とある魔術の転生者《リンカーネイター》   作:牛丼肉なし

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20話 魔道書は静かに微笑む《1》

 

 

 神裂が発した言葉を、蒼空はすぐに飲み込む事ができなかった。だって、インデックスは魔術師に追われてイギリス教会に逃げ込もうとしたのに。後を追ってきた魔術師が同じイギリス教会の人間だった、なんて。

 

 

「完全記憶能力、という言葉に聞き覚えはありますか?」

 

 

 神裂火織は言った。その声は弱々しく、とてもさっきまでの神裂火織と同一人物には見えない。それは、疲れきったただの女の子にしか見えなかった。

 

 

「あ、ああ……、だからインデックスは10万3000冊の内容を全部頭の中に記憶できてる、だろ。まあ言っちゃ悪いけど、そんなとんでも能力を持ってるようには見えねーがな」

「……、あなたには、彼女がどんな風に見えますか?」

「は? あー……、多少変なとこはあるけど、まあ普通、なのか?」

 

 

 神裂は驚きよりも、むしろ疲れたような表情をして、ポツリと言った。

 

 

「普通の女の子が、一年間も私達の追撃から逃れ続ける事ができると思えますか?」

「それは……」

「ステイルの炎に、私の七閃と唯閃──―魔法名を名乗る魔術師達を相手に、あなた達のように異能に頼る事なく、私のように魔術にすがる事なく、ただ自分の手と足だけで逃げる事が」

 

 

 神裂は自嘲するように笑い、

 

 

「たった二人で、これです。必要悪の教会という『組織』そのものを敵に回せば、私だって一ヶ月も()ちませんよ」

 

 

 魔術師の力の基準は分からないが、ステイルや神裂のような魔術師が何人もいるとしたら。確かに、無理だろう。蒼空の能力ならばとにかく逃げに徹底すれば、あるいは可能かもしれない。しかし蒼空のような超能力も、上条のような右手も無しで、一年間魔術師の『組織』から逃げ回る。そんな所業をやってのけるなら、確かにそれは天才と呼べるだろう。

 

 

「アレは、紛れもなく天才です」

 

 

 神裂は、断言するように、

 

 

「扱い方を間違えば天災となるレベルの。教会が彼女をまともに扱わない理由は明白です。怖いんですよ、誰もが」

「……怖い、ねえ」

 

 

 神裂の言葉に、少し昔の自分とインデックスの姿が重なった。生まれた時から強力な能力を持っていた蒼空は、幼少の頃に暗部の研究施設をたらい回しにされていた経験がある。そこでは蒼空の能力を研究していく中でその力に恐怖する者も少なからずいた。そして力を悪用しようとして命を狙ってくる輩もいた。

 

 

(お前らのために持って生まれた力じゃねーよなあ、インデックス)

 

 

「……それでもアイツは人間だろ。どんな理由があろうと道具扱いして良い理由にはなんねーだろ」

「そうですね」

 

 

 神裂は頷く。

 

 

「……その一方で、現在の彼女の性能は凡人(わたしたち)とほぼ変わりません」

「……?」

「彼女の脳の85%以上は、禁書目録の10万3000冊に埋め尽くされてしまっているんですよ。……残る15%をかろうじて動かしている状態でさえ、凡人とほぼ変わらないんです」

 

 

 確かにそれはすごい話だろうが、今はもっと先に知りたい事がある。

 

 

「……そりゃ凄い話だけど、それよりなんで同じ必要悪の教会(なかま)なのにインデックスを追い駆け回してんだよ」

 

 

 なぜ仲間の魔術師であるはずが、インデックスに悪い魔術師扱いされているのか。

 

 

「それともインデックスが俺達を騙してんのか」

 

 

 が、それは信じ難い。信じたくないと言ってもいいだろう。それに利用しようとしただけなら、蒼空と上条を庇うために危険を冒して背中を斬られた理由が分からない。

 

 

「……、彼女は、ウソをついてはいませんよ」

 

 

 神裂火織は一瞬だけためらって、答えた。

 

 

 まるで息が詰まったように、心臓が握り潰されたように、答えた。

 

 

「何も、覚えていないんです」

「は、あ……?」

「私達が同じ必要悪の教会の人間だという事も、自分が追われている本当の理由も。覚えてないから、自分の中の知識から判断するしかなかった。禁書目録を追う魔術師は、10万3000冊を狙う魔術結社の人間だと思うのが妥当だ、と」

 

 

 確かにインデックスは、一年ほど前から記憶を失っているらしい、という話を。

 

 

 いやそもそも、

 

 

「ちょっと待てよ。アイツは完全記憶能力を持ってるのになんで覚えてないんだ?」

 

 

 それは神裂に問いかけた訳ではない。つい口から出てしまった疑問。

 

 

「覚えていないのではありません」

 

 

 神裂は、呼吸さえ殺して、

 

 

「正確には、私が消しました」

 

 

 つい口から出た疑問の答えは、衝撃的なものだった。

 

 

「……なんで?」

 

 

 自分の声が少しだけ低くなっていた。

 

 

