あべこべ世界に提督着任!艦隊の指揮に入ります!   作:full throttle

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第三話

「うむい。艦隊の練度は全体的に高く纏まっている。性癖さえ絡まなければ本当に優秀な提督だったんだな」

 

 一人静かな執務室で資料を読み漁っていた克己。資料に記載された艦娘たちの練度をみて、高くまとまっていることに驚きを隠せない。駆逐艦に手を出したといわれどんな人間かと思えば、意外にも優秀な人物であった。引継ぎが問題であるがそれ以外の問題がない分、気が楽になる。

 

「ただなあ。処理しなきゃいけない書類が……」

 

 執務室の奥に置かれた机の書類が山のように積まれている。これが彼がこれから処理しなければならない書類の数々である。一日そこらで片付く量ではなく、これを片付けなければならないと考えると頭が痛い。

 

 眉間を揉み、ふと窓の外を眺めるとすでに日は水平線の向こうに沈みかけている。腕の時計を見ると1745を指している。鎮守府の構造に疎い克己はそろそろ動き出さなければならない。脱いでいた詰襟を羽織り、執務室を後にしようとする。と、その時執務室の扉が何者かによりノックされた。

 

「どうぞ」

 

 入室の許可を出すと、快活な声とともに扉が開け放たれる。

 

「失礼いたします~。どうも~、青葉です!」

 

 短めのポニーテールを振りながら、セーラー服を改造したような服装の少女が姿を現す。その姿に見覚えのある克己は彼女のことを思い出しながら応対する。

 

「どうしたんだ?」

 

「いやぁ。もう少しで着任式ですのでまだこの鎮守府に不慣れな提督さんをご案内しようと思いまして!」

 

「それはうれしいな。それじゃあお願いしよう」

 

「お任せください!」

 

 詰襟の前を閉じた克己は青葉を伴って執務室を後にする。

 

 なお、克己は頬をほんのりと赤く染めた青葉の存在に気づいていなかった。詰襟の下にパーカーを着ていたといえ、そのパーカーの前の大きく開けていた。その隙間から覗いていた鎖骨は彼女たちにとって非常に性的で煽情的な代物であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を歩く二人。記者である青葉が先に口を開くかと思う方が多いかもしれないが、先に口を開いたのは克己だった。

 

「……顔を合わせるのは二回目、で合ってたっけか?」

 

「おぉ~!覚えていてくださっていたんですね!恐縮です!」

 

 彼女は一度前の職場である喫茶店に訪れていたことがあり、それが克己の脳内に刻まれていた。話しかけてきたうえにピンクの髪色というのは非常に印象に残りやすい。それもあって非常に早く思い出せることが出来ていた。

 

「まあな。ピンクの髪はめちゃくちゃわかりやすいからな。それより海軍にあのことをチクったのはお前か?」

 

「私としては特ダネを自分だけのものにできなかったのは悔しかったんですが、艦娘の報告義務というやつでして」

 

 悔しそうに眉根にしわを寄せ唇に人差し指を当てる青葉。艦娘及び海軍に属するものの義務として妖精が見える、と判断した人間を上層部に報告しなければならないという義務が存在する(しかし、あくまで妖精が見えるかを見分けられるかは本人の感性によるところが大きい)。これに従い、青葉は克己のことを報告しなければならなかった。

 

「まあ別にどうでもいいんだが。……それにしてもお前はあまり緊張していないように見えるな」

 

「特ダネを前にして緊張していては記者としての名が廃りますからねえ。とはいえ全く緊張していないというわけではないんですが」

 

 そのことはほんのりと染まる青葉の頬を見ていれば容易に想像がつくことであった。艦娘垂涎のシチュエーションである『男性提督と肩を並べて歩く』という状況を体験している。記者である前に一人の女性である青葉もそれを体験できることに喜びを感じており気づかれない程にではあるもののほおを緩ませていた。

 

「ところで提督は着任式で話す内容は決めてあるんですか?できればこっそりと教えていただけると幸いです」

 

「できるだけ短く簡潔に。あとはアドリブでなんとなく」

 

「ほほう。なかなかですねぇ。では、着任式の前にお写真を一枚」

 

 そういうと同時に返答をする前にパチリとシャッター音が鳴り響く。断ろうと思っていた克己であったが撮られてしまったため、その気もなくなってしまう。青葉が持つカメラを取り上げることなく、満足そうにしている彼女から目を逸らすと軽くため息を吐く。後の話であるが、この写真が提督の最初の写真ということで高値で取引されることになるのだが、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂に辿り着き、その扉を開けると彼の目に映るのは一斉に視線を克己に集めた艦娘たちの姿だった。その異様な光景に克己は身が凍るような感覚を覚えた。蛇に睨まれたカエルのよう、という慣用句があるがここまで絶体絶命の状況に追い込まれたカエルはいないだろう。

 

 獲物を見つけた狩人たちは制止を振り切り殺到する。

 

「ヘーイ提督さーん!私金剛って言いマース!」

 

「こ、金ぎょうお姉しゃまの妹、比叡でしゅ!」

 

「わ、私、霧島です」

 

「は、榛名です!」

 

