インデックスが去った後の部屋はいつもより静かに感じた。よく分からないというか、不思議な少女だったが、上条とインデックスのやり取りは見ていて面白かった。
「なーんだかなぁ……」
ベッドに寝転がり、何も無い天井を眺めながら蒼空はつぶやく。ちなみにインデックスがくるまっていた毛布は洗濯行きにしている。上条にあげても良かったが。
インデックスという少女が走り去ってから妙に落ち着かない。静かになったというのもそうだが、胸騒ぎとでも言うべきか。そんな感覚が蒼空の中に満ちていた。
ちらっと机の上に置かれたインデックスのフードに視線を移す。
「魔術に魔術師……」
他にも魔術結社やら魔道書やら。インデックスが口にしていた言葉だ。
どこもかしこも最先端の科学技術で溢れているこの学園都市で何を世迷言を、とも思ったがインデックスに嘘をついているような様子はなかった。時々、気圧されるような妙な迫力もあったし、何より実際に上条の右手がインデックスの修道服に反応した。『幻想殺し』それが反応したということは少なくともインデックスは『異能の力』に関わりのある人間という事になる。
「あの時、あの服を直した時の違和感……」
蒼空の能力は『
蒼空は学園都市230万人のその頂点に立つ8人の内の一人だ。
インデックスの修道服はこの能力で修道服の時間を巻き戻すことで修復した。
その時、修道服の時間を巻き戻した時に違和感を感じた。形だけは直ったが元には戻っていない。形だけの修復、ハリボテとでも言うべきだろう。あの修道服には蒼空の理解の及ばない力があった。
「魔術、か」
恐らくあの修道服には蒼空にとって理解の及ばない力……『魔術』とやらが仕掛けられていたのだろう。インデックスがつらつらと語っていたではないか。聖骸布やら神殺しの槍だとか。蒼空自身が得体の知れない力には蒼空の力が作用しなかったという事だ。
「しゃーねえ、アイツにも頼まれたことだし、帽子も返さないとだしな」
蒼空は起き上がり、机に置いておいたインデックスのフードを手に取った。
♦♦♦
「……やっぱ見つかんないか」
最終下校時刻になるまで探してはみたが、結局インデックスを見つけることはできなかった。
昼ぐらいにはもしかしたらインデックスが戻って来ているかもと、一度寮の方にも帰ってみたが、それも空振り。
「ポジティブに考えると、もう無事にお仲間の所へたどり着いた。ネガティブに……あ」
ふとなんか騒がしいのがいるなと視線を向けると、そこには蒼空のよく知る人物がいた。
ツンツン頭の上条さんと、ビリビリこと御坂美琴だ。
蒼空は上条の元へと能力を使い移動する。
「君達、痴話喧嘩はやめてさっさと下校しなさい。もう最終下校時刻ですよ」
「「痴話喧嘩じゃない!!」」
と、息ピッタリで返ってきた。
「って、時雨か。なんだってこんなところに?」
「誰かさんがひん剥いたシスターさんを探してたんだよ」
「ひん剥いた……?」
上条の脳裏に今朝の光景が浮かぶ。
「あ! いっ、いえ! アレは不幸な事故といいますか、お互いの行き違いといいますか……」
「誰に言い訳してんだ。ま、ひん剥いたは冗談だけど、インデックスを探してたのは本当」
「インデックスを? 探してた?」
「その辺は帰りながら、カミやんも今帰りだろ?」
「ああ。そうだ、聞いてくれよ……」
蒼空と上条が帰宅しようと歩き始める。
「ちょっと……待ちなさいよーっ!!」
青い電流が迸った。瞬間、辺りを歩いていた人達の携帯電話が一斉にバギンと凄まじい音を立てた。流れていた有線放送が途切れ、そこらを走っていた警備ロボットまでもビギンと嫌な音を鳴らす。
「ようやくこっちを向いたわね。自然に無視してんじゃないわよ。────むぐっ!」
上条は美琴の口を慌てて塞ぐ。
何故そんなことをしたかは周りを見れば一目瞭然。ケータイを焼かれた人間がみんな殺気立っている。
このまま風紀委員でも警備隊にでも通報されたらきっとあの人達がやりましたとひとまとめに犯人にされ、みんな弁償だ。そんなのたまったもんじゃない。
上条の必死の思いが届いたのか、美琴もこれ以上何もすることなく、周りの人達も誰も3人に詰め寄ってくることはなかった。
良かったぁ、と上条はホッとため息をつく、と。
『────メッセージ、メッセージ。エラーNo.100231-YF。電波法に抵触する攻撃性電磁波を感知。システムの異常を確認。電子テロの可能性に備え、電子機器の使用を控えてください』
