とある魔術の転生者《リンカーネイター》   作:牛丼肉なし

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15話 奇術師は終焉を与える《5》

 

 

 男のロマンは一言で斬り捨てられた。

 

 

 ぐったりとうな垂れる上条に、何故だかインデックスはとても悪い事をした気持ちになる。

 

 

「と、とにかく、儀式で使う聖剣や魔杖を今の素材で代用するって言っても、限界があるんだよ? ……特に神殺し(ロンギヌス)の槍、ヨセフの聖杯、ゴルゴダの十字架(The_ROOD)なんていう神様関連の聖具なんかは1000年経っても代用不可能らしいんだか……痛ッ……」

「お、おい、大丈夫か?」

 

 

 興奮して一気にまくし立てようとした彼女は、二日酔いみたいにこめかみを押さえた。そんなインデックスに上条が心配そうに近づく。

 

 

 蒼空は布団の中にいるインデックスの顔を見る。

 

 

 10万3000冊もの魔道書。たった一冊読んだだけで発狂するようなそれを、それこそ一字一句正確に頭に詰め込んでいくという作業は、一体彼女にどれだけの苦痛を与えるんだろうか? 

 

 

 なのに、インデックスはたった一言も苦痛を訴えない。

 

 

「私の抱えている事情、知りたい?」

 

 

 と彼女は言った。自分の痛みなど無視して、まるで蒼空達に謝るように。

 

 

 上条は、覚悟を決めるように、答えた。

 

 

「なんていうか、それじゃこっちが神父さんみてーだな」

「ま、ここまで来たら俺らも引き下がれないからな。最後まで巻き込んでくれよ」

 

 

 そんな蒼空達の言葉に、インデックスは嬉しさを噛み締めるように小さく笑った。

 

 

 そして、なんでだと思う? とインデックスは言った。

 

 

「十字教なんて元は一つなのに、旧教(カトリック)新教(プロテスタント)、ローマ正教、ロシア成教、イギリス清教、ネストリウス派、アナスタシウス派、グノーシス派。どうしてこんなに分かれちゃったんだと思う?」

「そりゃあ……」

 

 

 たとえ流し読みでも歴史の教科書を読んだ事がある上条なら何となく答えは分かる。だが、それを『本物』のインデックスの前で口に出すのは少し気が引けた。

 

 

「宗教に政治を混ぜたから、だろ?」

 

 

 そんな上条を他所に、蒼空が答える。

 

 

「うん。分裂し、対立し、争い合って──ついには同じ神様を信じる人さえ『敵』になって。私達は同じ神様を信じながら、バラバラの道を歩く事になった」

 

 

 もちろん考えは色々ある。神様の言葉でお金を稼げると思った者、それを許せないと思った者。自分が世界で一番神様に愛されていると思った者、それを許せないと思った者。

 

 

「……交流を失った私達は、それぞれが独自の進化を遂げて『個性』を手に入れたの。国の様子とか風土とか──―それぞれの事情に対応して、変化していったんだよ」

 

 

 小さく息を吐いて、

 

 

「ローマ正教は『世界の管理と運営』を、ロシア成教は『非現実(オカルト)の検閲と削除』を。そして私の属するイギリス清教は……」

 

 

 インデックスはわずかに言葉を詰まらせた。

 

 

「イギリスは、魔術の国だから」

 

 

 それが、苦い思い出のように、

 

 

「……イギリス清教は魔女狩りや異端狩り、宗教裁判──―そういう『対魔術師』用の文化・技術が異常に発達したんだよ」

 

 

 首都ロンドンには今でも魔術結社を名乗る『株式会社』がいくつもあるし、書類上だけの幽霊会社ならその十倍以上存在する。元々は『街に潜む悪い魔術師』から市民を守るためだったはずの試行錯誤は、いつしか極めすぎて『虐殺・処刑の文化』にまで発展してしまった。

 

 

「イギリス清教にはね、特別な部署があるんだよ」

 

 

 まるで自分の罪でも告白するように、インデックスはそっと言った。

 

 

「魔術師を討つために、魔術を調べ上げて対抗策を練る。必要悪の教会(ネセサリウス)

 

 

 まさしく、シスターのように。

 

 

「敵を知らなければ敵の攻撃を防げない。だけど、汚れた敵を理解すれば心が汚れ、汚れた敵に触れれば体が汚れる。だから『汚れ』を一手に引き受ける必要悪の教会が生まれた。そして、その最たるものが……」

「10万、3000冊ってか」

「うん」

 

 

 上条の言葉にインデックスは小さく頷き、

 

 

「魔術っていうのは式みたいなモノだから。上手に逆算すれば、相手の『攻撃』を中和させる事もできるの。だから私は10万3000冊を叩き込まれた。……世界中の魔術を知れば、世界中の魔術を中和できるはずだから」

 

 

 その目的は上条の右手が持つ力に似ていた。そこに辿り着くために、インデックスは地獄をみつづけてきた。

 

