桜は夢を見ていた。
それはずっと昔の夢。
まだあの世界で生きていた頃……大切な人から言われた言葉。
――■■悪■こと■したら■る。誰■■も■■。
――■束す■。俺は■だけの■■の味■になる。
――俺■、■が■きだ。
――■になっ■■、二■で■■を■に行こ■。
場面は次々に切り替わっていく。
ノイズのせいで声はよく聞こえず、相手の顔は暗くてよく見えない。
それを悲しいと思う反面、仕方ないと納得もしていた。
あんなことをしてしまった大罪人である自分が、幸せな夢を見るのは許されないことだと。
そして、再び場面が替わる。
そこはあの大空洞だった。
桜の大切な人はボロボロで血を流しながら、それでもしっかりと歩いてこちらに向かってくる。
――■ったん■っ■■、■任を果■せ。
――帰■う■。■■な■とは、縁■■■。
彼は手にした短剣を振り上げ――
そこで桜の夢は終わった。
「………」
桜が目を覚ますと、視界に入ってきたのは見慣れた天井だった。
「あ! 目が覚めましたか!?」
続いて入ってきたのは、嬉しそうな表情をしたのどか。
上体を起こすとハルナ、夕映、明日菜、木乃香、あやか、ネギもいた。
桜はベッドで、明日菜は敷き布団で寝ていたようだ。
何故自分の部屋にこんなに人がいるのかと混乱した桜だったが、その疑問に答えるかのようにハルナが口を開いた。
「いや~、あのケンカの時にこのかのパンチで二人共気絶しちゃったからさ。手当てもかねて、部屋に上がらせてもらったのよ」
そう言われて、桜は思い出す。
明日菜とケンカをしている最中に、誰かに顎を殴られたことを。
あれは木乃香だったのだ。
「(まさか近衛さんが、あれほど見事な正拳突きが出来るとは…)」
正直に言って驚いた桜だった。
そう考えながら、桜は口を開く。
「その……すみません。迷惑をかけてしまったみたいで…」
「いえ~、気にしないでください」
「そうそう。元々の原因は大勢で押しかけてきた委員長達なんだから」
「うっ」
ハルナに言われて、ダメージを受けるあやか。
あやか本人もその場のテンションでやり過ぎてしまった自覚があり、桜が起きるまで待っていたのである。
他の生徒達も最初は一緒にいようとしていたが、大勢いたら部屋が狭くなってしまう為に、あやかが代表して残ることになったのだ。
「間桐さん……その…申し訳ありませんでした」
「いえ………こちらもすみませんでした」
「「………」」
沈黙…。
謝ったは良いが、会話が続かず黙り込む二人。
そこでネギが口を開く。
「あ~、え~っと、間桐さん! 同居の件なんですけど…」
そう。
あやか達が騒ぐ原因となった、ネギとの同居の件。
ネギはもう一度確認し、桜が嫌がったら明日菜と木乃香の部屋でお世話になるつもりだった。
これに関しては桜が目覚める前に、この場にいる全員で話し合って決めたことだ。
先に目覚めた明日菜は嫌そうな顔をしたが、木乃香に説得されて渋々納得した。
あやかも条件付きで納得したので、ネギは桜に問いかけた。
桜は少しの間考え、そして…
「……ネギ先生が良いのでしたら、私は構いません」
そう言った。
『えっ………?』
ネギ達は驚いた。
正直言って、桜が了承してくれるとは思っていなかったのだ。
「………やっぱり近衛さん達の部屋の方が良いですか? それならそうしますが…」
「い、いえっ! よろしくお願いしますっ!」
ネギは嬉しそうにそう言い、ハルナ、夕映、のどか、木乃香の四人も同じような表情をしていた。
あやかはまだ驚いてポカーンとしている。
そこで、今度は明日菜が口を開いた。
「ふ~ん。何考えてるか知らないけど、ちゃんと決めたんだ、
「ええ。決めましたよ、
「「………」」
二人の間で火花が散る。
「はいはい。落ち着いてな、アスナ」
「さ、桜さんも落ち着いてください…」
「「ふんっ」」
ケンカが再発しないように止めようとする木乃香とのどか。
