目的の駅から歩くこと十数分。都会の喧騒もどこへやら、ベッドタウンと化した街からも少し逸れている。都会からそこへ来てみれば空気が違うと感じるのどかさ。電車の乗車時間で言えばそんなに離れていないはずなのに、この場所は隔絶されたように発展に取り残されている。
そう言ったものの、ここが田舎かと言われればそうでもない。比較対象が発展の中心地だからそう思うだけだ。この場所は発展しつつも自然を多く残している。それが空気の違いにも表れてるんだろう。
この辺りが自然を多く残しているのは、ここに大きな広場があるからだろう。コレがあることが、発展を踏み止まらせる大きな要因だ。
「あれ? トラじゃん。こんなとこで何してんの?」
広い園の入り口に、合流予定だった人物が立っていた。てっきり中に入っているとばかり思っていた俺たちは、意外な合流に面食らいシュウが声をかけた。
「その呼び方すんの、もうお前らだけだよ」
「嫌ならそう言ってくれ。紅葉もそれで呼び方変えたんだし」
「……まぁ、懐かしいし好きに呼んでもらって構わねぇよ」
「んじゃトラのままで。呼び慣れてるし」
トラと呼ばれてる人物は、一つ年下の佐藤ますき。俺達のバンドに正式加入はしてなかったから準メンバーってとこだな。ライブの時と、その前の数日間は音合わせするってぐらいだった。担当はドラム。スタジオミュージシャンらしく、俺達のライブが無いときは他のバンドに行ったり。
音楽にのめり込んで行くと勝手にアレンジを加えるもんだから"狂犬"なんて呼ばれてるらしい。俺達からしたら「どこが狂犬?」って感覚だし、リーダーは「カッコイイし可愛いしで虎っぽいよね」とか言ってそっからトラ呼びになった。リーダーだけタイガーって呼んでたけど。
「それでなんでここに? てっきり先に入ってると思ってたんだけど」
リュウが疑問を口にする。
「私もそのつもりだったんだけどな。先客がいたからここで待つことにした」
「先客?」
「もうすぐ帰るだろうし、中に入ろうぜ」
誰が来てるかは会えば分かるってことか。ということは、俺達にも面識がある誰かなんだろう。
「そういえば佐藤は新しいバンド入ったんだってな」
「へー? 紅葉のわりに耳が早いな」
「小耳に挟んだから」
人脈というものは侮れない。困ったときに頼りになるってこともあるし、今回みたいに情報が回ってくるってこともある。
「私も聞いたぜ? 三人とも勧誘を蹴ったってな」
「ははは! 耳が痛えな!」
「嘘つけ」
軽快に笑うシュウに佐藤が半目になる。シュウがその件を全く気にしていないと分かっているからだ。
「あのちびっ子には悪いけどさ、俺は新しくバンドを組もうって気にはならねぇんだわ」
「右に同じく」
「だと思ったよ。紅葉もそんなとこだろ」
「まぁね」
もちろんそれも理由の一つだ。他にも理由はあるけど、そこは別にいいだろう。
勧誘してきたのは帰国子女の中学生。チュチュと名乗った少女。本名名乗らないんだなぁと思ったけど、防犯意識とでも考えれば良い判断じゃないかな。と言いたいところだけど、制服着てたからやはり駄目だ。中二病かもしれない。そっと見守ってあげよう。
チュチュはプロデューサーらしい。バンドを組んだらDJをするんだとか。中学生でDJするって他に見たことも聞いたこともない。
「他にメンバーは?」
「ベースボーカルとキーボードは決まり。ベースボーカルの奴面白えんだよ。あいつは真っ向から全力でやっても乗ってくれるんだぜ?」
「トラが欲しがってた相手だよな。俺らはその辺応えられなかったし」
「方向性にズレがあったからね。それすら全部飲み込んで一体感を創り出しちゃうリーダーがいなかったら、ライブも破綻してたよ」
「……あれはあれで私も楽しかったけどな」
それは本音なんだろうけど、求めていた環境としてベストマッチかと聞かれたら頷けないだろうな。リーダーの圧倒的なカリスマ性によって初めて纏まるバンドだったんだから。本気でぶつかって高め合える場所とは言えない。
「あの人だけ次元が違ったからな。私も壁を超えたら張り合える域に行けたかもしれないけどさ」
「佐藤なら行けるだろうな。そこまで高められそうなバンドに入ったわけだし」
「どうなるかはこれからだけどな」
そこに関してはチュチュに感謝しよう。リーダーは一人ずば抜けてた。俺達は佐藤の域に半歩及ばなかった。アンバランスな環境に準メンバーとしていてもらってたのは、正直申し訳無さもあったから。バンドが解散してからというもの、佐藤がどうしていくのか気がかりだった。
そんな話をしながら園を進んでいくと、目的の場所に人影が見える。そこにいるのは五人組で、近づいていくとそれが誰だか判明する。
「先客ってお前らのことか」
「あ、紅葉……」
「お久しぶりです皆さん」
「紗夜ちゃん久しぶり~! ねぇ今度空いてる日に──」
「節操のない殿方と合わせる予定はございません」
「…………ぐさっ」
「やめたげて氷川さん! シュウはこのノリやるくせにメンタルが雑魚いんだ!」
「す、すみません……。合う度に言われますし、見かけた時も女性に声をかけているものですから」
「擁護しようがなかったわ。でもこれからはソフトに言ってあげて」
シュウが氷川に一刀両断され、リュウが仲介に入る。何度か見た光景で、これも懐かしい気がして、だけど決定的にその頃とは違うのだと思い知らされる。というか、彼氏持ちに声をかけるのはどうかと思うんだが。
「まさかRoseliaが来てるとは思わなかった」