「ぽーい!あたし夕立っぽい!」

 

「時雨だよ。よろしくね」

 

「く、駆逐艦朝潮です!こ、これからもよろしくお願い致します!」

 

「鈴谷だよ!よろしくね!」

 

「熊野ですわ。鈴谷ともどもよろしくお願いいたします」

 

 野獣たちに群がられた克己はお立ち台の上から降りてきた怒涛の攻めに思わず苦笑いを浮かべる。その最中、古鷹、加古、衣笠のいわゆる第六戦隊にドナドナされていったが、自分のことに手いっぱいな彼に助ける余裕などない。さすがにさばききれなくなりお立ち台の上に立っている長門に視線で助けを求める。すると彼女から一喝が上がり、艦娘たちがモーゼの逸話のように二つに分かれる。間にできた道を通りお立ち台に近づいていく。

 

「さあ提督。着任の挨拶を。そのあと、少しばかり質疑応答をさせてもらうが構わないか?」

 

「構わないぞ。ありがとう」

 

 長門からマイクを受け取った克己はお立ち台の上に立ち一度咳払いをする。艦娘たちの視線が一つになり意識が彼に集中する。

 

「あー、あまり長いのは好きじゃない上にあまり言葉がうまいほうでないため簡潔に。今回この鎮守府に着任することになった片桐というものだ。ひょんなことから提督という職務を受け、この鎮守府に着任することになったわけだが、着任した以上、深海棲艦と戦う君たちのために粉骨砕身するつもりだ。どうか信用してほしい。そして信用できたものから俺について来てほしい。以上だ」

 

 数瞬後、歓声が沸き起こった。涙を流すもの、キャアキャアと声を上げ喜ぶもの、気絶するもの、太ももの付け根辺りに手を当て蹲るものと反応はさまざまであったが、少なくとも負の感情を持っている者はいないようだった。

 

 数秒ほど経ち歓声が止むと、お立ち台の横に立つ長門が指揮を執り始める。

 

「ではこれから軽い質疑応答に入る。なお、時間にも限りがあるため答えられる数にも限りがあるが、当たらなかった場合でも文句は言わないように」

 

 長門から事前に注意が入ったところで質疑応答に突入する。ほとんどの艦娘の手が挙がり、克己はその中から誰に当てるかを吟味する。

 

「そこの割烹着の給糧艦」

 

「間宮です。参考までに提督の好きな食べ物と嫌いな食べ物をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「秀でて好きと言えるものはないかな。逆に嫌いな食べ物は魚卵と八角だ。今思いつくのはこんな感じだ」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 間宮は恭しく礼をすると他の艦娘に気を使ってか後ろのほうに下がっていく。

 

「それじゃあサクサク行こう。んじゃ次はそこの妙高型の二番艦」

 

「そこまで言うのだったら名前で呼んでくれても構わないんだがな……。改めて妙高型二番艦の那智だ。提督は酒は呑めるほうか?」 

 

「あまり酒を呑む機会がなかったから正直呑めるかどうかはわからないとしか言えないな。質問の答えになっていなくて済まない」

 

「いや、十分だ。どうもありがとう」

 

「お次は……、そこの眼帯の紫の軽巡」

 

「天龍だ。提督はだいぶ軍人ぽく無い口調だがいつもそんな感じか?」

 

「よほどのことがない限りはそうだな。たかだか三か月で口調なんて変わるものでもないし、変えるつもりもないから皆あまり気負わずに気軽に話しかけてきてくれ」

 

「んじゃ遠慮なくいかせてもらうぜ。あんがとな」

 

 といった調子で質疑応答は進む。身長体重といったパーソナルなものからキノコタケノコどちらが好きかという一歩間違えば戦争になりかねないもの、中には少しきわどいものもあった。いつまでも続けばいいなと思う時間であるもののそううまくはいかない。

 

「時間の都合上、後二人に絞らせてもらう」

 

 長門の発した声に艦娘たちは名残惜しそうな声を上げる。この後に歓迎会が控えているためあまり長くやっているわけにはいかない。

 

「んじゃ次は……、重雷装の一番上」

 

「ほーい北上様だよ。提督は恋人がいた経験ある?」

 

 北上の問いかけに艦娘たちは驚愕し硬直する。男性至上主義のこの世の中。男性のプライバシー、中でも恋愛に関することを聞くことはご法度とされている。その禁忌を犯した北上を長門は強い口調で諫めようとするが、その前に克己は口を開く。

 

「恥ずかしながら恋人がいたことはないんだな。恋愛経験もないし。……なんか恥ずかしくなってきたから次行こう」

 

 恥ずかしそうに後頭部を掻く克己を見て一部の艦娘たちは胸の中で何かが湧き上がってくるのを感じていた。

 

「んじゃオオトリを務めてもらうのは……、そこの、赤い空母だ」

 

「はい、航空母艦、赤城です。提督は秘書艦はどのようにされるおつもりでしょうか」

 

「ふむ。秘書艦に関してはローテーションを組んで一日交替で行ってもらう予定である。内容としては俺の職務の補佐だな。ここからはあくまで主観的な話になるが……、まあ、やりたいだろう?」

