月の光が届かない深い夜。
空からの光どころか文明の灯火さえつけていない部屋で、彼は人目を忍ぶようにパソコンで通話していた。
当然、目が悪くなると注意する人間はおらず、更におかしなことに画面に写っているのは一人の男のシルエットのみ。
相手の顔がまともに見えない通話は端から見れば不可解だろう。
しかし、彼はそれがさも当然のように受け入れている。
「アムナエル。
デュエリストの闘志は順調にデュエルアカデミアを包み込んでいるか?」
「はい、デュエリストの闘志は間違いなくセブンスターズの介入によって増大しています。
しかし、残念ながら、星竜王が託した【スターダスト】のエネルギーが闘志を中和しているのか、当初の予定より大幅に遅れているのが現状です」
その言葉に謎の男は口を閉ざす。
彼の目的を達成するためには一定量のデュエリストの闘志が必要不可欠である。
男に残された時間はそれほど長くなく、悠長に満ちるのを待つわけにもいかない。
この世の覇権、永遠の命、喉から手が出るほど欲しい力が目の前にあり、それを手に入れるピース、舞台、全てを整えた。
だというのに、最後の最後で余計な邪魔が入ってしまった。
心の底から気に入らないと吐き捨てるよう、忌々しそうに男は言葉を放つ。
「星の民とやらも余計なことをしてくれたな……
ならば、不動聖星をデュエルアカデミアから追い出すしかあるまい」
「はい。
それで、不動聖星が持っていた鍵は誰に託しますか?」
「ヨハン・アンデルセンだ。
やつも遊城十代と同様、精霊を操る力を持つ。
鍵の所有者としては充分だ」
「承知しました」
**
もし彼が冷静なら、鮫島校長をはじめ学園の重役達の顔が並ぶ画面を呑気に眺め、十代と翔もこんな風に見下ろされていたのかと考えていただろう。
しかし、今の聖星にそこまでの余裕はなく、重い体を無理に立たせ、背中を伝う汗の冷たい感触にさえ震えている。
そんな聖星を見下ろしている倫理委員の女性は目をつり上げながら、何故この場が開かれたのか説明を始めた。
「先日、匿名の通報があった。
オベリスクブルー1年不動聖星は身分詐称をしていると」
「匿名の通報?」
「あぁ。
そこで我々は指導要録に記載されていた中学校関係者に貴様の事を知っているか調査した」
学生が経歴を詐称しているなど、どうせ以前転校生としてやってきた少女と同様、年齢を誤魔化している程度だと思っていた。
しかし、通報があった以上調べるのが彼女達の仕事なので、調査を行ったところどうだろう。
叩けば叩くほど埃が出てきて、あまりの内容に言葉を失ったのは記憶に新しい。
女性職員は言葉を区切り、力強く調査結果を報告する。
「不動聖星という人間が在籍していた記録はあった。
だが、誰一人として貴様の事を知っている人間はいなかった」
「!??」
「マンマミ~ヤ!?」
彼女の言葉にこの場にいる全員が己の耳を疑った。
つまり、聖星の存在を認める記録はある、だが、彼の存在を証明する記憶がない。
通常ならば矛盾する事がありえない事態に各々困惑な表情を浮かべる。
そんな中、校長としての威厳を保ち、険しい表情を崩さない鮫島校長は彼女に問いかける。
「失礼ですが、聖星君が在籍していた記録はあったというのに、誰一人彼の存在を知らないというのはどういうことですか?」
「中学校の卒業名簿等のデータ媒体には確かに不動聖星という生徒がいた記録はありました。
しかし、彼が所属していたクラスの生徒、担任教師、部活顧問、彼が住んでいるマンションの近隣住民に話を聞いたところ、皆口を揃えて彼の事を知らないと証言。
更に、卒業アルバムを筆頭に学校側が保管している写真データには不動聖星の姿は一切確認できませんでした」
「ふむ……」
両肘を机の上に立て、口元で手を組んだ鮫島校長は思案する。
3年間一人の学生が一度も写真に写らない事などあり得るのだろうか。
いいや、限りなくその可能性は低い。
仮に聖星が病弱で入院生活を余儀なくされ、まともに学校に通っていなかったという線も一瞬だけ浮かんだが、それならば教師側が知らないと答える事はなく、データ上にもその記述があり中学校側がアカデミアへ情報提供をするはず。
そして、聖星はプログラミング技術を買われてインダストリアルイリュージョン社や海馬コーポレーションに協力している実績がある。
プログラミングに優れている彼ならば、中学校のデータを改竄する事は容易だろう。
聖星の詐称が白から黒へと変わっていくのを感じ、鮫島校長は眉間に皺を寄せた。
すると、女性職員が机を叩き、画面越しに怒鳴る。
「さて、吐いてもらうぞ。
貴様は一体何者だ!」
あまりの怒声に彼女の言葉は音が割れてしまうが、その事を気にかける人間はこの場に存在しない。
現に聖星は気にかける余裕はなく、この状況をどう潜り抜けるか必死に考えていた。
だが、国籍等のデータを改竄したのは正真正銘の事実。
彼等が調べあげた内容に一切の誤りはなく、誤魔化すとしてもそう簡単なものではない。
むしろ、そんな奇跡な方法が存在するのか疑わしい。
口の中が乾き、とてもうるさい心臓の鼓動を聞きながら覚悟を決める。
命懸けのデュエルとはベクトルが異なる絶体絶命のピンチに聖星は口を開けようとしたその時だ。
「聖星」
「(【星態龍】?)」
自分を見下ろす女性が痺れを切らす前に何か発言しようとすると、【星態龍】が目の前に現れる。
彼は安心させるように聖星の額を尻尾で軽く叩き、言葉を続けた。
「この状況を打破する策を思いついた」
「(っ!??
それって本当?
