魔法少女リリカルなのはS.F.~お前にラブハート~   作:どめすと

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『魔法はハート! なの!』

 

 その樹木は延々と繰り返してきた。

 脳と神経を持たない植物は“知能と知性なき意識”の中で繰り返してきた。

 

 必要な栄養と水分を土壌から吸い上げ、日光を求めて幹と枝を伸ばし。気温が低くなれば葉を落とし、高まれば葉を生やして種を飛ばし。共生できる生物には栄養を与え、外敵が現れたら毒素を排出し……。

 

 外界の変化を受けて状態を変え、長い年月を繰り返してきた。

 

 そこに思考はなかった。

 あるのは意識のみ。

 自己と外界を区別して反応するだけの意識のみがあった。

 

 

 そんな“彼”が、知能と知性を獲得したのは突然だった。

 

 

 街中でコンクリートに囲まれながら人々を見下ろしていた樹木は、いつものように流れる時間に身を任せていた。何も考えることはない。そもそも考える知性がなかったのだから。

 そんな樹木の前に現れたのは少年と少女と、魔法の石だった。もちろん樹木にはそんなことは見ることも感じることもできないが、ともかく現れたのだ。

 きっかけが。

 

「木野さん、これあげるよ」

 

 少年が青い宝石を少女にプレゼントした。

 少女は嬉しそうにそれを受け取って、少年は願った。

 

――――二人で一緒にいたい。

 

 そんな子供の情事とともに樹木は“彼”としての知性と思考する知能を得た。魔法の力を付与された。魔法の石によってもたらされた指令と共に。

 

 “彼”にとって諸々の事情など必要のない些事にすぎなかった。

 “彼”にとって必要なことはただ一つ。

 “彼”に考える力をもたらした魔法の石による指令のみ。

 

 少年と少女を、永遠に二人っきりにすること。

 その指令を果たすことだけが“彼”が思考する目的であった。

 

 だというのに――――。

 

 

「〈ここに来ると思い出す〉」

 

 

 守るべき対象から引き離すことのできない“男”がいた。

 いくら根や枝でひっぱたこうとしても、捉えきれない小さな人間がいた。

 

 “彼”に視覚はない。あるのは魔法の石によって与えられた不思議な感覚。排除すべき敵を認識するための機能と、攻撃するための手段。そして予め備わっていた触覚のみだった。

 

 だからこそ、疑問だった。

 

「〈まだ夢ばかり見ていた頃を〉」

 

 “彼”には聴覚はない。音を聞くことはできない。できることといえば、空気の振動を肌で感じ取る事だけのはずだというのに“彼”には“聴こえていた”。魔法の石によって与えられた不思議な感覚を通して。

 

 歌が聴こえていた。

 

――――この男は危険だ。

 

 “彼”は直感した。

 “彼”の思考の核にあたる部分が焦りを伝えるから。単なる空気の振動、波長の長短と振れ幅の大小の違いに過ぎないはずの音の塊が、“彼”に得体の知れない焦りをもたらした。そして思考させた。

 

――――この男はなにをしている。

 

 

「〈まだ失くしたわけじゃないんだぜ!〉」

 

 この男はなにをしているのか、と。

 冬の寒気に触れた時のゾクゾクがこみあげてくる。

 害虫に噛みつかれた時のゾワゾワがこみあげてくる。

 

 だというのに陽光にも似た温もりを、“彼”は感じていた。

 

「〈ひたむきなあの愛を〉」

 

 なにかが“彼”の意識を引っ張り上げようとしていた。

 

――――何が、起きている。

 

 なにかが陽光のように“彼”の意識を惹きつけていた。なにかが起きていた。なにかが“彼”の核に起き始めていた――――が。 

 “彼”の思考は別の意識によって引っ張られることになる。

 

 

『強引すぎるのはよくないよ!』

 

 

 また音が聞こえて。

 直後に桃色の光が、真夏の日差しのような熱気を以って“彼”の核を揺さぶった。なおも照射される衝撃に知能と知性を剥奪されていく“彼”が、その最後の瞬間に感じ取ったもの。

 失われていきつつある“彼”の知性が感じたのは、悲しみだった。

 

 

 

――――――なんで俺の歌を聴かねぇんだ!

