とある魔術の転生者《リンカーネイター》   作:牛丼肉なし

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09話 魔術師は塔に降り立つ《9》

 

 

「な、──────ッ!?」

 

 

 驚いて上条が一歩後ろへ下がった瞬間、四方八方から戻ってきた黒い飛沫が空中で寄り集まり、再び人のカタチを作り上げた。

 

 

 あのまま一歩進んでいれば、間違いなく四方八方から襲いかかる炎の中へ取り込まれていた。

 上条は目の前の光景に混乱しそうになる。蒼空も同じく。上条の右手『幻想殺し』の謳い文句が正しければ、それは神話に出てくる神様の奇跡さえ一撃で打ち消してしまう。アレが『魔術』とかいう『異能の力』である以上、たった一度触れただけで『全てを無効化』させるはずなのに……

 

 

 炎の中の重油はのたくり、カタチを変え、まるで両手で剣を持っているような形になる。いや、それは剣ではない。人間でも磔にするような、二メートル以上の巨大な十字架だ。

 ソレは大きく両腕を振り上げると、ツルハシでも振り下ろすように上条の頭に襲いかかる。

 

 

「……っ!!」

 

 

 上条はとっさに右手で受け止めた。元より上条は右手を除けば単なる高校生だ。目の前の攻撃を見切って避けるような戦闘スキルは持ち合わせない。

 

 

 ガギン! と十字架と右手がぶつかり合う。

 

 

 今度は『消える』事さえなかった。まるでゴムの塊でも握り締めているように、ともすれば上条の指の方が押し負かされそうになる。相手は両手で、こちらは片手しか使えない。ジリジリと。炎の十字架が上条の顔へと一ミリ一ミリ近づいてくる。

 

 

 混乱する上条は、かろうじて気づく事ができた。この炎の塊『魔女狩りの王』は確かに上条の幻想殺しに反応している。だが、消滅した直後に復活しているのだ。おそらく消滅と復活のタイムラグは一秒の十分の一にも満たないだろう。

 

 

「──ッ!? カミやん!」

 

 

 上条の幻想殺しに触れてなおその形を維持する『魔女狩りの王』に蒼空は困惑を隠せなかった。

 上条の右手はあらゆる『異能の力』を打ち消す。それが『異能の力』なら打ち消してしまう。

 学園都市の頂点に立つ自分の力も、御坂美琴の超電磁砲だって打ち消してしまう。

 

 

 その右手で打ち消せない。

 

 

 どうして? 魔術だから? 

 

 

 そんな考えがグルグルと蒼空の頭を巡る。

 

 

 蒼空は自分の能力で助けに入ろうとするが、この状況では難しい。いや、そもそも『歩く教会』も元に戻す事ができず、上条の『幻想殺し』も効かない魔術という力に、自分の能力が通じるのだろうか。

 

 

「──────ルーン」

 

 

 と、蒼空と上条の耳が何かを捉えた。それが誰の声かは一瞬で分かった。

 

 

「──『神秘』『秘密』を指し示す二十四の文字にして、ゲルマン民族により二世紀から使われる魔術言語で、古代英語のルーツとされます」

 

 

 だが、それがインデックスの声だと分かっているのに、信じられなかった。

 

 

「い、インデックス……?」

 

 

 こんなにボロボロで、こんなに血まみれで、どうしてこんな冷静に話せるんだ? 

 

 

「────『魔女狩りの王』を攻撃しても効果はありません。壁、床、天井。辺りに刻んだ『ルーンの刻印』を消さない限り、何度でも蘇ります」

 

 

 押される右手の手首を左手で掴んで、かろうじて上条当麻は十字架との均衡を保つ。

 

 

 上条と蒼空は恐る恐る振り返る。

 

 

 そこには、確かに一人の少女が倒れていた。けれど、『それ』をインデックスと呼ぶ事ができなかった。まるで機械のようなあまりにも感情の欠落した瞳。

 

 

 一言一言、告げる度に背中の傷から血が溢れていく。

 

 

 そんな事にも全く気に留めない、まさしく魔術を説明するためだけの『装置』。

 

 

「あ……インデックス、なのか?」

「はい。私はイギリス清教内、第零聖堂区『必要悪の教会』所属の魔道書図書館です。正式名称はIndex-Prohibitorumですが、呼び名は略称の禁書目録で結構です」

 

 

 魔道書図書館────禁書目録という生き方に、上条は自分を殺そうとする炎の巨神の事さえ忘れそうになってしまう。それほどまでの『寒気』がそこにある。

 

 

「それよりも怪我を──」

 

 