一体それってどんな方法なんだ?)」
「あぁ、そのためにはペガサスの協力が必要不可欠だ。
今から私は何とかしてペガサスにコンタクトを取る。
聖星は、自分は正真正銘不動聖星であり、学校関係者から聖星に関する情報を得られなかった事にもちゃんとした理由がある。
ただし、その事情はペガサスが来るまで一切話すつもりはないと言ってくれ」
「(分かった、信じるよ)」
「任せろ」
100%不利であるこの状況をひっくり返すことが出来る方法等、本当に存在するのだろうか。
一瞬だけ精霊の力を使ってこの場を有耶無耶にするのかと考えはしたが、ペガサスの名前が出たことでその線は消えた。
I2社の名誉会長でありデュエルモンスターズの生みの親であるペガサスを頼るというのは、今の聖星にとっては最善かもしれない。
友人にどのような策があるのかは分からないが、藁にも縋る思いでその提案に乗った。
【星態龍】がこの部屋から出ていった気配を感じながら聖星は深呼吸をし、しっかりとした眼差しで前を見た。
迷いがない緑色の瞳には先程まであった脅えはなく、一瞬で変わった雰囲気に鮫島校長は怪訝そうな表情を浮かべる。
「何者も何も、俺は正真正銘、不動聖星です。
母校の先生達が俺の事を知らない件に関しても、きちんとした理由はあります」
「関係者の全員が口をそろえて『不動聖星』を知らないと言ったんだぞ。
どんな事情だ」
「それは俺の口から説明する事は出来ません」
「は?」
その言葉を漏らしたのは女性か、それともクロノス教諭か、はたまた別の職員か。
はっきりと断言された言葉は到底受け入れることが出来る内容ではなく、この場にいる者達の思いを代弁するかのようにの彼女は怒鳴る。
「貴様、それで私達が納得すると本気で思っているのか!?」
「俺の口から事情を説明させたければ、ペガサス会長を呼んでください。
俺1人の言葉より、会長の言葉もあった方が信用できるはずです」
別にすぐ納得してもらおうなんて聖星だって考えていない。
聖星自身、【星態龍】がどのような策を講じているのか想像もつかない。
だが、長年共に戦い、この一年で親交を深めた友人が任せろと言ったのだ。
絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせながら聖星はそれ以上何も言わない。
本気で口を開けるつもりがない生徒の様子に鮫島校長は真剣な表情で言葉を放つ。
「聖星君。
1年近く君という生徒を見てきました。
君は月1試験で入学した生徒達の表情が荒んでしまったことが異常であると口にし、七精の鍵を生徒達に託した時には他の生徒達の安全を心配した。
君が真摯な少年である事は理解しています。
私は君を信じます。
ですから、どうかその事情を話してくれませんか?」
「ありがとうございます、鮫島校長。
鮫島校長だったら俺の話を信じてくれるかもしれません。
ですが、査問委員会に呼ばれた以上、その事情は彼女達にも知れ渡ります。
その時、彼女達は俺の言葉を信じてくれますか?
自分達の警備が杜撰だった事を隠すために遊城君に制裁デュエルを行おうとした人達ですよ。
仮に信じてくれたところで、自分達の面目を保つために真実を握りつぶそうとしてもおかしくはありません」
「貴様……!
先程から黙って聞いていれば!」
おっと、流石に最後は余計だっただろうか。
しかし、鮫島校長の願いを受け入れることは出来ないための理由は必要だ。
当時の恨みをちょこっとだけ込めた聖星は各方位から感じる視線を涼しい顔で流す。
顔面蒼白でこの部屋に連れてこられた少年の態度とは思えない堂々とした姿に、鮫島校長は難しい表情を崩さない。
「とにかく、俺はペガサス会長が来るまで絶対に話しません。
事情を話さない事を罪とし、退学処分にしたいのならご自由に」
尤も、そんなことをすればインダストリアルイリュージョン社とデュエルアカデミアの信頼関係に大きなひびが入ると思いますが。
口から出かかった最後の言葉は何とか飲み込み、聖星は喋る気は一切ないと態度で示す。
被疑者である少年に昔の話を蒸し返され、なめた態度を取られてしまい、彼女は再び怒鳴ろうとする。
しかし、その言葉をさえぎって鮫島校長は決断を下す。
「分かりました。
そこまで言うのなら私は早急にペガサス会長に連絡を取ります。
それまでこの件について保留。
聖星君、君は処分が決まるまで自室で待機するように。
勿論、ペガサス会長や友人と接触する事、授業への出席等は認めません。
よろしいですね?」
「分かりました」
この場で最高権力を持つ男性の言葉に聖星は強く頷く。
とにかく、最低限の指示は守った。
あとは【星態龍】とペガサス会長が上手く何とかしてくれると信じるしかない。
他力本願な部分が多くて情けないが、聖星は深く頭を下げて退出した。
**
聖星が倫理委員会に連れていかれた直後、部屋の前では数名の生徒達が扉に耳を張り付けていた。
その制服の色は赤、青、青紫、黒の四色。
特に赤と青紫の表情は真剣で、これでもかと耳を澄ませている。
「なぁ、ヨハン。
中の声聞こえるか?」
「いや、全く聞こえない」
聖星が連行された直後、ヨハンと取巻は十代達に連絡をとった。
もちろん、聖星が身分詐称の容疑で連れていかれた事を聞いた十代達は大慌てでヨハン達と合流した。
真剣な表情で耳を澄ませている後輩達を見下ろしながらカイザーは腕を組み、心配そうに扉越しにいる後輩を見つめる。
可愛がっている後輩は基本的にデュエルで不利になっても微笑み、そこまで焦った表情を浮かべることはない。
その彼があそこまで顔を真っ青にしたのは初めてで、嫌なことばかり脳裏によぎってしまう。
知らないうちに険しい顔を浮かべている彼に明日香は声をかける。
「聖星が身分詐称だなんて……
亮、本当だと思う?」
「聖星は彼等にその事を問われたとき、一切反論していなかった。
もし冤罪ならば聖星は真っ先に否定していただろう。
つまり……」
「そう。
でも、きっと何か事情があるのよ。
この間だって貴方を追いかけてはるばるアカデミアに来た女の子がいたでしょう?」
「……あぁ、そうだな」
明日香の言葉にカイザーは肩から力を抜いた。
良くも悪くも聖星は真っ直ぐで友達思いな少年だ。
彼の過去に何があったのかは分からないが、少なくとも害心があるとは思えない。
「(事情が事情ならば、俺から聖星がアカデミアに残れるよう口添えするか)」
恋する乙女のごとく大切な人を追いかけてここに来た等の可愛らしい理由ならば、成績優秀者、カイザーとして先生側に働きかけよう。
それはどうなのかと非難されるかもしれないが、聖星はアカデミアから退学させるのは惜しい人材だ。
カイザーがそんなことを考えているとは知らないヨハンは最終手段としてデッキからカードを取り出し、傍に立っていた万丈目はぎょっとした。
「しょうがない、【アメジスト】、【ルビー】。
中の状況を確かめてくれ」
「おい待て、ヨハン。
貴様、本気で言っているのか?」
「聖星のピンチだぜ。
すぐに助け出せるように準備するのが友達ってもんだぞ。
な、十代」
「おう!
