とある魔術の転生者《リンカーネイター》   作:牛丼肉なし

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08話 魔術師は塔に降り立つ《8》

 

 

 

「て────メェ、何様だ!!」

 

 

 バギン、と、右手が怒りに呼応するように熱を帯びたような気がした。

 

 

 地面に縫い留められていた二本の脚が、考えるより早く動く。血と肉の詰まった鈍重な体が弾丸みたいに魔術師へ向かう。右手を、五本の指を粉々に砕く勢いで握り締める。

 

 

 右手なんて役に立たない。不良の一人も倒せずテストの点も上がらず女の子にもモテない。

 だけど右手はとても便利だ。目の前の、クソ野郎を殴り飛ばす機能があるんだから。

 

 

「ステイル=マグヌスと名乗りたい所だけど、ここはFortis931と言っておこうかな」

 

 

 なのに、魔術師は口の端を歪めて煙草を揺らしているだけだった。

 口の中で何かを呟いた後、まるで自慢の黒猫でも紹介するかのように上条と蒼空に告げる。

 

 

「魔法名だよ、聞き慣れないかな? 僕達魔術師って生き物は、何でも魔術を使う時には真名を名乗ってはいけないそうだ。古い因習だから僕には理解ができないんだけどね」

 

 

 魔術師との距離は十五メートル。

 

 

 上条はたったの三歩でその距離を半分に縮める。

 

 

「Fortis──日本語では強者と言った所か。ま、語源はどうだって良い。重要なのはこの名を名乗りあげた事でね、僕達の間では、魔術を使う魔法名というよりも、むしろ──」

 

 

 さらに二歩、上条当麻は勢い良く通路を駆け抜ける。

 それでも魔術師は笑みを崩さない。上条では笑みを消す相手にはならないとでも言うように。

 

 

「────殺し名、かな?」

 

 

 魔術師、ステイル=マグヌスは口の煙草を手に取ると、指で弾いて横合いへと投げ捨てた。

 火のついた煙草は水平に飛んで、金属の手すりを越え、隣のビルの壁に当たる。

 オレンジ色の軌跡が残像のように煙草の後を追い、壁に当たって火の粉を散らす。

 

 

「炎よ────」

 

 

 ステイルが呟いた瞬間、オレンジの軌跡が轟! と爆発した。

 

 

 まるで消火ホースの中にガソリンを詰めて噴いたように、一直線に炎の剣が生み出される。

 ジリジリと、写真をライターで炙るように塗装が変色していく。

 触れてもいないのに、それを見ただけで目を焼かれるような気がして、上条は思わず足を止めて両手で顔を庇っていた。

 

 

 ザグン! と上条の足が地面に杭で打ちつけられたように止まってしまう。

 

 

 ふとした、疑問。

 

 

 幻想殺しはあらゆる『異能の力』を一撃で打ち消す事ができる。それは『災害級』と呼ばれる、核シェルターさえ一撃で破壊しかねない御坂美琴の超電磁砲でさえも例外ではない。

 

 

 けれど、逆に言えば。

 

 

 上条は未だ『超能力』以外の『異能の力』を見た事がない。

 つまり、試した事がない。

 魔術に。

 魔術なんていう得体の知れない力に、本当に上条の右手は通用するのか? 

 

 

「────巨人に苦痛の贈り物を」

 

 

 顔を庇った両手の向こうで、魔術師は笑っていた。

 

 

「カミやん! 迷うな!!」

 

 

 蒼空は上条に向けて言い放つ。

 

 

 ステイル=マグヌスは笑いながら、灼熱の炎剣を横殴りに上条当麻へ叩き付けた。

 それは触れた瞬間にカタチを失い、まるで火山の奔流のように辺り構わず全てを爆破した。

 

 

 熱波と閃光と爆音と黒煙が吹き荒れる。

 

 

「やりすぎたか、な?」

 

 

 まさしく爆弾による爆破事件を前に、ステイルはぼりぼりと頭を掻いた。

 

 

「そんな事はないさ」

 

 

 蒼空はステイルに向けて、微かに笑いながら言う。その声は不思議とステイルの耳に響いた。さっき上条に向けたように大声だった訳でもない。その声は蒼空にとって普段のように何でもない口調で、何でもない声量だった。けれど、その声は不思議と響いた。

