あべこべ世界に提督着任!艦隊の指揮に入ります! 作:full throttle
その昔、日本近海に化け物が現れた。
当初は見間違いとされていたそれであったが、実体と実害と圧倒的なほどの武力を持っていた。無かったのは抵抗手段だけ。瞬く間に世界は混乱の渦に落ちた。必死の抵抗も虚しくあっという間に深海棲艦と呼ばれる彼女たちに海と空の支配権を奪われた。
このまま何の抵抗もできないまま、指をくわえて見ているしかないのかと思ったその時、人類に一筋の希望が差し込む。艦娘と呼ばれる少女たちが現れ、かつて大海原に沈んでいった艦船の力を使い、瞬く間に深海棲艦を撃破した。
その力を見せつけられた世界はすぐさま、彼女たちと協力関係を結び深海棲艦と戦うようになった。艦娘の武力と提督と呼ばれる限られた人種の指揮により、徐々に制海権と制空権を取り戻っていき、人類に活気が戻り始めた。
それから五十年ほど。世界はかつてよりはましな世界を築いていた。
さてそんなこととは関係なく。ここは日本のとある海沿いの町。朝日差し込む喫茶店の中。一人の青年がカウンターの椅子に座り込み、外を眺めていた。
「あぁ~。暇っすね」
「そんなわけないでしょ。日向ぼっこもいいけど開店準備手伝ってくれないかしら?」
低い声で彼の蛮行を諫めると同時に後ろから軽く小突き再起動をかける。エンジンが元に戻り活動を再開する青年。名を片桐克己という。彼の行動を諫めたのが相葉京水。オカマのような口調で話す女性。まあ要するにれっきとした女性である。
ではこの二人がなぜこの喫茶店で二人で働いているかというと少し複雑な話になる。
まず、彼こと克己はこの世界の人間ではない。彼の世界には深海棲艦や艦娘などというものは存在しておらず、空と海は一部を除いてみんなのものである。ではそんな彼がなぜこの世界に来ているかというと彼にもわからないというのが真相である。いつの間にかこの世界に来てしまっていたとしか言えない。そんな彼を京水が保護したのだ。彼女曰く、あまりにも希薄な存在感で歩いていたとのこと。その時には彼はすでにこの世界の渡りを行ってしまったのだろう。
保護された彼は衣食住を保証してもらう代わりに彼女の経営する喫茶店で働くことに。持ち前の呑み込みの早さと記憶力で着々と自分の居場所を獲得。たちまち喫茶店の人気者となった。
しかし、そのことが彼の悩みの種でもあった。京水からそのことを聞き、頭を痛めたのも懐かしい記憶である。
「店長、いつからこの世界はゾンビ映画の世界になっちまったんだ?」
「黙って働くのよ。今日も休んでる暇なんてないと思いなさい」
開店準備を手伝う彼は店の扉のほうを眺める。その先には扉に張り付かんばかりの勢いで開店を今か今かと待ちわびている淑女たちの姿があった。涎を垂らし克己の姿で一喜一憂する彼女たち。
そうこの世界は__
貞操観念が逆転しているのだった___。
「何を言っているんだねチミは?」
その事実を知ったとき、初めて出た言葉がこれである。今も京水の頭にこびりついて離れない。深海棲艦と艦娘との戦争の最中、何の因果か男児の出生率が急激に低下した。戦争も相まって男性の総人口はみるみる減り、今では男性の数はとても少なくなってしまった。別のところで絶滅の危機に瀕した世界は即座に男性の保護を徹底。そのため、女性が男性に遭遇する機会はとても少なくなり、日本でイルカに遭遇するほどまでに減ってしまった。
最初は克己も信じていなかったが、今では喫茶店前のホラー映画のような光景で疑うべくもない。克己は『大丈夫よ!私女の子が好きだから!』という爆弾のようなカミングアウトで店長のことは信用しているが、いつ襲われかねない状況にヒヤヒヤする毎日を過ごしている。
いつでも会える男性は貴重。会えるのだったらお目にかかりたい。そのため、この喫茶店には客が集中した。全国チェーン店が撤退を考えるほどには集中した。今では喫茶店に万札の雨が降る程に殺到するようになったが、代わりに店主たちの涙の雨も降るようになった。
「開店準備行きます!」
「いつでも来なさい!」
扉の鍵に手をかけ、クラウチングスタートのように低く構える克己。その視線の先には彼を迎え入れようとする店長と数名のスタッフ。彼を魔の手から救うための厚い壁となってくれている。
「五秒前、四、サン!」
二と一をすっ飛ばして鍵を開け、走り始める克己。ワンテンポズレた客は克己を捕まえることが出来ず壁の向こうへ取り逃がしてしまう。これがいつもの朝の日課である。
ここからはいつもの調子で営業が始まる。キッチンのスタッフとフロアのスタッフがてんてこ舞いになりながら対応をする。あまりの稼働状況に一人十分という前代未聞の対応がなされたが、それでも客足が遠のくことはない。皆、十分の中で克己に対応してもらえることを楽しみにしながらコーヒーを注文しようと手を伸ばすのだった。
そんな殺伐とした中を自分のペースでコーヒー片手に進む克己。目的のテーブルに辿り着き店員らしい態度と口調でテーブルにコーヒーを並べていく。
「……それではごゆっくりどうぞ」
次の対応に移ろうとした克己がその場を離れようとした瞬間、彼を引き留めるように声が上がる。
「き、今日はいい天気ですね!」
あまりにも苦し紛れな会話の導入。適当に言ったのかと一度流そうとした克己であったが、今は営業時間の中でも一番やばい時間帯。うまい具合にサボるためにほんの少しだけ付き合うことにした。
「そうですねぇ。こんな地獄みたいな状況じゃなかったらうたた寝しそうになるくらいには」
「そ、そうですよね!すごくあったかくていい天気ですよね!」
適当に話を続けようとしたその時、店長たちの切羽詰まった声で引き戻された。しぶしぶ話を切り上げてコーヒーの置かれたカウンターに向かう。
「ほんと、忙しいねえ」
「___、___」
「ねえー」
コーヒー片手にフロアを駆けまわる姿を見守っているお客たち。しかし、彼女たちには来るたびに疑問に思っていることがあった。
___一体肩の誰と話しているんだ?
「海軍としての要請だ。君には提督になってほしい!」
「はい?」
当然店を訪れた海軍のお偉方の発言に克己は気の抜けた声を上げた。
まあ、一時間クオリティよ。こんなもんさ。
続くかわからん。震えて待っとれ