俺と翔の時だって聖星は助けてくれたんだ。
今度は俺の番だ」
「兄貴、僕達の時と今回はかなり状況が違うっすよ」
何を言っているんだこのデュエルハガコンビは。
ひねくれた性格をしている自覚がある万丈目でも流石に精霊になかの様子を見てこいと頼むという発想はない。
仮に頼むとしてもあくまで精霊が見えない者達がいない状況だ。
現に明日香やカイザーは不思議そうにこちらを見ている。
すると、勢い良く扉から何かが通過した。
「「「うぉお!?」」」
「いたっ!」
予告なしに出てきた何かに十代とヨハン、万丈目の両肩は勢い良く跳ね上がった。
更に運が悪いことに十代の後ろにいた取巻は顔面に石頭をくらい、その場にうずくまる。
「わ、わりぃ、取巻」
「けっこう大きな音がしたんだな」
「取巻君、大丈夫?」
痛みに震えている取巻を隼人と明日香が心配そうに声をかけ、十代は頭を押さえながら謝罪する。
一体何事だと出てきた何かを凝視すれば、赤い龍が黄色い眼でヨハンを見下ろしていた。
「【星態龍】!?
聖星はどうしたんだ?」
「十代にヨハン達か。
ちょうどよかった、ヨハン、ペガサスと連絡を取れないか?」
「え?」
まさかの頼みごとにヨハンは怪訝そうな表情を浮かべる。
しかし、聖星がI2社のアドバイザーだという事を思い出し、2人が知り合いでもおかしくないと思い至った。
「ペガサス会長に?
どうして?」
「今から私が話す事をペガサスに伝えて欲しい。
もし連絡先を知らなければ聖星の部屋に行く」
「大丈夫、会長への連絡先は分かるから。
悪い、十代、俺は一旦部屋に戻る」
「俺も行くぜ、ヨハン。
取巻、万丈目、何かあったら連絡頼む!」
「あ、おい、遊城、アンデルセン!」
まだ痛む鼻を押さえつけている取巻は突然の言葉に驚くが、彼の制止を聞く前に2人はブルー寮へと向かってしまった。
だんだんと小さくなっていく背中に取巻は頭を抱え、万丈目はフンと鼻を鳴らす。
【星態龍】を目視出来ない取巻はどのような会話が交わされたのか分からないが、とにかく聖星の精霊が何か助けを求めたのだろうと察した。
だが、取巻以上に精霊への理解がない明日香やカイザー達には2人の行動が奇妙なものとして映り、お互いに顔を見合わせている。
「ねぇ、万丈目君、取巻君。
兄貴達、急にどうしたんすか?
ペガサス会長に連絡をとるとか言ってたけど……」
恐る恐る訪ねてくる翔に万丈目は言葉に詰まる。
下らんただの妄言だと切り捨てれば簡単だが、名指しされた以上それは難しく取巻へと視線を移した。
当然、取巻もこの場を誤魔化す言葉が思い浮かばず、2人は冷や汗を流すしかない。
無言のまま視線で「どうする?」と会話している同級生達に翔と明日香は首をかしげた。
**
「鮫島校長、何故不動聖星を帰したのです!」
ドン、と机を激しく叩く音が校長室に響く。
普段ならば慎めと苦言を呈するところだが、彼女の怒りに共感できるため他の職員は静かに成り行きを見守っていた。
倫理委員会のリーダー格である女性の怒りっぷりに鮫島校長は一切引かず、静かに言葉を放つ。
「聖星君の表情を見る限り、彼に悪意はないように見えました。
彼は身分を偽っている点は認めていましたが、その理由がはっきりしない限り、処分を下すのは早計だと判断した次第です」
「……」
悪意。
その単語に女性の顔が大きく歪む。
強く拳を握りしめた彼女は冷静にあれと自分に言い聞かせながら深呼吸し、鋭い眼光で上司を睨みつけた。
「どんな事情であれ、身分詐称は立派な犯罪です。
学園内のルールを破るとはわけが違いますし、ましてや彼は善悪の分別がつく年齢。
彼の実績を考慮しても退学処分は免れないでしょう」
そう、廃寮に侵入した生徒を退学処分にするのはあくまで学園内のルール。
それに対し聖星の行った事はこの国に定められたルールを大きく外れている。
以前この学校に転入してきた少女、レイも身分詐称をしていたが、彼女はまだ小学5年生という善悪の分別が分かり切っていない子供だった。
彼女の両親の誠意ある対応もあったためレイの事は厳重注意と本土へ送り返す事でなんとか終息した。
しかし、聖星は義務教育を終えた高校生であり、レイと同様の対応を取る事は出来ない。
その意味合いを込めて言葉を区切ると、いいタイミングで外部からの連絡が入った。
鮫島校長は一言断りを入れ、電話に出る。
「はい。
……分かりました、こちらに繋げてください」
その言葉と同時に校長室のテレビに銀髪の男性の顔が映し出された。
待ち望んだ人物の登場に、この場に緊張が走る。
険しい顔を浮かべる者達に対し彼は実にマイペースに挨拶の言葉を述べた。
「グッドイブニング、おっと、失礼、ジャパンではグッドモーニングでした」
「ペガサス会長。
大変お忙しい中、早急に対応していただきありがとうございます」
そう、鮫島校長に連絡をしてきたのは聖星が指名したペガサスだ。
日本との時差を考えるとペガサスは夕食を終え、趣味を楽しんでいる時間だったはず。
それなのにこうやって対応してくれた事に感謝しかない。
「ノ~プロブレム。
それで、Mr.鮫島、ミーに話とは何でしょう?」
「はい。
実は、不動聖星君についてです」
「聖星ボーイですか?」
先程まで満面な笑みを浮かべていたペガサスは、共同開発者の名前が出たことで不思議そうな表情を浮かべる。
ころころと表情が変わるI2社の名誉会長に何故こんな時間に連絡を入れたのか、アカデミアで何が起きているのか、そして聖星の事を知っている人間が存在しない点について説明した。
最初は鮫島校長の言葉にたいそう驚いていたが、説明が進むにつれてペガサスの表情は真剣なものになっていく。
「オーケー、事情は把握出来ました。
こうなってしまった以上、彼が何者なのか少しだけ話す必要がありマ~ス」
「ペガサス会長は聖星君が身分を偽っている理由をご存じなのですね」