 

 

 

 男の悲痛な叫び声だった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「はひ~」

 

 なのはは肩で息をしながら、眠気まなこをこすりながら。夜道の先を行くユーノのおしりを見失わないように歩く。足を引きずる。

 

「なのは、大丈夫?」

「うん、へーきぃ……」

 

 身体は重いけど、歩いて帰る分には問題なかったから。やるべきことをやった後だったから、疲れは達成感だと思うことにしていた。

 

「これで5個目だね」

 

 レイジングハートの内側で眠る5つの感覚が、達成の証だったから。。

 

「ありがとう、なのはのおかげでまた一つジュエルシードを回収できたよ」

 

 ユーノが心の底から安心してくれるから、なのはは頑張れた。

 

 なのはが魔法の力を手にしてから1週間が経とうとしていた。

 ジュエルシードを集めるために、なのはは街中を練り歩いた。学校が終わってから街を歩き回って、夜の街にこっそり飛び出して、なのはが封印したジュエルシードは3つ。つまりレイジングハートの中で眠るジュエルシードは5つになっていた。誰かが傷つくことなく早くも目的の4分の1が達成されて、なのはもユーノと同じように安堵の息をつけた。

 

「ごめんね、大変な思いをさせちゃって」

 

 それをため息と勘違いしたのか、ユーノは足を止めて細い眉をひそめていた。

 

「ユーノくんが謝ることないよ。私がやりたいと思って頑張ってることだから」

「でも。なのは、すごく疲れてるから……」

 

 たしかに、と。なのははちょっとだけ思った。

 学校の事、授業の事、家族や友達の事。全部を疎かにしないように頑張るのは大変だと実感していたから。

 それでもユーノが謝るのは、間違いだと思って。

 

「大丈夫だよ。ジュエルシードを封印しないと、他のみんなが大変なことになっちゃうから」

 

 誰が悪いのか、誰が謝らないといけないのか。今はそういう問題じゃないと思えたから。今はただできることをやることが正しいと思っているから、ユーノに心配をさせたくなかった。

 でもユーノの表情は浮かれなくて、なのははどうしたらいいかわからなかった。

 

「なんなら、僕がおぶっていこうか?」

「え?」

 

 ユーノの提案が考えもつかないものだったから、なのはは困った。

 

 おぶる、おんぶする?

 誰が、誰を?

 なのはは、若いお母さんが赤ちゃんをおんぶする姿を思い出して、その役割が入れ替わるさまを想像してみて、面白かったから。

 

「な、なんで笑うの!?」

「あはは! だって、ユーノくんにそんなことさせられないよ!」

 

 潰れちゃうよ、と。正直に言うのは、男の子のユーノには失礼な気がしたから思いとどまる。ユーノは納得がいかないように口をムッとさせたけど。

 

「明日は、ジュエルシードのことはお休みにしよう」

 

 ちょこちょこと進み始めたから、なのはもついていく。

 

「家でも学校でも、ジュエルシードのことを考えてちゃ気が休まらなかったでしょ? だから、明日はそういうことは全部忘れてさ、楽しんできなよ」

 

 明日。アリサとすずかと一緒にサッカーの試合を見に行く。応援に行く約束があったから、ユーノはそういうふうに言ってくれたのだとわかった。

 

「でも……」

 

 ちょっとでも早くジュエルシードを集めなきゃいけない、と。やらなきゃいけないという気持ちと焦る気持ちが沸いてくるから、首を縦には振れなかった。移動の合間とか、サッカーの試合中でも、ジュエルシードを探すための魔法は使えると思ったから。

 

「大切な友達との時間なんでしょ?」

 

 だけど、ユーノはそういうふうに言ってくれたから。大切なことのどちらもおろそかにしちゃいけないと思ってしまったから。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

