遊戯王GX~不動の名を継ぐ魔導書使い~   作:勇紅

40 / 50
第四十話 ペルーの地

 

机の上に置かれているのは、A4サイズの茶色の封筒。

目を輝かせながらそれを開けた聖星は、その中に入っている書類に目を通す。

間違いない、求めていた証人保護プログラムに関する書類がやっと完成したのだ。

一体この書類を待つのに何日かかっただろう。

進んでいく授業に関しては取巻、明日香、三沢から情報が来ていたため自習でなんとかしていた。

勿論、分からない点があればクロノス教諭や同級生にメッセージを送っていたが。

学友との会話だってPDAを用いることでなんとかなった。

だが、しかし、やっと、やっとこの謹慎生活が終わるのだ。

安心からか、体の力が抜けた聖星は机に上半身を預ける。

 

「やっと、書類が揃った~」

 

「意外と時間がかかったな」

 

「いやいや、これでも早くしてくれたほうだぜ。

ペガサス会長が使えるコネを全部使って本物の書類を用意しないといけなかったんだ。

本当、ペガサス会長様々だよ。

今度、会長の好きなものを贈らないといけないなぁ」

 

「聖星の給料では手を出せない食べ物を平然と食べていそうだがな」

 

「うっ、それを言われると……」

 

【星態龍】の言葉に聖星は一瞬反論しかかったが、アメリカにいた頃ペガサスが食べていた物を思い出す。

聖星の実家はどちらかと裕福な家庭に分類されるが、父の貧乏性が出ていたためか高級食品とは無縁な生活を送っていた。

それに対してペガサスはどうだろう。

年商何百億という大富豪に相応しく、聖星が名前も存在も知らないチーズやハム、ワインを軽くつまんでは食べていた。

そんな彼に対し庶民な自分が考えうる最高な品を贈っても、ありがた迷惑になる可能性は十分に高い。

友人の冷静な突っ込みに聖星はそれならばお礼は何が良いかと頭を抱える。

未だに渡していないシンクロモンスターを数枚渡すのが無難かもしれない。

とにかく、書類は揃ったのだ。

茶封筒に書類をしまった聖星は久しぶりに皆と会えることに安堵していると、横から制服を引っ張られる。

 

「あれ、【スターダスト】?」

 

「どうした、何か用か?」

 

小さな手で聖星の制服を引っ張っていたのは【スターダスト】。

もしかすると一緒に喜んでくれるのかと思ったが、白くて美しい眉間に皺が寄っている。

明らかに喜んでいる雰囲気ではない友人の姿に聖星は自然と背筋が伸び、何事かと事情を尋ねようとする。

だが、唇から音が発せられる前に【スターダスト】の体が光輝いた。

 

「え?」

 

突然の事に驚いた聖星は反射的に目をつぶるが、次の瞬間には耳に刺すような咆哮が届く。

それもたった1つではない。

何重にも聞こえる咆哮に恐る恐る目を開けると、そこにあったのは見慣れた自室ではなかった。

 

「な、何だよ、これ?」

 

「【スターダスト】、これはお前が見せている幻影か?」

 

「グルルッ」

 

椅子に座って聖星達はいつの間にか謎の空間に浮かんでいた。

そこにある天地は真っ赤に染め上がり、大地からは命を奪う熱が音を立てながら舞い上がっている。

今は昼なのか夜なのかも分からない空は黒煙や雲によって覆われていた。

人々の悲鳴が木霊するなか、あっさりと奪われる命を嘲笑う不気味な笑い声も聞こえてくる。

星竜王から見せられた赤き竜と【三幻魔】とは全く違う、あれにも劣らない凄惨な光景に言葉を失うしかない。

 

「なんて酷い……

【スターダスト】、まさか、これって本当にあった事なのか?」

 

「グルル……」

 

【スターダスト】は首を縦に振り、聖星の問いを肯定する。

自分の予想が当たってしまった聖星は微かに顔を歪めて目の前の光景を静かに見守る。

【スターダスト】が意味もなく過去の記録を彼等に見せるとは考えにくい。

それはつまり……

すると、轟音と共に何かが聖星達の上を過ぎ去っていく。

一体何だと思って慌てて顔を上げれば、見慣れたドラゴン達が羽ばたく音と威嚇するような咆哮を残しながら飛んでいた。

その後ろ姿は見覚えがあるもので、震える声で名前を呟く。

 

「あれは……

【スターダスト・ドラゴン】に【ブラック・ローズ・ドラゴン】。

【レッド・デーモンズ・ドラゴン】、【エンシェント・フェアリー・ドラゴン】に【ブラックフェザー・ドラゴン】?」

 

「……という事は一万年前の幻覚か」

 

「【ライフストリーム・ドラゴン】はいないんだな」

 

間違いない、彼等は父や父の友人達が共に戦ったドラゴン達である。

幼い頃から見てきたドラゴンだけではなく、時々実家に遊びに来てくれたシグナー達が見せてくれたカードに描かれた姿に確信する。

【スターダスト・ドラゴン】達は自分達に目もくれず、己より数倍大きい敵へと戦いを挑んでいた。

相手の姿を見れば、数多の尾の先端には蛇の顔があり、巨体に違わない腕を振るう敵の姿は禍々しい。

例え【スターダスト】が見せている幻覚だとしても、その恐ろしさに足がすくみそうだ。

 

「もしかして、あれが【地縛神】?