「イエス。
ですが、これはとてもデリケートな問題デ~ス。
普段ならばミーが気軽に口にしていい問題ではありまセ~ン。
バッド、聖星ボーイが望んでいるのならば、ミーは話しマ~ス」
彼の言葉にクロノス教諭をはじめ、この場にいる者達は互いに顔を見合わせた。
先程まで明るい声で言葉を発していた男の姿はそこになく、商談をしている時以上に真剣な表情を浮かべる男の声色はとても重い。
身分を詐称するほどの問題なのだ。
自然と重苦しい雰囲気になるのは当然だろう。
両手の指を絡めたペガサスは口角を下げ、目元を険しくしながらあるお願いを口にする。
「では、この場にいる皆様に約束していただきたい。
これからミーが話す事は1人の少年の人生を大きく左右するものデ~ス。
ですから、絶対にこれからの話を口外しないでくだサ~イ」
「聖星君の人生を……」
「でなければ、ミーはユー達を罪もない若者の人生を壊した大人として軽蔑しマ~ス。
それは若者を守り、育て、導くべき教育機関の関係者として最もやってはいけない事デ~ス」
「分かりました。
約束しましょう」
軽犯罪法に抵触する内容を、あの大企業の名誉会長が容認している。
その事実も驚きだが、軽蔑という重い言葉を用いてまで口止めをされた事に声を吞んだ。
雲行きが変わって来た事を肌で感じているとペガサスは低い声である言葉を放つ。
「United States Federal Witness Protection Program」
「え?」
流暢な英語で放たれた言葉にこの場にいる殆どの者達が疑問符を浮かべた。
しかし、唯一それを聞き取れたクロノス教諭はその内容を理解し、驚愕の声を上げる。
「なんです~と、シニョール聖星が!?
ですが、それなら彼の事を知っている人がいなかったのも納得なノ~ネ」
「クロノス教諭、先程ペガサス会長が仰った言葉は……」
「証人保護プログラムと言った方がユー達には馴染み深かいかもしれまセ~ン」
「「!?」」
日本語訳で紡がれた言葉に彼等の表情が強張る。
同時にペガサスが聖星の人生を大きく左右すると危惧した意味を理解した。
だが残念な事にそのプログラムについて知らない職員もいるようで、数名の男性は説明を求めるようペガサスに視線をやった。
「証人保護プログラムとは犯罪の証人を報復等から守るため、保護対象を表向き死亡扱いしマ~ス。
その後、保護の対象となった人達は偽名、居住、パスポート、あらゆる個人情報が与えられマ~ス。
聖星ボーイはその証人保護プログラムを受けているのデ~ス」
「何だと!?」
「証人保護プログラムを受ける以上、経歴の全ては嘘で構成されてしまいマ~ス。
バッド、実在しない学校を経歴に載せるのは不適切」
倫理委員会は匿名の通報があったから聖星の過去を調べたが、この世には他人の過去を詮索するのが趣味な人間だっている。
ましてや進学、就職するためには経歴が必要不可欠であり、そこに偽りの地名等を書けばまともに暮らせないのは想像に難くない。
だから、聖星は指導要録に記されている学校の卒業であるという記録が残り、人々の記憶には存在しないのだ。
想定外すぎる過去に彼女は声を荒げる。
「嘘を言うな!
貴方とあの少年が出会ったのは、彼がこのアカデミアに入学した後の話だろう!
そもそも、何故貴方は彼が証人保護プログラムを受けていると知っている!?」
彼が犯罪者からの報復を恐れ、そのようなプログラムを受けているのが事実だとしよう。
そんな立場の少年が何故ただ一企業の会長に重要な事を打ち明けたのか。
彼等の関係はそれほどまで深くないはずだ。
尤もな疑問を問いかけられたペガサスは顔色1つ変えず、懐かしむように微笑んだ。
「その理由は実に単純デ~ス。
ミーと聖星ボーイは証人保護プログラムを受ける前からのフレンド。
地球広しといえど、世間というものはとても狭いものデ~ス。
彼と再会した時はゴーストを見た気分になりました」
本来ならば再会したペガサスと聖星の縁はそこで途切れるべきだった。
しかし、ペガサスは両親から引き離され、新しい人生を歩む独りぼっちな子供を見守りたいと思ったのだ。
だから自分は絶対に聖星の味方であると伝え、特別に全てを打ち明けてもらったと言う。
ペガサスの言葉に彼女はこの事を理事長にどう報告するか頭を抱え、顔を両手でおおった。
**
査問委員会から解放され、謹慎を言い渡された聖星はどこまでも続く白い空間へと足を運んでいた。
ほぼ徹夜でデュエルをし、碌な食事を取る事も出来ないまま査問委員会に連行されたのだ。
体が休息を求めて悲鳴を上げている。
しかし、自分の感情を落ち着かせ、頭の中を整理するためには誰かと会話するしかない。
だから聖星はここを訪れ、今日あったことをZ-ONEに話す。
「証人保護プログラムとは考えましたね。
その理由ならば貴方が退学になる可能性はほぼないでしょう」
「あぁ、俺も【星態龍】から作戦を聞いたときはその手があったかって吃驚したよ」
ここ最近、ある意味定位置となりつつあるZ-ONEの手の上に腰を下ろした聖星は深いため息をつく。
自分1人では絶対に思いつかない突破口を見つけ出すとは、流石は年の功というべきか。
既に感謝の言葉は述べ終えているが、改めて礼を言わなければと考える。
そして聖星はZ-ONEをジト目で見つめ、首を傾げながら尋ねた。
「っていうか、父さん。
今日の事、実は知ってた?」
「さぁ、どうでしょう」
「ふ~ん」
聖星からの問いかけにZ-ONEは特に慌てたり弁解したりする様子を見せず、ただ言葉を濁すだけだ。
どちらの線でもあり得そうだが、ここで追及するのは野暮というもの。
頬杖をついた聖星は思考を切り替え、懸念している事をどうしようかと考えた。
一難去ってまた一難という諺が脳裏を過ぎり、自然と先程以上に深いため息が零れてしまう。
「随分と元気がありませんね。
