「………」
あの後、ネギ達と別れたタカミチは女子寮の廊下を歩いていた。
目的は当然、桜だ。
彼女の部屋に着くと、タカミチは声をかけようとした。
「さく――」
すると、数本の黒い帯が扉を突き破ってきて、タカミチに触れる直前で止まる。
「……桜くん。少し話をしたいんだけど…」
「帰ってください」
タカミチに返ってきたのは、明確な拒絶の言葉だった。
それでもタカミチは話し掛けるのをやめなかった。
「ネギくんの歓迎会に行かないのかい? 夕映くん達も待っているよ?」
「行きません」
「……桜くん、君の過去についてはよく知っているよ。何があったのかも、何をしてしまったのかも。とても許されることではないかもしれない。けど、君はこうして生まれ変わるまで、ずっと償ってきたじゃないか。もういい加減、自分を許しても――」
そこで更に帯の数が増え、何本かはタカミチの頬を薄く切り裂いた。
当然、そこからは少し血が流れるが、タカミチは平然としていた。
「桜くん」
「………」
今度返ってきたのは沈黙だった。
これ以上はダメだと判断したタカミチは、踵を返す。
「また来るよ」
そう言って、来た道を戻っていった。
「………」
桜は真っ暗な部屋の中で、膝を抱えて座り込んでいた。
瞳からは涙が流れている。
「……友達なんていらない…そんな綺麗なもの、私がもっていて良い筈がない………」
一方その頃、ネギ達は教室に向かって歩いていた。
すぐにでも桜のことを追いかけようとしたのだが、タカミチに止められたのである。
「桜、大丈夫かな~」
「わ、私……何か酷いこと言っちゃったのかな……」
「落ち着くです、のどか。高畑先生も『気にしなくていい』と言ってくれましたし、仮にそうだとしても、私達だって同じようなことを言ったんですから、のどかだけのせいじゃありませんよ」
「ゆえ~……」
泣きそうなのどかを、夕映が慰める。
そんな中、明日菜が口を開いた。
「そう言えば、パル達っていつから間桐さんと関わっていくようになったんだっけ?」
「え? 最初からじゃなかったんですか?」
明日菜の質問を聞いて、ネギも質問をする。
それに対して、明日菜が説明をした。
「そっか。ネギは来たばっかりだから、知らないのよね。最初の頃はクラスのみんなも話し掛けたりしたんだけど、間桐さんってあんな感じだから、誰も関わろうとしなくなったのよ」
「そうなんですか…」
それを聞いて、ネギは今日一日を思い返す。
桜は誰とも関わろうとせず、生徒達も桜に話し掛けようとする人は木乃香、のどか、夕映、ハルナ以外はいなかった。
他の人と話すときは連絡事項があった時だけだった。
「そうなのよ。パル達だって、最初は私と似たような態度だったんだから。それがいつの間にか積極的に関わるようになったんだけど」
「あ~…そうだったわね」
懐かしむような感じで、そう呟くハルナ。
のどかや夕映も当時のことを思い出しているようだった。
「ほら、私達って同じ部活動をしてるでしょ?」
「うん。『図書館探検部』でしょ?」
「そうそう」
「あの~」
そろそろと、ネギが挙手をする。
「図書館探検部って、なんですか?」
「簡単に説明するとですね、湖に浮かんでいる図書館島の全貌を調べる為に発足された部活動です」
「な、成る程…」
夕映の説明を聞いて、納得するネギ。
疑問が解消されたことで、ハルナが話の続きをする。
「それでさ、私達って学年もクラスも一緒だから、出来るだけ一緒に行動するようにって部長に言われたのよ」
最初の頃は、それはそれは大変だったそうだ。
桜の態度にハルナが突っかかってケンカになったり、夕映もそこに加わることがあって、のどかと木乃香が必死になって止めたり、そういったトラブルのせいで、活動が上手くいかないことが続いたらしい。
話を聞いたネギと明日菜は「うわ~…」と言いたげな表情になっていた。
「でもね……なんだかんだそうやって関わる内にね、桜のことが分かってきたんだ」
「はい。ケガをしたら直ぐに応急処置をしてくれたり、体調が悪いのを気がついて対応してくれたり、危ないことがあったときは助けてくれたり…」
「ちょっと言い方はキツいですけど、私達を心配してくれているのがよく分かりました」
笑顔で桜のことを話す三人を見て、ネギもつられて笑顔になり、明日菜は木乃香のことを思い出していた。
木乃香も桜のことを話すときはこんな感じだったと。
「でもさ~、クラスじゃそんな感じで助けてくれたことないでしょ」
「それはですね、『A組にはすごい人がたくさんいるから、私が動く必要はありません』と、以前言っていました」
「あ~…」
それを聞いて、明日菜は納得する。
