先輩がカルデアを出て半年経った頃、世界は終焉を迎えかけていた。
一夜の内に空は黒く曇り、海は地を覆った。瞬く間に生じた異変に、誰も手が打てなかった。
しかし、私達カルデアは諦めなかった。ブラックナイトと呼ばれる終末が訪れた、その原因──トリガーとなった時間軸を探り、再び世界を取り戻すための戦いを始めていたのだった。マスター候補は順次解凍され、治療を受けていたが、どれもが瀕死の状態で保存されていたもの。政治的、魔術的思索から治療が遅れ、今この段階に至っても目覚めている者はいなかった。
だから、元カルデアのマスターであり、レイシフト適性100%の性質を持つ先輩に声がかかるのは必然だった。
私はいつかのように窓から空を見ていた。吹雪でもなく、青空でもなく、ただ黒く曇った空が続いている。
敵が誰かはわからない。何が原因かもわからない。
けれど──あの空を取り戻すために、私達は戦うのだ。それは藻掻き苦しむ手探りの旅になるかもしれないけれど、きっと私達ならできると、そう信じて。
……ああ、吹雪晴れたあの日、先輩とともに見た蒼く美しい空を、早く取り戻したい。
足音が耳に入り、近付く気配を感じて振り返ると、あの日、先輩がカルデアを経つ日に隣に立っていた人影が目に入る。何かを言いたげな顔で、こちらを見て立っていた。私はまっすぐとその目と向き合うように姿勢を正す。
「ご安心ください、──さん」
カルデア職員の制服に見を包んだ、……今は何の力も持たない、元サーヴァントの方に言う。
「先輩のことは、私がきちんとお守りしますので」
私と先輩に一つずつ与えられた聖杯──大聖杯、もとい万能の願望器ほどの力がない聖杯では、半受肉のサーヴァントを完全に受肉させるのが精々だった。それですら、英霊としての力のすべてを失い、ただの人間になってしまう、不完全としか言いようのない受肉だった。
それでもいいと、人間になって先輩と歩む未来を選んだサーヴァント。
予想はしていたけれど、先輩がカルデアで再び戦うことに決めた時、共にここまで帰って来た。力はなくとも、カルデアで重ねた日々は消えていない。己に戦う力がなくてもその戦いを支えたいと、管制室等の補佐をすると決めたのも、サーヴァント……否、元サーヴァントのこの人自身だ。
戦いの日々が決まってすぐ、私は、私に報奨として与えられていた聖杯に願った。
先輩を守り、戦う力が欲しいと。デミ・サーヴァントとして、未熟でも不足していても戦場を駆けた、あの時の力が欲しいと。
……元々、無くなったのではなく封じられていたに近い力はすぐに取り戻せた。どころか、聖杯を半ば取り込んだ形になったからか、以前よりも霊基は強化されているようだった。
だから今──「先輩の隣」は私だった。
「管制室でのサポート、よろしくお願いします」
しっかりと腰を折り、頭を下げた。
遠く離れた場所で先輩の帰りを待つことも出来たはずなのに、ここで戦うことを選んだこの人を素直に尊敬した。カルデアから戦場を駆ける先輩を眺める無力な自分。それは、私も通った道だった。元々他の素晴らしい
目の前の相手が口を開きかけた時、ぱたぱたとした足音が廊下の先から聞こえた。二人してそちらを振り返る。
「ここにいたんだ、マシュ!」
懐かしさすら感じる、カルデアの魔術礼装に身を包んだ先輩が現れた。
「座標特定が終わったんだ! 行こう、マシュ!」
「──」
差し伸ばされた手を、一拍開けて取った。
「──はい、行きましょう。マスター!」
かつての様に応える。先輩は力強く頷き、私も頷いた。
行ってくるね、と一度は共に未来を歩むと決めた方に声をかけた。相手がそっと頷いたのをみて、先輩がもう一度頷き、私の手を引いて走り出す。
管制室に駆け出す背中に、一人分の視線が刺さる。あの人には悪いけれど、私は、この人の手を握って駆けることが出来ることが──いいえ、いけない。それは、この状況ではあまりにも不謹慎だ。だから廊下を走りながら、唇を結んで私は心を決める。
青空を取り戻せたら、今度こそ──先輩に伝えよう。私の想い。私の願いを。
旅の果て、たとえ先輩が私を選んでくれなかったとしても、構わない。
先輩が私の選択と未来を大切にしてくれたように、私も先輩の選択と未来を大切にしたいから。
……ああ、でも、叶うなら。私との未来を、ほんの僅かでも考えてもらえたら、嬉しい。先輩の横顔をちらりと見ながら、そう思った。
天覆う暗雲。蜷局巻く毒竜。陸を沈める大海。
さあ、再び旅をはじめよう。
エンド4
ふってわいたアポカリプス