頭上に落ちてきた米袋や、先程マスターが躓いた缶、昨日集めたきのみ……あり合わせの食物で作りましたが、今日も美味しそうなカレーが出来上がりましたね。
きのみは極彩色で、食べられるか不安でしたが、マスター以外の我々3人の体調に問題はないので、きのみに毒性はないと見てよいでしょう。
問題は缶詰の具材。調理前に毒味はしましたが……。
毒耐性のあるマスター、再生能力のあるバーサーカーはともかく、疑似サーヴァントとはいえ生者であるマシュにとって有害なものになっていたらいけません。昨日はバーサーカーのアルジュナが毒味をしましたから、今日はこのまま私が。
では、いただきま――はっ! この気配は……まさか!? マスター、私の後ろに!
……む、確かに我が姉、妖姫モルガンの気配がしたと思ったのですが……なんでしょう、あの蒼い……狼? こちらを見てはいますが、敵意はないようですね。
ですがマスター、お気をつけて。あの狼王ロボほどではありませんがおよそ3m弱の体躯、そして獣でありながら明らかに歴戦の勇者のオーラを纏っています。鍋程度ならたやすく引き裂けるでしょう。ここは静かに、相手が去るのを待ちましょう。
……。……。
……逃げませんね。こちらは火を焚いていますが、それを恐れる様子もなく……火?
はっ! いけない、焦げついてしまう! マスター!
「アルトリア、これを!」
ええ、ありがとうございます。では――もう一度!
「まぜろ!」
せいっ! ぐるぐる! 混ざりなさい! 熱よ均一になれ! クッキング! 華麗、あまりにも華麗! むっ! カレーの飛沫を浴びるような私ではない! はああっ! どうしましたマスター! もう疲れたのですか! それでは焦げカレーになってしまいますよ! そうですその調子です! いいですね!
「まごころももう一度……!」
ええ、ここで決着をつけましょう! 美味しく――なりなさい! 『
……ふ、一時はどうなることかと思いましたが、よかった。先程と同じ、いえ、むしろ今の方が美味しそうなカレーになりました。
では、毒味を。ぺろり。これは……ピリッとした辛さの中に強い旨味、強火で蕩けた玉ねぎの甘さとやわらかな人参じゃがいも……。口や喉が痺れる気配もなく……ええ、毒性はないと見てよいでしょう。あとは二人の帰りを待って、炊きたてのご飯とともに――。
……はっ、
「立ち去るどころか近付いてきてる……」
カレーは刺激物、獣には毒だというのに、何故? このカレーを狙っている……?
「また近付いてきた!」
……言葉を解する獣なのかもしれません。どうしますか、マスター。襲われると危険です、力尽くの排除という手もありますが。
「……。カレーが欲しいのかも?」
む。確かにこちらをじっと見てはいますが……。……幸い、カレーは多めに作ってあります。マスターがよいと言うのであれば、私もそれに従いましょう。
「ありがとう、アルトリア」
礼を言われるほどのことではありませんよ。
ではよそいましょう。ご飯を盛って……カレーをよそって……これでよし。
……さあ、これも何かの縁。召し上がってください。……どこか懐かしい気配を持つ、蒼狼よ。
これで調理器具の片付けは完了ですね。
……おや、もう食べたのですか?
「器用だ……」
なんと。牙を立てず口だけで皿を咥えて……器用な獣ですね、貴方は。では、皿は預かりましょう。貴方の舌にも美味しいと思えていたらよいのですが。
「お粗末様でした」
ええ、お粗末様でした。……! 頭を下げた……? あっ、去ってしまった……。
「……ホントに言葉を理解していたのかも」
そうかもしれませんね。ずいぶんと賢く、それでいて器用な……不思議な存在。
……それにしてもあの狼、傷だらけでした。
「治療用スクロールがあったらなあ……」
何かと戦ってきた帰りだったのかもしれません。あの狼は明らかに強者でした。その狼にあそこまで傷を負わせるような何者かがどこかにいる、ということは念頭に置かなければなりませんね。
マスター、くれぐれも単独行動はなさらないように。必ず私かマシュ、バーサーカーのいずれかを伴ってください。
「……うん、わかった」
あ、マシュ達が帰ってきましたね。手を振っています。ふふ、振り返しましょうか。カレー、できていますよ!
疾駆する。
町並みを通り抜け、ビルの上を跳ね、暗い森の中へ。すれ違ったものには、よほど動体視力が優れていなければただ風が吹き抜けたように感じただろう。
水を飲み、木陰に横になって毛並みを舌で整える。たった数分でも体に残るカレーの香りに、小さな笑みが浮かんだ。摘むべき者か見定めるために近付いたのに、必死にカレーを作る姿に懐かしさを感じて姿を表してしまったばかりか、馳走になってしまった。
……ああ、あの日を思い出す。立ち込めるカレーの臭いを塗りつぶす鉄の臭い、「裏切り者」と謗られながら、主人思いの
……私は、彼女の邪魔をしたいのではない。ガラルの守護者として、ガラルに生きる者の生を守る。私が出会った少女と少年の旅を守る。……例え
唯一無二の片割れ、愛する半身である弟にすら理解されなくても、私は、私の思う正しさを貫く。
その果てに、私自身の破滅が待ち受けていたとしても。私は止まらない。止まれない。己が身を以て立ちはだかった彼を斬り殺したあの時から――止まるつもりは、毛頭ないのだ。
さあ、早く眠って体を癒さなくては。そう遠からず訪れる最後の日のために。
今日は美味しいカレーを食べたから、きっとよく眠れるだろう。