 

 克己がそういうと艦娘たちは息をそろえて大きく頷く。

 

「まあ、まだ提督業に慣れていないからな。当面は前秘書艦であった由良と五月雨に秘書艦を務めてもらうつもりだ。そこに関しては許してほしい」

 

 一瞬由良と五月雨の二人にとてつもないほどの殺気が降りかかるが、克己の最後の一言で霧散する。

 

「とはいえ全員に機会は回すつもりなのでそのつもりでいてくれ。以上だ」

 

「それではこれで質疑応答は終了させてもらう。この後の歓迎会は節度を持って楽しむように」

 

 長門の音頭で艦娘たちは散らばり各々の場所に着く。奥のキッチンからは豪勢な食事がこれでもかと運ばれてくると同時に艦娘たちに飲み物が渡されていく。歓迎会の名を冠した宴会が始まろうとしている。

 

「それでは新たな提督の着任を祝して乾杯をさせてもらおう。音頭は私長門がとらせてもらおう。それでは、乾杯」

 

 広がる乾杯の輪と、克己を中心に盛り上がっていく宴会。艦娘たちは楽しそうに料理をつまんだり、酒を片手に騒いでいる。

 

 宴会の中心にいる克己は集まってくる艦娘たちの言葉を聞きながら彼女たちと交流を重ねていた。話しに聞き、幾度かの交流をしてきた艦娘であるが、やはり直に接すると様々な個性が垣間見えて楽しい。

 

「提督さん。楽しんでいらっしゃいますか?」

 

 グラスを持った由良が近づいてくる。

 

「もちろんじゃんか。飯もうまくて艦娘たちと話すも面白い。これ以上のことがあるか」

 

「それはよかったです」

 

 グラスの中身が無くなり、酒を注ぎこもうとする艦娘たちの制止し自分でオレンジジュースを注ぎ込もうとする克己。ボトルを掴み自分のグラスに注ぎこんでいる最中、由良のグラスの中身がほとんど入っていないことに気付く。自分のグラスに注ぎ終わったところで、善意百パーセントで由良のグラスにオレンジジュースを注ぎ込もうとする。

 

「おら由良。グラスよこせ」

 

 克己はクイクイとグラスを動かして、自分にグラスを近づけるようにアピールする。一瞬その意味が分からず首を傾げるがその意図に気付くと、慌てた様子で両手を前に出す。周りの艦娘たちはピタリと固まっており、二人の動向を窺うようにしてじっと観察している。

 

「い、いえいえ!わざわざ提督にお酌してもらうなど畏れ多いです!」

 

「んなこと気にすんな。単なる気遣いでしかないんだから。ほれよこせ」

 

 今度は克己がボトルを近づけていく。これ以上は水掛け論になると判断した由良は渋々といった様子でグラスを近づけていく。グラスの中にオレンジジュースが注がれていき、グラスの四分の三までいったところで注がれるのが止められる。上向きになったボトルの注ぎ口に重力と表面張力で一滴がへばりついた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 由良は中身を揺らしながらコップを引き寄せるとおずおずとグラスに口をつける。口元はグラスで見ることが出来ないが、耳は真っ赤になっている。本当に単なる善意の行動であったがゆえにまさかここまで耐性がないと思わず、少し自分の行動を反省する。

 

 それに反して艦娘たちは由良のように酌をしてもらおうと思うが、あれはこれから秘書艦として頑張ってもらう由良に感謝の前払いとしてやったのかもしれない。そう思うとどうにも動けなくなる。誰から行く?そう牽制し合いながらお互いの動向を窺っていく。しかし、その均衡はすぐに破られる。

 

「しれえ!オレンジジュースください!」

 

 陽炎型八番艦の雪風が笑顔でグラスを差し出す。彼女は本当にただただオレンジジュースが欲しかっただけだったのだがいつの間にか駆け引きに巻き込まれることになる。もちろんそんなことは克己の知るところでもない。

 

 だが、純粋な笑顔でグラスを差し出された克己が断る理由などどこにもない。

 

「いいぞ。ほれ」

 

「ありがとうございます!」

 

 そういい軽く頭を下げた雪風は駆逐艦の集団の中に戻っていく。まだだ。今じゃあない。

 

「うぅん。提督楽しんでいるか?」

 

 グラスを片手に持った長門が近づいてくる。どこかそわそわした様子の彼女の手にの中にあるグラスの中身は完全に空。克己は彼女が一体どういう意図で近づいてきたのかを理解すると、鼻息を吐く。

 

「ああ、楽しんでいるぞ。長門、グラスをよこせ」

 

「あ、ああ。すまないな提督」

 

 長門の手に握られているグラスにオレンジジュースを注ぎ、長門が感謝を伝えその場から去る。この一連の直後、一斉に艦娘たちが飲み物を飲み干し始める。そして飲み干し終わったものから提督に注いでもらおうと彼に近づいていく。

 

「……んじゃ、俺は少し行ってくるよ」

 

「いってらっしゃい」

 

 由良の送り出す声を聴きながら克己はまずは手近なところからと空母組のテーブルに向かうのだった。

 

 

 

 

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