 インデックスの発する『寒気』に呑まれていた蒼空だが、インデックスの背中から溢れる血の赤色で気づく。インデックスの体に触れて能力を発動させようとする。が、

 

 

「────それはやめた方が良いでしょう。今の私の体に何らかの力が働いた場合、自動迎撃術式が起動する可能性があります」

「迎撃……」

「はい。それでは元のルーン魔術に説明を戻します。────それは簡単に言えば、夜の湖に映る月と同じ……いくら水面を剣で切り裂いても意味はありません。水面に映る月を斬りたければ、まずは夜空に浮かぶ本物の月に刃を向けなければ」

 

 

 そこまで『説明』されて、上条はようやく目の前の敵の事を思い出した。

 

 

 ようは、これは『異能の力』の本体ではない、という事か? 写真とネガのように、どこかでこの炎の巨神を作っている。『他の異能の力』を潰さない限り、何度でも復活してしまう……? 

 

 

 蒼空も朧気ながらにそれを理解する。だが、どうする? 別の場所にあると言っても、その場所はどこだ? 

 

 

「灰は灰に────」

 

 

 ギョッとした。炎の巨神の向こうで、ステイルは右手に炎剣を生み出している。

 

 

「────塵は塵に────」

 

 

 さらにもう一本。左手には青白く燃える炎剣が音もなく伸びる。

 

 

「─────────────吸血殺しの紅十字!」

 

 

 力ある言葉と同時、左右から炎の巨神ごと引き裂くように、大ハサミのように二本の炎剣が上条に水平に襲いかかる。『魔女狩りの王』に右手を封じられている上条はこれ以上防ぐ事ができない。

 

 

「カミや──────」

 

 

 二本の炎剣と炎の巨神が激突し、一つの巨大な爆弾と化して大爆発を引き起こした。

 

 

 蒼空の叫びはその大爆発に虚しくかき消された。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 炎と煙が晴れてみれば、辺り一面は地獄だった。

 

 

 金属の手すりは飴細工のようにひしゃげ、床のタイルさえも接着剤のように溶け出している。壁の塗装は剥がれてコンクリートが剥き出しになっている。

 

 

 少年、――上条当麻の姿はどこにもなかった。

 

 

 だが、階下の通路を走り去る足音が一つ、蒼空とステイルの耳に届いた。

 

 

「……、『魔女狩りの王』」

 

 

 ステイルがささやくと、辺り一面の炎は人のカタチを取り戻し、手すりを越えて足音を追う。

 

 

 内心で、ステイルは驚いていた。何の事はない。爆発の直前、ステイルの両手剣が炎の巨神を切り裂いた一瞬を突いて、上条は右手を離して手すりを飛び越えたのだ。

 落下した上条は一階下の手すりに掴まって、通路に体を乗り上げたんだろう。命綱も何もなく、ただの根性度胸で実行するにはあまりに命知らずだと思う。

 

 

 一方で蒼空は一安心、といったところだ。聞こえてきた足音からしてまず動けなくなるような大きな怪我はしていないだろう。小さく息を吐く。

 

 

「だけど、まぁ」

 

 

 ステイルはそっと微笑む。インデックスの10万3000冊の知識によってルーンの弱点は突かれた。その通り、ステイルの扱うルーン魔術は『刻印』を刻む事で力を発動させる。逆を言えば『刻印』を消されてしまえばどんな強大な魔術も無効化されてしまう。

 

 

「だけど、それが何だ」

 

 

 ステイルは余裕の表情で。

 

 

「彼にはできないよ。この建物に刻んだルーンを完全に消滅させるなんて、彼には絶対に無理だ」

「……本当に? アイツがアンタの炎を打ち消したのを忘れたのか?」

「忘れてないさ。それでも、だ。彼には絶対に無理だ。君は逃げた方がいいんじゃないか? ソレをここに置いたままね」

 

 

 蒼空はインデックスに一瞬、視線を落とす。

 

 

 この血濡れで横たわる少女とは、インデックスとは、今日出会ったばかり。まだ友人でもない、ただお互いを知っているだけ、というレベルの関係だ。いや、それも違うかもしれない。現にインデックスがこんな世界に生きているなんて全く知らなかった。思ってもみなかった。

 だけど、インデックスはそんな自分のために、上条のために危険を冒してまでここへ戻ってきた。そしてこんな大怪我まで。

 

 

「いや……ここは勇気を振り絞って断っちゃおうかな。NOと言える人間なんでね、俺は」

 

 

 そんなインデックスをここであっさりと切り捨てられるほど、蒼空は腐ってはいない。幸い、自分は無力ではない。この『学園都市』では頂点に立つ人間の一人だ。

 

 

 一歩、二歩と蒼空は前に出る。

 

 

「悪いけど、インデックスは渡せないね」

「……ふうん、でも彼は逃げたんじゃないのかい?」

「いやいや、アイツはちょっと引くレベルでお人好しだから」

 

 

『魔女狩りの王』とやらから逃げれるかどうかはさておいて、あの上条がこの状況から逃げ出す? 

