現在、麻帆良学園は春休み。
学校から一時的に解放された生徒達は、休みを謳歌していた。
「………」
そんな中、桜は疲れた雰囲気を出しながら歩いていた。
春休みに入ってから数日、学校から離れて魔法使いの仕事があった為、少しだけ疲れているのである。
寮に着き、自分の部屋へ行こうとすると…
「あら、間桐さん! ちょうど良いところに!」
「………」
呼び止められて振り返ると、そこにはクラスメイトの『那波千鶴』と『村上夏美』の姿があった。
「何か用ですか?」
「ええ。お願いがあるの」
千鶴のお願いとは、あやかに忘れ物を届けて欲しいということだった。
あやかは春休みと言うことで実家に帰っているのだが、同室である千鶴と夏美が彼女の忘れ物を見付けたのである。
急いで渡さなくてはいけない物ではなく、二人とも今日は部活がある為、後日渡しに行こうと考えていたのだが、そこで偶然桜を見かけたのである。
「……何で私が?」
「最近、あやかと仲が良いみたいだし、どうかな~って思って。それに、間桐さん疲れてるみたいだから、あやかの家でゆっくりするのも良いわよ♪」
「……いえ、別に仲良くないんですけど――」
「それじゃあ、よろしくね~!」
桜の話も聞かず、千鶴は荷物を渡して寮から出て行った。
「あ、待ってよちづ姉~! ごめんね、よろしく!」
夏美も急いで千鶴の後を追った。
「………はぁ~…」
しばらく突っ立っていた桜だったが、あやかの家に行くことを決めた。
そんな彼女に、ライダーが念話で話しかける。
『他の誰かに任せても良いのでは?』
『受け取っちゃったし、仕方ないから届けに行くよ…』
『(サクラは人が良すぎると思いますが…)』
ライダーはそう思うが否定されるのは目に見えている為、口にせずに他の話題を出す。
『それにしても先ほどの彼女、とても学生とは思えませんね。どちらかというと、もっと年上の――』
『ライダー、それ以上は駄目よ』
千鶴のことを言っていると気づいた桜は、すぐにストップを掛ける。
実年齢より高く見えたり低く見えたりする生徒が多いA組であるが、千鶴は高く見える部類の生徒だ。
最初の頃はそんな彼女をからかう人がいたらしいが、その人達は例外なく千鶴自身による罰が与えられているそうだ。
それ以来、彼女の前で見た目の話はNGとされているのである。
まさかライダーがやられてしまうとは思えないが、何か嫌な予感がした桜はすぐにライダーを止めた。
『は、はぁ…』
ライダーも桜の雰囲気を感じ取った為、この話題を口にすることはなかった。
「は~~~……」
場所が変わって、ここは雪広邸。
今起きたばかりのあやかは、何やらため息を吐いていた。
「(全く……何故あの
どうやら、ケンカ友達の明日菜の夢を見たらしい。
しばらく不機嫌な状態だったが、執事やメイドが入れてくれた紅茶を飲み、段々と機嫌が良くなっていった。
「お嬢様。本日はどうなさいますか?」
「そうですわね……今日は特に用事もありませんし…あら?」
今日の予定を考えていると、インターホンが鳴り響いた。
すぐにメイドの一人が確認をしに行き、誰が来たかを伝えに戻ってきた。
「映像で確認したところ、お嬢様と同じ学校の生徒のようでした。隣には背の高い女性もいましたが」
その説明で、あやかは誰が来たのかを理解した。
同じ学校の生徒とはネギが来てから、関わることの多くなった彼女のことだろう。
あやかはすぐに指示を出した。
「あ……」
「開きましたね」
門の前で待っていた桜とライダー。
入って良いのかと悩むが…
『どうぞ、お入りください』
インターホンからそう聞こえてきた為、門をくぐって中に入った。
少し進むと、家の方から何人かの付き人と一緒にあやかがやって来た。
「いらっしゃいませ、間桐さん、ライダーさん」
「どうも。早い時間にすみません」
互いに挨拶をする桜とあやか。
ライダーは何も言わなかったが、ペコリと軽く頭を下げていた。
そこで、あやかは用件を聞く。
「それで、本日はどうされたんですの?」
「実は届け物がありまして…」
「届け物……ですか?」
桜は鞄から、千鶴に渡された物をあやかに渡す。
「あら、これは……態々ありがとうございます」
桜から受け取った物を見て、あやかはお礼を言う。
それは確かに自分が寮に忘れた物であった。
そこで、ある疑問が沸き上がる。
「しかし、何故間桐さんが私の忘れ物を?」
「……寮を歩いていたら、那波さんと会ってそれで…」