何て大きさなんだ……」

 

「流石は冥府の使者が操るモンスターといったところか。

私でも勝てるか怪しいな」

 

「って、【星態龍】、あれに勝てる自信少しはあったんだ」

 

「なめるな、私は仮にも高位の精霊だぞ」

 

かつて星竜王によって見せられた幻にいた【三幻魔】の巨大さにも驚愕したが、目の前にいる【地縛神】はそれと比べ物にもならない程の大きさだ。

シグナーの竜と共にある赤き竜とほぼ変わらない大きさである。

あぁ、父達は自分とそう年が変わらない頃にあんな化け物と戦ったのか。

自分も七皇やドン・サウザンドという人間の人智を越えた存在と戦いはしたが、やはり恐ろしいものは恐ろしく感じてしまう。

故にどれ程恐ろしかったのか想像に難くなく、立ち向かって見事勝利を掴んだ父達へ尊敬の念を覚えてしまう。

きっと父達は仲間を信じ、絆を信じ、仲間から受け継がれた力で未来を勝ち取ったのだろう。

 

「グルルッ」

 

「【スターダスト】?」

 

目の前にいる【スターダスト】は頭を聖星にすり寄せ、ここに招いた理由を説明する。

さて、一体どのような意図があって一万年前の幻影を見せているのか。

静かに聞いていた聖星の表情は言葉が進むにつれて固くなっていき、【星態龍】は頭を抱える仕草をした。

その内容は到底受け入れられるようなものではなく、腹立たしいもの。

だが、もう事は起こっている。

ならば、星竜王に【閃珖竜スターダスト】を託されている聖星が適任だ。

覚悟を決めた聖星は大きく頷く。

 

「分かった。

行こう、ペルーに」

 

**

 

デュエルアカデミアの校舎にある一室。

あまり授業で使われる事がないこの部屋は、教材を取りに行く目的がなければ決して立ち入らない部屋である。

特にオシリスレッドの生徒にとってこの部屋はほぼ無縁な存在だろう。

そんな部屋に呼び出されたカイザーと明日香は、教室のドアノブを引く。

薄暗いと思っていた教室内は電気が点り、見慣れた青い後ろ姿が視界に入る。

久しぶりに見る友人の姿に彼等は思わず声をかけた。

 

「聖星」

 

「もう大丈夫なの?」

 

「丸藤先輩、明日香、久しぶり

あぁ、必要な書類は全部提出しきったし、昨日で謹慎は終わりだ」

 

「必要な書類?」

 

はて、彼は一体何をアカデミアに提出したのだろうか。

倫理委員会や鮫島校長達の間にどのような会話があったのか知らないカイザー達は怪訝そうな表情を浮かべながら尋ねようとする。

しかし、2人が来た事で呼び出した者達が揃ったため、聖星は先客である者達へと振り返った。

つられてそちらへ視線を向けると、鍵を託された者だけではなく、聖星と仲の良い取巻とヨハンがいた。

一方、書類という単語に面白いくらい表情を変えたクロノス教諭はなんとか話題をそらそうと大袈裟に両手を振り、そんな彼にドン引きしながら万丈目が取巻達に目をやる。

 

「シッ、シニョール聖星、私達に話とは一体何なノ~ネ」

 

「セブンスターズや赤き竜に関する事か?

それにしては取巻やヨハンがいるな」

 

「それは俺自身が疑問だ」

 

「寂しいこと言うなよ万丈目、俺は聖星から鍵を預かってるぜ」

 

取巻とて、何故自分がここに呼ばれたのか疑問でしかない。

ある程度の信頼を向けられているという自負はあるが、このメンバーとなると何故という感情が強い。

万丈目からの疑問の言葉に取巻はため息をつきながら返し、ヨハンは首からかけている鍵を見せる。

そもそもヨハンが鍵を預かっているのは皆の共通認識だったはず。

まぁ、聖星としては2人がここにいるのは当然だと認識しており、すぐに分かると口にする。

 

「今日、皆に集まってもらったのは俺が自室謹慎になった理由と、今後について説明するためです。

そして、これから俺が話す事は俺達の未来を大きく左右する話になります。

ですから、ここで話す事、特に俺に関する事は他言無用でお願いします」

 

そう、今から彼が話すのは常人には受け入れがたい事ばかり。

仮に受け入れられたとしても、別の不和が生じるかもしれない。

それでも、聖星は聖星なりに筋を通すため、彼等に話すと決意したのだ。

突然深く頭を下げられたお願い事に明日香達は何も言葉を発せず、お互いの顔を見合わせる。

聖星は身分詐称で査問委員会に連れていかれ、退学や無罪放免ではなく、何故か自室謹慎になっていた。

冤罪ならば冤罪だと発表し、堂々と表に出てくれば良い。

身分詐称が事実ならば退学処分、もしくは制裁デュエルを受けるはずだが、そのような動きもない。

不可解な処分に疑問ばかり浮かび、ブルーの生徒達が聖星について好き勝手言っていたのも記憶に新しい。

だから事情を話してくれるのは嬉しいが、自分達の未来を大きく左右すると言われてしまい反応に困ってしまう。

聖星1人の謹慎とその事がどのように関係するのか理解出来ない。

困惑している生徒達をよそに、唯一の理解者と思っているクロノス教諭は大きく目を見開き、聖星の前に立って小声で止める。

 

「シニョール聖星、よ~く考えるノ~ネ。

貴方の事情はそう簡単に他人に打ち明けて良いものではない~ノ。

彼等へ説明する内容は私や鮫島校長が一緒に考えますか~ら、この場では止めるノ~ネ」

 

