遊戯王GX~不動の名を継ぐ魔導書使い~   作:勇紅

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第三十一話 打ち砕け、閃珖竜スターダスト★

カイザーとのデュエルに勝利したカミューラは優雅にバスタイムを楽しんでいた。

ローズの香りがする泡風呂に癒やされながら、今日の戦利品を眺める。

1番タイプだと思っただけのことはあり、その男が手の中に存在するという事実はとてつもない優越感を覚える。

 

「ふふっ、次の相手はあの坊やね……」

 

カミューラの目に映し出されているのは1人の少年。

黄色の制服に身を包んでいる聖星は、カミューラの視線に気がついている様子ではない。

彼は愛用しているリュックサックに食べ物をつめ、そのまま部屋に設置されている洗面所に向かった。

 

「あら、どこかへ出かける気かしら」

 

行き先として考えられるのは、十代がいる保健室だろうか。

恐らくだが、あそこでカミューラと対戦する用のデッキを組むのだろう。

だが、どこで何をしようが無駄だ。

 

「ふふふっ、一体どんなデッキを組むのか楽しみだわ」

 

**

 

カミューラに監視されていることなど知らない聖星は、足を踏み入れた世界を見渡した。

本来ならここには洗面台や洗濯機があるはずだが、目の前に広がっているのは壁が全く見えない空間である。

左右を見て目的の人物を探すと不意に真後ろから気配を感じた。

 

「どうかしましたか、聖星。

貴方が再びここを訪れる日はまだ遠いはずですが」

 

後ろにいたのは白銀の機械に乗り、肉体全てを鎧で隠してる男性だ。

その姿を初めて見た者は驚くだろうが、聖星はその男性が何者なのか分かっているため全く驚かない。

それどころか少し安心したような顔を浮かべる。

 

「あぁ、ちょっと頭を冷やしに来たんだ」

 

「……そうですか」

 

男性、Z-ONEはそれ以上何も喋らなかった。

聖星はその場にリュックを置き、大きなため息をつく。

そして数日前のことを思い出した。

 

「ご覧なさい。

これが、我々が辿る未来です」

 

静かに告げられた言葉に聖星は言葉を失った。

真っ赤に燃えている夜に草1つ生えていない赤黒い大地。

そして地面に転がっているのは見慣れた姿が刻まれた石版だ。

 

「……これが未来?」

 

「人間の欲という物は恐ろしい。

私の父、そして貴方の祖父が作りだしたモーメントは、人間の欲望やシンクロ召喚に反応し暴走に陥ったのです。

暴走したモーメントは【機皇帝】を使い、人々を攻撃し始めました」

 

険しい顔をしている聖星の横に浮かんでいるZ-ONE、聖星の父である遊星は、哀しげに語った。

モーメントとは不動博士が基礎を築いた夢の永久機関である。

その能力はたった1つで大きなシティの電力をまかない、デュエルディスクやD-ホイールの原動力となっている。

人類に必要不可欠となったそれは無機物の集合体だが、とある理由により人間の心を読み取る事が出来た。

 

「ですが【機皇帝】はあくまで欲に塗れた人々を攻撃します。

私は街を駆け巡りながら正しき心を人々に伝え始めました。

そして【機皇帝】は彼らにだけその砲口を向けなかったのです」

 

目を閉じたZ-ONEは若い頃の事を思い出す。

その思いに呼応したのか聖星が見ている映像もその光景に変わった。

様々な【機皇帝】はD-ホイールを押しながら笑い合っている彼らの横を通り過ぎていく。

 

「しかし、私の呼びかけに応じ、正しき心を持てた人達は極僅か……

結局モーメントは暴走してマイナス回転を始め、ゼロ・リバースが再び起こりました」

 

世界中に広まっているモーメントの数は百を超えている。

1つでもシティとサテライトを分けるほどの地殻変動を起こすのだ。

それ程の数が一度に暴走を始めれば、地球がどうなってしまうかは簡単に想像出来る。

大地は激しく揺れ、地面は裂け、底に見えるのは灼熱の赤。

殆どの人々は奈落の底に落ちていき、唯一残された遊星の目から光が消えた。

 

「だから私は決めたのです。

人類の未来を救うためにモーメントをこの世から消し去ると」

 

「モーメントを?」

 

この映像を見て分かるとおり、モーメントが原因で世界は滅びた。

原因となるものを排除すれば世界を救えると考えるのは自然なことだろう。

自分に何か言いたげな眼差しを向ける息子を見下ろしながら言葉を続ける。

 

「かつてはシンクロ召喚、いえ、デュエルモンスターズそのものを無くそうとしました。

そのために私はパラドックスを過去に送り込んだのです」

 

「パラドックスって、遊戯さんと父さんが戦った!?」

 

その問いかけにZ-ONEは小さく頷いたような気がする。

聖星は妙に引っかかると思いながらも、彼の次の言葉を待つ。

マスク越しに自分を見下ろすその瞳は厳しいが、憂いも、哀しみもあった。

 

「聖星。

貴方はシンクロ召喚をこの世に誕生させてしまった事、そして、モーメント開発者の一族としての責任があります」

 

「だから俺に手を貸せと?」

 

「はい」

 

Z-ONEが口にした責任という言葉に聖星は唇を噛む。

確かに彼の言うとおり、自分がペガサス会長にシンクロ召喚について話したせいでモーメント暴走の要因を作ってしまった。

皮肉なものだと思いながらZ-ONEを見上げた。

 

「……分かった、と言いたいところだけどその前に聞かせて。

具体的にはどういう計画を立てているの?」

 

「私の青年時代に存在するモーメントは1つ。

破滅したネオ童実野シティ、アーク・クレイドルをシティに落下させ、シティに存在するモーメントを破壊します」

 

「え?」

 

確かにモーメントを排除するのなら、数が少ない時代を選ぶのが合理的である。

しかし破壊という言葉に嫌な予感と何かの違和感を覚えた。

 

「これがシミュレーション映像です」

 

映し出されたのは全ての光を失った街だ。

一瞬どこの街か分からなかったが、最も高い建物に刻まれているKCの文字の存在に気がつく。

聖星の時代とは多少違うが、歴史の教科書に載っていた海馬コーポレーションに違いない。

その街の頭上に浮かんでいるのは廃墟となっている街であり、文字通りその街がシティを押しつぶす。

街そのものが落下してきた衝撃は凄まじく、海馬コーポレーションを中心に衝撃波が広がり、轟音を立てながらシティが破壊されていく。

 

「そんな、こんなのって……

人類の未来を救うためだからって、これはやりすぎだろ!」

 

「未来を救うためにはネオ童実野シティがどうなっても構いません。

彼らの犠牲により、数多くの命は救われる。

1人の命と10人の命、重いのはどちらですか?」

 

「……」

 

