>これで死んだらうn…
……先輩が死んで、一月が経った。
あれからカルデアには静けさが満ちていたけど、先週追加できた人員がカルデアに馴染んでからは、わずかだが賑わいが戻ってきた。……そう思う。
……私の心は鉛のように重く、何をしてもぼんやりとしていて実感がない。それでも迷惑になりたくないから、私は必死に仕事をした。私と同じ場所に配属された方に仕事を教えて、するすると飲み込んでくれたことにすこし安堵した。──ああ、これなら、私はいなくてもいい。
そう思えた夜、私は先輩が残してくれた手紙を枕元において眠った。明日、所長にお暇をくださいと言おう。旅がしたいと。どんなに心が壊れたように思えても、黙っていなくなったり、引き継ぎをせずに出ていくのはいけないと思える義務感があったことに、私は少し笑ってしまった。我ながら、生真面目だと。
翌日。少し早めに起きて、ゆっくりと身なりを整えて部屋を出た。ポケットにあの手紙を入れて廊下を歩く。執務室のドアをノックする前に、ポケットの中の手紙を撫でて──あの金具を握る。よし、と声を出して、自分の頬を叩く。
ドアをノックする。……返事が返ってこない。もしかしたらぼんやりしているのかもしれない。先輩と長くいた職員にはよくあることだが、所長が先輩と一緒にいた期間は私達ほど長くはない。それでも、あの知らせを聞いたときには、私達と同じくらい先輩の死を悲しんでくれた。……善い人だと思う。急な話にはなるが、きっと、許可をくれるだろう。
「失礼します、所長。少しお話が──」
開いて、そこから先の言葉が出てこなかった。見える場所に所長がいない。それはいい、問題は……鼻先に掠める、鉄の匂い。
「──所長! 所長!?」
椅子が中途半端な角度で立っている。机の後ろに回ると、所長が血を流して倒れているのが目に入った。
思わず揺さぶるも、反応はない。うめき声ひとつすら、上げる気配はない。
「そんな、そんな……!」
脈をとる、呼吸を確かめる。脈動はない、体温はない。生きている人間にあるはずのものが、あまりにも感じられなかった。
……私にできる治療はない。踵を返す。
医務室の人を呼ばなくちゃ。医術に長けたサーヴァントを探さなくては。そう、確か、医療系のサーヴァントの方はほとんどが残ってくれていたはず! どこ。どこにいますか! 誰か! 治療のできる方がどこにいるか知っている人は!?
息を荒げ、廊下を走りながら叫ぶ。誰にも会わない。涙が溢れる。もう誰も失いたくない! なのに誰にもすれ違わなくて、白い廊下が続いていて──。
──あれ。カルデアって、こんなに静かだったっけ?
ぱん。
足を止めて、周囲を見回した瞬間、乾いた音がした。焼けるように胸が熱い。
「あ……」
赤い染みが広がっていく。それを認識した瞬間、私の足から力が抜けた。前のめりに倒れて、胸を打って、ぐうと声が出る。
「どうして……?」
頭だけで振り返れば、先週やってきた人達の顔が目に入る。その手に無骨な、黒い拳銃が握られていて……その銃口から、灰色の煙が立っていた。
「いやはや、世界を救うまで生き残ったというからどんな優秀な人材たちかと思えば……ほとんどが単なる運で生き残っただけだったとは。なんと嘆かわしいことか」
ぱん、ともう一度音が鳴った。衝撃で体がはねて、ごふ、と私の口から赤いものがこぼれる。本当に悲しいのだとでも言いたげな顔をした人々が、冷めた目で私を見ていた。私は唇を噛んで、彼らを睨みつける。
「先輩の事故……先輩を、殺したのも……!」
私の怨嗟に動じた風もなく、その銃を持った人が言う。
「側にいる者を守るどころか自分を守ることすらできない魔術師が、よくもまあ世界を救ったなどというものだ……ほとんどがサーヴァントの力だというのに」
無関係の操縦士たちには悪いことをしたね。しかしより良い世界のためだ、仕方ない。
憂うように言って、私に近づいてくる。死への恐怖より、先輩を殺されたことへの怒りの方が上回った。死力を引き絞って立ち上がった。……こぶしを握ったところで、発砲音が3発響いて、私はまた廊下に倒れた。
「君たちの後は我々が引き継ごう。人理は正しく修復された。……これからの世界のためには、これまでと同じ気持ちで挑まれては、困るのだよ」
「どうして先輩を殺した! あの人は……カルデアを出て行ったのに!」
握り拳を床にたたきつけながら叫ぶ。どうして、どうして!
こんな、わけのわからない人たちに、先輩が奪われなければならなかったのか!
どうして──先輩の未来が、奪われなければいけなかったのか!
男は首をかしげながら言う。
「どうして、といわれても。レイシフト適性100%なんて、明らかに異常なもの、放置しておけるわけないだろう?」
「……あなたたちは、おかしい」
吐き捨てる。まるで道理がわからない。
……レイシフト適性100%、という先輩の唯一無二のスペックに疑問を抱いたことがないといえば嘘になる。99.9%ではなく100%。その証明は、果てしなく不可能に近いが、何度計算しても100%になる。それもまた一つの奇跡だと、そう結論付けていた。
……どの道、レイシフト……カルデア職員としてその業務に携わらないのであれば、あってないようなそれを──それが、先輩の命を奪う理由になるだなんて。
「……君も、ヒロイックな冒険譚に毒されたんだな」
あきれた声で肩をすくめられる。
せめてこの男だけでも殺してやる。そう思ってとびかかったところで……知らないサーヴァントにたやすく払いのけられ、取り押さえられる。
……ここまでカルデアが静かだったのも、今までいたサーヴァントを強制退去させたからなんだろう。そして、代わりに新しい、自分たちに従うサーヴァントを召喚したのだ。
ああ──カルデアは終わりだ。……もしかすると、世界すら。
「デミ・サーヴァント、というのは気になったが……そもそも君も、1つの成功個体でしかないらしいな。何、積み重ねればいつかたどり着くだろう。不可能ではないことは、君が証明してくれたのだから」
髪を掴まれる。この状況に不相応なくらい、穏やかな瞳が私をのぞき込む。こつんと熱い銃口がこめかみに押し当てられて、声が出そうになったのを何とか押し殺す。
「冒険の旅は終わったんだ、マシュ・キリエライト。さあ──君も、先輩とやらのいる場所に行くといい」
ああ、と思い出しように。
「世界を救ってくれてありがとう、お疲れ様」
ぱん。
エンド2-A
みるもむざんないんぼう