「心配してくださりありがとうございます。

けど、もう決めた事です。

俺は、皆はそう簡単に他人に言い触らす人じゃないと信じています。

それに、クロノス教諭にも本当の事を伝えたいんです」

 

「本当の事?」

 

はて、本当の事とはどういう事だろうか。

まさか証人保護プログラム以外にも彼は秘密を抱えているのか。

目をぱちくりとしたクロノス教諭に対し、聖星は一歩前へ出て、皆をまっすぐ見た。

 

「俺は、未来からやって来た人間です」

 

「な!?」

 

その声を漏らしたのは十代だ。

聖星が話したのは数日前、自分達にだけ打ち明けてもらった彼の素性。

十代は慌てて聖星の肩を掴み、難しい顔をして問いかける。

 

「聖星、良いのかそれ喋っちまって!?」

 

「あぁ。

十代達には話して、他の皆には話さないっていうのは皆への信頼に反する事だろ?」

 

「いや、そりゃあ、そうだけど……」

 

十代はそのまま眉を八の字にしながらヨハンと取巻に振り返る。

いくらバカな自分でも、聖星の過去はそう簡単に明かして良いものではない事くらい理解している。

この場にいるメンバーの性格は分かっており、恐らくだが口は固いはずだ。

しかし、万が一の事を考えるとやはり知っている人間は少人数の方がいい。

助けを求める友人からの視線に取巻は左右に首を振り、ヨハンは苦笑を浮かべながら頷く。

 

「まぁ、聖星がそう決めたのなら良いけどよ……」

 

「心配してくれてありがとうな、十代」

 

すると、聖星の言葉に固まっていた者達の中でクロノス教諭が真っ先に復活する。

その表情はとても歪んでおり、彼の話しに乗るべきか迷っているようだ。

いくら証人保護プログラムの保護対象である事を伏せるためとはいえ、未来人という設定は突拍子すぎる。

同時にクロノスという男は闇のデュエル等のオカルト系が嫌いと学園内で有名。

ここは未来人設定に乗ってあげるのが正しいが、下手に賛同して怪しまれるのも不味い。

だからクロノス教諭は大根役者のような棒読みで否定する。

 

「急に何を言い出すのですか、シニョール聖星。

いくらなんで~も御伽噺がすぎル~ノ」

 

「それは本当の話デ~ス」

 

「え?」

 

突然響いた男性の声。

聞き慣れない声に皆はこの部屋に置かれているパソコンに目を向ける。

そこには、何度もニュースや教科書で見てきた生きる伝説がいた。

 

「「「ぺ、ペガサス・J・クロフォード!??」」」

 

「I2社の会長!?」

 

「本人なのか!?」

 

まさかの人物の登場に生徒達は驚愕な表情を浮かべる。

いや、聖星はシンクロ召喚のアドバイザー等でI2社と繋がりがあり、もしかするとその縁で出会えるのではないかという僅かな期待もあった。

しかし、その希望がとても小さいものだと思っていた彼等は、あっさりと叶った現実に驚くしかない。

彼等の反応に慣れきっているペガサスは、にこやかな笑みを崩さずに言葉を続けた。

 

「聖星ボーイから鍵を任された貴方達だけに真実を話したいと相談され、特別に時間を作ったのデ~ス。

彼が未来の人間である事はこの私が保証しマ~ス」

 

ペガサス自身、聖星から十代達3人に打ち明けたと聞かされたときは大層驚いた。

同時に仲間に傷ついてほしくないと願い、大事なことは伏せがちだった彼の決断に喜んだものだ。

未来の人間である事が外部に漏れるリスクは生まれるが、明日香や万丈目達は闇のデュエルに挑むデュエリスト。

会った事もない少年少女を信じるのはバカげていると嗤われるかもしれない。

それでも、大切な友人が信じたのだ。

だからペガサスも彼等を信じる事にした。

ペガサスは未だに信じきれない彼等に向かって説明する。

 

「彼は今から約1年前、赤き竜の導きによってこの時代にやって来たのデ~ス。

ユー達はシンクロ召喚をその目で見ていると聞いていマ~ス。

シンクロ召喚は聖星ボーイが持っていたシンクロモンスター達を基に開発を始めた新たな召喚法デ~ス」

 

「赤き竜によってこの時代に来た俺は、この時代に馴染むために国籍を偽造しました。

ですが先日、倫理委員会にそれについてバレてしまったのです。

正直驚きましたよ、匿名の通報が入って、倫理委員会が俺の素性を調べていたなんて全く想像していなかったので」

 

「匿名の通報?」

 

三沢からの問いかけに聖星は困ったように微笑む。

これに関しては本当に想定外で、視線をさ迷わせた彼は頬をかく。

 

「俺が素性を偽っているっていう通報だ。

……これはあくまで俺の推測だけど、セブンスターズが絡んでるはず」

 

「成程、彼等にとって闇を祓う【閃珖竜スターダスト】を持つ聖星は邪魔な存在だ。

合法的に聖星をこの島から追放できるのなら、喜んでやるだろうな」

 

「あぁ」

 

聖星の推測に三沢は難しい表情を浮かべる。

特にカミューラとのデュエルで【スターダスト】は闇のカードを打ち破り、I2社の人達が生け贄になることを防いだ。

更にこれはヨハンから聞いた話だが、ヨハンの肉体を食らっていた闇も祓ったという。

自分達にとって心強い【スターダスト】の存在は、敵にとっては驚異に写る。

そんなカードを持ち主ごと島から追い出すチャンスが転がり込んできたのなら、スキップで躍りながらチャンスを活用するだろう。

 

