とある魔術の転生者《リンカーネイター》   作:牛丼肉なし

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07話 魔術師は塔に降り立つ《7》

 

 

 背後からかかった声は、インデックスのものではない。

 

 

 殴りかかるように蒼空と上条は体ごと振り返る。エレベーター……ではない。その横にある非常階段から、男はやってきたようだった。

 

 

 白人の男は二メートル近い長身だったが、顔は蒼空よりも上条よりも幼そうに見えた。

 歳は……おそらくインデックスと同じ十四、五だろう。その高い身長は外国人特有のものだ。服装は……教会の神父が着ているような、漆黒の修道服。ただしコイツを『神父さん』と呼ぶ人間は世界中を探しても一人として存在しないだろう。

 

 

 相手が風上に立っているせいか、十五メートル以上離れていても甘ったるい香水の匂いが感じ取れる。肩まである金髪は夕焼けを思わせる赤色に染め上げられ、左右10本の指には銀の指輪がメリケンのようにギラリと並び、耳には毒々しいピアス、ポケットから携帯電話のストラップが覗き、口の端では火のついた煙草が揺れて、極めつけには右目のまぶたの下にバーコードの形をした刺青が刻み込んである。

 

 

 神父と呼ぶにも、不良と呼ぶにも奇妙な男。

 

 

 通路に立つ男を中心とした、辺り一帯の空気は明らかに『異常』だった。まるで今まで自分が使ってきた常識が全部通用しないような、まったくもって別のルールが支配しているような──────そんな妙な感覚が氷の触手のように辺り一帯に広がっている。

 

 

 蒼空と上条が感じたのは『恐怖』でもなければ『怒り』でもない。

『戸惑い』と『不安』。まるで言葉も分からない異国でサイフを盗まれたような、絶望的な孤独感。じりじりと、体の中へ広がる氷の触手のような感覚に心臓は凍り、思い至る。

 

 

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 一目で分かる。

 

 

 魔術師なんて言葉は今でも信じられない。信じられないけれど、これは、間違いなく自分の住んでいる常識の『外』の住人だという事が。

 

 

「うん? うんうんうん、これはまた随分と派手にやっちゃって」

 

 

 口の端の煙草を揺らしながら魔術師はあちこち見回す。

 

 

「神裂が斬ったって話は聞いてたけど……、まぁ。血の跡がついてないから安心安心とは思ってたんだけどねぇ」

 

 

 魔術師は蒼空が後ろに飛ばした清掃ロボットを見る。

 

 

 おそらくインデックスはどこか別の場所で『斬られて』、ここまで命からがら逃げてきた所で力尽きた。途中、辺りにべったりと鮮血をなすりつけただろうが、それらは全て清掃ロボットが綺麗に拭い去ってしまったのだ。

 

 

「けど、何で……」

「うん? ここまで戻ってきた理由かな。さあね、忘れ物でもしたんじゃないのかな。そういえば昨日背中を撃った時点では被り物があったけど、あれってどこで落としたんだろうね?」

 

 

 目の前の魔術師は『戻ってきた』と言った。

 

 

 二人は気づく。そしてインデックスの忘れ物、蒼空は自分の手に持つ白いフードを強く握りしめる。

 

 

 つまり、今日一日のインデックスの行動を追尾していた。そして修道服『歩く教会』の一部を忘れている事も掴んでいる。

 となると、この魔術師達はインデックスの『歩く教会』が持つ『異能の力』を感知して追い掛けていた訳だ。『歩く教会』が破壊された事を知っているのも、『信号』が途切れた事を知っていたから────これも確かインデックスから聞いた。

 

 

 けど、それはインデックスも分かっていたはずだ。分かっていながら、それでも『歩く教会』の防御力に頼ってきたらしいんだから。

 

 

 けど、それなら彼女は一体何のためにここまで戻ってきた? 破壊されて使えもしない『歩く教会』の一部をどうして回収する必要がある? 上条の右手のせいでもう『歩く教会』全体が使い物にならなくなったのなら、その一部を回収したって何の意味もないというのに……

 

 

『……、じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?』

 

 

 全てが繋がった。

 

 

 手に握るフード。これには上条の右手は触れていない。つまりこれには魔力が残っている。それを探知して魔術師がやってきてしまうかもしれないと、彼女は考えた。

 

 

 だから、インデックスはわざわざ危険を冒して『戻ってきた』。

 

 

「……、ばっかやろう」

 

 

 上条がこぼす。蒼空も奥歯をぎりっと食いしばる。

 

 

 そんな事する必要はないのに。『歩く教会』を壊したのは上条の不手際だし、忘れ物のフードだって蒼空は届けようとすれば届けられた。そして何より────インデックスは、自分達の人生を守り抜く義理も権利だってありはしないはずなのに。

 

 

 それでも、彼女は引き返さなければ気が済まなかった。

 赤の他人の、出会って三十分も経っていない上条の事を、蒼空の事を。

 命を賭けて、魔術師達との戦いに巻き込ませないために。

 

 

 戻ってこなければ、気が済まなかった。

 

 

「────ばっかやろうが!!」

 

 

 ピクリとも動かないインデックスの背中が、妙に癇に障った。

 

 

 前に、上条の『不幸』はこの右手のせいらしい、という話をインデックスから聞いた。

 何でも『神様のご加護』とか『運命の赤い糸』とか、そういう微弱な『異能の力』さえ、右手は無意識の内に打ち消してしまっているらしい。

 

 

 そして、上条が不用意に右手で彼女に触れていなければ、修道服『歩く教会』を壊していなければ、少なくとも彼女が戻ってくる事はなかった。

 蒼空がさっさと忘れ物を返していれば、少なくとも彼女が戻ってくる事はなかった。

 

 