 

 

「死を目の前にして気でも触れたのかい? 安心するといい。こんな程度じゃ1000回やっても僕には勝てない。すぐに彼と同じ場所に送ってあげるよ」

 

 

「誰が、何回やっても勝てねぇって?」

 

 

 ギクリ、と。炎の地獄の中から聞こえてきた声に、魔術師の動きが一瞬で凍結する。

 轟! と辺り一面の火炎と黒煙が渦を巻いて吹き飛ばされた。

 まるで、火炎と黒煙の中央でいきなり現れた竜巻が全てを吹き飛ばすように。

 

 

 上条当麻はそこにいた。

 

 

 飴細工のように金属の手すりはひしゃげ、床や壁の塗装はめくれ上がり、蛍光灯は高熱で溶けて滴り落ち────そんな灼熱の地獄の中、傷一つなく少年はそこに佇んでいた。

 

 

「……、ったく。そうだよ、そうだよなぁ時雨。何をビビってやがんだ────」

 

 

 上条は、本当につまらなそうに口の端を歪めて呟いた。

 

 

「────インデックスの『歩く教会』をぶち壊したのだって、この右手だったじゃねーか」

 

 

 こうなることを蒼空は確信していた。理由は今の上条の言葉通り。上条の右手がインデックスの『歩く教会』をぶち壊したから。

 

 

 上条も蒼空も正直、『魔術』なんて言われても何も理解できない。

 

 

 それがどんな仕組みで動いているものなのか、見えない所で一体何が起きているのか。きっと一から十まで説明されたって半分も理解できないだろう。

 

 

 だけど、一つだけ分かる事がある。

 

 

 所詮、ただの『異能の力』だ。

 

 

 吹き飛ばされた真紅の火炎は、完全には消滅しない。

 まるで上条を取り囲むように、綺麗な円を描いてジリジリと燃え続けている、が。

 

 

「邪魔だ」

 

 

 一言。摂氏3000度の炎に上条の右手が触れた瞬間、全ての炎が同時に消し飛んだ。

 まるで、バースデーケーキに刺さったロウソクをまとめて吹き消すように。

 

 

 上条は目の前の魔術師を見る。

 目の前の魔術師は、突然の『予想外』に対し、人間みたいにうろたえていた。

 いいや、これは人間だった。

 ぶん殴れば痛みを感じるし、一個100円のカッターで切りつければ赤い血を流す、ただの人間だった。

 

 

 もう上条は、恐怖で足がすくんだり、緊張で体が固まったりはしない。

 いつものように、手足は動く。

 

 

 動く! 

 

 

「────────、な」

 

 

 その一方で、ステイルは目の前の理解不能な現象に危うく一歩後ろへ下がる所だった。

 

 

 周囲の状況を見れば、先の一撃が不発だったとは考えられない。だとすれば、あの少年は生身で摂氏3000度を受け止めるほどの強度があるのか? いや、それはもう人間ではない。

 では後ろにいるあの白髪の少年が何かをしたのか? それも違う。そんな挙動は一切見せなかった。ただ、白髪の少年はこうなることを確信していた。

 

 

 上条はステイルの混乱など気にも留めない。

 熱を帯びる右手を岩のように強く握り締めながら、ゆらりとステイルの元へ、一歩。

 

 

「チッ!!」

 

 

 ステイルは右手を水平に振るう。生み出される炎剣を同じように、勢い良く叩きつける。

 

 

 爆発が起きた。火炎と黒煙が撒き散らされた。

 

 

 けれど、火炎と黒煙が吹き飛ばされた後には、やはり上条当麻は同じように佇んでいる。

 

 

 ……、まさか。魔術を─────? 