3人は恐る恐る振り返る。ぷすぷす、と。煙を噴いて歩道に転がるドラム缶がよく分からない独り言を呟いて、次の瞬間、警備ロボットは甲高い警報を辺り一面に響かせた。
当然、逃げるに決まっていた。
♦♦♦
「エセ魔法少女シスターから始まり、居残り補習の次にビリビリ……はぁ、今日も不幸だ……」
美琴から逃れ、ようやく帰路についた蒼空と上条。蒼空はインデックスを探し歩いて、上条は一日中の補習、そして美琴、2人ともぐったりとして歩いていた。
「そうだ、そういや結局時雨は何してたんだ? インデックスを探してたって言ってたけど」
「え? ああ、カミやんが補習に行った後、インデックスも出て行ったんだ」
「アイツ、行く宛てなんかあったのか?」
「ん……教会に行くんだと」
「教会、まあシスターだったし。でもなんで探してたんだ?」
「これ」
ヒラヒラと蒼空は手に持っていたインデックスのフードを見せる。
「それはアイツの」
「ああ、忘れ物を届けようと思って。あとは……何となーく胸騒ぎがしたから、かな」
「……」
蒼空の言葉に上条も口をつぐんだ。上条も確かにインデックスの事が気になっていた。まあ見た目も言動も全部まとめてツッコミ所の塊みたいな少女、気にならない訳がない。
「アイツ、インデックスが言ってたんだ。『私と地獄の底までついてきてくれる?』って」
なんじゃそりゃ。と普段の上条なら返していた事だろう。しかし、不思議とその光景が簡単に想像できてしまった。
そのまま蒼空と上条はなんとなく、言葉は交わさずに歩いた。
いつの間にか2人は学生寮の前まで戻ってきていた。人の気配はない。恐らく夏休み初日だから、みんな街に出て遊び呆けているんだろう。
蒼空と上条が暮らす寮は、見た目は典型的なルームマンションだ。四角いビルの壁一面に直線通路とズラリと並ぶドアが見える。鉄格子のような金属の手すりに『ミニスカ覗き防止用』のプラ板が張ってないのは、ここが『男子寮』だからだろう。
学生寮の建物は縦に────奥へ延びるように作られていて、玄関や反対側のベランダは、道路から見て側面────つまりビルの隙間にある。
入口は一応オートロックになっているが、両隣のビルとの間隔はそれぞれ二メートル。今朝、インデックスがやったようにビルからビルへ飛び移れば簡単に侵入できる。
蒼空と上条はオートロックを抜けて、管理人室と呼ばれる物置の横をすり抜けてエレベーターに乗る。工場の搬入用のエレベーターより狭くて汚いのはご愛嬌、屋上を示す『R』のボタンが小さな鉄板で封印されているのは夜な夜なビルの屋上を飛んでやってくるロミオとジュリエット対策だ。
電子レンジみたいな音と共にエレベーターは七階に止まる。がこがこ音を立てて開くドアを押しのけるように上条は通路に出た。
「ん?」
と、上条が気づく。直線的な通路の向こう。──自分の部屋のドアの前で、三台の清掃ロボットがたむろしている。三台、というのは珍しい。そもそもこの寮に配備されている清掃ロボットは全部で五台のはずなのに。それぞれ体を小刻みに前後させている所を見ると、よっぽど酷い汚れを掃除しているようにも見える。
「カミやんの部屋の前ってめっちゃ汚いんだ」
「失礼な!」
……何となく、とてつもなく不幸な予感がした。
大体、床に貼り付いたガムだって素通りで剥がすほどの破壊力を持つドラム缶ロボだ。一体何をどうしたらそんな三台もの清掃ロボットが苦戦しなければならないのか。もしかして童貞を捨てるために無理して不良ぶってる隣人、土御門元春が酔っ払って人ん家のドアを電柱代わりに、盛大にゲロをぶちまけたんじゃあるまいかと上条は戦慄する。
「一体何が……」
人間には怖いモノ見たさという常軌を逸した機能が備わっている。
一歩、二歩と思わず足が進んだ時、ようやくそれが見えた。
不思議少女インデックスが空腹でぶっ倒れていた。
「…………………………………………あー」
蒼空も上条の後ろから顔を横に覗かせる。
ロボットの陰に隠れて全体は見えないが、うつ伏せに倒れた銀髪に白い修道服は誰がどう見ても行き倒れていた。
三台ものドラム缶にがっつんがっつん体当たりをぶちかまされても、インデックスはピクリとも動かない。何だか都会カラスに小突かれているようで異常に哀れに見えた。大体、清掃ロボットは人間や障害物を避けて通るように作られているはずなのだが、機械にさえ人間扱いしてもらえないというのは一体どういう事なんだろう?