桜と明日菜がお互いに顔を背けたことで、ネギ達はホッと安心した。
そこで、あやかが「おほんっ!」と言い、桜達の視線は彼女に集中する。
「色々と言いたいことがありますが、ネギ先生が間桐さんのお部屋が良いというので、これ以上は口出ししません。しかし、どうしても一つだけ確認したいことがあります」
「確認ですか?」
桜が疑問を浮かべる。
それはネギ達も一緒であった。
あやかが何か条件があるとは言っていたが、その内容はまだ聞いていなかったのである。
「間桐さん。あなたは料理ができますの?」
『あっ!』
「………」
「?」
あやかの言葉に、明日菜、木乃香、のどか、夕映、ハルナの五人は「そう言えば」というような反応をし、桜は沈黙。
理由が分からないネギはあやかに質問する。
「えっと、いいんちょさん。どういうことですか? 間桐さんって料理を作れないんですか?」
「分かりませんわ。ただ……私達は彼女が缶詰や総菜パンを食べているところしか見たことがないのです」
「えっ!」
ネギは確認するように明日菜達を見る。
明日菜達は頷いて同意を示した。
「流石に、ネギ先生にも同じような食生活をさせてしまうわけにはいかないでしょう。それで、どうなんでしょうか、間桐さん?」
あやかの問いに、明日菜達も興味津々といった様子で桜のことを見る。
それに対する桜の答えは…
「……一応、出来ますよ」
だった。
「え? 出来ますの?」
「人並み程度には…」
予想外と言わんばかりのあやかに対し、桜は淡々と言う。
「え~~。見栄張ってるんじゃないの~?」
嫌みったらしく明日菜が言う。
「あなたじゃないんですから、そんなくだらないことしませんよ」
「何ですって~~~っ!!」
「はい、スト~~~ップ!」
「ケンカはダメや~~っ!」
桜に言い返されて怒り出す明日菜だったが、ハルナと木乃香に止められる。
「桜さんの手料理……食べてみたいですね」
「あ、あの……私も…」
夕映とのどかが、桜にお願いする。
「………材料がありませんので――」
「材料ならここにあるよ~」
理由を付けて断ろうとした桜だったが、ハルナによって防がれる。
彼女の手には、桜が放課後に購入した食材の入った袋があった。
「………中身、グシャグシャになってませんか?」
袋の中を見て、そう言ったあやか。
「あ~……これはね……って、アスナーーーーっ!!」
理由を話そうとした瞬間、あることを思い出したハルナは、明日菜に対して怒鳴る。
夕映も思い出したようで、明日菜を軽く睨んだ。
「ちょっ! 何よ、急に!?」
怒られている理由が分からない明日菜は文句を言うが、ハルナと夕映は気にせずに口を開く。
「これがグシャグシャになったのは、アンタに原因があるのよ!」
「そうです! 今すぐ桜さんとのどかに謝るです!」
「はあっ!?」
再び悪い雰囲気になりかける室内。
そこで、あやかが質問する。
「アスナさんが原因って、どういうことですの?」
「聞いてよ、いいんちょ! 実はね――」
ハルナが詳しく説明した。
説明が終了し、あやかは…
「アスナさん! あなたは一体何をしてるんですか!?」
ハルナや夕映と同様に怒っていた。
「ううっ。だから、ゴメンてば」
責められた明日菜は謝る。
ネギが魔法を使ったことの方が衝撃的で、抱えられていたのどかのことを考えていなかったのだ。
「謝るのは私達にじゃなくて、のどかと桜にでしょうが」
「う。おっしゃる通りです」
ハルナに促され、明日菜はまずのどかを見る。
「本屋ちゃん……ゴメンね…」
「い、いえ~……桜さんのお陰で大丈夫でしたので…」
のどかの許しを得た後、桜の方を向くのだが…
「………」
再び沈黙。
桜に頭を下げるというのが、抵抗あるようだった。
ハルナと夕映が催促しようとするが、それより先に桜が口を開く。
「謝罪とかいらないんで。そんなことより、料理の話でしたよね」
