一時間目
「………………」
とある学生寮の一室。
一人の女子生徒がベッドから起き上がった。
少女の紫色の瞳は虚ろで何も映していないようだった。
髪は瞳の色と同じだが、所々が白く染まっている。
肌は不健康なほどに白く、はだけたパジャマの隙間から傷がのぞいていた。
少女は朝食を摂った後、制服に着替え、寝ている間に乱れた髪を櫛で必要最低限に梳かした。
そしてカバンを持ち、部屋を後にした。
「遅刻ーっ!!」
「遅刻やーっ!!」
周りからそのような声がたくさん聞こえてくる。
ここは『麻帆良学園』と呼ばれる学園都市の一箇所で、女子中等部や女子高等部の校舎への通学路だ。
生徒達は校舎に向けて走ったり、バイクに乗ったり、路面電車に乗ったり等々、様々な方法で移動している。
「………」
そんな中、冒頭に出た女子生徒は我関せずと言わんばかりに、ゆっくりと歩いていた。
そんなにゆっくりと歩いていて大丈夫なのか?と思う人もいるかもしれないが、実際は時間に余裕があるので用事でもない限り周りの生徒のように急ぐ必要はないのである。
そんな彼女に、声をかける生徒がいた。
「あ! 桜ーっ、おはよーさん!」
女子生徒……『間桐桜』はゆっくりと声が聞こえた方を向いた。
「……おはようございます、近衛さん」
桜は挨拶をしてきた『近衛木乃香』に挨拶を返す。
木乃香の隣には彼女のルームメイトであり、親友の『神楽坂明日菜』もいた。
木乃香は笑顔であったが、明日菜は桜の姿を見た瞬間、「うわっ」とでも言いたそうな表情になっていた。
当然、桜はそんな表情をした明日菜のことは視界に入っているが、とくに機嫌を悪くすることはない。
いつものことであるし、彼女がそんな反応をするようになったのは桜自身の行動によるものなのだから。
「それでは…」
挨拶もし終わったことでもう用はないと言わんばかりに、桜は再び校舎へと歩こうとした。
すると、木乃香が慌てたように桜の手を掴む。
「待って待って! あんな桜、ウチらと一緒に学校行かへん?」
「お断りします」
「そんなこと言わんと~」
「お断りします」
「お願いや~」
「お断りします」
桜は木乃香に振り向くことなく学校へ向かおうとし、木乃香は桜が自分の誘いを了承するまで手を放すつもりがない。
結果、奇妙な綱引きのような状態が出来上がった。
「あーもう、このかったら! 学園長に頼まれて新任の先生を迎えに行くんでしょ! そんなことしてないでさっさと――」
「!」
目の前で繰り広げられている変な光景に痺れを切らした明日菜が木乃香に声をかけるが、途中で止まる。
不思議な感覚がした明日菜は、それを感じた方を向いた。
ほぼ同時に……いや、一瞬先に桜も明日菜と同じ方向を向く。
ただし明日菜と違い、桜はこの感覚の正体をよく理解していた。
「(今のは……魔力?)」
そう………魔力だ。
一般には認知されていないが、この世界には魔法使いが存在している。
詳しい説明は省くが、この魔帆良学園も元々は魔法使いが造った学園都市なのだ。
一般人の他に魔法関係者が多く住んでいて、桜もその内の一人だった。
それはさておき、桜と明日菜の様子に気がついた木乃香も、二人と同じ方向を向く。
するとそこには大きな荷物を背負った赤毛の少年がいた。
「っ………!」
その赤毛を見た瞬間、桜の表情が悲しげに歪む。
その少年と面識があるわけではないが、赤毛の髪というのは桜にとって、ある記憶を刺激されるものだったのだ。
桜は頭を振って、すぐに先ほどまでの無表情に戻る。
しかし、その一瞬だけ歪んだ表情を木乃香は見ていた。
「桜? あの子と何かあったん?」
「………いいえ。何もありませんし、そもそも会ったこともありません」
「そうなん? でも桜――」
桜に質問をしようとした木乃香だったが…
「何だと、このガキャーーーーッ!」
「「!!」」
突然明日菜が大声を出し、二人は驚いた。
何があったのかと明日菜の方を見ると、明日菜が少年の頭をがっしりと掴んで持ち上げていたのだ。
「アスナったら、なにしてるんっ!?」
衝撃的な光景を見て、木乃香は慌てて明日菜を止めに入った。
「止めないで、このかっ! このガキ、いきなり近づいてきたと思ったら『失恋の相が出てますよ』なんて言ってきたんだからっ!」
「で、でも本当なんですよ~」
「本当言うなーーっ!!」
木乃香に対して明日菜はそう言い、少年が更に言ったことで明日菜の怒りのボルテージがアップした。
どうやら桜と会う前に明日菜と木乃香は恋愛の話をしていて、そこから占いの話に発展していたそうだ。
それが聞こえていた少年が明日菜に近づいて、親切心で失恋の相が出ていると伝えたらしい。
その結果、先ほどの怒号とアイアンクローに繋がったと。
「………はぁ…」
少年の行動に呆れつつ、桜はまず明日菜を止めに入った。
「神楽坂さん。まずはその手を放してあげてください」
「何よ! 間桐さんには関係ないし、元々はこのガキが――」
「その少年が神楽坂さんに失礼なことを言ったことは事実ですが、だからって暴力を振るって良いわけではないでしょう」
「そうやで、アスナ。桜の言うとおりや」
「むっ」
桜に注意され、親友の木乃香もそちら側についたことにより、明日菜は渋々といった様子で少年を地面に降ろした。
それを確認し、桜は少年に声をかける。
「それで、あなたは何故ここにいるんですか? ここは女子校エリアで、初等部は前の駅ですよ?」
「そうっ! つまりガキはいちゃいけないのっ!」
「い、いえ…僕は…」
桜と明日菜の言葉に対して答えを言おうとする少年。
するとそこへ…
「いや、良いんだよ。桜くん、アスナくん」
中年の教師がやってきた。
彼の名前は『高畑・T・タカミチ』。
桜たちが所属している二年A組の担任だ。
「た、高畑先生っ!」
「おはよーございまーす!」
「おはようございます」
彼を見た瞬間、明日菜は顔を真っ赤に染め、木乃香と桜は普通に挨拶をした。
余談であるが、明日菜はタカミチのことが好きなのである。
「久しぶり、タカミチ!」
「久しぶりだね、ネギくん」
「「えっ!?」」
知り合いのように会話をするネギと呼ばれた少年とタカミチ。
それを見て、明日菜と木乃香は驚いていた。
桜も一瞬だけ驚いていたが、先ほど感じた魔力を思い出して納得していた。
タカミチは魔法関係者であり、恐らくそれと同じであろう少年とタカミチが知り合いでもおかしくはないだろうと考えたからだ。
「丁度良いから簡単に自己紹介でもしようか、ネギ
「は?」
「先生?」
「………」
聞き捨てならない単語を聞き、明日菜と木乃香が再び驚く。
流石の桜も目を見張っていた。
そんな彼女たちの様子に気付くことなく、少年は自己紹介をする。
「え~…今日からこの学校で英語の教師をすることになりました『ネギ・スプリングフィールド』です」
「「え……えーーーーーーーーーーっっっ!!?」」
「………」
朝の学園に、女子生徒二人の大声が響き渡った…