 

「けど、魔道書なんてヤバいモン、場所が分かってんなら読まずに燃やしちまえば良いじゃねーか。魔道書を読んで学ぶヤツがいる限り、魔術師は無限に増え続けんだろ?」

「……重要なのは『本』じゃなくて中身だから。原典を消しても、それを知ってる魔術師が弟子に伝え聞かせちゃったら意味がないの」

 

 

 そういう人間は魔術師じゃなくて魔導師って言うんだけどね、とインデックスは言う。

 

 

 ネットみたいなものか、と蒼空達は思う。一度データが流れたら元を消してもコピーにつぐコピーでどんどん広まってく。

 

 

 そうなるとデータを完全に消すというのは、ほぼ不可能に近い。

 

 

「それに、魔道書はあくまで教科書だから。……それを読み取っただけでは魔術師とは呼べない。そこから自分なりのアレンジを加え、新たな魔術を生み出してこその魔術師なんだよ」

 

 

(なるほど。データじゃなくてウイルスってか)

 

 

 ウイルスを完全に消滅させるには、ウイルスを解析して常にワクチンを作り続けるしかない。

 

 

「……それに、さっきも言ったけど。魔道書は危険だから」

 

 

 インデックスは目を細めて、

 

 

「写本の処分さえ、専門の異端審問官(インクジショナー)は両目を糸で縫って脳の『汚染』を防ぐ──―それでも五年は洗礼を続けないと『毒』は抜け切らないけど。原典にいたっては人の精神では無理。世界中に散らばる10万3000冊は、どうしようもないからこそ『封印』するしか道がなかったんだよ」

 

 

 まるで大量に売れ残った核兵器みたいな扱いだった。

 

 

 いや、実際()()()()()()()()()()。おそらく書いた本人だって予想外だったに違いない。

 

 

「チッ。それにしたって、魔術ってな『超能力者(おれたち)以外の普通の人間』なら誰でも使えるモンなんだろ? だったらあっという間に世界中に広まっちまうじゃねーか」

 

 

 上条は舌打ち混じりにそう言って、ステイルの炎を思い出す。世界中のみんながみんな、あんな力を使えるようになったら。もう科学を土台にしている世界の常識そのものが崩れてしまうような気がする。

 

 

「それは……平気。魔術結社の連中も、無闇に魔道書を外へは持ち出さないから」

「? 何でだよ? 連中にしたら、戦力は多いに越した事ねーだろ?」

「そりゃそーだけど、世の中の人間皆仲良しなんて事はないでしょうよ」

「……」

 

 

 魔術を知っているからと言って、みんながみんな仲間だという訳ではない。

 

 

 むしろ自分達の切り札の威力を知ってるからこそ、無闇に『敵の魔術師』を作りたくない。

 

 

 まるで最新兵器の設計図みたいな扱いだった。

 

 

「ふぅん。大体分かってきた」

 

 

 上条は言葉を噛み締めるように、

 

 

「つまり、アレか。連中はお前の頭ん中にある爆弾を手に入れたいって訳なんだな」

 

 

 世界中にある10万3000冊もの原典、それを記憶の中で完全に複製した写本の図書館。それを手にする事は、つまり世界中の魔術の全てを手に入れる、という意味だ。

 

 

「……、うん」

 

 

 死にそうな、声だった。

 

 

「10万3000冊は、全て使えば世界の全てを例外なくねじ曲げる事ができる。私達は、それを魔神と呼んでいるの」

 

 

 魔界の神、という意味ではなく、魔術を極めすぎて、神様の領域にまで足を突っ込んでしまった人間という意味の、魔神。

 

 

「世界の全てをか……、とんでもねーな」

 

 

 蒼空がつぶやく。上条はそんな蒼空の声を、音だけ拾って。

 

 

 ……ふざけやがって。

 

 

 上条は知らず知らずの内に奥歯を噛み締めていた。インデックスの様子を見ればわかる、彼女だって好き好んで10万3000冊を頭に叩き込んだ訳ではない。上条はステイルの炎を思い出す。彼女は少しでも犠牲者を減らすために、ただそれだけのために生きてきたっていうのに。

 

 

 その気持ちを逆手に取る魔術師も気に食わなければ、そんな彼女を『汚れ』と呼ぶ教会も気に食わなかった。どいつもこいつも人間をモノみたいに扱って、インデックスはそんな人間ばっかり見てきたはずなのに。それでも他人の事ばかり考えている少女が一番気に食わなかった。

 

 

「……、ごめんね」

 

 

 何に対してイライラしているのか、上条は自分の事なのに全く分からない。

 

 

 ただ、その一言で上条当麻は本当に、キレた。

 

 

 パカン、と軽くインデックスのおでこを叩く。

 

 

「……ざっけんなよテメェ。そんな大事な話、何で今まで黙ってやがった」

 

 

 犬歯を剥き出しにして病人を睨みつける上条に、インデックスの動きが凍りついた。何かとてつもない失敗をしたように両目を見開いて、唇が何かを呟こうと必死に動く。

 