「そっ、そっ、それデ~ハ、ペガサス会長が説明した証人保護プログラムの件はどうなノ~ネ!?」

 

「申し訳ありません、クロノス教諭。

ここだけの話、あれも嘘です」

 

「なんでスート!?」

 

顎が外れるとはまさにこの事か。

大きく口を開けながら目玉が飛び出るほど驚いているクロノス教諭に対し、聖星は困ったように微笑む。

可愛い教え子が犯罪に巻き込まれ、自分の身を守るために家族や友人、過去を捨てて新しい自分になった。

一体どれ程辛い人生なのかと真剣に考えていたクロノス教諭にとって、証人保護プログラムまでその場しのぎの嘘だったと知らされ複雑な心境になるしかない。

呆然としている恩師の姿に聖星は笑ってごめんなさいと言うしかなかった。

笑って誤魔化すなと文句が飛んでくるかもしれないが、こればかりは許して欲しい。

ぐぬぬと唸っている教師の隣に立っている万丈目は聞き慣れない単語に首をかしげる。

 

「証人保護プログラム?

もしかすると、アメリカのか?」

 

「あぁ。

俺が未来の人間である以上、『不動聖星』は実在するけど存在しない人間なのは事実です。

ですが、俺は【三幻魔】の復活を阻止するためにどうしてもこの島に残らなければいけません。

ですから、『不動聖星』は証人保護プログラムに基づいて作り出された架空の存在という事にしました。

この理由ならば、堂々とアカデミアに残る事が出来ます」

 

「……確か~に、そういう事情なら仕方ないノ~ネ」

 

「それで、聖星。

もう1つの事は?」

 

「実は昨日、【スターダスト】がある事を教えてくれました」

 

カイザーからの問いかけに聖星は小さく頷き、説明を始めた。

だが、挙げられた名前にカイザーは困惑する。

 

「【スターダスト】から?

それは君が星竜王から受け取ったカードの事だろう?」

 

「あぁ、それはですね……

【スターダスト】、皆に挨拶出来るか?」

 

「挨拶?」

 

瞬間、この場の空気が変わった。

今まで闇のデュエルで自分達の周りの空気が変わり、不気味な雰囲気に包まれる事は何度も味わった。

だが、これは不快な感覚ではなく、どこか息が軽くなるもの。

微かな変化を敏感に感じ取った三沢、カイザー、明日香の3人は聖星の視線の先へゆっくりと目を向ける。

 

「うっ、うわっ!?」

 

「な、何だこれは!?」

 

「嘘、どういうこと!?」

 

そこにいたのは明日香より少し小さい【閃珖竜スターダスト】。

一瞬だけソリッドビジョンかと思ったが、誰もデュエルディスクを稼働させていない。

聖星が作った専用の機械による立体映像の線もあるが、それらしい機械はこの部屋になかった。

それでもソリッドビジョンだと脳が必死に認識しようとするなか、彼等の事を一切気にせず【スターダスト】は聖星へと駆け寄った。

動く度に揺れる床に、自分達の前を通った時に感じた風の動き、そして口からこぼれる吐息。

仮想の映像では再現できない生き物としての存在感がここにはあった。

甘えるように、だけど少しだけ恥ずかしそうに聖星に頭をぐいぐい押し付けた【スターダスト】はそのまま主の背中に姿を隠してしまう。

尤も、明日香より多少小さいサイズで実体化しているため、ところどころ翼や尻尾がはみ出ているが。

 

「改めて紹介します、星竜王から託された【閃珖竜スターダスト】です。

彼はデュエルモンスターズの精霊で、皆さんが知っている通り闇を祓う力を持っています。

ちょっと人見知りしますが、よろしくお願いします」

 

「グルルル……」

 

「嘘でしょう、ソリッドビジョンじゃないの?」

 

「カードの精霊……

実在していたのか」

 

明日香や三沢とて、カードの精霊について知らないわけではない。

デュエリストである以上、大徳寺先生の授業や風の噂で耳に入る事は何度もあった。

しかし所詮は噂、それこそ子供や物好きな人間が語った眉唾物だと思っていたのだが、それは違うのだと目の前の生物が語っている。

同じ空間にいるからこそ分かる威圧感と存在感。

間違いなく【スターダスト】は生きている。

未来人にデュエルモンスターズの精霊。

非現実的な連続に明日香達の頭はパンク寸前であった。

そんな彼等を余所に、ある少年は嫌な予感を覚え、某デュエルバカコンビは目を輝かせて聖星、正確には【スターダスト】へ駆け寄った。

 

「待てって、聖星!

【スターダスト】の奴、自分の力で実体化出来たのか!?」

 

「すっげぇ、ソリッドビジョンじゃなくて本物の【スターダスト】がいる!」

 

「って、ちょっと2人とも!

受け入れるの早すぎじゃない!

