは、逃げられなかった。

 突然の事に固まって。

 刃物が怖くて。

 だから。

 

――――そんなの、怖くない。

 

 睨み返した。

 

 汚い大人に負けないように。

 何でも思い通りにさせないために。

 せめて、自分を曲げないために。

 

 

 しかし、その刃が届くよりも前に。

 

 

 

「んなもん振り回すな!」

 

 

 

 出入口の男の頬にめり込む、ギター男の手が――固く握られた拳が目に入った。

 ギターを片手に、アリサを追い越して、悪をやっつけた。

 

――――HERO。

 

 その姿は、まさしく正義のヒーローだった。

 その瞬間だけは、間違いなく。

 

 しかし。

 コンクリートがむき出しになった床に、五人目の誘拐犯が音を立てて倒れこむと「あーっ!」っと、まるで花瓶を倒した時のような声が、ギターの男から上って。

 

「殴っちまったじゃねぇか!」

 

 その姿は衝動的に手を出してしまった時の、クラスの男子のようで。

 男のヒトは怒り心頭といった眼差しを見せた。

 

 

 アリサに対して。

 

 

 なぜ、という疑問が真っ先に浮かぶ。

 しかし、男のヒトはなにかを口ごもってやめた。まるで怒ろうと声をためた父が自制したときのような、そんな顔つきだった。

 

「――――いくぜ」

「なっ」

 

 そんな言葉と共に、アリサは体が浮くのを感じた。

 ギターの男に抱えられ、廃ビルを飛び出し、誘拐犯から逃げきることができたのだ。

 

 

 

「ほら、歩けるだろ」

 

 アリサが地面に降ろされたのは街中の比較的大きな通り。部活終わりの高校生がちらほらみえる時間帯だった。

 

 街灯が上から降りかかる。

 帽子のツバで影になった男の目元を見上げながら、アリサは「ありがとう、ございます……」と、とりあえず頭を下げた。

 

「次から気をつけろよ」

 

 男のヒトはギターを背負うと、後ろ手を振りながら去っていく。

 

「まって!」

 

 アリサがとっさに声を上げると、男のヒトは「なんだよ」ち立ち止まって振り向いてくれた。

 

 予想外だった。

 こういう時、ヒーローはなにも告げずに去っていくものだと思っていたから。なにを言うべきか。アリサは戸惑った。だから、とりあえず思いついたこと。

 

「なんで、歌ってたの?」

 

 男のヒトの行動、その意味が分からなかったから。

 警察到着までの時間を稼ごうとしたのかもしれない。もしそうなら、今頃はパトカーのサイレンで街が騒がしくなっているはずだが、それはない。

 道化を演じて、隙を見て助けようとしてくれたのかもしれない。もしそうなら、アリサが出入り口に走った時に怒ろうなどとはしないはずだ。

 

 なにか考えも及ばない、すごい理由があったのかも、と。アリサはどんなことを答えるかとドキドキだった。だけど、答えは別段大したものではなかった。

 

「そうしたかったからだ」

 

 ただそれだけだ、と。

 本当にそれだけのようで、男のヒトは口を閉じた。

 

「なら、なんで怒ったの」

「怒ってねぇだろ」

 

 そっけなく答えた男のヒトに、アリサは胸の中にこみあげるものを感じた。

 

「あれは怒ってる顔だった」

「怒ってねぇだろ」

「怒ろうとした!」

 

 苛立ち。

 真剣に答えてもらえない、取り合ってもらえない。そういうことに対するいら立ちが、抑えようとしても声にのってしまった。

 すると男のヒトは「……まぁな」とどこかを見やった。

 

 アリサは我慢がならなかった。

 言葉で語ろうとしないその態度に。恩人だとわかっていても止められなかった。

 

「なんで歌ったの! 意味がわからない! あんな怖い人たちの前で歌って、理由がないでしょ!? しかもアタシが邪魔したみたいに怒って……! なん―――――」

 

 だけど、頭に押し付けられた何か。

 

「なによこれー!」

 

 視界が塞がれて、頭がぎゅ~っと強く締め続けられる感じ。もがいてみても外れないそれ。

 

「気をつけて帰れよ、じゃあな」

「あ、こらっ! まちなさいよ! なにこれ、取れないじゃない!」

 

 足音が去っていく。

 それが聞こえなくなった頃、アリサはやっと頭に被さったものをとることができた。

 

「……なにこれ?」

 

 ≪温風戦隊サーキュレンジャー≫。

 カラフルなタイツ姿の五人衆が、カラフルな爆風とともにプリントされた帽子だった。

 

 見回しても、あのギター男は見当たらない。

 手元に残った帽子を捨てるわけにもいかなくて。

 

「うわ、きっつ!」

 

 かぶってみた帽子は、頭が締め潰されるぐらい小さくて。

 とても被ってはいられなかったので、鞄の中に押し込んでやった。

 

「なんなのよ!」

 

 すっきりしない感情と一緒に。

 






今日のバサラのお歌。

曲名:PLANET DANCE
歌手:FIRE BOMBER
作詞:K.Inojo
作曲:須藤英樹

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