桜はハルナが持っていた袋を受け取り、キッチンに行く。
「え? 作ってくれるの?」
ハルナが驚きながら聞く。
他のみんなも同じ反応をしていた。
「そうしないと、雪広さんは納得できないようですし。時間的にも丁度良いでしょう。すみませんが、食器やテーブルは皆さんの方で準備して貰っても良いですか?」
「う、うん。分かった」
「私達は食器を持ってきましょう」
「うん」
ハルナ、夕映、のどかの三人は自室へ食器を取りに行き…
「ウチらはお部屋の準備しよか!」
「そうですね」
「分かりましたわ………ほら、アスナさん! あなたも手伝いなさい!」
「へ~い……」
残りの四人は部屋の準備をした。
『お~~~~!』
時間が経ち、ネギ達はテーブルを囲んで座っていた。
目の前には桜が作った和食の料理があり、すごく美味しそうに作られていた。
「美味しそうです…!」
「せやな~!」
のどかと木乃香がそう言い、ネギ達も頷く。
ハルナに至っては涎を垂れ流していた。
しかし、そう簡単に認めようとしない者が約一名。
「ふ、ふんっ! 見た目より重要なのは味よ、味!」
そう言ったのは明日菜である。
明日菜はすぐに箸を持ち、おかずを一口食べる。
「………」
明日菜は箸を咥えたまま沈黙した。
その反応を見たネギ達の間に緊張が走ったが、とりあえず全員で「いただきます」といって一口食べた。
食べたネギ達の反応は…
『………美味しいっ!』
だった。
どうやら明日菜は不味くて無反応だったのではなく、予想外に美味しくて無反応だったようだ。
そのまま、みんなは和気藹々と食べ続ける。
「すっごく美味しい! のどかやこのかも料理上手だけど、それよりも美味しいわよ!」
「うんうん! 桜すごいわ~!」
ハルナと木乃香が褒め称え、ネギとのどか、夕映も「うんうん」と頷く。
「確かに美味しいですわ。こんなに料理が出来るのに、どうして普段はあのような食事をしているんですの?」
不思議に思ったあやかが、桜に聞く。
ネギ達も同じ考えで、桜の方を見た。
「……作るのが面倒ですし、食事はある程度の栄養が摂れれば充分なので」
そう言いながら黙々と食べ続ける桜。
そんな桜に対して、ハルナが口を開く。
「それじゃ身体に悪いでしょ~。まぁ、これからはネギ先生も一緒だから、少しは良くなるだろうけど」
「そうですね。少なくとも、朝と夜は改善されそうです」
ハルナに続いて、夕映もそう言う。
すると、のどかが何か思いついたように口を開いた。
「あの……桜さん。良かったら明日から私達と一緒に、お昼ご飯を食べませんか?」
「は?」
突然の提案に驚く桜。
よく誘われてはいたが、まさかここでまた誘われるとは思っていなかったのである。
すぐに断ろうとするが、それより先にハルナ達が同意する。
「お~! それ良いね~! 私も賛成っ!」
「ですね。それならお昼ご飯の栄養もバッチリですし」
「ええな~! アスナ、ウチらも一緒に食べへん?」
「え~! 何で私まで…」
「ええやん! ネギくんもどうや?」
「あ、はい! ぜひ!」
「ね、ネギ先生がいるのでしたら、私もご一緒しますわ!」
ワイワイガヤガヤと桜が口を挟む間もなく、今後の予定が決められていく。
桜は意見を言うのを止めて、食事を再開した。
今日は色々あって、断ったりするのにも疲れてきていたところだったのだ。
「(それに……いつかは私に関わりたくなくなるだろうし…)」
どうせ、いつかは自分から離れていく。
桜はそう結論づけて食事を進めた。
食事が終わって片付けた後、明日菜達は自室に戻っていった。
桜はネギが寝る為の布団の準備をしようとして、ネギに声をかける。
「先生。私は布団の準備をしますので、今の内に備え付けのシャワーを浴びてきてください」
「えっ!」
ネギの動きが固まる。
その様子を見て、桜は察した。