もっと他に驚くところあるでしょう!?」

 

触っても良いか?とキラキラとした眼差しで問いかける同級生に対し明日香は叫んだ。

悲鳴にも近い明日香の怒鳴り声に十代とヨハンは振り返り、不思議そうな表情でお互いの顔を見合わせる。

 

「いや~、他に驚くって……」

 

「俺と十代に万丈目は元々【スターダスト】が見えたしな」

 

「え?」

 

「おい、ヨハン、貴様!!」

 

まさかの流れ弾に万丈目は声を荒らげる。

精霊の実体化に喜んでいる彼等から名指しされた万丈目は、先程感じた予感がさっそく現実となり頭を抱えたくなった。

デュエルバカであり別名精霊バカでもある彼等が精霊の実体化に対して無反応なわけがない。

現状をあっさりと受け入れ、困惑している明日香達に驚かれるのは目に見えていた。

【スターダスト】が実体化した瞬間にこの部屋から出ていけば良かったと、数秒前の自分の判断の遅さに腹が立っていく。

勿論、名指ししたヨハンへの怒りはそれの数百倍大きい。

苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる同級生に三沢は問いかける。

 

「どういう事だ、万丈目?」

 

「そこのデュエルバカが言った通り、俺達はデュエルモンスターズの精霊を視る事が出来る。

三沢、お前の肩にはこいつが乗っているぞ」

 

そう言って万丈目が見せたのは【おジャマ・イエロー】のカード。

 

「!!?」

 

「万丈目、三沢をからかうなよ」

 

「ふん」

 

よだれを垂れ流しながら奇妙なポーズをとっている精霊。

度々万丈目のピンチを救っているモンスターが肩にいると聞いた三沢は予備動作なしでその場から下がった。

瞬間、後ろにあった棚に激突するが、それどころではない。

両肩を確認するかのように慌てている三沢に対し、十代は呆れた声で万丈目を諭す。

その間にもヨハンは【スターダスト】に夢中であり、鋭い爪や翼に触っていいか交渉している。

なお、【スターダスト】はヨハンが誤ってケガをする可能性があるため激しく首を横に振っており、それでもとヨハンは頼み込む。

さぁて、【アメジスト・キャット】の雷が落ちるまでのカウントダウンが始まった。

さっさと叱られろと念じながら万丈目は数日前を思い出す。

 

「タニヤのコロシアムを見つける前や、聖星が査問委員会に連れていかれた時、こいつらが何もない空間に向かって話しかけていただろう。

あれは精霊と話していたんだ」

 

「ちなみに、俺の精霊は【ハネクリボー】だぜ」

 

「俺は【宝玉獣】達の皆だ」

 

「俺は【星態龍】と【スターダスト】が一緒にいる。

万丈目は……

どう紹介すればいい?」

 

「せんで良い!」

 

「万丈目のところ、大所帯だもんな~」

 

十代や聖星は片手で数えられる程度。

ヨハンとて自分は精霊が宿るカードを多く持っている方だと自負していた。

しかし、アカデミアに来たところどうだろう。

レッド寮を訪れた時はあまりの精霊の多さに感激したものだ。

毎晩どんちゃん騒ぎをしており、耳栓なしでは眠れないと訴える万丈目の苦労は右から左へ流そう。

 

「なぁ、なぁ、【スターダスト】。

実体化するのに何かコツとかいるのか?

もしあるのなら教えてくれ!」

 

「アンデルセンの目が輝きすぎて眩しいな」

 

粘り強い交渉の末、【スターダスト】の翼に触ることを許されたヨハンは次から次へと質問する。

答えられる内容ならば【スターダスト】も答えただろうが、実体化する方法と聞かれると言葉を濁すしかない。

明確な理屈があるわけではなく【スターダスト】は自分の元々持っている能力で実体化しているだけで、こう、感覚的にとしか答えられなかった。

困り果てている【スターダスト】は聖星に助けを求めるよう目をやり、聖星はヨハンを落ち着かせようとする。

瞬間、強烈なネコパンチがヨハンを襲った。

 

「いってぇ!!」

 

「ヨハン、いい加減にしなさい。

聖星も、遠慮せずもっと早く止めても良いのよ」

 

「あ、あぁ」

 

「グルルル」

 

「……【スターダスト】の簡単な紹介はここで終わらせて。以前、校長室で話した通り、赤き竜は3000年前に【三幻魔】を封印しました。

ですが、赤き竜が本来戦う相手は【三幻魔】ではありません」

 

「本来戦う相手って……」

 

「どういうことだ?」

 

さて、問題はここからどう説明するかだ。

聖星からしてみれば終わった事なのだが、現在を生きる十代達にとってこれは未来の出来事。

更に厄介な事に皆がギリギリ生きている時代の話である。

いたずらに不安を覚えさせるわけにはいかず、慎重に言葉を選ぶ。

 

「この世界が誕生してから赤き竜は5000年毎に冥界の王との戦いを繰り返しています。

赤き竜は生者に味方する神様。

冥界の王はその名の通り、死者を率いる神様」

 

彼等の戦いはまさに世界を賭けた戦いだ。

お互いに下部であるシグナーの竜と邪神【地縛神】を操るデュエリスト同士を戦わせ、次の5000年間どちらが地上の覇権を握るか争う。

赤き竜が勝てばこの平和な時代は続き、冥界の王が勝てばこの世は地獄そのものになる。

聖星の話を真剣に聞いているなか、明日香がもしやと思って尋ねる。

 

「もしかして、聖星はその時代からやって来たの?」

 

「いや、俺がいた時代は赤き竜と【地縛神】の戦いが終わった後だ」

 

「じゃあ、どうして聖星が星竜王に【三幻魔】の復活を阻止して欲しいって頼まれたの?」

 

目の前にいる少年が赤き竜と共にこの世界を守るシグナーならば、星竜王が彼を頼った事にも筋が通る。

それにタニヤは聖星を地獄を見てきた少年と評しており、十代は聖星が昔闇のデュエルをしたと聞いていた。

聖星がシグナーであり、地獄と闇のデュエルは冥界の王との争いで経験したのではないか。

しかし、明日香の予想に反して聖星は自分をシグナーではないと断言する。

一体どういう事なのか視線で問いかけると、思い当たる点がある聖星は頬をかきながら説明した。

 