声を荒げた聖星に対し、Z-ONEは落ち着いた口調で返す。

真っ直ぐ自分を射貫く眼差しと迷いが一切無い言葉に本気であると悟る。

聖星は腑に落ちない表情を浮かべながらも首を横に振った。

 

「父さん、それは無理だよ」

 

「どういう意味でしょうか?」

 

「人間、いや、生命にとって欲望っていうのは何があっても切り離せないものなんだよ。

確かに欲があるから嫉妬・憎しみが生まれるけど、欲があるから生きたい・誰かを愛したいと思える」

 

聖星は知っている、欲望を切り捨てたことで滅びの道を歩んでいた世界を。

その世界とZ-ONEが見せた未来の行く末の切っ掛けは真逆といえる。

欲望を捨てたことで滅びの道を歩んでいたアストラル世界、欲望を持ちすぎたせいで滅んでしまった未来。

どちらを選択しても同じような危機を迎えるのならば、選ぶ道は1つだ。

 

「欲望を切り離せないのなら、モーメントを切り捨てる。

だけど、世界を救うためにモーメントをなくそうとしても、人々は便利な技術をそう簡単に捨てる事は出来ない。

現に、父さんが赤ん坊の頃にゼロ・リバースが起きても、シティでは新しいモーメントが開発された」

 

「……」

 

「結局、俺達人間はモーメントとも、自分達が持つ欲望とも向き合って生きていくしかないんだ」

 

「……」

 

「俺達がやるべきことはモーメントを破壊することじゃない。

人間が自分の欲望・モーメントとどう向き合って歩むか、それを導くことだ。

父さんもそう考えたから皆がモーメントと一緒に未来を歩めるように『フォーチュン』を作ったんじゃないのか!!」

 

自分達しか存在しない空間は音が反響せず、最果ての向こう側に音が飲み込まれる。

聖星の言葉はあっさりと消えて無くなり、Z-ONEは黙り込んでいるためこの空間を静寂が包み込んだ。

言い切った聖星は小さく息を吐き、もう1度父を見上げる。

 

「『フォーチュン』でダメなら俺がそれを超える制御装置を作る。

だから父さん。

父さんが持っている知識、全部俺に教えて」

 

フォーチュンだけでは不安だというのなら、さらに精度を増した装置を自分が作れば良い。

そのための技術を聖星は持たないが、目の前に居るZ-ONEは持っているはずだ。

彼から教えを請うべきだと考えた聖星はそう提案する。

だが、Z-ONEは顔を逸らし背中を向けた。

 

「……所詮は理想論。

私には時間がないのです」

 

「……予定としては、あとどれくらいでアーク・クレイドルをシティに落とすつもり?」

 

「協力する気のない貴方に教える必要はありません」

 

「それじゃあ俺をどうする気?

確かに俺はシティにアーク・クレイドルを落とすことには反対だけど、破滅の未来を回避することに関しては賛成だ」

 

ましてや聖星はこの計画のことを知ってしまった。

このまま解放すればZ-ONEの邪魔をするのは明白だろう。

星竜王と接触した聖星はそれを可能にしてしまう力を持っている。

Z-ONEは静かに目を閉じ、聖星に振り返った。

 

「では、デュエリストらしくデュエルで決着をつけましょう」

 

「待った、今は止めて欲しい。

今俺が持っているのはセブンスターズ用のデッキ。

このデュエルは俺達の未来がかかっている、そして相手は父さんだ」

 

父と戦うのならば万全な状態で臨みたいということだ。

敵であると宣言された以上、相手が弱っている、もしくは本気を出せない時に叩くのも戦略の一つ。

しかし仮にも自分達は親子であり、どうしても情が働いてしまう。

聖星からの言葉にZ-ONEは小さく頷いた。

 

「良いでしょう。

今の貴方は【三幻魔】の復活を防ぐために戦う戦士。

落ち着いた頃にもう一度ここに来なさい」

 

その言葉を告げられると聖星の目の前に扉のようなものが現れる。

白い光が溢れる扉の向こう側は間違いなくアカデミアだ。

もう1度Z-ONEを見上げると、既にそこには彼の姿がなかった。

困った顔を浮かべた聖星は歩を進め、光の中に進んでいく。

 

「……」

 

光が薄れると同時に慣れ親しんだ部屋の光景が広がる。

どうやらZ-ONEは気を遣ってラー・イエローの寮にまで送ってくれたようだ。

部屋で良かったと思いながら聖星は近くにあったベッドに腰をかける。

 

「聖星!

一体これはどういう事だ!?

先程まで我等は湖の前にいたはずじゃないのか!」

 

「グルゥ…?」

 

突然現れたのはあの空間で一切現れなかった【星態龍】と【スターダスト】だ。

彼らの様子から2人はZ-ONEとの会話を知らず、湖から部屋まで瞬間移動したと勘違いしているのだろう。

いや、勘違いではなくそれが正しいのかもしれない。

 

「……あぁ、頭が痛い」

 

「聖星?」

 

「グル?」

 

動揺している2人、そして自分が半年以上も暮らしている部屋に戻った安心感からか、急に疲れが襲ってくる。

先程までは煩いほど鼓動が鳴っていたが、今はその音をかき消すほどの頭痛がする。

同時に胸中に渦巻くのは苛立ちだろう。

聖星はベッドに背中を預け、小さく呟いた。

 

「父さんと喧嘩するの……

いや、喧嘩なんて可愛いものじゃないか」

 

「父さんだと?」

 

「……後で説明する」

 

これを喧嘩と呼べば良いのか分からないが、今はとにかく一眠りしたい。

10分ほどでも良いから眠らないと次のデュエルにおいて冷静でいられる自信がない。

Z-ONEに対して色々と言いたいことはあったが、上手く口に出来なかった。

こういう時、ストレートに感情を爆発するのが得意な姉が羨ましくなる。

等という事があったが、聖星はここを訪れた。

 

「ごめん、ここでご飯食べて良い?」

 

「好きにしなさい」

 

これからカミューラとデュエルをする聖星はその場で胡座をかき、リュックの中からドローパンを取りだした。

十代達と一緒に食事を取る事も考えたが、Z-ONEと食事を取る方がまだリラックス、なおかつ気を引き締めることが出来ると思ったからだ。

 

「父さんも食べる?」

 

袋から取り出した1つをZ-ONEに差し出す。

中身は分からないが、それもこのパンの楽しみ方だ。

しかしZ-ONEは遠慮気味に首を横に振った。

 

「いえ、あまり好きではありませんので」

 

「え、オムライスの方が良かった?」

 

「……次に来るときはそれをお願いします」

 

「分かった」

 

まさか断られるとは思わなかった聖星は傍目から分かるようにしょんぼりとしている。

Z-ONEは少し気まずい空気になってしまい投げかける言葉を考える。

しかし聖星は気にせず別の話題を出した。

 

「そういえば気になったんだけどさ、父さんって栄養どうしてるの?

