1話 縦と横は勝負が始まらない
慣れない制服に袖が通る。
今はまだ制服を着てるんじゃなくて、制服に着られてる状態。あの人が言うには、今の私はまだしっくり来ないみたい。
中学校を卒業してから少し間が空いただけで、合格した高校に入学してすぐだからかな。私が入学したのは月ノ森女子学園。なんかこの辺りは女子校が多いけど、その中でも伝統がある女子校。由緒正しきお嬢様学校ってやつだなって揶揄い気味に言われたけど、入学を祝ってくれてたのは私も分かってる。
『私もう高校生だよ』
『そう言って拗ねる程度には子供だな』
入学前に会ったときはケラケラと笑いながらそう言われた。私の従兄弟で年上。この春であの人も大学に入学。
私が一年早く生まれるか、あの人が一年遅く生まれたら共学で同じ学校に通えたのに。何度かそんな「もしも」のことを考えもしたけど、今の状態が嫌いってわけじゃない。
先にいろんな事を知って挑戦していく姿は、贔屓目に見てカッコよかった。知見を私に教えてくれるのも楽しみだったりした。
「いらっしゃいま……しろ~」
「ちゃんといらっしゃいませって言いなよ……」
「身内が店に来たらなぁ? 他にお客さんいないし」
「働く時にそれってどうなの?」
「メリハリが大事なんだよ」
それっぽいことを言ってるけど、たぶん駄目だよね。
「こら
私が従兄弟のあの人こと
「そうは言うけど
「うぐっ、痛いところ突かれた……。まぁ、従兄弟なら……ってあれ?」
来た客は従兄弟だと言われ、私の方を見て小首を傾げられる。イヤリングもそれに合わせて揺れて、そういえばバイト中にイヤリングってどうなのとか関係ないことに逃げた思考を始める。
「なんだ知り合いだったのか?」
「ちょっとだけね。アタシよりもポピパの方と交流ある子だし」
「なーる」
「えと、Roseliaの今井リサさんですよね」
「おっ。アタシも知られるようになっちゃったか~」
「謙遜すんなよ。家バレしてないおかげでこの店にリサ宛のラブレターが結構来てるぞ」
「何それ。アタシ知らないよ?」
「バイトリーダーが燃やしてるからな」
曰く、バイトリーダーさんは今井リサさんのファンなんだとか。変な虫がつかないようにその手の事は尽く遮断してるらしい。ちなみにバイトリーダーさんは女の人です。
「たしかに。紅葉みたいなのが周りにいたらね」
「どういう意味だ」
「さぁ、どういう意味でしょう?」
「あぁ~。リサが目移りして困ると」
「ちょっ! そういうことは言ってないでしょ!」
分かりやすく顔が赤くなって否定してる。相変わらず初だな~って紅葉くんが言ってて、偉大な先輩の思わぬ弱点を知ってしまった。
「あの、二人はどういう関係なんですか?」
「アタシと紅葉のこと?」
交互に指を差して確認する今井さんに私はコクリと頷く。紅葉くんは面倒そうな顔をして、今井さんがうーんと天井を見上げて悩む。
「難しいね~」
「そうかもな」
「まぁ、君の想像通りかな」
「えっ!?」
そうぞうどおりって……感じで書くと想像通りのそうぞうどおりってことなの?
上手いこと言えたな~ってスッキリした感じの今井さんを見てると、たぶん本当にそういうことなんだと思う。
「く、紅葉お兄ちゃん聞いてないよ!」
「何が!?」
「へ~。お兄ちゃん呼びは可愛らしいね」
完全に外野になった今井さんの言葉は耳に入らない。なんかニヤニヤして楽しんでるけど気にしない。
「お、お付き合いしてる人がいるなんて聞いてない! 彼女いないって言ってたじゃん!」
「付き合ってねぇよ!?」
「けど今井さんが想像通りって!」
「リサの話なんて半分以上流せ!」
「ほら今リサって呼んだ! 紅葉くん今まで女の子で名前呼び名の従兄弟の私だけだったのに!」
「今度はくん付になったね」
私が名前呼びのことを指摘すると、紅葉くんはぐって言葉を詰まらせた。それがもう動かぬ証拠。
「やっぱり付き合ってるんだ」
「付き合ってない」
「嘘」
「嘘じゃないって。リサヘルプ」
「え、もう少し楽しみたいんだけど」
紅葉くんが助けを今井さんが一回断る。紅葉くんの視線が残念なものを見るようなものになって、今井さんがやれやれって首を振りながら仲介を始めた。
「紅葉が言ったとおり付き合ってないよ。名前呼びにさせてるのは、名字で呼ばれるのがむず痒いから。年が近い人とか仲いい人には名前呼びにしてほしいんだよね~。強制じゃないけど」
「俺のとき強制だったんですけど?」
「気のせいでしょ」
「そんな馬鹿な……」
どういうやり取りがあったのか分からないけど、たしかに今井さんは名前呼びされてることが多い、らしい。そういうことなら、紅葉くんが名前呼びになるのも仕方ないのかな。
なんて納得はできない。
