蒼空のケータイで青髪ピアスから小萌先生の住所を聞き出した。ちなみになぜ青髪ピアスが住所を知っていたのかは不明だ。(ストーカー疑惑あり)
上条がインデックスを背負い、一刻も早く小萌先生の家へ向かうために蒼空の能力で転移。何度か転移を繰り返し、ものの数分でそこに着いた。
そこは見た目12歳の人が住んでいるとは思えない超ボロい木造二階建てのアパートだった。通路に洗濯機が置かれているのを見ると、どうも風呂場という概念は存在しないらしい。
普段なら笑いの種になるところだが、今は蒼空も上条も少しも笑いが起きなかった。
上条が一階、蒼空が二階で手分けして一つずつドアの表札を確かめる。
「カミやん、あったぞ」
『つくよみこもえ』と、ひらがなで書かれたドアプレートを見つけたのは二階を探していた蒼空だった。部屋を見つけた蒼空は上から上条を呼ぶ。
ボロボロに錆びた階段を上がり、一番奥まで歩いたところに部屋はあった。
ぴんぽんぴんぽーん、と二回チャイムを鳴らして上条は思いっきりドアを蹴破ることにした。ドゴン、と上条の足がドア板に激突して凄まじい音を立てる。
(おいおい……)
一刻を争う状況なので仕方ないが、いきなり人の家のドアを蹴破ろうとするのはどうかと蒼空は思う。だからバチが当たったと言うべきか、それともこんな時でも上条は不運なのか、足の親指の辺りで嫌な音が鳴った。ドアはびくともしなかったのに。
「〜〜〜ッ!!」
「はいはいはーい、対新聞屋さん用にドアだけ頑丈なんですー。今開けますよー?」
素直に待ってれば良かった、と上条が涙目で思っていると、ドアががちゃりと開いて緑のぶかぶかパジャマを着た小萌先生が顔を出した。そののんびりとした顔を見ると、位置の関係でインデックスの背中の傷は見えていないようだった。
「うわ、上条ちゃん。新聞屋さんのアルバイト始めたんですか? それに時雨ちゃんまで」
「シスター背負って勧誘する新聞屋がどこにいる?」
上条は不機嫌そうに、
「ちょっと色々困ってるんで入りますね先生。はいごめんよ!」
「ちょ、ちょちょちょちょっとーっ!」
玄関に立つ小萌先生をぐいぐいと押して部屋に入ろうとすると、小萌先生は慌てて上条の前に立ち塞がる。
「せ、先生困ります、いきなり部屋に上がられるというのは。いえそのっ、部屋がすごい事になってるとか、ビールの空き缶が床に散らばってるとか灰皿の煙草が山盛りになってるとかそういう事ではなくてですね!」
「先生」
「はいー?」
「……俺が今背中に抱えるモノ見て同じギャグが言えるかどうか試してみろ」
「ぎゃ、ギャグではないんですー……って、ぎゃああ!?」
「今気づいたんかよ!」
「上条ちゃんの背中が大っきくて怪我してるって所まで見えなかったんです!」
突然の血の色にあわあわ言ってる小萌先生を蒼空が自身の背後に転移させる。前を塞ぐものがなくなった上条はそのまま勝手に部屋に入る。
「げっ……」
部屋の中に入った蒼空の口から思わずそんな声が漏れた。
なんていうか、競馬好きのオッサンが住んでそうな部屋だった。ボロボロの畳の上にはビールの缶がいくつも転がり、銀色の灰皿には煙草の吸殻が山盛りにされている。部屋の真ん中にはガンコ親父がひっくり返しそうなちゃぶ台まであった。
「……なんていうか。ギャグじゃなかったんですね、先生」
と、上条。
「こんな状況で言うの何ですけど、煙草を吸う女の人は嫌いなんですー?」
「別に嫌いじゃないけど、煙草は嫌いだな」
問いかける小萌先生と、その問いに答える蒼空にもそういう問題じゃねえと、上条は転がるビール缶を蹴り飛ばして場所を空ける。ボロボロの畳の上、というのは少し気が引けたが、いちいち引いている余裕もない。
背中の傷が床に触れないように、上条はインデックスをうつ伏せに寝かせた。破れた服の布が邪魔で直接傷が見える事はないが、赤黒い染みが重油のように溢れている。
「救急車は呼ばなくって良いんですか? で、電話そこにあるですよ?」
小萌先生がブルブルと震えながら部屋の隅を指差す。何故か黒いダイヤル式の電話だった。
「────出血に伴い、血液中にある
ギクン、と。三人は反射的にインデックスの顔を見た。