それが父さんの生命維持装置っていうのは初めてここに来たとき聞いたけどさ」

 

「この装置には【モウヤンのカレー】を組み込んでいます。

例え魔法カードでもデュエルモンスターズのカード、その力は私の命を維持するのに充分役立っているのです」

 

「ふーん」

 

凄いな、デュエルモンスターズのカード。

人間の叡智を超えた力を持つカードにも、そういう使い方があるのかと感心する。

ここに十代と取巻がいれば、十代は純粋に凄いと笑い、取巻はあり得ないと頭を抱えただろう。

 

「この後ここでデッキを組む予定なんだけど、相談に乗ってくれる?」

 

「ふふ、【死者蘇生】なんてどうです?」

 

**

 

「聖星君」

 

「ん、何?」

 

食事を終えた聖星は保健室に足を運んだ。

扉をくぐれば配な表情を浮かべている友人達がおり、これからカミューラに挑む聖星に視線を送る。

そんな中、兄を人形にされた翔が恐る恐る声をかけてきた。

 

「本当に大丈夫なの?

あのカミューラが人質にした人達って、I2社の人達で聖星君の知り合いなんだよね?」

 

「あぁ。

けど大丈夫。

闇のカードに対抗するための切り札はちゃんとあるから」

 

自分の肩に乗っている【スターダスト】はその言葉に何度も頷く。

精霊の姿が見えない翔はぎこちない笑みを浮かべる。

 

「……そう。

聖星君、お兄さんの仇、絶対にとってきて」

 

「分かってる」

 

不安を拭えないようだが翔は真っ直ぐと聖星を見上げた。

今の翔に出来ることと言えば、信じて友を戦場に見送ることである。

すると聖星と十代は目が合い、十代も彼と同様心配そうな顔をしている。

 

「聖星、本当にこのペンダント使わなくて良いのか?」

 

「あぁ、それは十代達が持っていてくれ。

カミューラは吹雪さん曰く、正真正銘の化け物なんだろう。

俺がそれを持って行くとこっちの守りが手薄になる。

その隙を突かれる可能性も有るからね」

 

「安心しろ、十代。

聖星には【スターダスト】がついている。

その闇のアイテムよりは信頼出来るぞ」

 

「ガウ!」

 

「ははっ、【星態龍】と【スターダスト】がそう言うのなら大丈夫だな。

頑張れよ、皆」

 

痛む体に耐えながら浮かべられた笑みに、聖星も笑みで返す。

万丈目は小さくフンと言って窓の外を睨み付け、取巻と隼人は十代の視線の先を追う。

聖星の肩を見ているようで、そこに精霊がいるのだろうと納得する。

一方、翔や明日香、三沢は十代と聖星の会話に首を傾げた。

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

**

 

城に入る前にPDAの電源を入れ、通信が出来る状態にする。

すると、カイザーの時と同じようにコウモリ達が出迎えてくれた。

 

「よく来たわね、坊や。

てっきりずっと部屋で引きこもるかと思っていたけど、ちゃんと来たのね。

褒めてあげるわ。

ご褒美に可愛いお人形にしてあげる」

 

「うーん、貴女を人形にした後の事を何度か考えたけど、貴女はどうして欲しい?

姉さんはもう人形遊びをする年じゃないし、父さんの幼馴染みに小さい娘さんがいるんだけど、彼女に渡すのはちょっと危険そうだし……

I2社に送るのが良いか、大徳寺先生の授業の小道具になるのが良いか、それとも次に襲撃してきた闇のデュエリストに熨斗で包んで叩き返すか。

どれが良い?」

 

「無駄な話よ。

なんたって、勝つのはこの私ですもの」

 

真剣なのか、カミューラに対する嫌味なのか、聖星は彼女の今後について首を傾げた。

弱くて生意気な子供が首を傾げる姿は見ていて楽しく、可愛らしいと思える。

同時にその顔が絶望に歪むことを考えると背筋がゾクゾクして仕方がない。

 

「ついに始まるのね……」

 

「聖星君、大丈夫かな」

 

「なぁに、心配ねぇな。

なんたって聖星には強い味方がいるからな!」

 

大きな瞳を不安げに揺らす明日香と翔を励ますよう、十代は笑みを浮かべる。

精霊と縁がない彼らにはピンと来ないだろうが、聖星の傍には【スターダスト】がいる。

【スターダスト】がどんな精霊か十代は知らないが、きっと大丈夫だ。

でなければ聖星は誰か1人を犠牲にする前提で動いているという事になる。

 

「「デュエル!!」」

 

薄暗いホールで始まったデュエル。

デュエルディスクは聖星からの先攻を示した。

 

「俺のターン、ドロー」

 

「手札に存在する【魔導書の神判】、【グリモの魔導書】、【セフェルの魔導書】を見せる事で、【魔導法士ジュノン】を特殊召喚する」

 

「はぁ!」

 

聖星が見せた3枚のカードは淡い光に包み込まれ、その光がフィールドに集結する。

光は1つの魔方陣を描き、その中から桃色の髪を持つ美女が現れた。

最初から特殊召喚された【ジュノン】は強気な目でカミューラを睨み付ける。

 

「さらに速攻魔法【魔導書の神判】を発動」

 

「タイタンとのデュエルで使っていたカードね。

確かそのカードはこのターンに使用した魔法カードの枚数までデッキから【魔導書】をサーチし、魔法使い族を特殊召喚する効果を持つ。

今坊やの手札に魔法カードは2枚……」

 

「そういうこと。

俺は手札から【グリモの魔導書】を発動し、デッキから【トーラの魔導書】を手札に加える。

そして俺の場に【ジュノン】がいることにより貴女に【トーラ】を見せ、【セフェルの魔導書】を発動。

墓地の【グリモの魔導書】の効果をコピーし、デッキから【ゲーテの魔導書】を手札に加える」

 

これで聖星は2枚の魔法カードを使用した事になる。

【ゲーテの魔導書】は墓地に存在する【魔導書】の数によって効果が変わるカード。

聖星はどのカードを伏せようかと考えながら別のカードを手に取った。

 

「さらに手札からチューナーモンスター、【エフェクト・ヴェーラー】を召喚!」

 

「はっ!」

 

「……それがチューナーね」

 

美しい女性である【ジュノン】の隣に並んだのはどこか幼さを残す青髪の少女。

その攻撃力はとても低く、攻撃向きのモンスターとは到底思えない。

しかし錯乱気味だったタイタンから得た情報によると、チューナーという特性は侮れない。

 

「チューナー?