なにか他に心配事でもあるのですか?」
「あぁ、セブンスターズの事だ」
「セブンスターズ?」
「さっき、鮫島校長から連絡があったんだ。
俺はペガサス会長がアカデミア側に俺の証人保護プログラムに関する書類を提出するまで自宅謹慎だって。
だけど、存在しない証人保護プログラムを1から偽造して提出するには数日、下手したら数週間かかる。
もし、その間にセブンスターズが攻めてきたら……」
思い出すのはバリアンが侵略してきた光景と、ここ数カ月に行われた闇のデュエルだ。
遠い何かを見つめる聖星を見下ろしているZ-ONEは何も言わず、ただ息子の言葉を待つ。
数秒ほど沈黙を貫いた聖星は静かに目を伏せ、首からぶら下げている七精門の鍵を取り出した。
「確かに皆は強い、だけど命を懸けたデュエルの恐ろしさは想像を遥かに超える」
既に十代達は闇のデュエルを目の当たりにし、その恐ろしさを知っている。
だが、聖星からしてみればあの恐怖はまだ序の口でしかない。
ダークネスとのデュエルで十代は数日の間まともに動けない程のダメージを負った。
今後、皆がそれと同等、いや、それ以上のダメージを受けるデュエルをしないとは断言できない。
更に奇跡的にアカデミア側の鍵の所有者はデュエルに敗北しても死者は出ていない。
しかし、いつまでもこの奇跡が続くとは到底思えなかった。
「それに、セブンスターズはタニヤのように正々堂々を好むデュエリストだけじゃない。
目的のためならタイタンやカミューラのように闇の力で卑怯な手を使うデュエリストだっている。
十代以外の皆は闇に抗う術を持っていないんだ」
十代が持っている2つに割れたペンダントは闇に抵抗する力を持っている。
闇のデュエルをするたびに明日香や万丈目達にそのペンダントを託すという案も一瞬だけ考えたが、セブンスターズがずっと1人ずつ挑んでくるとも限らない。
現にバリアン世界と遊馬の世界が融合しようとした時、ナッシュ達は同時に攻めてきた。
そして、気を失った遊馬を守るために聖星やⅣをはじめ多くのデュエリストはバリアン七皇とデュエルをし、聖星以外の皆は敗れ、消滅してしまった。
仲間が敗れ、消えていく感覚は今でもしっかりと覚えており、聖星は更に強く鍵を握りしめる。
「今この島で起きている戦いは世界が崩壊する中自分の命を盾にし、希望を繋ぐデュエルじゃない」
そう、あの時は世界の融合、ナッシュ達の急襲が始まり、遊馬達に希望を託すという選択肢しかなかった。
だが、今はまだ仲間達を守るために多くの選択肢が目の前にある。
最後の1人に希望を託すというギリギリの状態ではないのだ。
しかし、ここで闇に対抗できる自分が身動きできない状態になってしまえば、選択肢を選び続ける事が出来ず、もしかするとあの時と同じ状況を招いてしまうかもしれない。
歯痒い気持ちを抱きながら思いを吐露した聖星にZ-ONEは言葉を返す。
「確かに、今の戦いは一縷の希望を繋ぐものではなく、勝利が確約されています」
「うん」
そう、聖星達はセブンスターズとの戦いに勝利し、【三幻魔】の復活を防いだ。
だからこそ聖星とZ-ONEは未来で生まれ、ここにいる。
仮面越しの青い瞳は静かに聖星を見下ろし、穏やかな声で語りかける。
「ですが聖星、この戦いは犠牲なくして勝利を得た戦いではありません」
「っ!??」
まさかの言葉に聖星は勢いよく顔を上げ、Z-ONEを見上げる。
緑色の瞳は小さく揺れ、自分の面影を色濃く残す顔は青くなっていく。
「貴方がこの時代に来る前、何を見てきたかは分かりません。
ですが、貴方の口ぶりからおおよその事は想像できます。
多くの命が失われる中、貴方達は足掻き、希望を託され、未来を勝ち取ったのでしょう」
「……」
Z-ONEが知っている聖星が歩んだ歴史において、彼が行方不明になった期間があった。
戻ってきた聖星は、遊城十代達の時代で【三幻魔】を巡った戦いに巻き込まれたと遊星に打ち明けてくれた。
だが、それが全てではなく、何か他に重要な事が伏せられているとしっかり記憶に刻まれている。
きっと今この少年が思い出している経験がその謎の空白なのだろう。
「英雄でない遊城十代達があの場に立ち、闇に立ち向かう姿は貴方から見れば無謀で無意味な姿に見えるかもしれません。
しかし、強大な敵との戦いは例え英雄でも一人で出来るものではなく、時に仲間の屍を乗り越えなくてはならない。
敗れた者達の意思を継ぎ、最後の一人になっても戦い、破滅の未来を防ぐために」
Z-ONEが思い出すのは、かつての己と共に破滅の未来を回避するために過ごした同志達だ。
あの時のZ-ONEはたった1人で立ち向かい、守るべき者達を失った現実に絶望し、僅かに生き残った仲間達と共に奔走した。
しかし、命の灯は静かに散っていき、最後の1人になってしまった。
今思えばなんて未熟で、なんて滑稽な英雄だったか。
「そうやって乗り越えた彼等が英雄となり、彼等が掴んだ勝利は未来に繋がります。
そして、未来を生きる私達が生まれるのです」
「……」
「その希望というバトンを受け取る時、仲間が欠けるかもしれません。
それは悲しいことですが、決して無駄な事ではない」
「じゃあ、父さんは何もせず仲間が傷つく姿を見ていろって言うの?」
「そうは言っていません。
仲間が傷つく事を見逃せない感情と、仲間を信じる事は両立します」
シグナ―に選ばれ、英雄になる資質を持っていたとしても、不動遊星は弱い人間の1人に過ぎない。
だが、それを自覚しながらも彼は仲間から目を逸らさず、仲間が救われる事を信じ続けた。
それを何もしない自己満足だと非難された事もある。
「仲間が傷つき、消えていく現実・歴史から目を逸らしてはいけません。
ですが、遊城十代達はこれからの時代を作り出すデュエリスト。
彼等は私達に劣らず強いと信じなさい」
