あべこべ世界に提督着任!艦隊の指揮に入ります! 作:full throttle
克己が提督となって一週間。だいぶ仕事にも慣れ、秘書艦をローテーションで回そうかと思うようになったころ。山のようだった書類も今では良識的な量まで減り、余裕が生まれるようになっていた。書類の整理の隙をついて窓の外を眺め、溜息を吐く克己。窓の向こうでは艦娘たちが二手に分かれて演習を行っている。慣れたとはいえ半日以上の書類仕事はやはり楽しいものではない。ぜひ外に出て間近で見てみたいと思うが、椅子に縫い付ける秘書艦がそれを許さない。
「ふう……」
「提督さん、集中してくれる?早く終わらせてお茶にしたいんだけど」
秘書艦席に座る航空母艦瑞鶴が不満そうに頬を膨らませながら集中の切れている克己を諫める。栄えある最初の秘書艦を引き当てた彼女は当たりの初日のくじを引いたとき、周りの目も気にせずにコロンビアのポーズで廊下をスライディングで進み、自室で喜びを表現した(他の艦娘、特に航空母艦の加賀は殺気ビンビンであった)。喜びで眠れない夜を過ごした瑞鶴は現在寝不足の体で克己との執務に励んでいた。
「んー?ああ、もう終わってるぞ。あとは瑞鶴の分だけだ」
「えっ、そうなの!?」
克己の言葉を聞いた瑞鶴は慌てた様子で書類に向き合う。まさか退屈そうな様子で窓の外を眺めていた克己がすでに仕事が終わっているとは思わなかったのだろう。
机から立ち上がった克己は窓を開け潮風を浴びながら外の演習を眺める。脳を揺らすような砲撃の音に目を細めながら演習の動きを注意深く予想する。こう動くのがいいだろうか、しかしこう動いてくるかもしれないなどと思考を働かせていると窓の下から彼を呼ぶ声が響く。おーいという声に反応し下を向くと、白露型の一から四番艦の少女たちが克己に向かって手を振っている。うっすらと笑みを浮かべながら手を振り返すと少女らしくキャアキャアと騒ぎながら窓の下から離れていく。少女らしい動きに克己が小さくほんわかとしていると彼の背から声が響く。
「終わったぁ!」
瑞鶴の終了宣言を聞いた克己は無言のまま窓を閉める。
「んじゃ、今日の執務はこれで終わりだ。俺は外で演習見に行くから」
「じゃあそのあと鳳翔さんのところに行こ!まだお昼ご飯食べてないしいいでしょ。翔鶴姉も誘ってさ!」
「ま、そんくらいならいいだろ」
「やった!それじゃ早くいこ」
執務室から飛び出していった彼女に続くようにして克己も執務室を後にした。
「よう香取。調子はどうだ?」
「あら提督。問題なく進んでいますよ」
駆逐艦と軽巡洋艦を混合した高速の水雷戦隊同士での演習は赤組が優勢のようで明らかに演習弾の着弾箇所が少ない。ほどなくして香取から演習終了の指示が出され、海原に出ていた艦娘たちが戻ってくる。克己は彼女たちを迎え入れる。彼女たちはいつもはいないはずの提督に迎え入れられ、驚きと喜びの混ざった表情をしている。
「さて、今日の演習の報告をしてくれ」
「今日の演習、勝者は赤組の勝ちですね。MVPは卯月です。相手の旗艦である天龍に意識の外からの攻撃をうまく当てたのが選出理由ですね」
「日々のいたずらの成果なのかやたらと攻撃から意識外させるのがうまいんだよな」
「やったぴょーん!」
天龍の皮肉交じりの言葉を聞いてか聞かずか卯月は無邪気に喜びの声を上げる。
「MVPおめでとう卯月」
「ていとぉく~。うーちゃん。お願いがあるぴょん」
「なんだ言ってみな」
「何かご褒美が欲しいぴょん!」
「ちょ、卯月!?」
天龍たちの彼女をいさめようとする声を手で制した克己は、一度彼女の要求を聞くことに。
「じゃあ何が欲しいんだ?」
「んーとね。うーちゃん提督にだっこしてほしいっぴょん」
「はぁ!?」
笑顔でそう告げた卯月に全員の視線が周りの艦娘たちから批難ともとれるような声が上がるが、卯月は気にも留めていないようだ。いや、気に留めていないというよりチャンスを逃すべからずと気丈にふるまっているという感じか。ともかくニコニコと笑みを浮かべている卯月は引くつもりはないらしい。
仕方ない。というよりこんなご時世である。遠征なり出撃なりで
「さあ来い卯月!」
振り返った克己は腰を低く落とし大きく両手を広げている。まるで飛び込んでくる卯月を受け止めるかのよう。それで彼の意図を理解した卯月は喜色満面。表情で喜びを表現し、今にも走りだしそうである。
「卯月、いっきまーす!」
手を上げ宣言し、走り始めた卯月はすぐさま克己までの距離を詰め彼の胸に飛び込んだ。それを真正面から受け止めた克己は衝撃を逃がすように独楽のように回る。三回転ほどして回り終わるとしっかりと卯月を抱きとめた。
「満足か?」
「ええ~?少ないぴょ~ん」