なんすか、それ?」

 

「聞いたこともないカードなんだな」

 

翔は隣にいるオベリスク・ブルーである取巻に視線で問いかける。

当然、その問いかけに答えられるわけもなく、彼は首を横に振った。

それに対し明日香と三沢は聖星の心境を察する。

 

「ここには翔君達がいるのに……」

 

「聖星も形振りかまってられなくなったんだろう。

なんたってカミューラにはあれだけの人質がいるからな」

 

自分達にシンクロ召喚について話すときは部外者の存在を快く思っていなかった。

本来なら公表されるまで何年もかかるプロジェクトの内容だ。

関係者の1人として当然の考えだろう。

しかし聖星は、翔達ならばシンクロ召喚について知られても大丈夫と判断したのだ。

 

「あれが聖星の言っていたチューナーのカードか!」

 

「この脳天気野郎が……」

 

「しょうがねぇだろ、万丈目。

俺はカイザーと聖星のデュエル、見てないんだから」

 

「貴様はもう少しシリアスという言葉を学べ!」

 

いや、十代が学ぶのは空気を読む事か。

特殊なカードに対して目を輝かせる純粋さはここまで来ると別の意味で尊敬の念を覚えてしまう。

万丈目が心底呆れている頃、聖星はカミューラに対する切り札を呼ぶために声を張り上げる。

 

「行くぞ!

レベル7の【魔導法士ジュノン】にレベル1の【エフェクト・ヴェーラー】をチューニング!」

 

聖星の言葉に【ジュノン】と【エフェクト・ヴェーラー】は同時に頷き、宙へと浮かび上がる。

【エフェクト・ヴェーラー】は1つの星と光輪になり、輪郭だけを残し透明になった【ジュノン】の体内に取り込まれる。

 

「星々の命を翼に宿す白銀の竜よ、一筋の閃光となり、世界を駆けろ!

シンクロ召喚!」

 

聖星の背後に淡い光柱が轟音と共に立ち、その揺れはホール全体に伝わる。

激しい音を立てながら光の中から宝石が埋め込まれた白竜が姿を現す。

 

「玲瓏たる輝き、【閃珖竜スターダスト】!」

 

「グォオオオ!!!」

 

薄れゆく光の中で一回転した【スターダスト】は大きく翼を広げ、カミューラに対し威嚇するように砲口を上げる。

粉々に砕け散った光は星屑のように空から舞い降り、【スターダスト】の魅力を上げていった。

美しい演出にカミューラは忌々しそうに顔を歪め、代わりに十代は大興奮だ。

 

「すげぇ!

これがシンクロ召喚か!

あぁ、ちくしょう、何で俺保健室にいるんだろう!」

 

「落ち着け、遊城」

 

「なんか、兄貴の興奮している様子を見ると逆にこっちが冷静になるっすね」

 

「シンクロ召喚、よく分からないけど……

十代らしいんだな」

 

「ふん、闇のデュエルが終わった後に存分に相手して貰え」

 

「あぁ!

勿論そのつもりだ!」

 

普通ならば翔や隼人も大盛り上がりだろう。

しかし、ここ最近デュエル出来なかった反動で爆発している十代の姿に冷静になってしまった。

十代の雰囲気に飲み込まれた皆はこのデュエルの恐ろしさを少し忘れているようだ。

その証拠に真面目な明日香と三沢は困ったように笑っている。

 

「これはっ……

なんて嫌な光なのかしら。

眩しすぎて吐き気がするわ!」

 

「流石、本物のヴァンパイアだとこの光は苦手なんだ」

 

「えぇ。

今すぐ八つ裂きにしてあげたい気分よ」

 

「出来るものならどうぞ」

 

「生意気……!」

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド。

そして【魔導書の神判】の効果」

 

このターン、聖星が発動した魔法カードは2枚。

よってこの瞬間、彼は2枚まで【魔導書】を手札に加え、その枚数以下のレベルを持つ魔法使い族モンスターを特殊召喚出来る。

 

「俺は【魔導書の神判】、【グリモの魔導書】を手札に加える。

そして特殊召喚するのはレベル1の【スターダスト・ファントム】だ。

来い、【スターダスト・ファントム】」

 

単調な声でモンスターを呼ぶと、1体の魔法使いが守備表示で特殊召喚される。

青いマントを羽織り、【スターダスト】の頭部を模した杖を持つ男性。

その風貌から【スターダスト】の関連カードだという事が分かる。

 

「私のターン。

手札から【幻魔の扉】を発動!」

 

「うわ、俺が言うのもなんだけど、いきなりかっ……」

 

カミューラが発動したカードの名に、聖星は顔を引きつらせる。

同時に保健室にいる皆の表情も一変した。

子供達の警戒する様子を知ってか知らずか、カミューラの高笑いが木霊する。

 

「勿論効果は知ってるわよね?

魂を捧げることで、貴方の場のモンスターを全て破壊し、モンスターを特殊召喚するのよ」

 

カードの発動と同時にカミューラの背後に禍々しい扉が出現する。

その扉は重厚な音を立てながら闇の霧を吐き出し、このホール全体にその霧が充満し始めた。

 

「けどね、私、とても慎み深いから、また生贄の役目をお前の仕事仲間に譲ってあげる」

 

最初は楽しそうに効果を説明していたが、その声は段々と低い物へと変わっていく。

声にこもっている感情は重苦しく、自分の代わりに誰かが生贄になることに一切の罪悪感を抱いてないことが分かる。

 

「さぁ、誰を生贄にしようかしら?」

 

次々に浮かび上がるI2社の人達。

彼らに意識はないようで、人形のように眠っている。

聖星は顔が青白い皆を見上げ、静かな声でその名を呼んだ。

 

「【スターダスト】」

 

「え?」

 

【スターダスト】の体に埋め込まれている紫の宝石が輝きだし、その光はカミューラの背後に現れた【幻魔の扉】に向かっていく。

自分の方に向かってきた光を追ったカミューラは勢いよく上を見上げた。

光は皆を優しく包み込み、霧に囚われないようにした。

その事実に彼女は目を見開き、大きく舌打ちした。

 

「【スターダスト】は【幻魔】を封印した星竜王が授けてくれたカードだ。

大昔に1度【幻魔】に勝ってるんだ。

これくらい出来たって当然だろう。

さ、ちゃんとコストは払ってくれよ」

 

「こんなの聞いていないわ……

タイタンにこの男達、使えない連中ね!」

 

カミューラは今までノーリスクでこのカードを使っており、今回もリスクを背負わずにデュエルを出来ると思っていた。

何故なら、この闇のカードに対抗できる術は限られている。

まさかピンポイントでその術を目の前の少年が持っているなど夢にも思わない。

もしタイタンとまともに意思疎通ができていたら、または捕まえていた社員達がもっと深く知っていたら、こんなことにはならなかった。

覚悟を決めた彼女は高らかに宣言する。

 

「私は、ヴァンパイア一族の誇りを幻魔に捧げ、発動!

さぁ、その忌々しいドラゴンを寄こしなさい!

そのドラゴンに、この私に跪き、愛しい主人を真っ白な手で血祭りに上げる栄誉を与えるわ!」

 

随分と嫌な栄誉である。

【幻魔の扉】から放たれた光は聖星の場のモンスターを破壊し尽くそうとした。

その光に【スターダスト・ファントム】は悲鳴を上げる暇もなく粉々に砕け散って行く。

だが【閃珖竜スターダスト】は目映い光に守られ、破壊されるどころか幻魔の光を跳ね返す。

 

「何!?

