00話 プロローグ
【学園都市】
東京西部に位置する完全独立教育研究機関。あらゆる教育機関・研究機関の集合体であるその都市は、総人口約230万人、その8割が学生である。
この都市で暮らす学生にはそれぞれの学校の『
学園都市 第7学区 7月 19日
夏休みも目前まで迫った今日、すでに最終下校時間は過ぎているが、中等、高等学校の生徒のほとんどが住むここ第7学区は心做しかどこか浮き足立っているようにも感じる。学園都市の学生といえど、そこは普通の学生とも変わらない。
日の沈んだ街を歩く、白い髪と切れ長の青い眼が特徴的な、整った容姿をした少年、──
蒼空は数日分の食料品や、その他日用品などの買い出しを終え、自宅である男子学生寮に向かっていた。
「あっつー……」
そう呟き、蒼空は手でパタパタと扇いで申し訳程度の風を自身に送る。
もう日は沈んでいるとはいえ、7月も半ば、暑いのは仕方ない。能力を使ってさっさと家に帰ろうか、そんなことを考える。蒼空の能力なら、文字通り「あっ」という間に家に着く。そんなことを考えた時だった。
「不幸だぁーーーー!」
そんな聞き覚えのある声が響いた。声のする方を見ればそこには数人の不良に追われるツンツン頭が。
「この聞き覚えのある声は……相変わらず、だな」
どうしたら日常茶飯事的に複数人に追われるような状況に陥るのか。関心半分、呆れ半分で呟く。
「よっと」
蒼空は自身の能力を発動する。
「おっす、カミやん」
すると次の瞬間、蒼空の姿はツンツン頭の少年、── 上条 当麻の隣にあった。そのまま蒼空は上条の隣を並走する。
「時雨っ!?」
突如として隣に現れた蒼空に驚き、間抜けな声をあげる。
「いやー、今日も平常運転ですねえ。それで、今日は何しでかしたんだ?」
「どうして君はいたいけな友人が怖い顔の人達に襲われている時にそんな笑顔で話しかけて来ることが出来るんですかぁ!?」
蒼空の質問に答えている暇など上条にはない。息を切らしながら全力疾走する上条は自身の必死な表情とは全く逆の笑顔で話しかけて来た蒼空に向かって吠える。
「どうしてって、よく見る光景だからな」
蒼空はそんな上条に向けて、当然のようにそう返した。
「酷い!」
「まあまあ、ちゃんとお助けしますよ」
何も面白がるためだけに上条の隣に来た訳ではない。それならわざわざ能力を使って隣になんてやって来ず、遠くからケラケラ笑いながら眺めている。最初からちゃんとお助けするつもりだったとも。
再び蒼空は自身の能力を発動させた。その瞬間、蒼空と上条の姿はその場から消えた。
♦♦♦
「ここまで来れば大丈夫だろ」
蒼空と上条の姿は先程までとは全く別の場所にあった。都市部を離れた所にある大きな川。
大きな川には大きな鉄橋が架かっている。長さにしておおよそ150メートル。車はない。ライトアップもされていない無骨な鉄橋は、夜の海のような不気味な暗闇に塗り潰されている。
「はぁ……はぁ……助かったぜ、時雨」
さっきまでの猛ダッシュで乱れた息を整えながら上条は蒼空に礼を言う。
「どういたしまして。それで今日はなんであんなことに?」
「はぁ……ビリビリだよ。ビリビリ」
上条はどこかうんざりしたように言う。
「ああ、あの常盤台の」
ビリビリ、という言葉で蒼空も理解した。上条の言うビリビリとは、静電気とか、正座をしていたら足が痺れたなんていうようなビリビリした現象ではなく、とある人物のことを指す。
その人物こそ御坂美琴、この学園都市では有名人の一人だ。と言っても他の人間にビリビリと言っても伝わらないだろうが、御坂美琴と言えばこの学園都市ではほとんどの人間が知っていることだろう。
「そうそう。アイツまた絡まれてたんだよ」
「そこを助けたと。前回のことはもう忘れたのか?」
上条は1ヶ月程前にも同じように不良に絡まれている美琴を助け、その時のかくかくしかじかが原因で今日に至るまで顔を合わせては追いかけ回され、一方的に因縁をつけられ、勝負を挑まれている。
「忘れてねーですよ。だから今日助けたのは不良達の方だ」
「なるほどね。それで追われてたのか。ハハ、相変わらずだな」
「晩飯も食い損ねたし……はぁ、不幸だ」