「それは多分、俺の父さんがシグナーだったからだと思う」

 

「聖星のお父さんが!?」

 

「あぁ」

 

「そういえば聖星、タニヤとのデュエルで父ちゃんの事、自慢の大英雄って言ってたな」

 

赤き竜と共にこの世界を守りきったのだ。

その偉業を聞いてしまえば大英雄という評価に納得する。

尤も、その偉業はすっかり忘れ去られ、本当の意味で不動遊星が英雄として語り継がれているのは別の話なのだが。

話が更にややこしくなるため、聖星は何も言わず静かに微笑んだ。

未来で起こる戦争に対し興味をひかれるが、他に聞かねばならない事があるためカイザーは疑問を口にした。

 

「それで、何故今その【地縛神】の話が出てくる?」

 

「はい。

何者かが【地縛神】が封印されている地を荒らしています」

 

「「「!!?」」」

 

まさかの言葉にこの場にいる全員の背筋が凍った。

言いたいことが正確に伝わったのを確認した聖星は言葉を続ける。

 

「もし一歩でも間違えたら、封印されている【地縛神】がこの時代で目覚めてしまうかもしれません。

俺が知っている歴史では、そんな事は起こりませんでした。

もし【地縛神】が目覚めてしまえばその時点で歴史が変わり、俺のいた時代が崩壊してしまいます。

ですから、俺は準備が出来次第、赤き竜の力を借りて【地縛神】が封印されている地、ペルーに行きます」

 

「ペルー!!?

……って、どこだ?」

 

「十代……」

 

想像通りの反応に聖星は苦笑を浮かべるしかない。

ふと取巻とヨハンへと視線を移せば、2人は揃いも揃って決意をした顔を浮かべている。

きっと自分が旅立ったあと、取巻達による十代のための世界地図勉強会が始まるのだろう。

手を貸せないことを申し訳なく思いながら、有名な観光地を挙げた。

 

「南米だ。

有名なのはナスカの地上絵とマチュピチュだな」

 

「あぁ、あそこ!

って、めちゃくちゃ遠いじゃねぇか!?

【三幻魔】はここに封印されているのに、どうして【地縛神】がペルーなんだよ!?」

 

それに関しては赤き竜達に聞いてほしい。

尤も、世界を懸けた戦いのため舞台は地球の上ならどこにでもなる可能性はある。

現に数十年後の舞台は日本だった。

十代の無知っぷりにおののいた取巻は今後の計画を立てながら手を上げる。

 

「だが、不動。

誰かが邪神を封印している場所を荒らしているからそれを止めに行くのは分かるが、まさか1人で行く気か?」

 

「あぁ、【地縛神】が絶対に復活するって話なら別だけど、今回はあくまで調査の名目が大きい。

それに俺には心強い味方がいるから大丈夫だ。

なー、【スターダスト】」

 

「がぁう」

 

星竜王から託された【スターダスト】が教えるくらいだから、それなりに緊急性が高いのは間違いないだろう。

だからといって皆を巻き込むつもりは毛頭なかった。

誤解のないように記しておくが、別に皆を信じていないわけではない。

心強い味方がいるのは間違いないし、彼等には彼等の役目があるのだ。

 

「それに、皆には引き続き七精門の鍵を守ってらいたいんだ。

だから、俺1人で行くつもりさ」

 

「それなら、俺も行こう」

 

「え?」

 

目の前から聞こえた声に聖星は微かに目を見開く。

そちらに目を向ければ、腕を組んでいるカイザーがいた。

想定外の申し出に聖星は不思議そうな表情を浮かべ、カイザーは不敵な笑みを浮かべながら自分ならば問題ないと説明した。

 

「俺の鍵は既にセブンスターズに奪われている。

十代達のサポートも俺がいなくても大丈夫だろう。

それに、足手まといになるつもりもない」

 

「それはグッドアイディアデ~ス!

彼はアカデミアのカイザーと呼ばれるデュエリストと聞いていマ~ス。

彼程ボディーガードに相応しいデュエリストはいないはずデ~ス」

 

事実、彼の鍵は奪われはしたが、それは人質をとられるという卑怯な手段を使われたからだ。

正々堂々としたデュエルならばペガサスの言う通り、これ程心強い相手はいない。

カイザーからの申し出に聖星と【スターダスト】は顔を見合わせる。

 

「丸藤先輩、今回も闇のデュエルになる可能性は充分に高いです。

それでも一緒に来てくれますか?」

 

「あぁ」

 

「分かりました、是非お願いします。

丸藤先輩」

 

そう言うと、カイザーは優しく微笑んだ。

 

**

 

「今から発つのですね」

 

「あぁ、だから暫くは会えないと思う」

 

十代達にナスカの地へ旅立つ事を伝えてから数時間後。

流石にデュエルディスクとデッキのみでペルーに向かうのは厳しく、彼等は旅の準備をしていた。

荷物をまとめた聖星はZ-ONEの元を訪れ、数日は戻ってこないことを伝える。

騒がしい日々がしばらく訪れない事に多少思うところはある。

しかし独りで過ごすのは今に始まった事ではない。

戦地に向かおうとする息子を見下ろしながら、Z-ONEは彼に手を差し出した。

 

「では、貴方にこれを渡しておきましょう」

 

「え?」

 

そう言ってZ-ONEの手元から黒い渦が生まれる。

何かと思えば、そこから1つの小箱が現れた。

手の平サイズの白い小箱には頑丈な鍵がかけられており、簡単に中身を見ることが出来ない。

最初は不思議そうな顔を浮かべていた聖星だが、その表情は次第に驚愕へと変わっていく。

 

「父さん、これ……!?