どうして破壊されない!?」

 

「残念だけど、【スターダスト】に破壊効果は通用しない。

【閃珖竜スターダスト】は守護のドラゴン。

闇を祓うだけではなく、1ターンに1度、破壊を無効にするのさ」

 

「くっ…!

けど、もう無効には出来ないはず。

それなら貴方が召喚した【魔導法士ジュノン】を頂くわ!」

 

開いた【幻魔の扉】から現れたのは【ジュノン】だ。

【ジュノン】は光が宿っていない瞳で【スターダスト】と聖星を見つめている。

どうやら心を食われたようだ。

 

「そして私は手札から魔法カード【ヴァンパイア・デザイア】を発動!」

 

「【ヴァンパイア・デザイア】?」

 

「知らないようね、だったら教えてあげる。

このカードはデッキから墓地に【ヴァンパイア】を送る事で、私の場のモンスターをそのモンスターにする事が出来るのよ」

 

「え?

それって、つまり……」

 

「フフッ」

 

そう笑いながらカミューラは1枚のカードを墓地に送る。

すると【ジュノン】は苦しみだし、頭が痛むのか額を押さえながらその場に膝を付く。

苦しげな声を上げる彼女の後ろには【ヴァンパイア・ロード】が不敵な笑みを浮かべている。

その様子を見ている十代達はすぐにこの後の予想がついた。

 

「【ジュノン】が【ヴァンパイア・ロード】に!?」

 

「という事は……

来るぞ、奴が!」

 

「【ヴァンパイア・ロード】となった【魔導法士ジュノン】を除外し、特殊召喚!

【ヴァンパイアジェネシス】!」

 

「うぁ、あぁああ!!」

 

嫌だというように頭を振る【ジュノン】は黒い霧に包み込まれ、その闇の中から人とは思えない巨大なモンスターが現れる。

その攻撃力は3000、【スターダスト】を一瞬で葬ることが出来る攻撃力に聖星は一歩下がる。

 

「【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】じゃなくて良かったといえば良いのか……

けどこっちも1ターン目からの召喚かよ……」

 

「【ヴァンパイアジェネシス】で【閃珖竜スターダスト】で攻撃!

ヘルビシャス・ブラッドォ!!」

 

紫色の霧となった【ヴァンパイアジェネシス】は勢いよく【スターダスト】を攻撃する。

体中を貪られるような痛みに【スターダスト】は悲鳴を上げ、霧の一部はプレイヤーである聖星に襲いかかる。

 

「くっ!」

 

皮膚を突き刺すような痛みに聖星は顔を歪め、情けない声を出してしまう。

これで聖星のライフは3500まで削られ、【スターダスト】を破壊される。

そう思って笑うカミューラだが、【ヴァンパイアジェネシス】は【スターダスト】を破壊せずに場に戻ってきた。

 

「破壊されていない?

そいつの効果は1ターンに1度じゃなかったの!?」

 

「墓地に存在する【スターダスト・ファントム】の効果さ。

このカードの効果で1ターンに1度、【スターダスト】は戦闘では破壊されない。

尤も、攻撃力と守備力は800ポイント下がるけどね」

 

【スターダスト・ファントム】は墓地に存在する時、場のドラゴン族・シンクロモンスターに銭湯破壊耐性を付与する。

しかしその効果は完璧ではなく、当然制約があった。

【スターダスト】の攻撃力は2500から1700、守備力は2000から1200まで下がる。

これで【スターダスト】が戦闘破壊に耐えられるのは残り1回だ。

 

「なる程、そう何度も使えるってわけじゃないのね。

カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 

「俺のターン、ドロー。

【魔導書の審判】を発動する。

そして【グリモの魔導書】を発動。

デッキから【ルドラの魔導書】を手札に加える。

【ルドラの魔導書】を発動し、手札から【トーラの魔導書】を捨て、デッキからカードを2枚ドロー」

 

「いちいちターンが長いわね、もっと短くしたらどう!?」

 

「そう言われても、これが【魔導書】の売りだからなぁ」

 

苛立ちがピークを迎えつつあるようで、カミューラの声はドスのきいたものになっている。

恐ろしい声ではあるが、それは裏を返せば彼女の余裕がなくなってきているということ。

それを分かっているため聖星はただ困ったように頬をかくだけだ。

 

「【スターダスト】を守備表示に変更。

カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

このターン、聖星が発動した魔法カードは2枚。

デッキから加えたのはまたもや【グリモの魔導書】と【魔導書の神判】だ。

次のターンも手札が増え、モンスターを特殊召喚されると思うと厄介でしかない。

 

「そして【見習い魔笛使い】を守備表示で特殊召喚する」

 

「ふん!」

 

【スターダスト】の横に並んだのはぽっちゃり体型の若い魔法使い族だ。

彼は笛を大事そうに持っており、大して強そうな見た目ではない。

 

「私ターン、ドロー。

手札から【天使の施し】を発動。

デッキからカードを3枚ドローし、2枚捨てる。

そして【強欲な壺】を発動しますわ」

 

「一気に手札を入れ替えた。

しかも墓地にカードが2枚も」

 

「さらに魔法カード【大嵐】を発動!」

 

「やばっ。

墓地に存在する【セフェル】、【神判】、【トーラ】を除外し、【ゲーテの魔導書】を発動。

場のカードを1枚、選んで除外する」

 

「まだ終わらせないわよ!

罠発動、【ヴァンパイア・アウェイク】!

デッキから【ヴァンパイア・レディ】を特殊召喚するわ!」

 

「それなら俺は【ヴァンパイアジェネシス】を除外する。

さ、退場してくれ」

 

カミューラの場に現れたのは青い肌を持つ可憐な女性。

彼女は黄色の瞳で【スターダスト】の首筋を見つめ、【スターダスト】は思わず後退る。

同時に【ゲーテの魔導書】の効果で【ヴァンパイアジェネシス】は異次元の歪みに飲み込まれてしまった。

モンスターの特殊召喚の処理が終わると、聖星の場に残されたカードが破壊される。

 

「破壊されたのは【リビングデッドの呼び声】……

そう、そのカードで破壊された【スターダスト】を特殊召喚するつもりだったのね」

 

計算上、【スターダスト】が破壊に耐えられるのは戦闘破壊と効果破壊を合計して2回。

そしてカミューラが操る【ヴァンパイア】は墓地からの蘇生を得意とするモンスター。

1ターンで場の全てが埋まることだってある。

墓地に送られた場合のことを考え、対処法を用意しているのは当然だろう。

 

「けど、そのモンスターにはすぐに消えて貰うわ。

速攻魔法【帝王の烈旋】を発動!

そのドラゴンには【ヴァンパイア】を呼ぶための生贄になって貰いましょう」

 

「え?