「ああ……そうですのね…」
全てを察するあやか。
千鶴は他の生徒のようにバカ騒ぎをすることは少ないが、偶に相手の話を聞かずに自分の言いたいことだけ言って去っていくことがあり、同室のあやかと夏美はよくその被害に合っていたのである。
「……本当にすみません…」
「いえ……雪広さんが悪いわけではないですし。それではこれで」
目的を果たした桜は帰ろうとするが…
「お待ちください」
あやかに呼び止められる。
「何ですか?」
「折角来たのですから、少しゆっくりしていきませんか? お礼もしたいですし」
「そうですね」
「ライダー?」
あやかの誘いに、まさかのライダーが反応する。
疑問に思った桜だったが、すぐにライダーが理由を話した。
「サクラ。寮で彼女も言っていたように、少しは休むべきです。ここ数日の活動で、サクラは疲れ気味なのですから」
「でも――」
「皆さん。お客様を迎える準備をお願いしますわ」
既にあやかは桜を迎える準備をしていた。
桜は仕方ないといった様子で、ライダーと一緒に家に入っていった。
現在、桜たちはあやかの個室に来ていた。
桜は少し緊張しながらソファーに座っていて、隣にはライダーがいる。
間桐家の屋敷もそれなりに豪華ではあったが、あやかの家はそれよりも数段上だった。
それでなくとも屋敷に住んでいたのは随分昔のことである為、慣れない雰囲気に緊張しているのである。
「そんなに緊張しなくても良いですのよ。もっとゆったりしてくださいな」
「は、はぁ…」
ハーブティーを二人に出しながらそう言うあやかだったが、桜は変わらず緊張気味だった。
しかし、ハーブティーを飲むと、緊張が和らいだ。
「……美味しい…」
感想を言う桜。
一緒に飲んだライダーも口に合ったらしく、少しだけ微笑んでいた。
「お口に合ったようで何よりですわ。それには、疲労回復の効果もありますのよ」
そう言いながら、あやかもハーブティーを飲む。
少しすると、桜の目がトロンとしてくる。
「う……すみません…」
「お気になさらず。今、寝室の準備を…」
メイドに指示を出そうとするが、それより先に桜はライダーの太ももに頭を乗せて眠ってしまった。
「すみませんが、何か掛ける物だけお願いします」
「え、ええ…」
ライダーの頼みを聞き、あやかはすぐに指示を出した。
少しして、メイドが持ってきたタオルケットを桜に掛け、ライダーは桜の頭を優しく撫で始めた。
まるで姉妹のような姿に、あやかは自然と笑顔になる。
微笑ましく二人を見ていたあやかに、メイドが声を掛けた。
「お嬢様。お客様がいらっしゃいましたが…」
どうやら、また別の客人が来たらしい。
あやかはライダーに一声掛けてから、メイドと共に部屋を出て行った。
「………」
部屋には桜とライダーの二人だけになり、静かな時間が流れる。
ライダーは眠っている桜の頭を撫でながら、この時間を楽しんでいた。
このまま暫くはこうしていたい……と、考えていたのだが…
「相変わらず広いわね~!」
「ちょっと! そんな大声で歩き回らないでくださいな!」
その幸せな空間をぶち壊す邪魔者がやって来たようだ。
大声を出した者とあやか、更にもう二人分の足音が聞こえてくる。
その内の一つは、ライダーの天敵のものだった。
「お邪魔するわよーっ!」
予想通り、大声を上げて部屋に入ってきたのは明日菜だった。
その後ろからあやかと木乃香、そして
「あれ? 本当に寝てる」
「だから、そう言ったではありませんか!」
驚いている明日菜に、あやかが怒鳴る。
三人が来た時にあやかは桜たちが来ていることを教えたのだが、明日菜は冗談だと思っていつもの調子で部屋に入ってしまったのだ。
「いや~…まさか本当だっだとはね~」
「そのような嘘を吐く理由がないでしょう!」
反省の様子がゼロの明日菜と、そんな彼女に怒鳴り続けるあやか。
いい加減我慢の限界が近付いていたライダーだったが、彼女が行動を起こす前に木乃香とネギが口を開いた。
「も~! 二人とも、いい加減にせんと~!」
「桜さんが寝てるんですから…」
「あ……す、すみません…」
二人に注意されて謝るあやか。
しかし、明日菜は「はいは~い」と軽く返事をして、桜とライダーに近付いていった。
「ほら、間桐さん起きて~」
『んなっ!?』
想像もしていなかった事態に、その場にいた全員が驚く。
すぐにライダーは文句を言った。
「何のつもりですかっ!」