何でこれがここに?」

 

だって、これがここにあるなんてあり得ない事だ。

いや、父ならば何かの縁でこれ持っていてもおかしくはないが……

それでも彼の手元にこれが残っている事が信じられなかった。

目の前にいる父にとってこれは正真正銘忌むべき存在。

だというのに、彼はずっとこれを保管し続けていた。

父がどのような気持ちでこれを手元に置き続けたのか、考えただけで心が苦しくなっていく。

しかし、聖星の悲痛な感情を知ってか知らずかZ-ONEは口を開いた。

 

「私はそれの中に何が入っているのか知りません」

 

「え?」

 

意外な言葉に驚いた表情を浮かべられ、Z-ONEは小さくため息をつく。

別に自分は中身が分からないものを息子に託すつもりはない。

そもそもこれが手に入った当初、自分は仲間の力を借りて何度も開封しようと努力した。

ある時はピッキング技術で開けようとしたり、ある時はハンマーで叩き壊そうとしたり。

あぁ、なんて懐かしい。

しかし自分達の努力空しくこの箱はどれ程の衝撃を与えても一切破損しなかった。

あまりの頑丈さに最初に匙を投げたのは誰だったか。

それでも、手に入れた経緯が経緯なためこれは聖星に渡すべきだろう。

 

「ある人に託されたのです。

もし、貴方がナスカの地へ行く事があるのならそれを渡して欲しいと」

 

「ある人?

それって一体、誰なんだ?」

 

「遊城十代です」

 

「十代が!?

嘘だろ、だって父さん。

十代のやつ、なんで生きて……!?」

 

詳しい事は伏せるが、彼と出会ったのは本当に偶然だった。

自分以外の人類が滅んだ世界に彼等は唐突に現れた。

まさに奇跡とも言える出会いに希望と絶望を抱いたのは仕方がないだろう。

彼に関するデータは勿論収集しており、太陽のような少年が今後あぁなるのかと思うと、時の流れと言うのは恐ろしいと感じてしまう。

さて、息子はZ-ONEと十代に僅かばかりの交流があると知って何を尋ねてくるだろうか。

まぁ、ろくな答えを持ち合わせていないため、全て分からないという返答しか出来ないが。

しかし、Z-ONEの予想に反して聖星はずっと小箱を見下ろしている。

 

「聖星?」

 

「いや、大丈夫。

ちょっと考え事をしていただけ」

 

へにゃりと笑った聖星はそのまま小箱をリュックサックの中にしまう。

チャックを閉めた聖星はZ-ONEの手に自分の手を添え、優しく微笑んだ。

機械越しに伝わる体温が暖かい。

 

「ありがとう、父さん。

今まで皆を大切に持っていてくれて」

 

その声が震えていたように聞こえたのは、Z-ONEの気のせいだろうか。

 

**

 

デュエルアカデミアの人気がない場所。

かつてタニヤが学生達の手を借りて建設したコロシアムに聖星達はいた。

そこにはあの部屋で真実を知った者達が見送りに来ていた。

 

「それじゃあ、行ってくるよ、皆」

 

「十代、ヨハン、万丈目、明日香。

後は頼んだ」

 

「あぁ、俺達に任せろ。

聖星とカイザーも、あんまり無茶すんなよ」

 

「もし、2人じゃ無理だと思ったら呼んでくれ。

例え地球の裏側だろうとすぐに飛んでいくからさ」

 

「フン、安心しろ。

2人が戻ってくる頃にはこの万丈目サンダーが全て終わらせておいてやる」

 

「えぇ、万丈目君の言う通り、聖星と亮が戻ってくるまで片が付いている事が1番だわ。

2人とも、こっちの事は心配しないで」

 

未だに鍵を守っている者達は力強い眼差しで激励を送る。

それに対し、鍵を持たない者達は優しい表情で無事を願う。

 

「シニョール亮、シニョール聖星。

授業の事は気にしなくて大丈夫なノ~ネ。

そして、絶対に無事に帰ってくると約束して欲しいノ~ネ」

 

「不動、カイザー。

俺が偉そうには言えないが、負けるなよ」

 

「あぁ、言いたい事を全部言われたな。

月並みな言葉だが、2人とも無事に帰ってきてくれ」

 

この調査が1日で終わるとは限らず、聖星達がペルーで調査している間にセブンスターズの魔の手が伸びてくることは十分にあり得る。

それでも十代達はこれからの時代を作るデュエリスト。

彼等は闇の力なんかに簡単に屈してしまうほど弱くない。

そして、逆を言えば聖星達も安全な旅とは言いきれず、セブンスターズとの争いと同等の危険な目に遭う可能性も十分にある。

距離が距離なためすぐに助けに行く事は難しいだろう。

それでも彼等は離れ離れになる仲間を信じた。

 

「(大丈夫、皆ならきっと大丈夫だから)」

 

そう何度も自分に言い聞かせながら聖星は皆を見渡す。

Z-ONEからこの戦いは、犠牲なくして得た勝利ではないと聞かされた。

それはつまり、目の前にいる十代以外の誰かが欠けるという事。

それが誰なのか結局父は教えてくれなかった。

もし聖星に教えてしまえばどうなるか分かっていたのだろう。

助けたい、だけど、助言してしまえば歴史が変わるかもしれない。

明日を無事に勝ち取れるかという不安とは違う、正解が見えるからこその過ちが許されない現実に心が押し潰されそうになる。

これから傷つく仲間から目をそらさず、ただ仲間が無事でいる事を祈るしかない。

父は祈るしか出来ない自分の事を弱いと称していた。

 