 

 

 

 これが、前日の夜の出来事で。

 なのはは、後悔していた。

 

 

 

 海鳴市に出現した樹木を眺めて、なのはは体が力を失っていくのが分かった。

 まるでコンクリートを割って芽を出す草のように、家々を割って立ち上る巨大な樹木が点々と存在する街。壊れ傷ついた街を前にして、なのはは心が力を失っていくのを自覚した。

 

「私のせいだ……」

 

 ジュエルシードが引き起こした事。

 それは結果。だけど胸の内側に渦巻く力が教えるのは、この事態を止めることができたかもしれないという後悔。

 

「佐山先輩から感じたのとおんなじだ……」

 

 ≪翠屋JFC≫の祝勝会で、佐山から一瞬だけ感じたジュエルシードの感覚。それと同じ波動を、なのはは感じていたから。

 

「なのはのせいじゃない。なのはは頑張ってるよ!」

 

 なのはだって、そのつもりだった。

 だから、甘えてしまった。

 今日はお休みという自分勝手な約束に甘えてしまった。甘えて、気のせいだと思い込んでしまったから。取り返しのつかないことになってしまった。

 

「≪失われた遺産(ロストロギア)≫は、僕たちの想像を超える物なんだ! だからこんな事態、予測なんて誰にもできないんだよ!」

「違うの、私見ていたのに。感じていたのに、気のせいだって思い込んじゃって……」

 

 もしも、あの時。

 勘違いだと自分の感覚を否定していなければ。行動していれば、こんなことにはならなかったのに。街が傷つくのを、止められたのに。いまなお暴れるづける樹木の根や枝という猛威なんて、存在しなかったはずなのに……。

 

 いつかのように、体が沈んでいくような錯覚が襲う中で、なのはは思い出す。

 

 

――――落ち込んでるだけじゃ、何も始まらねぇぜ。

 

 

 不意に、手の中に熱を感じた。

 それは赤い宝石の振動。

 

『Stand by Ready.』

 

 電子音が、声となって告げた。

 レイジングハート。

 なのはの魔法の力を引き出してくれる、意思ある魔法の杖。

 

「そう、だね」

 

 できることがある。

 こんな状態になっても、やれることがある。

 落ち込んでいるだけじゃダメだと、わかっているから。

 

「〈突撃らぶはぁーと!〉」

 

 なのはは、胸の奥に熱が宿った気がした。

 

「レイジングハート!」

『Set up.』

 

 レイジングハートがその姿を、なのはの姿を、変えていく。白い魔法の服に覆われ、杖となったレイジングハートを掴んだなのはは、力の漲りを感じていた。

 

「ユーノくん。どうすれば止められるの」

「ジュエルシードの本体を探すんだ! 探して――」

「封印すればいいんだね」

 

 やるべきことが分かれば、方法は簡単だった。

 わかるから。

 考えなくても感覚が方法を教えてくれる。

 

「お願い、レイジングハート!」

『Area Sercher.』

 

 レイジングハートが導いてくれるから。

 それは文字通りの広域探索魔法。ジュエルシードの波動をキャッチするための魔法。

 

 なのはの感じる心が、無数の光球となって散っていき、頭の中でぼんやりとした映像がひっきりなしに入ってくる。

 メインストリートを逃走する人々。崩れつつある肉屋≪よしおか≫の瓦礫から脱出する親子。転倒した車の中で縮こまる少年。大樹のもっとも苛烈な攻撃と向き合う男の人。十字路の中心から生え伸びる巨大な樹木――――。

 

「――――見つけた」

 

 中心は北の方角。六キロ先の樹木の中で抱き合う少年少女。なのはの光球が、彼らに触れた時、あるイメージがなのはの脳裏に映し出された。

 

 それは、少年のプレゼントだった。

 なのはが見かけた、ジュエルシードをもっていた少年。彼の気持ち。大切な女の子に贈った、宝石のような石。少年の願い。女の子に喜んでもらいたい、手を繋いで二人で歩きたいという純粋な想い。