「このかさんに注意されたばかりじゃありませんか!」
ライダーに続いて、あやかも口を開いた。
そんな二人に、明日菜は呆れながら言う。
「あのね~……いくらいいんちょの家のソファーが気持ちいいからって、こんな所で寝てたら身体が痛くなるでしょ。ちゃんとベッドとかに寝かせてあげないとさ~」
「「うっ!」」
正論である。
とても、先ほどまで騒ぎながら部屋にやってきた人と同一人物とは思えない発言だった。
珍しくまともなことを言ってくる明日菜に、二人は反論が出来なかった。
ネギと木乃香は明日菜を見て呆然としている。
「ほら! 起きなさいってば!」
そんな四人を無視して、明日菜は再び桜を起こそうとする。
少しして、桜はうっすらと目を開いて身体を起こす。
「起きたわね。ほら、ベッドに行くわよ」
明日菜はそう言いながら、桜の手を優しく掴む。
一方、桜はまだ意識がハッキリしておらず、明日菜が違う人物に見えていた。
――全く……ほら、起きなさい、桜。
「(あぁ……夢…かぁ…)」
桜はボ~ッとする頭で、そう判断する。
だって、
「(でも…夢だったら、別に良いかな……)」
夢の中なのだから、少しはやりたいことをやってみよう……そう考えた桜は
相手は少し慌てたようだが、気にせずに桜は笑顔で口を開いた。
「おはよう…お姉ちゃん…♪」
『えっ……!』
そんな桜に、明日菜達は驚く。
明日菜をお姉ちゃんと呼んだこともだが、あの桜が笑顔になったのだ。
基本的に無表情で、他には呆れた顔や怒った顔しかしなかった桜が、寝ぼけているとはいえ、笑顔を見せているのである。
しかもすごく可愛い為、四人は顔を赤く染めていた。
ライダーは久しぶりの彼女の笑顔を見られて喜びつつも、お姉ちゃん呼びに驚いていた。
「(まさか……いや、しかし…)」
ライダーは明日菜をジッと見る。
確かに彼女と似ていなくもないかもしれないが……、と考えながら首を傾げた。
「………?」
暫くのの間、笑顔を見せていた桜は違和感を感じ始めた。
抱きついた感触が、嫌に現実的だったのだ。
すると意識が急激にハッキリとしてきて…
「………………え?」
「ど……ども」
夢ではなく現実で、抱きついていた相手が明日菜であることに気がついた。
「~~~~~~~~~~!!」
顔を真っ赤に染め上げた桜は、すぐに立ち上がって走り出した。
「んきゃ~~~~~~!!」
「はえ~~~~~~~!!」
「うわわ~~~~~~~!!」
その衝撃ですぐ近くにいた明日菜と、扉付近にいた木乃香とネギがグルグルと回ってしまった。
「サクラッ!」
「間桐さんっ!」
無事だったライダーとあやかが廊下に出るが、桜の姿はもう無かった。
ライダーは桜の居場所を感知して、すぐに追いかける。
あやかも使用人に指示を出してから、自分も探し始めた。
「「「うううっ……」」」
部屋に残された三人は回転が止まり、気持ち悪そうに蹲っていた。
「……行くわよ…」
「せやな…」
「はい…」
そんな三人も桜を探すべく、立ち上がっていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
その頃、桜はとある部屋に入って悶絶していた。
寝ぼけていたとはいえ、間違って明日菜に抱きついてしまったことが余程恥ずかしかったらしい。
「………ふ~…」
暫くすると、段々と落ち着いてくる。
そこでふと顔を上げると、先ほどまで全く気にしていなかった部屋の様子が見えてきた。
部屋にはぬいぐるみ等の子ども向けのおもちゃがたくさんあった。
ベッドもあることから、ここが誰かの部屋であることが理解できた。
桜は焦っていたとはいえ、勝手に寝室に入ってしまったことを反省し、あやかに謝りに行こうと立ち上がる。
すると…
「サクラッ!」
「がはっ!」
ライダーが勢いよく扉を開け、扉の前にいた桜にぶつかって桜は吹っ飛ばされた。
すぐにそれに気がつき、ライダーは桜に駆け寄る。
「すすす、すみません、サクラ!」
「う、うん………大丈夫よ、ライダー…」
扉が直撃した腰をさすりながら、桜はそう答える。
「? この部屋は…」
「多分、雪広さんの家族の部屋だと思う。謝りに行かないと…」
そう言って、桜はライダーと部屋を出ようとする。
すると今度は…
「間桐さん! 大丈夫ですか!?」
「へぶっ!」
「サクラーーーッ!!」
あやかが開けた扉が顔面にぶつかってしまった。
「はっ! も、申し訳ありません!」