確かに彼等は未熟だが、未熟故にたどり着ける領域というものがある。
その可能性は尊く、簡単に踏み躙られるようなものではない。
しっかりと十代達を見つめ、見守る事が偽善だと叫ばれようと、仲間と向き合うという小さな積み重ねが彼等を動かし、歴史を紡ぐのだ。
それはZ-ONE達が生まれた時点で証明されている。
「聖星。
何故、貴方に聖星と名付けたか知っていますか?」
「え?」
何故、ここで自分の名前の由来の話になるのだろう。
仲間を信じる事を説かれていたはずなのに、急に変わった話題に不思議そうな顔を浮かべながら聖星は首を横に振る。
「いや、聞いたことないけど」
どうやら、過去の彼は聖星に語った事はなかったらしい。
不動博士はルドガーの耳に胼胝ができるほど遊星の由来を語ったというのに。
本当に以前の自分は口下手だったのだと再認識し、穏やかに告げる。
「聖とは知徳に優れ尊敬の念を集める者、星とは暗闇のなか道標になる光。
だから私達は貴方に知識と思いやりを持ち、迷う人々の道標になって欲しくて聖星と名付けました。
導く事は成長を促す事です」
「導く事は成長を促す事……」
「はい。
力を持たないからと貴方が振り返らず前ばかりは走っていては、彼等は一切成長しません」
息子には仲間と共に歩みながら乗り越えなければいけない壁にぶつかって立ち止まった彼等の手を引っ張り、壁を打ち砕く道を示して欲しいと願った。
大事な人達に傷ついて欲しくないと思う事は別に悪い事ではない。
しかし、今の聖星は十代達の成長を阻害し、目の前に広がる可能性を狭めようとしている。
だからこそ、Z-ONEは伝えたい。
彼等はそこまで弱くないと。
「現に遊城十代は【魔導書の神判】を使う貴方に勝ちました。
たった1人の成長が呼び水となり、周りは強くなっていきます」
Z-ONEの言葉に聖星は顔を伏せる。
父の言う通り、十代のデュエルの腕は入学当初と比べて格段に上がっている。
万丈目も兄達からの重圧を押し退け、1人の人間として成長した。
明日香はやっと戻ってきた兄が記憶喪失で心細い日々が続くというのに、一切弱音を吐かない。
闇のデュエルを目の当たりにしても、誰一人として瞳に弱い光を宿していなかった。
それは、あの戦いの中、最後まで抗い続けた遊馬達が宿していた光と良く似ていた。
それを思い出した聖星はZ-ONEから顔を逸らし、静かに微笑んだ。
「そっか……
あんな辛いデュエル、皆に経験して欲しくないって思っていたけど……
皆を遠ざけるんじゃなくて、知っているからこそ立ち向かう方法を伝える事も出来るのか」
星竜王から1人だけ【閃珖竜スターダスト】を託されたため、全て1人でやらなければならないと無意識に力んでいたのかもしれない。
しかし、鮫島校長は可愛い教え子達が激しい戦いの中で成長し、世界を守ってくれると信じていた。
Z-ONEが言うように聖星が先に走るのではなく、皆と共に並んで走ると。
そもそも星竜王はたった1人で戦って欲しい等、一言も言っていなかった。
当たり前の事をすっかり忘れていた聖星はZ-ONEに満面の笑みを向ける。
「ありがとう、父さん。
父さんのおかげで元気出たよ」
「それは良かった」
自分に向けられる笑顔に先程まであった憂いの感情はなく、実に晴れ晴れとしていた。
まだまだ厳しい戦いが続くこの先で、少しでも息子の肩の荷が下りるのならばこうやって言葉を交わすのも悪くはない。
聖星につられてZ-ONEが微笑むと、聖星の部屋とこの空間を繋げる扉から【星態龍】が飛び出してきた。
「聖星、すぐに来い!」
「え?」
突然呼ばれた名前に振り返ると、とても焦っている様子の【星態龍】と目があう。
一体何があったのだろうかと疑問に思うが、すっきりしている聖星は特に慌てずZ-ONEの腕から飛び降りた。
あっさりと地面に着地した聖星はそのまま振り返り、申し訳なさそうな表情で謝罪する。
「ごめん、父さん。
【星態龍】が呼んでるから行かないと」
「構いませんよ。
むしろ、本来ならこの状況が異常です」
「別に親子なんだから変じゃないだろ?
それより父さん、また後で来るから。
一緒にご飯食べよう!」
「好きにしなさい」
聖星の言葉に「自分達は仮にも未来を賭けたデュエルをする敵同士なのだから、この状況は立派に異常だ」と口にしかけた。
しかし、今更言ったところで聖星が態度を改めるかと聞かれるとそんな事はなく、正真正銘無駄な事だと思い直す。
手を振りながら自室に戻った息子を見送り、この場に残されたZ-ONEは静かに呟く。
「聖星、仲間を信じ、共に歩むという事はとても贅沢な事なのですよ」
**
「って、何やってるんだよ、皆?」
【星態龍】に呼ばれて扉を開けると、窓際に見慣れた3人の姿があり、聖星は思わず突っ込んだ。
空は既に暗くなっており、相当Z-ONEと話し込んだらしい。
しかし、今はベランダを伝って部屋に侵入してきた十代、取巻、ヨハンの3人に突っ込む事が優先だ。
聖星の驚いた表情に十代は親指を立て、取巻は疲れたと言うように肩を下ろし、ヨハンは十代と肩を組んだ。
「よっ、聖星。
自宅謹慎って言われたから退屈してるんじゃないかと思ってさ。
様子見に来たぜ」
「一応言っておくが、俺はこのデュエルバカコンビを止めたからな」
「何言ってんだよ、ここまできたら取巻も立派な共犯者さ。
な、十代!」
「おう!」
「(これ、倫理委員会にばれたらまた問題になるなぁ)」
自宅謹慎を言い渡されている友人の部屋に侵入するなど、クロノス教諭達に見つかったら大問題だ。
まぁ、流石に退学に追い込まれる事はなく、せいぜい厳重注意と反省文を書く程度だろう。
苦笑を浮かべるしか出来ない聖星に対し、ヨハンは我が物顔でソファーに座って聖星を見上げる。
「聖星、分かっていると思うが俺達はただ聖星の顔を見に来ただけじゃない。
話してくれ、一体お前は何者なんだ?」
「あれ?