A組は麻帆良学園でもトップクラスに入るほどの変人の集まりであるが、ほぼ全員が何らかの事柄に優れている超人の集まりでもあるのだ。
「まぁ、そんなわけだから、私達も同じ部活じゃないと気がつかなかったんだよね」
「ええ。そこは高畑先生に感謝ですね」
「え? 何でそこで高畑先生が出てくるの?」
思い人の名前が出た為、明日菜はすぐに質問する。
「入部して直ぐの時なんですけど、桜さんが『高畑先生の指示がなければ部活なんて…』って、愚痴をこぼしていたことがあったんです」
「恐らくですが、先生から『部活には必ず入るように』とでも言われていたんじゃないですかね」
「何でよ?」
「流石にそれは分からないわよ…」
明日菜の言葉に対し、ハルナがそう答える。
「でも……」
今までとは違い、真面目な雰囲気でハルナが呟く。
「やっぱり桜を気にする一番の切っ掛けって言ったら、アレかな」
「そうですね」
「うん」
ハルナの言葉に、夕映とのどかが同意する。
この場に木乃香がいたら、同じような反応をしていただろう。
「アレって何ですか?」
気になったネギが質問する。
「ん~……結構前のことなんだけどね…」
ハルナはあることを語り出した。
それは一年近く前のこと。
二年生になって間もない時期だった。
ハルナ、のどか、木乃香、夕映の四人は図書館島で桜を探していた。
「まったくも~! 桜ったら何処に行ったのよ」
「落ち着いてよ、ハルナ~…」
イライラ気味のハルナを落ち着かせようとするのどか。
四人が何故桜を探しているのかというと、現在は部活動中なのだが、桜が集合時間になっても来ないことが原因だった。
「しかし、珍しいですね。桜さんが時間になっても来ないなんて」
「ん~……何処かで寝てるんやないかな~」
「まっさか~! 桜が部活中に寝るとか、ありえないでしょ~!」
木乃香の考えを、ハルナは笑って否定した。
「でも…桜さん、今日はなんだか疲れてるみたいだったよ?」
「ないない! もし寝てたら、新作のへんてこなジュースをジョッキで飲んでやるわよ!」
「ほう……言質は取りましたよ、ハルナ」
ニヤリと笑いながら夕映が言うが、ハルナも余裕の表情を崩さない。
それだけ自信があるようだ。
そして、曲がり角を曲がった瞬間…
『………』
机に突っ伏した桜がいた。
開いたままの本があることから、読書の途中で眠ってしまったらしい。
「「………」」
のどかと木乃香は、ハルナの顔を見る。
「………」
ハルナは尋常じゃない量の汗を流していた。
「さてと…」
夕映は持っていたカバンから、新作ジュースとジョッキを取り出す。
何故カバンの中にそんな物が入っているのかと突っ込んではいけない。
それを見て、ハルナは慌てて夕映を止める。
「いやいやいやいやっ! ほら、まだ桜が寝てるって決まったわけじゃないでしょ!」
「現実を見てください、ハルナ。あれはどう見ても寝ているでしょう」
「まだ分からないわ! 近づいて確認よ!」
そう言って桜の元へずんずん歩いて行くハルナ。
夕映は「やれやれ…」と言いたげな態度でハルナに続き、のどかと木乃香も「無駄だろうな~…」と思いながら歩き始めた。
桜の顔がよく見えるくらい近くまで行き、ハルナは動きを止める。
「? どうしたんですか、ハルナ………っ!」
夕映もハルナと同じように、動きを止めた。
後から来たのどかと木乃香も一緒だった。
予想通り桜は眠っていたのだが、問題なのはそこではない。
……泣いていたのだ。
閉じられた目から、ぽろぽろと涙が流れていた。
一年ちょっとの付き合いしかないとはいえ、A組の誰よりも桜との関わりが深い四人でさえ、桜が泣いているのを見るのは初めてのことだった。
しばらく硬直していた四人だったが、慌て出す。
「ちょっ! これどういうことっ!?」
「あわわっ! 桜が泣いてるやなんて!」
「何か恐い夢でも……いえ、まずは起こして――」
「ま、待って! 何か言ってるよ」
のどかが気付き、他の三人もいったん落ち着いて耳をすませる。
「……せん…ぱい…ごめん、なさい……わたしの…せいで…」
悲しげな声で、桜は確かにそう言った。
『………』
四人はそれを聞き、ただ立ち尽くしていた。
「そんなことがあったんですか…」
「間桐さんが泣くなんて…」
話を聞いたネギと明日菜は、そう呟いた。
「その時からさ……桜のこと、放っておけなくなっちゃって」
「ふ~ん、それでか~」
明日菜は思い出す。
丁度そのくらいの時期から、四人は桜に話し掛ける頻度が増えていたと。
会話はよくしていたが、食事や遊びに誘うなど、そういったことをするようになったのである。
残念ながら全て断られているが…。
「その『先輩』って誰のこと?」
「分かりませんが……もしかしたら、亡くなっているのかもしれません」