俺のモンスターを生贄?」

 

まさかのカード効果に聖星は大きく目を見開く。

その恐ろしさを理解した聖星はすぐに【スターダスト】を見上げた。

 

「【ヴァンパイア・レディ】と【スターダスト】を生贄に、【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】を生贄召喚!」

 

「キャハハッ!」

 

「……厄介なのが来た」

 

【ヴァンパイア】が場に増える事で自分より攻撃力の高いモンスターを装備魔法にするモンスター。

何度高攻撃力モンスターを召喚して墓地に送っても、墓地から蘇り、モンスターを奪われる。

正直なところ【ヴァンパイアジェネシス】より厄介だ。

幸いなのは【スターダスト】は既に墓地に存在しており、今のところ装備される心配はないという点か。

 

「あら、安心するのは早いわよ、坊や。

墓地に存在する【馬頭鬼】の効果発動。

このカードを除外し、【ヴァンパイア・ロード】を特殊召喚するわ」

 

「はぁ!」

 

「そして墓地に存在する【アンデット・ストラグル】の効果発動。

除外されているアンデット族を墓地に戻し、このカードを場にセットするわ」

 

「墓地で魔法カード……

【拮抗勝負】といい、カミューラ、嫌なカードばかり持ってるな」

 

恐らく【馬頭鬼】同様、先程の【天使の施し】で墓地に送られたカードだろう。

一体どのような効果なのか聖星は把握しておらず、正直次に何が起こるのか予想出来ない。

デュエルを見守っている三沢はカミューラの墓地に存在するアンデット族を思い出す。

 

「【馬頭鬼】はターン制限をもうけられていないカードだ。

これで彼女はまた墓地からアンデット族を特殊召喚出来る」

 

闇のカードに頼る戦術をとる女かと思ったが違う。

手札から相手のカードを裏側表示で除外する罠、相手モンスターを生贄に捧げる速攻魔法、そして除外されたモンスターを再利用する速攻魔法。

アンデット族は除去カードが少ない種族であり、【ヴァンパイア】は高レベルモンスターが多くその生贄の確保が必要となる。

その点を補い、かつ相手の戦術を崩す方法を彼女は知っているのだ。

 

「彼女はただの闇のデュエリストじゃない。

彼女が使うカードは計算し尽くされている」

 

三沢の言葉に十代達は同意するように頷く。

そして十代は難しい顔を浮かべながらつい零してしまった。

 

「強い、強すぎる……

何でこんなに強いのに、カミューラは闇の力に頼るんだ」

 

これほどまでに強いのだ。

きっと闇のデュエルなど関係なければ、楽しい、燃えるようなデュエルが出来たはずだ。

心の底から惜しむような言葉が聞こえ、聖星はカミューラを真っ直ぐ見る。

 

「カミューラ、1つ質問に答えて欲しい」

 

「あら、何かしら。

私が好きな命乞いの仕方?」

 

「どうして貴女は闇のデュエリストとして戦う?

貴女の目的を知りたい」

 

「……デュエルに勝つことなど私には何の意味もないわ」

 

「え?」

 

勝つことに意味はない。

まさかの返答に聖星は怪訝そうな顔をする。

それに対し彼女は昔を懐かしむように語り出した。

 

「中世欧羅巴においてヴァンパイアは全盛を誇り、我々は誇り高い一族として孤高に生きてきた。

だが人間達は我々をモンスターと呼び、その存在すら許さなかった」

 

彼らは己が信じる神の名を高らかに掲げ、その名の下にヴァンパイアを手にかけ始めた。

それはカミューラにとって悪夢の日々。

聞こえてくる同胞の悲鳴から背中を向け、愛しい子供の耳を塞ぎ、生き延びるために隠れ、逃げ続けた。

しかし人間達の執念は凄まじく、とうとう目の前でその子供を殺され、彼女は絶望を抱えながら永遠の眠りについたのだ。

 

「そんな私を起こす者がいた。

闇の力を使いヴァンパイア一族を復活させないか。

その力を貸そうって」

 

その男から渡されたのが、今彼女がつけている首飾りだ。

 

「私がデュエルした相手を人形にしているのは単なる遊びじゃない。

私の目的は彼らの魂を使い、滅ぼされたヴァンパイア一族を復活させ、我々一族の魂を認めず滅ぼした人間共に復讐すること!」

 

手に握っているのはカイザーの人形。

彼女はその人形を強く握りしめ、笑みを浮かべながら叫んだ。

鬼気迫るその言葉に聖星は静かに零した。

 

「貴女は人間が憎いんだな」

 

「えぇ、そうよ。

私達は何もしなかったわ。

お前達人間に危害を加えるつもりなど毛頭もなかった。

それなのにお前達人間は違った!

これを憎まずにどうしろというの!」

 

憎んでいるだけならば人間を滅ぼせば良い。

しかし彼女は仲間の復活を望んでいる。

それが何を意味するのか聖星はすぐに察することが出来た。

 

「寂しいんだ……

当然か」

 

聖星だって異世界に飛ばされたときは酷く寂しい思いをしたものだ。

カミューラは目の前で縁者を殺され、自分以外の同族は死んでいる。

彼女が味わっている孤独と運命、それは聖星の比ではない。

だが、彼と比べたらどうだろう。

いや、比べるなんて烏滸がましく、カミューラと父に失礼だ。

 

「ふっ、同情するのならサレンダーしてくださる?」

 

「断る」

 

「そう。

なら、苦しみが長引くだけよ。

除外されている【馬頭鬼】を墓地に戻し、【アンデット・ストラグル】をフィールドにセットするわ」

そして再び【馬頭鬼】を除外し、【ヴァンパイア・レディ】を特殊召喚」

 

これでカミューラの場に3体の【ヴァンパイア】が並んだ。

その光景に明日香達は叫ぶ。

 

「まずいわ!」

 

「聖星の場には守備力1500の【魔笛使い】のみ!

それに対しカミューラの場には攻撃力2000のモンスターが2体と、1500が1体」

 

「不動のライフは3500…

総攻撃を受ければ負ける」

 

「【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】!

