はじまりの鬼。そう呼ぶべき存在がいたのさ。
幼少の頃から病弱で、ひ弱で。生まれついたのが貴族の家でなかったなら、十になる前に死んでいただろう。
評判の良い医者と、高価な薬。それに加えて、絶対に死なないという強い意志。
それが彼を、生かしていた。
高貴な生まれである、特別な自分がこうして苦しんでいるのは絶対におかしい。
彼は常々そう思っていた。
こんな理不尽な目にあって、そのまま死ぬなど絶対に無い。そう固く信じていたんだ。
自分は絶対に悪くない。間違ってなどいない。
なのになぜ、こうなっているのか。何が悪いのかと、彼はそう考えて。
医者の腕が悪いのだ。
そう結論してしまった。
そして即座に、医者の頭に後ろからナタを振り下ろして、殺害してしまったんだよ。
それで話が終わってしまえば、良かったんだけれどね。
それだけなら、ただの悲劇で終わっていたのだが。
間が、悪かったんだろうね。本当にね。
その時は、医者の人が謎の薬を、彼に投与したところだったみたいでね?
それでその薬が、人間を鬼に変える。そんな薬だったみたいでね?
うん。鬼。人を食べる、角のある、御伽噺で悪役をやることが多い、あれさ。
どうも医者の人は、彼を鬼に変えて、その生命力で病気を治した後にまた人に戻すつもりだったらしいよ?
うん。気持ちはわかる。わかるから引かないで。思いついたのも実行したのも、私じゃないから。
それでまあ、彼は鬼になってね。医者の人の目論見どおりに病気は治ったんだ。
そもそも、治ってなければ病弱だった彼が、後頭部にナタを振り下ろしたとは言え、一撃で人を殺せないし。
筋肉が足りないよね。うん、筋肉は大事だよ。
でも鬼になった後にね、彼は気付いたんだ。
鬼ってね。太陽の光りに当たったら、死ぬんだ。
不思議だよね。
他にも、定期的に人を食べないと徐々に弱って死ぬんだ。
当然彼は、人に戻ろうとしたさ。
でもね。うん。
そのための医者の人って、彼が殺しちゃってるわけでね?
しかも、人を一時的に鬼にしてから戻す事で病気を治そうと考えた、オカしな医者は彼だけだったみたいでね?
まあ、たくさんいてもイヤだけど。
うん。戻る方法は、未だに見つかってないんだ。
だがね、少年少女たち。安心してくれ。
はじまりの鬼は、もう死んでいる。
私が退治したのかって?
HAHAHA! 彼が死んでからもう何百年かたってるよ! 私はそこまで年寄りじゃない! おっと年齢は秘密だぞ。
「じゃあ、誰が倒したんですか? そのアホな鬼を」
壊れた家の残骸を、無理やり組み合わせて造られた、木と土でできた大きなかまくらのような空間で。
一家と他人一人で焚き火を囲んで、暖を取りながら。
焚き火の向こう、対面に座っている筋肉の化け物に、炭治郎は質問した。
あれから途方にくれていたところに、筋肉の化け物が帰って来て。
再び禰豆子がスマッシュしようとしたのを、筋肉が力ずくで止めて、言ったのだ。
「待ちたまえ。話し合おうじゃないか。まずは私の話を聞きたまえ。このままでは大変な事になる!」
具体的には、朝になったら禰豆子が死ぬ。
そう言われてしまうと、炭治郎には禰豆子を止めて話を聞く以外の選択肢は無かった。
彼にとって家族は何よりも大事で、禰豆子はかわいい…… かわ…… チラッ ……妹なのだ!
「はじまりの鬼を倒した男の名前は、わからない。だが君たちも会った事がある」
「まさか…」
「そう。君たちの 父親 さ」
「「「「えっ」」」」
筋肉の化け物を怖がって、ずっと炭治郎とムッキムキになった禰豆子の後ろに隠れていた、竃門家の弟妹と母親。
彼らまでが、思わず素になった。
そこは、さっきの のっぺらぼうさ。というとこじゃないの?