「(父さん、貴方は弱くない。

こんな事、弱かったら出来ないさ)」

 

自分が生きている未来を守るために、次の世代に繋げるために必要な事だと理解している。

何て矛盾した行動だろう。

 

「なぁ、聖星」

 

「どうした、十代?」

 

「えっと、変なこと聞くけど……

お前、変なものリュックに入れてないか?」

 

「変なもの?」

 

一体突然何を聞いてきたかと思えば、リュックの中身についてだ。

変なものと言われると複雑な心境だが、十代からしてみればその例えは間違っていない。

さて、どう答えようかと考えていると、先に十代が口を開いた。

 

「あ、わりぃ、多分俺の気のせいだ」

 

「いや、気のせいじゃないと思うぜ」

 

「え?」

 

「秘密兵器としてあるものを持っていくんだ。

精霊の力もわずかにあったから、十代はそれに気づいたんじゃないか?」

 

そう、Z-ONEから預けられた小箱には微かに闇の精霊の力が宿っていた。

別にそれは中身に悪さをするものではなく、あの箱が傷つかないよう守るための力。

永い年月によってその力は弱まっていたが、人間相手には充分だった。

残り香レベルの気配に気づいたことに感心しながら話すと、ヨハンが目を輝かせる。

 

「精霊の気配をまとった秘密兵器!?

何だよ、そんなとっておきのとっておきがあるのなら教えてくれよ」

 

「帰ってきたら話すさ」

 

「約束だぜ、聖星」

 

「あぁ。

それじゃあ皆、そろそろ行ってくる」

 

「皆、必ず帰ってくる。

十代、翔の事を頼んだ」

 

別れの言葉を済ませると、青空の雲行きが悪くなっていく。

きっと何も知らない生徒達はゲリラ豪雨を警戒して建物に避難しているかもしれない。

だが、これは自然現象ではなく超常現象だと知っている聖星達の顔に焦りの色はなかった。

木々を揺らす風の勢いも強くなり、赤色の光が空を照らしていく。

一筋の光が太くなっていき、ドラゴンへと姿を変えた。

 

「ま、マンマミ~ヤ」

 

「すげぇ、あれが赤き竜なのか!」

 

「あれが、守り神……」

 

カミューラとの戦いの後、赤き竜を見たのは十代、万丈目、三沢、取巻の4人のみ。

初めて見るクロノス教諭達はそれぞれ異なる反応を浮かべていた。

顕現した赤き竜は静かに聖星を見下ろしたと思ったら、確認するかのようにカイザーへと目をやる。

 

「赤き竜、俺と丸藤先輩をペルーへ連れていって欲しい」

 

2人を見下ろしていた赤き竜は小さく頷き、気高い咆哮を上げる。

島全体に咆哮が木霊するなか、聖星とカイザーが赤い光に包まれる。

聖星は皆に振り返り、優しく微笑んだ。

 

「行ってきます」

 

END




こんにちは、ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回は長いくせにデュエルがありません!
投稿した時点で14,000字を超えてしまって「マジかよ」となりました

そしてついに皆に未来から来た人間だと話した聖星
聖星なりの誠実な対応です
精霊の存在を皆に知らせるのも今しかないかなぁと

そしてついにペルーに行きます!
当初の予定では聖星だけ行く予定だったのですが、カイザーという助っ人がいることに気づき、彼も同行することになりました
カイザーの性格ならあの場面で手を上げてもおかしくないですし
勿論、カイザーも活躍します
彼のおかげでカイザーで書きたいシーンが生まれました
サイバー流、大暴れさせます

Z-ONEが聖星に託したもの何でしょうね?

あと、5D'sの世界線で十代は生きているんですかね?
ユベルと融合しているから長生きしていて、あんな未来になった世界でも平気で生きてそうですけど
多分、精霊達に助けを乞われて別世界に行っている間、ZONEの世界は滅んだっていう感じでしょうか

感想があったら嬉しいです!














「本当に良かったのかい、十代」

「何だよ、やっと俺と2人きりになれたんだぜ。
もっと喜べよ」

「十代君、私を忘れてるんだにゃ」

「あはは、冗談だって先生」

「もう、十代君は相変わらずなんだにゃ~」

「へへっ」

「……それにしても、彼等も無茶をするね。
万が一、あの男達が自分達を処分する可能性があるっていうのに」

「しょうがないさ。
もしかすると、もう一度聖星と会えるかもしれないんだ。
あいつ等も藁にも縋る思いだったんだろうぜ」

「本っ当、彼は面倒なことばかり十代に押し付けて、自分はさっさと死んじゃうなんて酷い話だ。
十代の事をなんだと思ってるんだか」

「ははは、あいつ等に聖星と再会したら一発ぶん殴ってくれって頼んでおくべきだったな」

「それで、ユベル。
彼等と同じ精霊として、彼等の気持ちをどう考えるのにゃ?
彼等の魂は磨耗しきっていた。
もしかすると……って、聞くまでもなかったにゃ~」

「だったら聞かないでくれる?
はぁー、この男の魂も彼等に押し付けておけば良かったよ。
そうすればずっと十代と2人きりになれたのに」

「そうむくれるなって、ユベル」

END

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。