「でもそれを頼んだ人でも断ってたよね?」
「……まぁ、いろいろあったんだよ」
視線を逸してそう溢す紅葉くんは、ちょっと雰囲気が暗くなった。それ以上は踏み込んで欲しくないって雰囲気で、事情を知ってそうな今井さんも眉を下げて困り顔。
その踏み込んで欲しくないことが何なのか。全部じゃないにしても見当はついちゃう。
「それで、何か買いに来たんじゃないのか?」
「あ、うん」
「買い食いは感心しないよ~?」
「リサそれブーメラン」
二人のやり取りを聞き流しながら、目的の飲み物とお菓子を探す。飲み物はすぐに見つかって、お菓子はちょっと探すのに手間取った。紅葉くんが言うには、マイナーなものを探すからだ、とのこと。
「そういやうちの母親がましろに会いたがってたぞ。制服姿が見たいんだとさ」
「そうなんだ。じゃあ週末にでもお邪魔するね」
「オッケー。そう伝えとく」
「ふーん? お母さん公認か」
「ち、違います!」
「でもましろちゃんは紅葉好きでしょ?」
ニヤニヤしてる今井さんにとんでもない事を言われる。明らかに揶揄われてるのは分かるんだけど、それでも私はすっごい恥ずかしくなった。
「紅葉くんのことがすきじゃないわけじゃないですけどそれはあくまでお兄ちゃんとして好きなわけであって決して異性として好きなわけじゃないんですよ!」
「わーお、すっごい早口だね」
「ましろ。リサの言ってることは聞き流すようにしてけ」
手をワタワタ振りながら必死に否定してるのに、ニコニコしてる今井さんの表情は変わってくれない。「わかってるわかってる(わかってない)」っていうパターンのやつだって私でもわかる。
今井さんの餌食にあった経験がありそうな紅葉くんが、熟練感漂う雰囲気でアドバイスをくれた。アタシに失礼でしょって今井さんに頬を抓られてるけど、言葉を撤回するつもりはないみたい。じゃあやっぱり聞き流していいんだよね。
「あ、そういえばましろちゃんってバンド組むんだっけ? 香澄がそんな感じのこと話してたけど」
「えっ」
頬を抓り続けてる今井さんの質問にドキッて胸が鳴る。
バクバクと心臓の音が煩くなって、冷や汗が流れる。
「あー、そういやそんな話してたな」
「紅葉は従兄弟なのに関心薄いね」
「好きなことやればいいだろってスタンスだし」
「そういやそうだったね」
ふわって笑う今井さんに合わせて私も笑う。
うまく笑えてるだろうか。不自然な感じになってるだろうか。できたら笑えていてほしい。気づかれないでほしい。バンドを諦めたことを。
「ま、まだ結成できてなくて」
「あ~。メンバー探しは大変だよね。うちもそうだったし、他もいろいろあったみたいだし。まぁでも、きっとメンバーは見つかるから! うちは花女と羽丘の混合だし、メンバー集めに同じ学校だけって拘らなくてもいいと思う。困ったらアタシも手伝うよ!」
「そのお節介ぶりはどうにかならんのか。一回それで倒れたろ」
「あはは~、まぁでもだから限度を知れたし? もし手伝うことになっても紅葉が見ててくれるでしょ?」
「うわっ、こいつズルい女になりやがった」
いい感じに話が逸れて内心ホッとする。それと同時に今井さんに嫉妬する。紅葉くんは私にとっていつも"お兄ちゃん"でいる。だから、私はいつも妹扱いされて、そこにはどうしようもなく縦の関係が出来上がる。今井さんみたいに横の関係にはなれない。
今はもう叶わない夢だって、その横の関係だったのに。
「ましろちゃん!」
「は、はい!」
手をギュッて握られて張った声で呼ばれる。思わず私も声が大きくなって、紅葉くんにくすって笑われた。
「紅葉っていう共通の知り合いがいるのも何かの縁だしさ。困った時は遠慮せずに頼っちゃっていいからね。バンドが組めたら一緒にライブしよ!」
「ストイックコンビが認めないだろ」
「はいそこ煩いよ~。アタシが説得したらいいだけだし、もちろんそれなりに練習してからだよ。アタシは応援してるよ」
「……ありがとうございます」
「うん。またね!」
元気に手を振る今井さんと、小さく手を振る紅葉くんにぺこりと頭を下げてコンビニを出る。帰り道の途中、何度も今井さんに言われたことが胸の中で飛び回る。
純粋な応援が辛い。優しさが辛い。
あの人の手は、相当練習してる人の手だ。曲によっては指弾きしてるから、指も傷ついてた。ケアはしてるけど、それを上回る練習量。そんな人に押された背中は、どんよりと重たくなる。
ううん、人のせいにしちゃ駄目。自己責任だって分かってる。
『私が歌うから。だから、音楽を嫌いにならないで』
そう言ったのは私なのに……。
『……うん。ましろの歌を楽しみにしてる』
そう言ってもらえたのに……。
私はバンドを諦めてる。