「い…いえ……大丈夫、です…」
慌てて謝るあやかに対して、桜は鼻を押さえながら答える。
そして桜は涙目になりながら、あやかに謝罪する。
「すみません……お騒がせしてしまって…」
「気にしないでくださいな。そもそも私が最初から、間桐さんをベッドに案内していれば良かっただけですので…」
「いえ…それだけでなく、勝手にご家族の部屋にも入ってしまいましたし…」
「あ……」
桜に言われて、あやかは気がつく。
桜のことが気になって忘れていたが、ここは
「………」
沈黙してしまったあやかに何を言えばいいのか分からず、迷う桜。
そこで、代わりにライダーが口を開いた。
「……弟か妹の部屋ですか?」
その問いに、あやかは頷いてから答える。
「ええ、弟の部屋ですわ………といっても、生まれることはなかったんですけど…」
「「!」」
桜は驚き、ライダーは「しまった…!」という表情になった。
知らなかったとはいえ非道いことを聞いてしまい、すぐに謝ろうとするが、それより先にあやかが口を開く。
「気にしないでください。昔のことですので…」
全然大丈夫ではない様子で、あやかは言う。
あやかは近くにあったぬいぐるみを撫でながら、話し始める。
「弟が生まれると聞いて、お父様やお母様と一緒にたくさん買って……全部無駄になってしまいました。馬鹿みたいですよね……浮かれてこんなことになってしまって…本当に――」
「どうしてですか?」
「え?」
あやかの言葉を遮って、桜は言う。
「雪広さんもお父さんもお母さんも、家族の為にここまでやったんでしょう? それを馬鹿なことだなんて思える筈がないです。弟さんだって、きっと喜んでいる筈ですよ」
そう言う桜に、あやかは驚く。
まさかそう言ってもらえるとは思っていなかったのだ。
桜はあやかと同じように、近くにあったぬいぐるみに触れる。
「……その子が羨ましいです。家族にそうやって生まれるのを望まれて…」
「サクラ?」
「間桐さん?」
桜の様子が少しおかしいことに気がついて二人が声を掛けるが、桜は気がつかなかった。
ほぼ無意識に桜は口を開く。
「……私も…こんな家に生まれたかった…」
所詮、自分はあの人の控えの為に生まれた存在だったから…
「サクラッ!」
「っ! ライダー?」
ライダーに肩を掴まれて声を掛けられ、ようやく意識がハッキリする桜。
あやかの方を見ると、驚いた表情をしていた。
「…すみません。勝手なことを言ってしまって…」
「い、いえ……間桐さん、大丈夫ですの?」
「何がですか?」
「今……瞳が赤くなっていたように見えましたので…」
そう言われて、桜はバッと目に手をやる。
無意識の内に、
桜はこのままではいけないと判断する。
「すみませんが、私たちはこれで失礼します」
「え? お休みにならなくて大丈夫ですの?」
「十分に休ませてもらいましたから。お騒がせしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って桜は頭を下げ、ライダーも一緒のことをする。
そうして部屋を出ようとする桜に、あやかは声を掛けた。
「ありがとうございます……桜さん」
そう言われて、桜は動きを止める。
「お礼を言われるようなことはしてませんが…」
「いいえ。あなたがどういう考えであれ、あのように言ってもらえて嬉しかったです。またいつか来てくださいな」
「………」
桜は答えずに部屋を出て行く。
すると、すぐそこにネギ達がいた。
どうやら聞き耳を立てていたらしい。
「「あはは~…」」
「すみません…」
明日菜と木乃香は笑って誤魔化し、ネギは素直に謝る。
「………」
桜はそんな三人に何も言わず、廊下を歩いて行った。
ライダーは三人に顔を近づけてボソッと…
「余計な詮索はしないように」
と言って、桜の後を着いていった。
続いてあやかも部屋から出てくる。
「先生まで……盗み聞きは感心しませんわよ?」
「いや~…真面目な話してるみたいだから、入るタイミングがなくてね」
「全く…」
ネギ達はこの後、あやかの家で遊んでいくことになったのだが、四人はずっと桜のことを考えていた。
寝ぼけた桜が口にした『お姉ちゃん』や、あの部屋で言っていたことなど、気になることがあったからである。
ネギと明日菜は桜が魔術師ということを知っているが、そこまで詳しいわけではない。
今度、のどか達にも話を聞いてみると決めて、この日は四人で過ごした。