 それを愚直なまでに実現した大樹が、何をしたかったのか。

 

「この木、優しいね」

「……なのは?」

 

 なのはは、理解できた。

 

「男の子と女の子が、二人が一緒になれるように、がんばりすぎちゃったんだね」

 

 街に生え出た木々が、二人の距離を縮めようとしたことを。二人だけの世界ができるように。他の何をおいても、二人の世界を優先した事が、理解できた。

 

「でも、ちょっとだけ。強引すぎるのはよくないよ!」

『Shooting Mode. Set up.』

 

 なのはに呼応するように、レイジングハートの形態が変わる。離れていても、なのはの力を十全に届けられるような、高出力のエネルギーに耐えうる形態。

 

「まさか、なのは! この距離から!?」

 

 魔法の力が、レイジングハートに集まっていくのがわかる。

 胸の中から湧き出る力が、束になっていく。

 

「封印する! やって! レイジングハート!」

『Divine buster.』

 

 収束する光が、桃色の光線となって。

 なのはの研ぎ澄まされた神経が定めた狙いへ、ジュエルシード本体へと照射される。

 ジュエルシードの抵抗。光の防壁が抵抗するも、なのはの精神力はそれを打ち貫き、ジュエルシード本体を捉えた――――。

 

「リリカルマジカル!」

 

 その感触を得たなのはは、すかさず封印に取り掛かる。

 

「≪ジュエルシード シリアルⅩ≫! 封――――」

 

 

 

――――〈まだ失くしたわけじゃないんだぜ! ひたむきなあの愛を〉

 

 

 

 しかし、胸から伸びる神経に波動が引っかかった。

 

 それは歌声だった。

 心に思い出させてくれる、ロマンチックな青春のビート。

 放った魔法に、まるで拮抗するような波動……。

 

「なのは、魔法が乱れてるよ! 集中して!」

 

 なのはは状況に引き戻されると、再度、封印の呪文を紡いだ。

 

 

 

 

 

「私、わかったよ」

 

 なのはは、本当の意味で認識した。

 

「佐山先輩も、木野先輩も。ほんのちょっとだけ、好きなヒトと仲良くなりたかっただけなんだよ。でも、ジュエルシードは、そんなの小さな願いを、大きな形で実現させた。周りの事を考えないで」

 

 山のように巨大化した樹木が、光となって消えていく。

 後に残ったのは、ボロボロに傷ついた街並みと――。

 

「私、がんばるよ。この街を守りたいって思ったから。私にしかできないのなら、精一杯、がんばるよ」

 

 なのはの胸に宿った決意だった。

 

「ユーノくん。魔法の力って、精神がどうとかって、前に言ってたよね」

「……うん、魔法の力は、胸の中にあるコアを力の源にしている。人間の精神力を源にしている」

 

 人間の精神力。そんな難しい言葉ではピンとこない。

 なのはは考える。それはきっと、感じる力とか伝える力のこと。ハートを受け取ったり、ぶつけたりできる力のことだと。

 

「じゃあ魔法を通して、誰かの気持ちとか想いを、感じることもできるんだよね」

「――――そうかも、しれないね」

 

 ユーノは頷いてくれた。

 

「ジュエルシードがどんな願いを受けてああなってしまったのか、僕には感じ取れなかったけど……。なのはは、そういう気持ちを感じることのできる特別な魔導士なのかもしれないね」

 

 そうであるなら。

 

「私、もっと好きになれるかもしれない」

 

 手の中にある魔法の杖≪レイジングハート≫のこと。偶然手にしてしまった魔法の力。思っていたものとは違う魔法の力を、少しだけ好きになれそうだったから。

 

 

 探索魔法に紛れてきたあの声に、出会える気がしたから。

 

 





ちょっとだけ聴こえた青春のビート。
興味があったらぜひ聴いてみてください。

曲名:REMEMBER16
歌手:FIRE BOMBER
作詞:K.Inojo
作曲:河内淳貴
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