「……。なんていうか、不幸だ」
とか何とか言いながら、上条当麻は鏡を見れば自分の顔に驚いていただろう。彼の顔は誰がどう見ても笑っていた。蒼空ももはや聞きなれた上条の台詞に、小さく笑った。
二人とも、やはり心のどこかに引っかかっていた。『魔術師』という言葉は信じられなくても、怪しげな新興宗教の連中が一人の女の子を追い掛け回している、と解釈する事もできる。
それが何でもない、いつもの姿(?)で現れたことが嬉しかった。
そんな理屈を取っ払っても、もう一度再会できた事が何故だか何となく、嬉しかった。
「おい! こんな所でナニやってんだよ?」
上条は声をかけて、走る。蒼空はそんな上条の後をいつも通りの歩幅で追いながら、手に持った白いフードを見る。
渡し損ねた純白のフード。胸騒ぎの種だったそれが、今は再会の約束のおまじないのように思えてくるのが不思議だ。
「……、あ……?」
上条は気づく。インデックスが血だまりの中に沈んでいる事に、ようやく。
「……は?」
蒼空も気づく。
最初に感じたのは、むしろ驚きよりも戸惑いだった。
たむろする清掃ロボットの陰になっていた見えなかった。うつ伏せに倒れるインデックスの背中──ほとんど腰に近い辺りが、真横に一閃されている。まるで定規とカッターナイフを使って段ボールへ一直線に切り込みを入れたような刃物の傷。腰まである長い銀髪の毛先は綺麗に切り揃えられ、その銀髪も傷口から溢れ出す赤色に染め上げられていく。
二人は一瞬、それを『人間の血液』と認識する事ができなかった。
一瞬前と一瞬後。あまりのギャップのありすぎる現実が、思考を混乱させた。真っ赤な真っ赤な……ケチャップ? 空腹でぶっ倒れる直前のインデックスが最後の力を振り絞ってケチャップでも吸っていたのかと、そんな微笑ましい絵を想像して笑おうとする。
笑おうとしたけど、笑えない。
そんな事、できるはずがない。
三台の清掃ロボットがぎこぎこ音を立てて小刻みに前後する。床の汚れを掃除している。床に広がる赤色を、インデックスの体から溢れる赤色を。薄汚れた雑巾で傷口をほじくり返すように、インデックスの体の中身を残らず吸い出すように。
「や、……めろ。やめろっ! くそ!!」
ようやく上条の目が現実にピントを合わせた。重傷のインデックスに群がる清掃ロボットに慌てて掴みかかる。盗難防止のために無駄に重たい清掃ロボットは馬力もあって、なかなか引き剥がす事ができない。
もちろん、清掃ロボットは『床に広がり続ける汚れ』を掃除しているのであって、直接インデックスの傷口には触れていない。それでも上条には清掃ロボットが腐りかけた傷口に群がる羽虫のように見えた。
「くそっ! おい! 時雨!!」
上条の声で蒼空は呆然としていた意識を取り戻す。上条が必死に引き剥がそうとしていた清掃ロボットを能力で転移させ、インデックスから引き剥がす。
「何だよ、一体何なんだよこれは!? ふざけやがって、一体どこのどいつにやられたんだ、お前!!」
「うん? 僕達『魔術師』だけど?」