英国の方では風呂嫌いだったり、あまり入らない等ということが多いらしく、恐らくネギもそうなのだろうと考えたのだ。
「ネギ先生。日本ではお風呂に入らない人や身体を洗わない人は、あまり良い印象をもたれません。年頃の女性なら、とくにその傾向があります」
「うぅ……はい…」
ネギは涙目になりながらも頷く。
生徒達に不快な思いをさせるのは良くないと、ちゃんと理解しているのだ。
渋々とシャワールームに向かって行った。
「……痛くないですか?」
「大丈夫です~」
シャワールームにはネギだけでなく、桜も一緒にいた。
今日一日は特別で、桜が頭や身体の洗い方を教えることにしたのである。
当然、二人共タオルを巻いている状態だ。
「流しますよ」
「は~い」
確認を取った後、シャワーでシャンプーを洗い流す。
目を開けたネギの視界に、鏡越しで桜の姿が入る。
桜の身体にはうっすらとであるが、傷痕がたくさんあった。
視線に気がついた桜が口を開く。
「すみません。汚い身体を見せてしまって」
「いえっ! 汚いなんて思ってないです!」
桜の言葉を、ネギは力一杯否定する。
桜のことを汚いなどと思って等なく、それとは別の理由で気になっていたのだった。
「その…間桐さんの傷は、やっぱり魔法関係のことで付いた傷なんですよね?」
「まぁ……その通りですが…」
桜はネギの背中を洗いながら答える。
「間桐さんはどうして、そういった危険な仕事に関わろうと思ったんですか?」
それは放課後に、ネギが明日菜にされたのと似たような質問だった。
明日菜の言った通り、魔法関係者が必ずそういうことをしなければいけない決まりはない。
だから、何故桜がそういったことをしているのか、ネギはどうしても気になって聞いたのだ。
「……ある目的の為です」
「目的? それは何ですか?」
「それは言えません」
「はぁ……」
桜の言う『目的』が何なのか気になったネギであったが、これ以上聞いても教えてはもらえないだろうと判断して、聞くのを止めた。
「私も質問しても良いですか?」
「はい。どうぞ」
今度は桜がネギに質問した。
「先生はどうして私と同居しようと思ったんですか? 学園長から勧められただけが理由ではないですよね?」
これは今日一日、桜がずっと気になっていたことだった。
あの場には分かりやすく優しい雰囲気を纏った木乃香がいたのに、そんな彼女よりも自分の方を選ぶのが理解できなかったのだ。
ネギは少し顔を赤くしながら、理由を答えた。
「えっと……ちょっと恥ずかしいんですけど、間桐さんの雰囲気がお姉ちゃんに似てた感じがしたんです…」
「………………先生。それはお姉さんに失礼だと思いますよ」
「ええっ!!」
ネギの答えを聞いて、そんなことを言う桜。
ネギは驚いて大声を出した。
「な、何でですか!?」
「ネギ先生のお姉さんと言うことは、恐らくとても優しくて、綺麗な人なんでしょう」
「い、いや~……えへへ…」
姉を褒められて喜ぶネギ。
事実、桜の予想通り、ネギの姉である『ネカネ・スプリングフィールド』は村の人気者だ。
「そんな素敵な人を私のようなダメダメ女なんかと一緒にしては、可哀想ですよ」
「そ、そんなことないです! 桜さんだって綺麗ですし、優しいです! 朝に会ったときにそう感じたから、同居をお願いしたんです!」
「………………………………人を見る目を養わないと、この先苦労しますよ…」
「そんなことないですってば~~っ!」
ネギは必死に桜のことを褒めようとするが、桜に受け入れられることはなかった……
シャワールームでの騒動が終わり、パジャマに着替えた二人。
桜は途中になっていた布団の準備をする。
「それでは、ネギ先生。電気を消しても良いですか?」
「は、はい! 大丈夫です!」
桜はネギが布団に入ったのを確認し、電気を消して自分もベッドに入る。
「「おやすみなさい」」
二人は挨拶をして眠りについた。
こうして、長く慌ただしい一日は終わった。