 

 

 ステイルは口の中で呟いたが、即座に否定する。こんな魔術はおろか降誕祭を交尾の日としか感じないようなとぼけた国に魔術師なんているはずがない。

 

 

 それに、────それに、魔力を持たないインデックスが『魔術師』と手を組めば、そもそも『逃げ出す』必要はどこにもない。それほどまでにインデックスの記憶は危険なのだ。

 

 

 10万3000冊の魔道書とは、単に核ミサイルを持つのとは訳が違う。

 

 

 生き物は必ず死ぬ、上から落としたリンゴは下に落ちる、1+1=2……。そんな、世界としては当たり前で、変えようのない『ルール』そのものを破壊し、組み替え、生み出す事ができる。1+1は3になり、下から落としたリンゴは上に落ち、死んだ生き物が必ず生き返る。

 

 

 魔術師達はその名を魔神と呼ぶ。

 魔界の神ではなく、魔術を極めて神の領域にまで辿り着いた魔術師、という意味の。

 魔神。

 

 

 しかし、目の前の少年からは『魔力』を感じられない。その後ろにいる少年からも。

 魔術師ならば、一目で見れば分かる。あれらには魔術師という『同じ世界の匂い』がしない。

 

 

 ならば、何故? 

 

 

「!!」

 

 

 ぶるっと。全身に走る震えをごまかすように、さらに炎剣を生み出し上条へ叩きつける。

 今度は、爆発さえ起きなかった。

 

 

 上条が羽虫でも振り払うかのように右手で炎剣を叩いた瞬間、ガラスが砕けるように炎剣が粉々に砕け散り、虚空へ解けるように消えてしまった。

 

 

 摂氏3000度の炎の剣を、何の魔術強化も施していない生身の右手で、叩き砕いた。

 

 

「──────、あ」

 

 

 唐突に。本当に唐突に、ステイル=マグヌスの脳裏に何かが浮かぶ。

 

 

 インデックスの修道服『歩く教会』は法王級で、その結界の力はロンドンの大聖堂に匹敵する。アレを破壊するには伝説にある聖ジョージのドラゴンでも現れない限り絶対に不可能だ。

 しかし、現に神裂に斬られたインデックスの『歩く教会』は完膚なきまでに破壊されていた。

 

 

 一体、誰が? 全体、どうやって? 

 

 

「…………………………」

 

 

 上条当麻はもうステイルの目の前まで歩いてきている。

 あと一歩踏み込んだだけで、殴りかかれるほど近くまで。

 

 

「────世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」

 

 

 ステイルの全身から嫌な汗が噴き出した。目の前の夏服を着た生き物が、人間のカタチをしているからこそ。その皮の中には、血や肉ではなくもっと得体の知れないドロドロした何かが詰まっているような気がして、ステイルは背筋が震えるかと思った。

 

 

「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。

 それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。

 その名は炎、その役は剣。

 顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ────────────ッ!」

 

 

 ステイルの修道服の胸元が大きく膨らんだ瞬間、内側からの力でボタンが弾け飛んだ。

 轟! という炎が酸素を吸い込む音と同時────服の内側から巨大な炎の塊が飛び出した。

 

 

 それはただの炎の塊ではなかった。

 

 

 真紅に燃え盛る炎の中で、重油のような黒くドロドロしたモノが『芯』になっている。それは人間のカタチをしていた。タンカーが海で事故を起こした時、海鳥が真っ黒な重油でドロドロに汚れたような────そんなイメージを植え付けるモノが、永遠に燃え続けている。

 

 

 その名は『魔女狩りの王』その意味は『必ず殺す』。

 

 

 必殺の意味を背負う炎の巨神は両手を広げ、それこそ砲弾のように上条当麻へ突き進み、

 

 

「邪魔だ」

 

 

 ボン!! と。

 

 

 裏拳気味に、目の前のクモの巣を振り払うぐらいの面倒臭さで。

 上条当麻はステイル=マグヌスの最後の切り札を吹き飛ばした。まるで水風船を針で刺したように、炎の巨神を象る重油の人型は、飛沫となって辺り一面に飛び散った。

 

 

「……、?」

 

 

 その時。上条当麻が最後の一歩を踏み込まなかったのは、何か理屈があった訳ではない。

 だが、最後の切り札を潰されたステイルはそれでも笑っていた。その表情が、不用意に最後の一歩を踏み込む事をためらわせた。

 

 

「カミやん、今のはいけた──ッ!?」

 

 

 ビュルン!! と粘性の液体が飛び跳ねる音が四方八方から響き渡る。

 

 

「な、──────ッ!?」

 

 

 驚いて上条が一歩後ろへ下がった瞬間、四方八方から戻ってきた黒い飛沫が空中で寄り集まり、再び人のカタチを作り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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