上条はファミレスで食べ損ねた夕食の『苦瓜と蝸牛の地獄ラザニア』に思いを馳せながら呟く。
「不幸だ」というのが上条の口癖である。実際、上条は客観的に見ても不幸である。さっきまでのように日常茶飯事的に複数人の不良に追いかけ回されたり、じゃんけんの勝率がほぼ0だったり。
(不幸ね。知ってはいたけど、ホントに大変そうだよな)
蒼空は上条の不幸の理由を知っている。何故か、それは蒼空が転生者だからであり、この世界をアニメとして
しかも同じ世界でも異世界でもなく、蒼空からすれば創作物の中の世界に転生するという超特殊な転生だ。一種のパラレルワールドのようなものだろうか。
最初はぼんやりと、夢のような感覚で朧気に前世の記憶がある、というレベル。それから歳月を経たり、何らかのきっかけで前世の記憶を取り戻す、といった感じだ。
全くもって信じられないような話だが、これは事実。考えてもなぜ転生したのか理由も何もかも不明なので、蒼空はもう仕方ないと納得している。
最初は自身からすれば物語の人物と関わるというのは違和感しかなかったが、今はそれもない。上条に対してもそうだが、物語の人物ではなく、意思ある一人の人間として接している。
「見つけたァァ!」
蒼空と上条以外には誰もいないはずのこの場所に、高い声が響いた。
「げっ、出た!」
声の主を見て上条が思わずそう漏らす。蒼空も声が聞こえてきた方向に視線を向ける。そこには一人の少女が立っていた。灰色のプリーツスカートに半袖のブラウスにサマーセーターという格好の、中学生ぐらいの女の子だ。
御坂美琴、それが少女の名前だ。上条の「げっ」という何か見てはいけないものを見たような反応を美琴は見逃さなかった。
「人をお化けみたいに言うんじゃないわよ。今日という今日は逃がさないわ」
「はぁー、毎度毎度、ことあるごとにレベル0の無能力者を追いかけ回して何が楽しいんですかぁ?」
「レベル0の無能力者? だったらなんで……」
美琴の周囲に電気が発生する。
「レベル5の超能力が効かないのよ!!」
美琴が叫ぶと同時、蒼空と上条に向けて凄まじい電撃が放たれる。正確には上条に向かって放たれたものだが、明らかに蒼空も巻き込むであろう威力だ。
【
(おっかねー。というか人間にそんなもんを向けるなよ)
と、蒼空は心の中で呟く。しかし、その言葉とは裏腹に慌てた様子は一切ない。なぜなら蒼空の隣には超能力などといった異能の類を打ち消す力を持った上条がいるから。
美琴の放った電撃が上条の右手に触れた瞬間、何かが壊れるような音が鳴り響き、打ち消される。
【幻想殺し】上条の右手に宿るそれは異能の力を打ち消す力である。異能であればレベル5の美琴の力でさえも打ち消す。そんなとんでもない力を持った上条がレベル0なのは、異能を無効化するという能力の性質上、上条自身が能動的に何か現象を発生させるわけではない。例えば美琴が電撃を発するように。
「ナイスバリア!」
蒼空は上条に向けて笑顔でサムズアップ。
「あのねぇ! 防げると分かっていてもめちゃくちゃ怖いんですよ!? ちょっとは能力で助ける姿勢を見せろよ! 頼むから見せてください!」
迷うことなく自身を盾にした蒼空に向けて上条はまくし立てる。
「ビリビリお前もお前だ! そんなものを人間に向けて放つんじゃねぇ!」
「アンタピンピンしてるでしょーが!」
「そういう問題じゃねぇ! もういい時雨、逃げるぞ」
「いいの?」
「どうせアイツは言っても聞きやしねーよ」
再び放たれた電撃を右手で打ち消しながら上条は言う。蒼空もハッスルしている美琴を見て上条の言葉に納得する。確かに何を言っても美琴の耳には届かなそうだ。
蒼空としてはこのままこのやり取りを眺めていても構わないのだが、不良達との全力鬼ごっこに免じて上条の提案を受け入れた。
「りょーかい」
蒼空がそう呟いた瞬間、蒼空達の姿は美琴のすぐ後ろにあった。
「というわけでビリ
「なっ!?」
後ろから聞こえてきた声に美琴が驚きながら振り向いた時、既にそこには蒼空と上条の姿はなかった。
「お……覚えてなさいよーっ!」
その場に一人残された美琴の声だけが響いた。