 

「だって信じてくれると思わなかったし、怖がらせたくなかったし、その……あの」

 

 

 ほとんど泣き出しそうなインデックスの言葉はどんどん小さくなっていき、最後の方はほとんど聞こえなかった。

 

 

 それでも、()()()()()()()()()()()()、という言葉を蒼空と上条の二人は聞いてしまった。

 

 

「ふ、ふざけんなよ。ざっけんなよテメェ!!」

 

 

 ブチリという音が確かに聞こえた。

 

 

「ナメた事言いやがって、人を勝手に値踏みしてんじゃねえ! 教会の秘密? 10万3000冊の魔道書? 確かにスゲェな、とんでもねー話だったし聞いた今でも信じらんねえような荒唐無稽なお話だよ」

 

 

 だけどな、と上条はそこで一拍置いて、

 

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 

 上条の言葉に、インデックスの両目が見開かれた。

 

 

 その小さな唇は何かを呟こうと必死に動くが、言葉は何も出てこない。

 

 

「見くびってんじゃねぇ、たかだか10万3000冊を覚えた程度で気持ち悪いとか言うと思ってんのか! 魔術師が向こうからやってきたらテメェを見捨ててさっさと逃げ出すとでも考えてたのか? ざっけんなよ。んな程度の覚悟ならハナからテメェを拾ったりしてねーんだよ!」

 

 

 上条は口に出しながら、ようやく自分が何にイラついているのかを理解した。

 

 

 上条は単にインデックスの役に立ちたかった。これ以上傷つくのを見たくなかった、それだけだった。なのに、彼女は上条や蒼空の身を庇おうとしても、守ってもらおうとはしない。たったの一度さえ、上条は『助けてくれ』という言葉を聞いた事がない。

 

 

 それが、悔しい。

 

 

 とてもとても、悔しい。

 

 

「……ちったぁ俺達を信用しやがれ。人を勝手に値踏みしてんじゃねーぞ」

 

 

 たったそれだけの事。たとえ右手がなくても、ただの一般人でも、上条には退く理由がない。

 

 

「そーいう事。上条(コイツ)はどうしても誰かを助けたい病気みたいなもんだから。遠慮なんか必要ないぞ」

 

 

 インデックスはしばらく呆けたように上条の顔を見上げていたが、

 

 

 ふぇ、と。いきなり、目元にじわりと涙が浮かんだ。

 

 

 嗚咽を殺そうと引き結んだ唇が耐えられないようにむずむず動いて、口元まで引き上げた布団にインデックスは小さく噛み付いた。そうでもしなければ幼稚園児みたいに大声で泣き出すと思うほど、インデックスの目元に浮かんだ涙がみるみる巨大になっていく。

 

 

 それはきっと、今この瞬間の言葉に対するモノだけではないだろう。今まで溜め込んできた何かが、上条の言葉を引き金にして溢れ出てきた。

 

 

 ようやくインデックスの『弱さ』を見れたような気がして、少し嬉しい。しかしこのまま女の子の涙を見ていつまでも喜んでいられない。

 

 

 というか、超気まずい。

 

 

 蒼空からは「なんで嬉しそうな顔してんの?」的なちょっと冷たい視線を向けられるし、何も知らない小萌先生が今入ってきたら、迷わず断罪(シネ)と言われる気がする。

 

 

「あ、あーっ、あれだ。ほら、俺ってば右手があるから魔術師なんざ敵じゃねーし!」

「……、けど、ひっく。夏休みの、補習があるって言った」

「…………言ったっけ?」

「絶対言った」

 

 

 10万3000冊を一字一句覚える女の子は記憶力が抜群だったらしい。

 

 

「いいんだよ補習なんて。学校だって進んで退学者を出したい訳じゃねぇ、補習をサボったら補習の補習があるだけさ」

 

 

 よく担任の先生の家の中でそんな事が言えるな、と蒼空は思ったがまあ今は放っておく。

 

 

「……じゃあ、何だって早く補習に行かなきゃとか言ってたの?」

「………………………………………………………………、あー」

 

 

 上条は思い出す。あの時はインデックスの修道服『歩く教会』を幻想殺しでぶっ壊して素っ裸にした直後で、非常にいたたまれなかった。

 

 

「いえそのー……、時雨くんに任せておけば大丈夫かなー、なんて思ってたり……」

「私がいると……居心地、悪かったんだ?」

「……」

「悪かったんだ」

 

 

 涙目でもう一度言われたとあってはごまかし切る事は到底不可能だった。

 

 

 上条当麻は勢い良く土下座モードへと移行。

 

 

 インデックスはまるでゾンビのようにゆらゆらと体を揺らしながら立ち上がると、両手で上条の左右の耳を掴んで、巨大なおにぎりにでもかぶりつくように頭のてっぺんに思いっきり噛み付いた。

 

 

 

 

 

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