 

 

 ありえない。あの男はなんだかんだ言いながらもこういう状況に自分から突っ込んでいき、こういう状況からは絶対に逃げない。

 

 

「そうか、なら死ね。────炎よ」

 

 

 ステイルが腕を振るうと共に、蒼空に向けて一直線に炎が走る。燃え盛るその炎は見てるだけで燃やされそうだ。上条のように『異能の力』を打ち消す右手を持っていない蒼空は、このままだとその炎に身を焼かれる。

 

 

 炎はそのまま蒼空を焼き尽くす……はずだった。その前に、蒼空が右手を軽く振ると、一直線に走っていた炎の塊は蒼空の眼前で不自然に逸れた。いや、曲がったと言った方がしっくりくるかもしれない。

 

 

「────なッ!?」

 

 

 驚愕し、目を見開くステイルを見て蒼空は口の端を僅かに吊り上げる。

 

 

 確かに炎は蒼空を焼き尽くすつもりだった。曲がるなんて事はありえない。ステイルはまっすぐ、骨すら残さないつもりで蒼空に炎を放った。

 

 

 しかし、蒼空が炎に包まれる事はなかった。炎は蒼空に届きもしなかった。炎が曲がったから、蒼空が炎を曲げたから。

 

 

 口の端を僅かに吊り上げ、小さく笑う蒼空は傍から見れば不敵、余裕ともとれる表情をしているが、内心は炎は曲がるかどうか直前まで確信が持てず、心臓はバクバクである。しかし結果は、炎は曲がった。蒼空が曲げた。

 

 

 いける。あとはあそこに立っている魔術師をこの手でぶん殴るだけだ。上条の御株を奪うようで少しばかり気が引けるが。

 

 

 蒼空がさらに一歩、前へと足を踏み出した時だった。

 

 

 建物中に設置された火災報知器のベルが、一斉に鳴り響いた。

 

 

「!?」

 

 

 爆撃のような轟音の嵐に、ステイルは思わず天井を見上げる。

 

 

 一秒すら待たずに取り付けられたスプリンクラーが台風のような人工の雨を撒き散らした。一応、消防隊を呼ぶと面倒臭い事になるので『魔女狩りの王』には警報装置に触れないように命令文を書いてある。となると、上条当麻が火災報知器のボタンを押したんだろう。

 

 

 まさか、『魔女狩りの王』という炎の塊を消すために? 

 

 

「……」

 

 

 馬鹿馬鹿しくて笑いも起きないが、そんなつまらない理由でびしょ濡れにされると思うと魔術師は頭の血管が切れるかと思った。

 

 

 ステイルは壁に取り付けられた、真っ赤な火災報知器をいまいましげに睨みつける。

 

 

 ベルを鳴らすのは簡単だが、こちらから止める事はできないだろう。夏休みの学生寮という事でほとんどの住人は出払っているが、消防隊がやってくると面倒な事になるかもしれない。

 

 

「……、チッ」

 

 

 ステイルはぐるりと辺りを見回し、それから面倒な状況に舌打ちした。

 

 

 目的はあくまでインデックスの回収。手っ取り早く蒼空を殺してインデックスを拾って立ち去ればいい。が、蒼空は何らかの力を持っている。『魔女狩りの王』をこっちに寄越せばどうにかなるだろうが、そうすると上条の方に手が回らなくなる。

 

 

 面倒だ、本当に面倒臭い。

 

 

 そんなステイルの耳に、キンコーン、と電子レンジみたいな音が聞こえてきた。

 

 

 誰が? 誰がエレベーターに乗ってきた? 

 

 

 夏休みの夕暮れという時間帯、生徒達は完全に出払っていて学生寮が無人状態である事は確認済みだ。ならば、一体誰が、全体どうしてエレベーターなんかを動かす必要がある? 

 

 

 がこがこ、と。ガラクタみたいなエレベーターの扉が開く音が鳴り響く。カツン、と。ただの一歩だけ、スプリンクラーに濡れた床を踏む足音が、通路に響く。

 

 

 ステイルは、ゆっくりと振り返る。

 

 

 一体どうして体の内側が小刻みに震えているのか、そんな理由も分からずに。

 

 

 

 

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