インデックスは相変わらず畳の上に手足を投げ出して倒れたままだ。だが、倒れたまま、まるで壊れた人形みたいに顔を横倒しにしたまま、インデックスは静かに目を開けている。
それは青ざめた月の光よりも冷たく、時を刻む時計の歯車よりも静かな。
人間としてありえないほど完璧な、『冷静』なる瞳だった。
「──警告、第二章第六節。出血による生命力の流出が一定量を超えたため、強制的に『
小萌先生はぎょっとしたようにインデックスの顔を見た。
無理もないと蒼空と上条は思う。これで二度目になるが、どうしてもこの声に慣れる事はできない。
「さて……」
上条は小萌先生の顔を見て考える。
この状況でいきなり『魔法使ってください先生!』などと頼んだら『この非常事態に魔法少女ごっこですか上条ちゃん! 先生はそんな歳じゃありません!』とか言われるに決まってる。
どう説得すればいいものやら。という視線を蒼空に送る。が、学園都市の教師に魔術だなんだのを信じさせる方法というのはなかなか思い浮かばない。
蒼空は上条に困ったような、少し申し訳ないような表情を返した。
「……ふむ。先生、非常事態なんで手短に言いますね。ちょろっと内緒話、こっちくる」
「はい?」
こいこい、と上条が子犬を呼ぶように手を振ると、小萌先生は警戒心ゼロで近づいてくる。
そして上条はごめん、と上条は一応口の中で謝って、敗れた布をめくって、隠されていた醜い傷口を一気にさらけ出した。
「ひいっ!?」
ビクンと小萌先生の体が震えたのも、無理はない。
ある程度の怪我は見慣れているはずの蒼空と上条もショックを受けるほどのひどい傷だった。腰の辺りから横一線に、まるで段ボールに定規を当ててカッターで切り込まれたような傷。赤黒い血の奥に、ピンク色の筋肉や黄色い脂肪、果ては白く硬い──────背骨のようなものまで見えた。
ぐっ……、と眩暈を殺しつつ、上条は血に濡れた布を静かに下ろす。
傷口に布が触れても、インデックスの氷のような瞳はピクリとも動かなかった。
「先生」
「へ? ひゃい!?」
「今から救急車、呼んできます。先生はその間、この子の話を聞いて、お願いを聞いて……とにかく絶対、意識が飛ばないように。この子、服装通り宗教やってるんで、よろしくです」
気休め、なんて言葉を使えば『魔術』なんて『ありえないもの』も頭から否定しなくなるだろう。とにかく小萌先生にとって重要な事は『適切な傷の手当』ではなく、『無理矢理にでも会話を続ける事にして』にすり替えたのだから。
実際、小萌先生は顔面蒼白なまま、超真剣にこくこく頷いている。
唯一の問題は、上条が外で時間を潰さなければならないという事だ。
『魔術』が終わる前に救急車を呼んでしまうと、その時点で『気休め』が中断されてしまう。つまり救急車は呼んではいけないのだ。
けど、それは『外へでなければならない』理由にはならない。何なら部屋の黒電話で117にでも電話して、自動音声に救急車でも呼ぶ演技をすれば良いだけなんだから。
問題なのは、そこではない。
「なぁ、インデックス」
上条は、倒れたままのインデックスにそっと話しかける。
「なんか、俺にやれる事ってないのか?」
「──―ありえません。この場における最良の選択肢は、あなたがここから立ち去る事です」
あまりにも透明で真っ直ぐな言葉に、上条は思わず右手の拳を痛くなるほど握りしめた。
上条に、やれる事なんて何もない。蒼空には上条がそれを分かっていて、それでも聞いたように思えた。
この部屋にいれば、それだけで回復魔法を打ち消してしまう『右手』があるから。
「……じゃ、先生。俺、ちょっとそこの公衆電話まで走ってきます。時雨も……あとは頼んだ」
「て、……え? 上条ちゃん、電話ならそこに──────」
上条は小萌先生の言葉を無視してドアを開け、部屋を出て行く。蒼空は黙ってその後ろ姿を見ていた。
「あの、時雨ちゃん……私はどうすれば……?」
小萌先生はその場に残った時雨に答えを求めるが、
「……悪い、先生。俺も公衆電話に行ってくる。とにかく、あいつも言った通り、その子の言葉を信じて、言う事を聞いてやってくれ。よろしく」
そう言って蒼空も部屋を後にした。