【星態龍】からペガサスさんに伝えたのはヨハンだろ?」
てっきり【星態龍】から聖星は証人保護プログラムを受けているという説明をされたものだと思っていた。
違うのか?と視線で問えば、ヨハンは強く頷く。
静かに窓を閉めた十代と取巻もそれぞれソファーや椅子に座り、聖星を凝視する。
「俺は重要なところは伏せられて簡単な事しか伝えていない。
ペガサス会長には【星態龍】の真意が伝わったようだけど」
「俺とヨハンにはさっぱり。
それに、俺達は聖星の口から直接聞きたいんだ」
「分かった、話すよ。
俺もヨハンに頼みたい事があったから」
「俺に?」
「あぁ」
強く頷いた聖星は唯一空いているベッドに深く腰を下ろし、【星態龍】が書いてくれた筋書きを話そうとした。
だが、自分を見つめる6つの瞳を見た時、不意に言葉が詰まった。
「(俺は、また嘘を重ねるのか?)」
査問委員会で身分詐称と糾弾されたとき、自分は本当に曖昧な人間なのだと思い知った。
この時代に聖星の居場所はないため、架空の国籍を作り出さなければ生きていけない、これは事実である。
だからそれに対して罪悪感を抱いた事はなく、さも当然の事だと受け入れていた。
しかし、聖星はそこから証人保護プログラムという嘘を纏い、こうやってこの場に残り続ける。
それは、これから共に戦う仲間に対して誠実な事だと言えるのだろうか。
仕方のない事、【三幻魔】の復活を阻止するために必要だから、言い訳など山ほど思い浮かぶ。
「……」
「聖星?」
突然黙った聖星に3人は顔を見合わせる。
心配そうに自分を見つめる同級生達の眼差しに、聖星は静かに目を閉じて顔を上げた。
「俺は、この時代の人間じゃない」
「え?」
そう声を漏らしたのは誰だったか。
だが、その小さな声をかき消すほどの驚きの声がデッキから上がる。
同時に【星態龍】と【スターダスト】が現れ、聖星の傍に駆け寄った。
「聖星!?
お前、何を言って……!!」
「キュイ!?
ギュ~!」
目の前に迫って来る友人達の慌てる様子に聖星は微笑み、触れる事は出来なくとも優しく頭を撫でた。
穏やかに笑っている聖星が強く頷けば、2匹はそれ以上何も言う事は出来ない。
【星態龍】達の驚く様子はしっかりと目撃され、ただの冗談だと笑い飛ばせる状況ではなくなった。
「大丈夫だよ、【星態龍】、【スターダスト】。
3人なら信じられるから」
特にヨハンは数週間程度の付き合いではあるが、彼は友人が嫌がる事を率先してやる人間ではない事は分かり切っている。
十代と取巻も悪戯に言いふらすようなデュエリストではない。
【星態龍】は静かに3人へと振り返り、驚きのあまり固まっている少年達を凝視する。
黄色と緑色の瞳から向けられる視線に3人はやっと思考が働き始めたのか、それぞれ戸惑いの声を漏らす。
「待った、タンマ。
聖星がこの時代の人間じゃないって、へ??」
「デュエルモンスターズの精霊に闇のデュエルがあるんだ。
別の時代の人間がいたっておかしくはないが……」
「不動、別に俺達をからかっているわけじゃないよな?」
やはり、いくらオカルト等に巻き込まれてある程度の耐性が出来ているとはいえ、十代、ヨハン、取巻の顔には困惑の色が強い。
この反応は自分が異世界の住人だと打ち明けた時の遊馬達に似ている。
いや、遊馬達はアストラルという前例があったため、ここまで困惑してはいなかったか。
1年前の事を懐かしみながら微笑むと、聖星はデッキからあるものを取り出す。
「証拠はあるよ、ほら」
そう言って聖星が差し出したのは1枚の白いカード。
一瞬だけ【閃珖竜スターダスト】のカードを取り出されたのかと思ったが、その中心に描かれているのは真っ赤な龍。
すると【ハネクリボー】や【宝玉獣】達も現れ、彼等は真っ白なカードと聖星の横に浮かんでいる龍を交互に見る。
彼等の中で最も遅く出会った【宝玉獣】とヨハンはこれのどこが証拠なのか理解できず、首を傾げながら聖星に目をやった。
だが、1番付き合いが長い十代は表情を一変させ、今までの違和感が消えていく感覚を覚える。
「【星態龍】がシンクロモンスター?
確かに聖星と【星態龍】は聖星がペガサス会長と出会う前から一緒にいたけど……
マジかぁ~」
「遊城、どういうことだ?」
「あぁ、俺が【星態龍】と知り合ったのは入学してからすぐの頃だ。
え~っと、ほら、俺が制裁デュエルを受けただろ?
その時には聖星と【星態龍】は一緒にいたぜ」
その言葉に取巻は制裁デュエルを行った時期と、聖星がI2社のアドバイザーになった時期を思い出す。
「ペガサス会長と出会う前からシンクロモンスターを持っていたって事は、不動は未来の人間か……」
「だから聖星、俺に【星態龍】のカードを中々見せてくれなかったのか~」
「聖星が未来の人間だっていうのは分かった。
だが、それなら、どうして未来の人間の聖星がこの時代にいるんだ?」
ヨハンからの問いかけに聖星は小さく頷く。
さて、これは一体どこまで説明すればいいのだろうか。
意を決して十代達に自分はこの時代の者ではない事を打ち明けはしたが、所詮それは衝動的なもの。
遊馬達の世界について話すべきか考えながら言葉を選ぶ。
「俺は1年前、【三幻魔】の復活を阻止するために星竜王によってこの時代に召喚された。
この時代に来た当初は自分で国籍の偽造をしていたんだけど……
冬休みにペガサス会長と出会った時、ペガサス会長は会長が知らないカードを持っている俺の事を不審に思ったんだ」
「「ペガサスさんが知らないカード?」」
十代と取巻はお互いの顔を見合わせながら冬休みの出来事を思い出す。
確か、あの時デュエルをしていたのは十代と取巻の2人。
特に聖星が変わったカードを使った記憶もなく、ペガサスと遊戯との食事でも何かカードを見せた覚えはない。
強いて言うならば、自分達が使っているカードの元々の所有者は聖星だと口にしたくらいだ。
そこまでの考えに至った2人は勢いよく聖星に目を向ける。
まさか!と問いかけてくる十代と取巻の表情に正解と答えるよう、聖星は言葉を続ける。
「あぁ、俺の【魔導書】と十代と取巻に渡したカードの殆どはこの時代にはないカードなんだ」
「【レダメ】がこの時代のカードじゃない?