「え……考えすぎじゃない?」
夕映の考えを明日菜は否定するが、夕映もそれを否定する。
「いいえ、むしろほぼ確実にそうだと思っています。ネギ先生」
「は、はいっ! 何でしょうか?」
突然呼ばれたネギは驚くが、すぐに用を聞く。
「魔法使いや関係者の活動内容を聞く限り、危険な仕事も多いんですよね?」
「それは……そうです。紛争地域に行って人を助けたり、危険なモンスターを退治したり……そういうことをするのが多いです」
ネギの話を聞いて、夕映は「やはり…」と納得する。
そんな夕映に、明日菜が再び質問をする。
「それと間桐さんとどういう関係があるのよ?」
「アスナったら、少し考えれば分かるでしょ? つまり、桜は仕事でその『先輩』を殺されたんじゃないかって、夕映は言ってるのよ」
「あっ……」
ハルナに言われて、明日菜はようやく納得し、ネギが口を開く。
「ありえない話ではないです。何度も言っていますが、やっぱり危険がある仕事なので…」
「……あのさ、ネギは何でその
今度はネギに質問する明日菜。
その内容はハルナ達も気になったようで、同じようにネギの方を向いた。
「理由ですか?」
「たくさんの人が憧れてる職業だって言ってたけど、危ないことがたくさんあるんでしょ? 何でそんなのになろうと思ったの? 別に、魔法使いだからって、必ずしもそれにならなきゃいけないわけじゃないんでしょ?」
「そう…ですね……確かに、神楽坂さんの言う通りですけど…」
ネギは持っていた杖を、ギュッと握りながら質問に答えた。
「僕……憧れている人がいるんです…」
そうして、ネギは語り出す。
その人は『
そして……自身の父親だということを。
「へ~~っ! そんなすごい人がお父さんなんだ! それで、その
はしゃぎながら質問するハルナに、ネギは困ったような表情で答える。
「すみません。父さんのことはよく知らないんです。十年前…僕が生まれた年から、行方不明になったらしくて…」
『………』
その答えに、沈黙する四人。
とくに、軽い調子で聞いたハルナはすごく落ち込んでいた。
「あ、あの……ごめん、ネギくん…」
「い、いえっ! 謝らないでください! それに……僕、一度だけ父さんに会ったことがあるんです」
『ええっ!?』
衝撃的な事実を聞いて、四人は驚いた。
「六年前に住んでいた村で事件があって、その時に助けてもらったんです。この杖はその時に貰いました」
自分が持っている杖を見て、懐かしそうにそう言うネギ。
「だから、僕は
『………』
真面目な表情でネギは言い、明日菜達はそんな彼を見る。
ネギがそこまではっきりとした目標をもっていることに驚いていた。
「……ネギ先生は、すごいですね」
「えっ! そ、そんなことはないと思いますけど…」
「そういう目標があって頑張っているのは、すごいことですよ」
「あうう…」
のどかにそう言われて、照れるネギ。
ハルナと夕映も同じ考えのようで、「うんうん」と頷いていた。
そこで、明日菜も口を開く。
「確かに……初対面の人に対して『失恋の相が出てますよ』なんて言ってた奴とは思えないわ」
「うっ!」
その言葉にダメージを受けるネギ。
「? 何の話?」
「実はね――」
明日菜はハルナ達に話し始めた………登校中にあった出来事を。
「………ネギくん。それはないわ~…」
「流石にアウトです」
「うぅ…」
ハルナと夕映にそう言われ、ネギは涙目になる。
そこで、のどかがフォローに入った。
「ね、ネギ先生っ! これから挽回していきましょうっ!」
「は、はいっ。頑張りますっ!」
すぐに元気を出して気合いを入れ直すネギを見て、明日菜は「単純だな~」等と考えていた。
「それじゃあ早速、間桐さんの所へ――」
「ちょ~っと待った!」
「ぐえっ!」
桜の元へ行こうとするネギを、明日菜が掴む。
「間桐さんのことが心配なのは分かるけど、ちょっと付き合ってもらうわよ」
「ええっ!?」
「ちょっとアスナ、付き合うって何処に?」
アスナの行動の意図が分からないハルナが質問する。
のどかや夕映も同じようだ。
「ちょっと、忘れちゃったの? これから教室でアレをやるんでしょーが」
「「「あっ!」」」
明日菜の言葉を聞いて、三人は思い出す。
この短時間にいろんなことが起こったことで、すっかり忘れていたのだ。
「? アレって何ですか?」
「あ~…ごめん、ネギ先生。ちょっと一緒に来てくれる?」
「え……でも…」
ネギは直ぐにでも桜の元へ行きたいようだ。
そんなネギに、明日菜は言う。
「アンタは間桐さん一人の先生じゃないでしょ。他の生徒のことも考えなくちゃ」
「う………分かりました…」
渋々納得するネギ。
それを確認し、明日菜達は教室へ向かうのだった。