献血カーから始まった人理を巡る旅は終わり、先輩は先輩の「日常」に帰っていく。
サーヴァントは死者の影。そうでない特殊なサーヴァントは、どこかの世界に大切な人がいる方がほとんど。だから、誰がどれほど先輩と仲良くなろうとも、最後に側にいるのは──先輩が選ぶのは、後輩であり、生者である私。そう思っていた。
賃金とは別の旅路への報酬として、先輩と私には聖杯が与えられた。戦いのための霊基強化材料としてではなく、個人で自由にしていいトロフィー、長い長い旅の思い出として。
──マシュはもう、使い道決めた?
──願い、ということですか?
──大層なものは叶えられないしらしいんだけどね。
廊下の長椅子に座ってした会話を思い出す。手持ち無沙汰に聖杯に触る先輩がこちらに笑いかけた。私の大好きな笑顔。見つめられて、頬が熱くなった。
──私には、叶えたい願いはありません。
あなたがそばにいてくれるなら、ほかの願いなんてありませんから。
改めて口にするのが恥ずかしくて、私ははにかんだ。私たちのこれまでを示す聖杯を見つめ、これからに思いを馳せながら。
……与えられた聖杯には、万能の願望器と呼べるほどの力はない。けれど──カルデア式の召喚によって半受肉状態のサーヴァントを完全に受肉させるには、十分だったのだ。
「みんな、今までありがとう! お世話になりました!」
カルデアの玄関口。私は扉を背にして立っている。向かい合わせに小さなトランクを持つ先輩。……そしてその隣には、先輩が貰った聖杯で受肉を果たしたサーヴァントが寄り添うように立っていた。
もう令呪のない手が、私の手を包むように握る。
「……マシュ。マシュがいてくれたから、諦めずに走り続けられたんだ。……本当にありがとう」
……私もです。私はあなたがいてくれたから、頑張れたんです。
精一杯に告げて俯くと、先輩に抱き締められた。
「……二度と会えなくなる訳じゃないんだ。泣かないで、マシュ」
あの優しい手が私の頭を撫でて、離れた。なんとか顔を上げると、目を潤ませながら、それでも笑顔の先輩と目があった。
「……みんなどうか元気で。またね、マシュ!」
涙を振りきるように振り返って飛行機へ歩いていく。私は思わず手を伸ばして──届かなくて、誤魔化すように小さく手を振った。
先輩は大きく手を振って、飛行機に乗っていく。側にいたサーヴァントも、こちらに一礼して、先輩の後に続いて乗っていった。
私の物と言うタグだけ付けて、保管庫に戻そうと思っていた金の杯を抱えながら、私はベッドに身を投げる。
最後の最後に手を握れなかったことと──飛行機に乗る瞬間、繋がれた二人の手を思い出して。突きつけられて。
……ああ、私、先輩の思い出になってしまったんだ。
どうにもならない涙が頬を伝った。