そのモンスターを蹴散らしなさい!」

 

カミューラの声に従い、【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】は【見習い魔笛使い】に攻撃を仕掛ける。

美女の気迫ある攻撃に【見習い魔笛使い】は腰が抜けたようで逃げる事が出来ない。

一瞬で切り裂かれ、粉々に砕け散る。

 

「【ヴァンパイア・ロード】、【ヴァンパイア・レディ】!!」

 

2体のモンスターは小さく頷き、無防備な聖星に襲いかかる。

高く舞い上がり鋭い爪を聖星に向け、もう少しで届くという時だ。

彼らの攻撃を阻むように1人の青年が大きな鎌を振るう。

 

「何ぃ!?」

 

【ヴァンパイア・ロード】の拳を止めた青年は素早く鎌を振るい、華奢な吸血鬼を吹き飛ばす。

勢いよく飛ばされた【ヴァンパイア・ロード】は一瞬だけ悔しそうに顔を歪めるが、すぐに品のある笑みを浮かべた。

その隣に【ヴァンパイア・レディ】が立つ。

揃って並ぶ美男美女を静かに見つめている青年は聖星を守るよう大鎌を構えた。

 

「何なの、そのモンスター……

一体どこから」

 

「【見習い魔笛使い】の効果さ」

 

「え?」

 

「彼は破壊され墓地へ送られた場合、手札からモンスターを特殊召喚出来るのさ」

 

「そんな効果を持っていたのね……

厄介なモンスターばかりだわ」

 

「それはお互い様だろう。

そして特殊召喚された【魔導冥士ラモール】の効果。

このカードは墓地に存在する【魔導書】の種類によって効果を得る」

 

3枚の時は攻撃力が600ポイント上昇し、4枚の時はデッキから【魔導書】を手札に加える。

そして5枚の時はデッキから闇属性・魔法使い族モンスターを特殊召喚するのだ。

今現在、聖星の墓地に存在する【魔導書】は【神判】、【グリモ】、【ルドラ】、【ゲーテ】の4種類。

 

「よって、【ラモール】の攻撃力は上がり、俺はデッキから【ルドラの魔導書】を手札に加える」

 

「攻撃力2600……

(けど、【アンデット・ストラグル】の効果はアンデット族モンスター1体の攻撃力・守備力を1000アップさせる。

流石に【ヴァンパイア・レディ】を狙われたら返り討ちに出来ないけど、坊やの性格を考えると、狙うのは【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】)」

 

そうなれば【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】の攻撃力3000となり、聖星のモンスターを破壊し、400のダメージを与えることになる。

 

「ターンエンドよ」

 

「俺のターン、ドロー」

 

デッキからカードを手札に加えた聖星は手札を見つめる。

今彼の手札は6枚。

モンスターカードは1枚あるが、問題はこのモンスターが上級モンスターだということ。

手札に【魔導書】は3枚存在するため【ジュノン】ならば特殊召喚出来ただろう。

 

「手札から魔法カード【魔導書の神判】を発動。

そして魔法カード【グリモの魔導書】を発動。

デッキから【アルマの魔導書】をサーチし、【ルドラの魔導書】を発動。

手札から【アルマの魔導書】を捨て、デッキからカードを2枚ドロー。

そして手札から【ワンダー・ワンド】を発動」

 

「【ワンダー・ワンド】?」

 

「魔法使い族専用の装備魔法さ。

装備モンスターである【ラモール】を墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする」

 

【ラモール】が持っていた大鎌が緑色の宝石をはめ込んだ杖となる。

その杖と共に彼は金色の粒子となり場から消えてしまった。

これで聖星の場はがら空きになるが、ちゃんと対策は手札にある。

 

「そして魔法カード【死者蘇生】。

墓地から【ラモール】を特殊召喚する」

 

「……」

 

聖星の足下に紫色の魔方陣が現れ、どす黒い光があふれ出した。

漆黒の小さな雷を散らしながらそこから【ラモール】が再び姿を現す。

光が宿らない瞳で【ラモール】は自分より弱いモンスターを見つめる。

 

「今、墓地の魔導書は【アルマの魔導書】が加わり5枚になった。

よって【ラモール】の効果は全て発動する」

 

「という事は……」

 

「俺は【魔導書院ラメイソン】を手札に加える。

そして来い、【魔導獣士ルード】」

 

【ラモール】は大鎌を使って魔方陣を描き、そこから獅子の顔を持つ魔法使いが召喚される。

四足歩行ではなく、二足歩行の獅子はしっかりと【ヴァンパイア】を見つめていた。

そして表示された攻撃力は2700。

 

「バトル。

【魔導獣士ルード】で【ヴァンパイア・レディ】に攻撃」

 

声を荒げずに告げられた宣言に【ルード】は獅子が刻まれた盾で【ヴァンパイア・レディ】を叩きつぶす。

圧倒的な個撃力の差に彼女は何の抵抗も出来ずに破壊される。

爆発によって生じた爆風にカミューラは思わず腕で顔を隠す。

この攻撃によりライフが4000から1200削られ、2800になる。

 

「【魔導冥士ラモール】で【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】に攻撃」

 

大きく振りかぶった【ラモール】は勢いよく鎌を美女に振り下ろす。

迫ってくる刃物に【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】は反撃しようと翼を広げる。

 

「リバースカードオープン、速攻魔法【アンデット・ストラグル】!

【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】の攻撃力を2000から3000に上げるわ!」

 

「え?」

 

発動されたのは先程カミューラが伏せた速攻魔法。

墓地で発動するカードは、場で発動する効果と墓地で発動する効果が似ている場合が多い。

モンスター効果を無効にする【ブレイク・スルースキル】に攻撃無効関連の効果を持つ【光の護封霊剣】、カードを破壊する【ギャラクシー・サイクロン】。

だから聖星は同じように【アンデット・ストラグル】の効果も除外されたカードに関連する効果かと思ったのだ。

 

「返り討ちにしなさい!」

 

「はぁ!」

 

翼を広げた【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】は素手で大鎌を受け止め、その鎌を奪い取り、逆に【ラモール】を切り裂いた。

切り口から生じた爆風は聖星に降り注ぎ、彼のライフを3500から3100に削る。

痛みに耐えながら聖星は手札のカードを掴む。

 

「まだだ、カミューラ。

まだ俺の手札はある」

 

「何をするつもり?」

 

「手札から速攻魔法、【ディメンション・マジック】を発動。

バトルを終えた【ルード】を墓地に送り、手札から【魔導書士バテル】を特殊召喚。

そして、【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】を破壊」

 

「なっ!」

 

場に現れたのは魔法使い族が入れ替わる棺。

鎖によって宙づりになっている棺が開き、中に【魔導獣士ルード】は無言のまま入り込む。

閉じたと思えば再び開き、中から現れたのは小柄な【バテル】だ。

そして空になった棺は獲物に狙いを定め、無数の鎖を放つ。

 

「くっ!」

 

向かってくる鎖に捕まってしまった【ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア】は抵抗するが、あっという間に棺に閉じ込められてしまう。

今はまだバトルフェイズ中。

バトルフェイズ中に特殊召喚されたモンスターは攻撃する権利を持っているのだ。

 

「だけど、そのモンスターの攻撃力は【ヴァンパイア・ロード】の足下にも及ばないわ!」

 

「手札から速攻魔法【ディメンション・マジック】を発動」

 

「え?」

 

「【魔導書士バテル】を墓地に送り、手札から【時花の魔女-フルール・ド・ソルシエール】を特殊召喚する」

 

攻撃力500の弱小モンスターの次に特殊召喚されたのは、攻撃力2900の魔女。

綺麗な花を身につけている彼女は不敵な笑みを浮かべながらその場に立つ。

2枚目の【ディメンション・マジック】の効果により、最後の砦であった【ヴァンパイア・ロード】は破壊されてしまう。

これで【ソルシエール】のダイレクトアタックが可能となってしまった。

 

「そんな、バカな……」

 

ゆっくりと下がりながらカミューラは左右に首を振る。

このようなこと、あってはならない。

自分は唯一の生き残りなのだ。

一族の復活も、人間共への復讐も、実行できるのは自分しかいないのだ。

その自分がここで負けるなど許されるわけがない。

絶望に染まっていく彼女の顔に聖星も顔を歪めてしまう。

 

「ごめんなさい。

貴女がヴァンパイア一族の運命を背負っているように、俺も背負ってるんだ」

 

これも生存競争だと切り捨てることが出来ればどれほど楽だっただろう。

聖星は拳を強く握りしめ、真っ直ぐにカミューラを見る。

 

「【時花の魔女-フルール・ド・ソルシエール】!