待てよ、不動。
それって歴史的にどうなんだ??」
「もしかして、俺の【HERO】達、歴史変えちまったりしてないよな!?」
「大丈夫、ペガサス会長には許可を取ってるから問題はないよ。
【三幻魔】のカードとか、他にも色々なカードがI2社以外のところで誕生して世界中にあるから」
その言葉に十代と取巻はホッとため息をつく。
しかし、I2社が与り知らないところで新しいカードが生まれている事をさらっと暴露され、それはそれでどうなのかと疑問が残った。
3人の会話を聞きながらヨハンは頬杖をつき、自分と出会う前に色々あったのだなぁと嫉む。
もっと早く皆と出会いたかったと思っているヨハンに気づかず、聖星は【星態龍】のカードをしまった。
「ペガサス会長には隠し通せないと思った俺は、彼に全てを話した。
最初は驚かれたけど、進化したデュエルモンスターズを見て会長は凄く楽しそうだったよ。
それで、I2社本社に行ったとき、星竜王の魂が宿った石板を見つけ、俺がこの時代に来た使命について知ったんだ」
本当に、あの頃は色々あったものだ。
伝説のデュエリストとデュエルしたいと願ったから信念を曲げてデュエル大会に参加しただけなのに、気が付けばシンクロ召喚のアドバイザーとしてペガサス達に協力。
本社を訪れれば、星竜王から【三幻魔】について依頼され、【閃珖竜スターダスト】を託された。
数カ月前の事を懐かしみながら語った聖星は顔を上げ、真っすぐ3人を見た。
「この時代に来た当初は、元の時代に戻るまでの暇潰しとしてデュエルアカデミアに来た。
でも、今は違う。
俺は、十代達がいて、俺達が生まれる未来を守るためにデュエルアカデミアにいる。
だけど、今の俺は自宅謹慎を命じられている。
いつこの謹慎が解かれるのか俺にも分からない……」
世界を賭けた戦いなのだから、セブンスターズが攻めてきた時は特例として外への出入りを許可されるかもしれない。
しかし、聖星は決めたのだ。
青いコートのぼたんを外した聖星は首から下げている七精門の鍵を取り外し、ヨハンの前まで歩み寄る。
「だから、ヨハン。
君にこれを託す」
「七精門の鍵?」
「聖星……」
「不動、お前……」
目の前に差し出され、小さく揺れているのは【三幻魔】を封印している鍵。
この戦いの要とも言える鍵を差し出されたヨハンはゆっくりと聖星を凝視した。
本当に自分で良いのかと問いかける眼差しに、聖星は真剣な表情のまま小さく頷く。
「俺は満足に七精門の鍵を守れないかもしれない。
頼む、ヨハン。
俺の代わりにこの鍵を守って欲しい」
その言葉にヨハンは体中の鼓動が速くなるのを覚えた。
何故なら、これはとても凄いことだから。
ヨハンにはアカデミアに来て欲しくなかったと、安全な場所に居て欲しかったと願っていたあの聖星が頼ってきたのだ。
そこには確かな信頼という感情があり、認められたという事実がある。
嬉しくて仕方がないヨハンは不敵な笑みを浮かべ、ソファーから立ち上がった。
「任せろ、聖星。
この鍵は何があっても俺と【宝玉獣】達で守ってみせる!
な、皆!」
ヨハンは自分の周りにいる【宝玉獣】達に目をやり、力強く声をかけた。
闇のデュエルは想像を超える過酷さがあると百も承知でアカデミアに来た【宝玉獣】達はその言葉に強く頷く。
心強い姿に十代と聖星は微笑み、取巻はただ静かに鍵を譲渡する姿を見つめる。
その瞳に憂いの感情がある事に気づいていない聖星は安心したように微笑んだ。
「うん、頼りにしてるよ、皆」
ヨハンはペガサスが出会った才能あるデュエリストの5本の指に入る程の実力者。
きっと彼等の絆ならばセブンスターズが卑怯な手を使ってきても乗り越えてくれる。
「それとヨハン、もう1つ」
「え?」
聖星から鍵を受け取ったヨハンは首に鍵をぶら下げ、聖星に目をやった。
一体なんだろうと思って言葉を持つと、それはとても意外な言葉で……
聖星の口から放たれた頼み事に十代、ヨハン、取巻は驚愕な声を上げた。
END
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
聖星が身分詐称していた事実が発覚しても見逃される理由は、WITSECしかないかなと使いました。
私はWITSECに関しては名探偵コナン程度の知識しかなく、本当のWITSECならば書類もしっかり作りこんでいるのでこんなにあっさりバレることはないと思いますが二次創作という事で見逃してください(震え声)
聖星とZ-ONEの会話はZ-ONE VS 遊星、遊星 VS アキ(2回目)を見直しながら考えました
一応説得する筋は通っていると思いますが、通ってなかったらごめんなさい
Q セブンスターズの件で出た犠牲って?
A 大徳寺先生だよ!
そしてヨハンに鍵を託した聖星
ある意味影丸の狙い通りですけど、こういう展開ならヨハン託すのが王道でしょ
確実に勝ちを狙いに行くのならカイザーなんですけどね(苦笑)
また、アンケートを締め切りました。
結果としては以下の通りです。
「今後取巻に使って欲しいドラゴン族は以下のどれですか?」
(16) 神竜ティタノマキア
(18) ブラック・ホール・ドラゴン
(9) 蛇眼の炎龍
(15) 星遺物の守護竜メロダーク
最初はティタノマキアがぶっちぎり一位を走っていたんですけど、途中でブラック・ホール・ドラゴンが追い抜き、ここ数日はメロダークが急激に票を集めていました
蛇眼の炎龍と一緒にはらはらとトップ争いレースを見ていて楽しかったです
では、取巻がブラック・ホール・ドラゴンを使うデュエルを書きます
ご協力ありがとうございました!
追記
吃驚するくらい改行が出来てなくて焦りました
え、Wordや編集ページではきちんと改行できていたのに何で!??
もし台詞と字の文で改行がおかしい点がありましたら、教えていただけると嬉しいです(´;ω;`)ウッ…