というか父さん、何者だったの? え? 大昔の話だよね???
「HAHAHA! 冗談! 冗談だよ! ちょっとばかり、空気が重かったんでね!」
禰豆子が無言で拳を握った。
それを話が進まないから、と炭治郎が止めて、筋肉に先を促す。
まだ今夜、家に帰ってからさほど時間が経っていないにもかかわらず。
炭治郎は、自分が急激に大人になっていっている気がした。
しかし全く誇らしくは無かった。ですよね。
「まあ、お察しの通りさ。倒したのはさっきここにいた、もう一人。オール・フォー・ワンと名乗っている正体不明の男さ」
はじまりの鬼は、自分の血を分けることで人を鬼に変えることが出来る、と気付いた。
そして鬼に中には、たまに奇妙な術を身につける者もいた。
ならばひょっとして。中には太陽を克服する鬼も出てくるのでは?
そう考えて、とにかく鬼を粗製乱造した、その結果。
太陽を克服する鬼よりも先に、他の鬼の力を奪う鬼が出来てしまって…… 下克上されてしまった、というわけさ。
これもねえ。
ここで、話が終わって、めでたしめでたしで済んだら、良かったんだけどねえ。
オール・フォー・ワンも、やっぱり悪人だったってオチが付いてね…?
まあもっとも、最初から悪人だったのかどうかは解らないけどね。
どうも鬼になると、というかはじまりの鬼に鬼にされると、悪人になりやすいみたいなんだよね。
あと、ウッカリ屋さんになる。
うん。なんか、こう、うかつというか、どこか詰めが甘かったり、油断しやすかったりするね。かなり。
オール・フォー・ワンも、ああ見えてかなり抜けてるから。
だって自分が下克上して上に立ったってのに、自分も同じように下克上されかけたもん。
相手は弟さんだったらしい。
鬼になって、好き勝手に暴れては鬼の手下を増やして組織化していく兄に、いつも説教していたらしいよ。
そんな弟を、うっとうしいと思ったのか、良かれと思ったのか。
何を考えていたのかはわからない。だが、兄は弟を鬼へと変えたんだ。
鬼は、自分を鬼へと変えた相手に逆らえない。
命を握られて、しかも変えた相手が死んだら自分も死んでしまう。
力は手に入るし、寿命で死ぬ事もなくなる。でも、そんな鬼へと、変えてしまったんだ。
ところがだ。その時、不思議なことが起こった。
弟さんは、ムッキムキになった。
うん。ムッキムキだ。すなわち、筋肉だ。
そしてその筋肉は、兄の支配をぶっ壊した。
また えっ? かい? その反応、好きだね君たち一家は。
だって筋肉だよ? 不思議ではあるけれども、不可能ではないさ。 だって筋肉だからね。
禰豆子。なぜそこで、うんうん。とうなづいているんだ禰豆子。
お兄ちゃん、そんな子に育てた覚えはないよ!
その弟さんも残念ながら兄に倒されたけれど、その後継者として代々筋肉と力が受け継がれていて、私が八代目でね。
などと筋肉さんの話は続いていたが。
姿が変わってしまった妹が、その脳みそまで筋肉に侵されているのではないかと心配で、炭治郎の耳にはほとんど入っていなかった。
「私は外国の生まれでね。でも八代目なんで、八木と名乗っているんだよ。禰豆子少女は… うん。そのままでいいか。ネズミはきゅうって鳴くし」
「いや、チュウだよ!」
だが筋肉さんのボケには即座にツッコミを入れているので。
大事な情報を聞き逃したりはしていないだろう。
だからきっと、明日になったら鬼殺隊の人が来るから、保護を頼みなさいと言われたのも、わかっているはずだ。
来るのは原作通りに 富岡さん だが、きっとちゃんとコミュニケーションは取れるはずなんだ。
さあ、炭治郎。
がんばれ。
鬼になると邪悪になる、というより
無惨さまの血が入ったせいで影響を受けちゃったという方がシックリ来る説。