ダイレクトアタック!」

 

聖星からの声に彼女はロッドの先端に魔力を凝縮する。

薔薇に集まった魔力は淡い光となり、カミューラに向けて放たれた。

人を包み込むほどの巨大な光はあっという間に彼女を飲み込む。

 

「キャァアアアアア!!!」

 

魔力が爆発する音と火花が散る音と共にカミューラの悲鳴がホールに響く。

同時に彼女のライフが2800から0へとカウントされた。

デュエル終了のブザーが鳴り、唯一場に残ったモンスターである【フルール・ド・ソルシエール】はゆっくりと姿を消した。

カミューラは負けたショックからかその場にへたり込み、顔を上げようとしない。

すると背後に何かの気配を覚える。

 

「っ!!」

 

思わず肩を跳ねさせたカミューラは恐る恐る後ろに振り返り、自分を見下ろす扉に声にならない悲鳴を上げた。

大きな音を立てて扉は開き、その中から無数の手が現れる。

まさかのホラー的な演出に聖星も小さく悲鳴を上げてしまった。

 

「イヤァアアアア!!」

 

反射的に逃げようとするが、それよりも早く白い手はカミューラの喉を掴む。

一瞬だけ呼吸が出来ず、そのまま彼女の魂は肉体から切り離された。

悲痛な悲鳴を上げながらカミューラの魂は【幻魔の扉】に飲み込まれていく。

そして扉は静かに閉じて消え去り、残された肉体はゆっくりと崩れ落ちた。

 

「……っ、ぁ…」

 

目の前で消えていった彼女の姿はあの時と同じだ。

空は赤黒く、赤い雷が降る街。

そんな中侵略を防ごうと奮起した仲間達の最期に。

 

「聖星!」

 

「っ!」

 

PDAから聞こえた大声に聖星はハッとする。

思わずそちらに目を向ければ翔達が叫んでいた。

 

「聖星君、お兄さんを!」

 

翔の言葉に聖星はカミューラが立っていた場所を見る。

そこには闇の呪縛から解放され、気絶しているカイザーやフランツ達が倒れている。

すぐに駆け寄ろうとしたが城全体が大きく揺れ始める。

 

「これは!?」

 

「主であるカミューラが【幻魔の扉】に取り込まれたからだろう。

全く、最期まで面倒なことを残す女だ!」

 

【星態龍】の推測に耳を傾けず、聖星はカイザー達のところまで走った。

何とか辿り着いたが、倒れている人達の数に舌打ちしてしまった。

人質の事を考えて聖星1人で城に来たが、彼1人でここに居る全員を連れ出すのは不可能だ。

だからといって見捨てられるはずもない。

城が完全に崩れ去る時間は刻一刻と迫っている。

 

「っ、やばい……!

崩れる!」

 

足場さえ崩れ始め、聖星は必死に皆に手を伸ばす。

だが間に合わない。

認めたくない現実が目の前に迫る中、聖星は意識を手放した。

 

End




ここまで読んで頂きありがとうございました。

Z-ONEと聖星の関係性はちょっとややこしいものにしました。
敵対するもの同士ではあるが、お互いに情があり、それを捨てる事も出来ない。
しかるべき戦いの日まではこうやって交流して欲しいなぁと。
それにラスボス倒してないのにいきなり裏ボスとかちょっと高難易度すぎますよ。

Z-ONEは遊星の記憶を持っているためなのか不動博士に対して非情になれていない面もあったので、聖星に対してもある程度話を聞き入れてくれるかなと思います。
非情というのは、モーメントを開発する前の博士を消す等の対処をしていないという点です。
博士がいなくなれば遊星が生まれない、そうするとZ-ONEの存在もなくなるという考えも出来ますが、そこは家族の大切さを分かっているZ-ONE(遊星)だから無理だったという事にしています。
そして聖星も色々と複雑な気持ちを抱えています。


ちっとこの小説のデュエル構成をするとき、悩む点がありました。
最初でデュエル構成をしていた段階では、ラストは【拡散する波動】で複数回攻撃、それでも足らないから【ディメンション・マジック】で特殊召喚。
からの【トーラの魔導書】で耐性を付け、直接攻撃!!という展開にするつもりでした。
そこで悩んだのは【拡散する波動】を使用したターン、他のモンスターは攻撃出来ないが、【トーラの魔導書】を使用したことで攻撃出来るかという点です。
今回のお話には出てきませんでしたが、もしかしたら今後出てくるかもしれません。

ただ、実際これが出来るのか私には分かりません。
公式試合でやったらジャッジを呼びたいです。
何故かと言いますと……

Wikiの【拡散する波動】のFAQでは
Q:発動ターンに《ホルスの黒炎竜 LV6》は攻撃できますか?
A:魔法効果を受けないので攻撃できます。
とあります。
【ホルスの黒炎竜LV6】の効果は「魔法の効果を受けない」、【トーラの魔導書】のテキストには「魔法カードの効果を受けない」と書いてあります。
なので魔法の効果を受けない【ホルス】が攻撃出来るのなら、【トーラの魔導書】の効果で魔法の効果を受けないようにしたモンスターも攻撃出来るのではないかと考えました。

ただ、Wikiの【トーラの魔導書】のFAQでは
Q:《マジシャンズ・クロス》で攻撃不能となっているモンスターがいます。このカードが持つ1つ目の効果を適用した場合、どうなりますか?
A:その場合も攻撃できません。
となっており、この理屈でいうと、【拡散する波動】で攻撃不能になっているモンスターは攻撃出来ないという事になります。

……どう違うのでしょうか、これ。
元々モンスターに内蔵されている永続効果だから?
別のカードによって付与された効果だから??
私には全く分からん(ゲンドウポーズ)

公式のQ&Aで【トーラの魔導書】、【拡散する波動】で検索して似た事例を探してみましたが、中々見つけられなくて……
カードが違うから攻撃出来ない?
(∩゚д゚)アーアーきこえなーい納得できなーい!

実際どう違うんですかね。

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