「うん? うんうんうん? 嫌だな、そんな目で見られても困るんだけどね」

 

 

 魔術師は口元の煙草を揺らし、

 

 

「ソレを斬ったのは僕じゃないし、神裂だって何も血まみれにするつもりなどなかったんじゃないかな。『歩く教会』は絶対防御として知られるからね。本来ならあれぐらいじゃ傷もつかないはずだったのさ。……まったく、何の因果でアレが砕けたのか。聖ジョージのドラゴンでも再来しない限り、法王級の結界が破られるなんてありえないんだけどね」

 

 

 言葉の終わりは独り言のように、それでいて笑みが消えていた。

 

 

 だが、それも一瞬。すぐに思い出したように口の端の煙草が小さく揺れる。

 

 

「なんで、だよ?」

 

 

 思わず、答えを期待していないのに上条の口は動いていた。

 

 

「何でだよ。俺は魔術なんて絵本信じらんねぇし、魔術師みてぇな生き物は理解できねぇよ。それでもお前達にも正義と悪ってモンがあるんだろ? 守る物とか護る者とかあるんだろ……? 

 こんな小さな女の子を、寄ってたかって追い回して、血まみれにして。これだけの現実を前に! テメェ、まだ自分の正義を語る事ができんのかよ!!」

「だから、血まみれにしたのは僕じゃなくて神裂なんだけどね」

 

 

 魔術師は一言で断じた。上条の言葉は微塵も欠片も、響いていなかった。

 

 

「もっとも、血まみれだろうが血まみれじゃなかろうが、回収するものは回収するけどね」

「回収、だと?」

 

 

 意味が分からない。

 

 

「うん? ああそうか、魔術師なんて言葉を知ってるから全部筒抜けかと思ってたけど。ソレは君達を巻き込むのが怖かったみたいだね」

 

 

 魔術師は煙草の煙を吐いて、

 

 

「そう、回収だよ回収。正確にはソレじゃなくて、ソレの持ってる10万3000冊の魔道書だけどね」

 

 

 ……また、『10万3000冊の魔道書』だ。

 

 

「そうかそうか、この国は宗教観が薄いから分からないかもしれないね」

 

 

 魔術師は笑っているのにつまらなそうな声で、

 

 

「Index-Librorum-Prohibitum──この国では禁書目録って所か。これは教会が『目を通しただけで魂まで汚れる』と指定した邪本悪書をズラリと並べたリストの事さ。危険な本が出回っていると伝令しても、タイトルが分からなければ知らず知らずの内に手に取ってしまうかもしれないね。────かくして、ソレは10万3000冊もの『悪い見本』を抱えた、毒書の坩堝と化したって訳だ。ああ、注意したまえ。ソレが持ってる本ね、宗教観の薄いこの国の住人なら、一冊でも目を通せば廃人コースは確定だから」

 

 

 そんな事を言ったって、インデックスは一冊の本も持っていない。あんな体のラインがはっきり見える修道服なら服の下に隠したって分かるはずだ。大体、10万冊もの本を抱えて人が歩けるはずがない。

 

 

「10万3000冊ね……魔道書だかなんだか知んないけど、そんなもん、どこにあるんだよ」

「あるさ。ソレの記憶の中に」

 

 

 サラリと、魔術師は当然のように答えた。

 

 

「頭の、中?」

「完全記憶能力、って言葉は知ってるかな? 何でも、『一度見たものを一瞬で覚えて、一字一句を永遠に記憶し続ける能力』だそうだよ。簡単に言えば人間スキャナだね」

 

 

 魔術師はつまらなそうに笑い、

 

 

「これは僕達みたいな魔術でも君達みたいな超能力でもなく、単なる体質らしいけど。彼女の頭はね、大英博物館、ルーブル美術館、バチカン図書館、華子城遺跡、コンピエーニ古城、モン=サン=ミッシェル修道院……。これら世界各地に封印され持ち出す事のできない『魔道書』を、その目で盗み出し保管している『魔道図書館』って訳なのさ」

 

 

 信じられる、はずがない。

 

 

 魔道書なんて言葉も、完全記憶能力なんて言葉も。

 

 

 だけど、重要なのはそれが『正しい』かどうかじゃない。こうして目の前に、実際にそれを正しいと『信じて』少女の背中を切り刻んだ人間がいる事だ。

 

 

「ま、彼女自身は魔力を練る力がないから無害なんだけど」

 

 

 魔術師は愉快げに口の端の煙草を揺らし、

 

 

「そんな安全装置を用意する辺り、『教会』にもいろいろ考えがあるんだろうね。まぁ魔術師の僕には関係ないけど。とにかくその10万3000冊は少々危険な代物なんだ。だから、使える連中に連れ去られる前にこうして僕達が保護しにやってきた、って訳さ」

「ほ……、ご?」

 

 

 上条は愕然とした。これだけ真っ赤な光景を前に、この男は今なんて言った? 

 

 

「そうだよ、そうさ。保護だよ保護。ソレにいくら良識と良心があったって拷問と薬物には耐えられないだろうしね。そんな連中に女の子の体を預けるなんて考えたら心が痛むだろう?」

「……」

 

 

 カチカチと。上条の体のどこかが震えていた。

 

 

 それは単純な怒りではない。現に上条の腕には鳥肌が立っている。目の前の男の、自分だけは正しいという考え方。自分の間違いが見えないという生き方。それら全てが、まるで何万匹ものナメクジで満たした風呂に突き飛ばされたみたいな悪寒を全身に駆けずり回らせる。

 

 

 狂信集団、という言葉がじわりと脳に染み込んでくる。

 

 

 そんな根拠も理論もない『妄信』のために人間狩りをする魔術師の頭に神経がブチ切れて、

 

 

「て────メェ、何様だ!!」

 

 

 

 

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