「その顔見れば好きで消したんじゃないのは分かる。ホントにインデックスの仲間だったんだろ。アンタだけじゃなくてインデックスもそう思ってたはずだ。だったら、なんで?」

 

 

 蒼空はインデックスの笑顔を思い出す。蒼空と上条に向けた、今までの寂しさを裏返したような笑顔。

 

 

「……、そうしなければ、ならなかったからです」

「どういう意味だよ?」

 

 

「そうしなければ、インデックスが死んでしまうからですよ」

 

 

 神裂の様子から、予想の一つとしてあった答えだった。予想していた最悪の答え。真夏の熱帯夜の空気が、一気に冷えたような感覚があった。

 

 

「言ったでしょう。彼女の脳の85%は10万3000冊の記憶のために使われている、と」

 

 

 神裂は小刻みに肩を震わせながら、

 

 

「ただでさえ、彼女は常人の15%しか脳を使えません。並の人間と同じように『記憶』していけば、すぐに脳がパンクしてしまうんですよ」

「パンクって……、さっきお前も言ってただろ。残りの15%でも俺達と同じ性能だって」

「はい。ですが、彼女には私達とは違うモノがあります。完全記憶能力です」

 

 

 神裂の声から少しずつ感情が消えていく。

 

 

「そもそも、完全記憶能力とは何ですか?」

「だから、一度見たモノを絶対忘れない能力だろ」

「では、『忘れる』という行動は、そんなに悪い事ですか?」

「……、いや」

「人間の脳の容量は、意外に小さい。人間がそれでも100年も脳を動かしていられるのは『いらない記憶』を忘れる事で脳を整理しているからです。──―あなただって、一週間前の晩ご飯なんて覚えていないでしょう? 誰だって、知らない内に脳を整理させる。そうしなければ、生きていけないからです」

 

 

 ところが、と神裂は凍えるように告げる。

 

 

「彼女には、それができない」

「……」

「街路樹の葉っぱの数から、ラッシュアワーで溢れる一人一人の顔、空から降ってくる雨粒の一滴一滴の形まで……『忘れる』事のできない彼女の頭は、そんなどうでも良いゴミ記憶であっという間に埋め尽くされる」

 

 

 神裂の声が、凍る。

 

 

「……元々、残る15%しか脳を使えない彼女にとって、それは致命的なんです。自分で『忘れる』事のできない彼女が生きていくには、誰かの力を借りて『忘れる』以外に道はないんです」

 

 

 ──―だから、使()()()()()に連れ去られる前にこうして僕達が保護しにやってきた、って訳さ。

 

 

 ──―魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが。

 

 

 ステイルと神裂の台詞を思い出す。まさか、本当にインデックスを保護しようとしていたとは。てっきり保護なんて優しい言葉を使って、自分のしている行為を誤魔化そうとしているだけだと思っていた。

 

 

「……つまで。いつまで、なんだよ?」

 

 

 蒼空は、聞いた。

 

 

 神裂の様子を見て、否定する気は起きなかった。質問してしまったという事が、何より認めたという事だ。

 

 

「インデックスの脳の限界は、いつなんだ?」

「記憶の消去は、きっかり一年周期に行います」

 

 

 神裂は疲れたように、

 

 

「……あと三日が限界です。早すぎても遅すぎても話になりません。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……あの子の方も、予兆となる、強烈な頭痛が現れていなければ良いのですが」

「一年……」

 

 

 確か、インデックスは一年ほど前から記憶を失っている、と言っていた。

 

 

 そして、頭痛。──―蒼空はてっきり、回復魔法の反動でインデックスが倒れたと思っていた。事実、その場で魔術に一番詳しいインデックスがそう言ったのだから。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 

 もう彼女は、いつ頭が壊れてもおかしくない状態で動き回っていただけ、だったら? 

 

 

「分かって、いただけましたか?」

 

 

 神裂火織は言う。瞳に涙はなく、そんな安っぽい感情表現すら許さないという感じで。

 

 

「私達に、彼女を傷つける意思はありません。むしろ、私達でなければ彼女を救う事はできない。引き渡してくれませんか、私が魔法名を名乗る前に」

「……、っ」

 

 

 蒼空の目の前に、上条とインデックスが楽しそうに話す姿が浮かんだ気がして、奥歯を噛むように目を閉じた。

 

 

「それに、記憶を消してしまえば彼女はあなたや上条当麻の事も覚えていませんよ。今の私達を射抜く目を見れば分かるでしょう? あなたがどれだけ彼女のために行動しようと、目覚めた後の彼女には、あなたの事は『10万3000冊を追う天敵』にしか映らないはずです」

「……」

「そんな彼女を助けた所で、あなたにとって何の益にもなりませんよ」

「……、別に得とか損とか、そんなつもりで助けた訳じゃねーよ。それに、お前らにはできなかったかもしれねえけど、何回忘れようが、カミやんなら何回でもインデックスの味方になるはずだ!」

 

 

 自分の、何より上条の今までの行動が否定されたようで、段々と声が大きくなる。

 

 

「……」

「アイツなら何回でも誤解をといて、インデックスの手を掴む。ましてや敵に回るなんて真似は絶た

 

 

「────うるっせえんだよ、ド素人が!!」

 

 

 

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