そう言った彼女は克己の胸元に頬を擦り付ける。擦り付けられるのはいい気分とも悪い気分とも言えないが、嬉しそうにしている彼女を見ていると悪い気はしない。その後ろで艦娘たちが唖然としている。一番に行動を再開したのは今日秘書艦の瑞鶴。卯月を抱えている克己のところに向かっていくと耳打ちをする。
「ちょっといいの?提督さん?」
「こんなもんだったら別になぁ。減るもんでもないし」
この会話の間に背中に移った卯月をゆすりながら克己は答える。とはいえこれは思い付きで行ったことで艦娘たちには何も告げてはいない。これでは卯月以外の艦にとって不公平だろう。
「さて卯月。ちょっと降りてもらうぞ」
「わかった、っぴょん!?」
くるりと体を回転させその勢いで背中の彼女を前に回すと脇の下に手を入れて彼女を持ち上げる。そして腰を落とすとそのまま力任せに投げ飛ばした。投げ飛ばされた彼女は空中でうまく体勢を整え軽く着地する。
「さて、卯月一人にご褒美をやるというのは何も伝えていなかった以上、あまりにも不公平だな」
瑞鶴に聞こえるようにして独り言をつぶやいた克己は残りの駆逐艦のほうへ体勢を整えると先ほど卯月を受け止めたのと同じ体勢をとる。
「よっしゃ、残りも来ぉい!」
克己の声を聴いた残りの姉妹たちが笑みを浮かべながら彼に向かって駆け出し、それぞれ克己に抱き上げられていく。(若干一名を除いて)純粋な笑みを浮かべている彼女たちを見ているとこれをやってよかったと思えてくる。
駆逐艦十隻全員を抱き上げ終わったところで克己は旗艦を務めていた天龍型二隻のほうに視線を向ける。物欲しそうな視線で克己と駆逐艦との触れ合いを眺めていた彼女たちは克己が視線を向けると恥ずかしそうにさっと視線を逸らす。にやりと意地悪く口角を上げた克己は抱き上げていた睦月を下すと彼女たちのほうへと近づいていく。
「どうした二人とも。何か言いたげだな」
「いっ、いや!?何でもないぜ!?」
慌てた様子でそう言った天龍。その様子を見てその隣に立っていた龍田が克己と同じように意地悪く笑みを浮かべる。
「いいえ~。天龍ちゃんも提督にだっこしてほしいってさっき言ってましたよ~」
「ちょ!?龍田!?」
彼女の言葉で慌てふためく天龍。もちろん克己にはそれが嘘だとわかっていたが今回は彼女の嘘に乗ってみることにした。
「そうかそうか。だったら!」
克己は天龍の了承をとることなく彼女を横抱きに持ち上げた。突如として浮遊感に襲われた天龍は克己との距離感に顔を赤くさせる。
「おい提督!俺はあんなこと言ってねえぞ!」
「第一声は『降ろせ』じゃないんだな」
克己の一声で天龍は顔を真っ赤にさせ手のひらで顔を覆い隠し黙り込む。勝ち気で男性的かと思っていたがこんな女性的な一面。新たな発見だ。後でみんなに教えてあげよう。不穏なことを考える克己は天龍をそっと足から降ろして見せる。よっぽど恥ずかしかったのか、顔を覆ったままでうずくまってしまい駆逐艦たちが彼女の周りを取り囲んでいる。
「さて、私は報告書を出しに行きますねぇ」
「おっと逃がすか。嘘に乗ってやったんだから龍田にも得がないとな?」
歩き出し、今にもこの場から立ち去ろうとしていた龍田を捕まえると一気に引き寄せ彼女も同じように横抱きにして持ち上げる。
「あらあら~?私もやってくれるなんて提督は優しいのね~」
そういって平静を装っている彼女であるが、耳が真っ赤になっているのは隠しきれていない。悲しいことに彼女も天龍と同じ女性でしかなかった。
「あら提督。私にはしていただけないのですか?」
そう言って近づいてきた香取は不満そうな表情で暗に自分にもやれと言ってくる。
「お前は今日はただの監督役だろう。戦闘を行ったわけじゃないからなしだ」
「あら手厳しい」
しかし、彼女は監督役。監督役を軽視するつもりはないが、それでも彼女と演習組では働きの質が違う。今回褒美をもらってしかるのは演習を行った彼女だろう。彼の言葉からもそれを読み取った香取は不満そうにしながらも引き下がって見せた。彼女らしい大人の対応である。しかし、この場にいるもう一人はこのやり取りを見ても不満らしい。
「提督さん。私には何かないの?」
「お前は香取以下だろうが。大体お前はこの後昼飯に行くんだろう?それで十分だ」
「だったら早くいこ!翔鶴ねえも呼びに行かなきゃだし!」
瑞鶴に力任せに引かれる克己は抵抗しながら香取達のほうを向く。
「香取、演習の結果は書類にまとめて適当に机の上にでも置いておいてくれ」
引きずられていく克己の言葉に笑顔で手を振りながら答えた香取は取り残された駆逐艦を引き連れて結果をまとめるために室内へ戻っていく。
余談ではあるが、この後演習でMVPをとった艦娘はご褒美がもらえるという制度が導入され、演習のレベルが二段階ほど上がった。
ごめんね。僕にはギャグ調はかけないみたい!いちいち文章が固くなっちゃうけど許してニャン!後瑞鶴のキャラ雑になっちゃってごめんね!