憎い。それが、母に対して抱いた最後の感情だった。
七歳になった年、母は僕を一人書斎に招いて話をした。曰く、母はスクイブであると。曰く、その影響から妹はスクイブである可能性が高いと。あのお方が君臨なさっていた時代には、生き残るために母自身身体の弱い純血であるとしたが、実際には純血主義の思想はないということ。失望した。僕は、僕の身体には、汚らわしいスクイブの血が流れているというのか。生まれたばかりの愛らしい妹は魔力も持たない一族の恥さらしであるというのか。父にも腹がたった。なぜスクイブなんかを選んだのか。本家ごとイギリスに移ったのが僕の両親の代だったのでイギリスの聖28一族の中にはシェリダン家の名はない。だが間違いなく純血一族であった。僕は純血であることを誇りに思っていた。両親もそうだとばかり思っていた。
母との”会話”のあと、僕は魔力を爆発させてしまった。スクイブの母はその魔力にあてられて倒れた。これだからスクイブは。父と、僕についている屋敷しもべのサリーがとんできて母を介護した。スクイブにまで仕えなければいけないサリーが可哀相だと思った。
僕と父はその後、母と"さよなら"した。妹はまだかなり幼かったが、オブリビエイトをして孤児院へ入れた。
それからすぐ魔法族貴族のパーティに呼ばれるようになった。卿の失脚後ようやく家同士のパーティという伝統を取り戻せたのもあるのだろう。だが、九歳になったとき初めて呼ばれたマルフォイ家主催のパーティでは、ルシウス・マルフォイにそれ以外の目的があるように見えた。
「こんにちは。シェリダン」
ルシウスさんは口元をかすかに動かしただけで微笑んだ。目は明らかに笑っていない。
「えぇ、こんにちはルシウス様。本日はお呼びいただき大変嬉しく存じます」
わずかに魔力が揺らぐのを感じた。動揺などではなく、力を見せるためのパフォーマンスだろう。僕は父に同行してきたのだが、父は既にマルフォイ夫妻への挨拶を済ませ、他の家への挨拶まわりへ行っていた。ここには僕ひとりだ。明らかに僕を警戒している。
「すまないな。息子はまだ四つでね、社交の場に出せる年齢ではなかった……だが今日はもう一人子供が居たはずだ。君と同じ半純血であるから、きっと仲良くなれるだろう」
では、と言い残しルシウスさんは上座の方へさっさと行ってしまった。
僕と同じ半純血。ルシウスさんは卿が斃れたあと、服従の呪文で操られていたと主張しアズカバン行きを逃れた者の一人だ。それでもまだ忠誠心があるということか。それとも単純に、それこそヴォルデモート卿など無関係に家柄の格の違いを教えたかったのだろうか。どうもあの人のことは好きになれなさそうだ。
その子供はすぐに見つかった。自分よりも遥かに幼い男児が、テラスのベンチに座り本を読んでいた。彼だろう。身長が足らず地面についていない両足をふらふら揺らしている。パーティに似つかわしくない態度だが、読んでいる本は大きく古びている。不思議な子だ……。父にことわりテラスへ出ることにした。
「やぁ。ごきげんよう」
声をかけると男児は肩を揺らして、やがてゆっくりと顔をあげた。そんなに怖がらなくてもいいだろう。
「はろー、」
彼はすぐに視線を本に戻した。正直に言って、こんなに広くて豪華なパーティは初めてだった。さすがはマルフォイ。だが余所者の僕らを吊るし上げるためなのだろう、とにかく孤独だった。だから例え相手が男児だろうと話し相手になってほしかった。
「オーケー、緊張しているんだね。じゃあ僕は砕けて話すから、君は?」
彼は相変わらず本を読んでいたが気にせず隣に座った。よく見ると背表紙にはルーン文字が書かれている。
「僕……うーん、それならいいよ」
本をぱたんと閉じて、伸びをした。「僕タイム・ランパード。こういうところに来るのは初めてだし多分二度とこない」
二度とこないときっぱりと言ってしまった彼に、思わず笑ってしまう。力のある家の誘いをすべて断るということだろう。それは例え僕からであっても。
「あはは、そうか……いいね、僕はシェリダン家嫡男のダンデ」
「ちゃくなん……? 君は長男であることに誇りを持っているの?」
はっとして横を見た。彼は本は閉じたものの手元やガーデンを見ている。
「いいや……今となっちゃあね」
「ふぅん」
彼は興味なさげだった。それが何故か僕の心を軽くした。
彼は会話にすら飽きたのかまた足をパタパタさせている。膝の上に乗せたままの本が重そうだった。そこでとある疑問がうまれる。
「タイムは何歳?」
「六歳だけど。なんで?」
「六……六歳で、そんな難しい本を?」
僕が指さしたのは彼の膝の上の本だ。こげ茶の古びた本で、表紙には金で字が彫られている。背表紙にはルーン文字が書かれている。厚さもだが、本そのものの大きさもかなりある。ちょっとした事典程度だ。
「難しくはないよ。全部翻訳されてるし」
こともなげに言ったが、彼は少し自慢げだった。
くるくるのくすんだブロンドが風にさらわれて揺れた。まだ幼いまん丸な緑の瞳はなにを見ているのだろう。肌は陶器のように白く、しかし少しすり傷が目立つ。わんぱく盛りだ、きっと悪戯でもしてつくったのだろう。可愛い。そう思った。しかしそこに純粋な好意以外の感情もあるような気がした。
それからはお開きになるまで二人で話し込んだ。彼の一族は代々呪文の開発や研究に携わってきたらしい。それゆえか、彼自身の魔力も僕や、他の力を持つ純血貴族に比肩する。さらに驚くことに彼はあの歳で守護霊の呪文の練習を始めたという。まだモヤしかでないけど……と、彼はそう言っていたが普通ならばイモリレベルの呪文を練習用の杖でいくら練習したところで、欠片も上手くいくはずがないのだ。
「父上、今日はランパード氏の息子さんとお話をしました。三つ歳が下でしたが、僕よりも杖さばきが長けているようで」
帰りの道、姿くらましができるところまで馬車で向かう途中で僕は父に告げた。もちろん、恋をしてしまったようだ、なんて言えないが。
「そうか」
父が言ったのはそれだけだった。だから僕もなにもそれ以上はなにも言わなかった。