「あははー、ちゃんと
「彼女には私たちもお世話になったもの。月命日に挨拶するのも当然よ」
「……ありがとう」
ここは広大な霊園。死者が眠る場所。この周辺の開発を進められない要因だ。
1ヶ月前の今日。俺達のリーダーである
リサたちが葬式に出られなかったのも仕方がない。俺達だって葬式に参列できていない。なにせ、
「あ、あの鷺森さん……」
「ん?」
「えっと……あこ、桜愛さんにいっぱいっ、お世話になって……それで、大好きで……」
ぼろぼろと涙を零す宇田川に白金がハンカチを差し出す。
言葉を詰まらせて、いっぱい言ってくれようとしてくれてるだけで十分だ。うちのリーダーがどれだけ慕われていたのかがこれでもかと伝わってくる。
「うん。桜愛も宇田川のこと好きだって言ってたよ。よく妹に欲しいって言ってた」
「引き抜きしてたがってたよなぁ」
「トラとツインドラムさせようって。Roseliaのライブ見る度にな」
「縄を用意しだした時は本気で止めた」
「あの人何してんの……」
宇田川に感謝の気持ちを込めて話したら、うちのメンバーが便乗して思い出話を始める。縄を用意してた時は佐藤がいない時だったな。Roseliaと同じくそれが初耳でやれやれと呆れている。
「世話になったと言えばこっちも世話になったというか、ほんとんどこっちが世話になってた気もするんだが」
「燐子ちゃんにライブ衣装作ってもらったからね。本当にありがとう」
「い、いえ……。私も……楽しかったですし」
「たしかそっちが1年目の時ですらライブ衣装あったよね?」
「あまり気にしていませんでしたが、白金さんは彼らとの付き合いが私達より早いのですね」
「は、はい。シュウさんとは……家が隣なので」
その発言に空気が凍る。次の瞬間には白金以外全員の視線がシュウに集まり、へらっと笑うシュウを左右から佐藤とリュウが抑え込む。
「Why⁉ 俺何もしてないんですけど!?」
「怪しいですね。白金さん、何か弱みを握られているのですか?」
「燐子。私達はあなたのこと大切な仲間だと思ってる。だから正直に答えて」
「あの……何も変なことは……されてないです。ゲームを……手伝ってもらっているぐらいで……」
「燐子ちゃんにゲーム教えたの俺だしね~。お互いに教えたり教わったりだよ」
謎の空気が出来上がり、地雷でも飛び出すと思ったのかリサはさっきから宇田川の耳と視界を塞いでいる。過保護は成長を妨げるぞと言いたいが、ましろのことがあるから何も言えん。
「正直に答えてください。今なら警察に突き出すだけにしますから」
「優しさを感じられないなぁ!」
「正直吐いちまえよシュウ。前科の一つや二つあるだろ?」
「そんなウソみたいな感覚で聞かれても! というかトラお前いい性格してんな!」
「何言ってるかさっぱりだな」
氷川は生真面目過ぎるし、湊は天然なとこもある。白金だけじゃ二人を止めきれないようで、リサは静観を決め込むらしい。佐藤とリュウは完全に遊んでんな。
俺も傍観するのはありなんだが、今回はやめておこう。そういう気分にはなれない。
「その話はその辺で。あまり
「……そうでした。すみません」
氷川がぺこりと謝罪し、湊も頭を下げる。便乗して遊んでた佐藤とリュウも氷川たちに頭を下げ、喧嘩両成敗という形で話が済んだ。それを受けて宇田川がリサから解放され、何があったのか一人だけついてこれずにポカンとする。
「Roseliaはライブがあるんじゃなかったか?」
「ええ。そろそろ戻らないといけないわね」
「それでは失礼します」
「あの……よければまた……ライブにいらしてください」
「燐子ちゃんのご要望とあらばいつでもどこでも!」
「シュウは自重しろよ」
「あこはこれからもっともっとカッコよくなります! 桜愛さんの分も、みなさん
「あこちゃんなんていい子!」
「やべ、涙出てきた!」
自然とそう言えるなんて珍しい。宇田川の良さがいかんなく出てきてる。リュウは目頭を押さえた。
「紅葉。その……」
「はぁ。変に気を使いすぎ。今日のライブに集中しろ」
「……うん。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「トラ。こいつを殴ってもいいかな?」
「桜愛の前だしいいんじゃね?」
「よっしゃ!」
よっしゃじゃないよ。気前よく頭叩いてんじゃないよ。佐藤もなに許可出してんだか。
それはさておき、Roseliaの見送りも済んだら桜愛への近況報告だ。大学がどうだとか、最近の調子がどうだとか。たぶん一番話すことがあるのは佐藤なんだろ。バンドのこともあるし。
誰も声に出してるわけじゃない。墓石の前で手を合わせて目を瞑っている。黙ったまま心の中で話しかけてるだけだ。思いつく限りを話して、話題も尽きたなと思って目を開けたら周囲に誰もいなかった。
「変に気を使いすぎだっての」
さっきリサに言ったばかりのことをもう一度愚痴る。先に帰ってる、なんてことはしてないだろうし、霊園の出入り口にでもいるんだろ。
すぐに追いかけるのもなんだか忍びない。他に話すことがあったか考えて、一つ思い当たることがあった。
「ましろのこと覚えてるか? 何度もライブに来てくれてたし、桜愛も結構話したことあると思うんだけど。あの子、バンドを始めたみたいでさ。少し前までは思い悩んでたみたいだけど、なんとか一歩を踏み出せたらしい」
今日はライブを見に行くと言っていたな。Roseliaも出るんだろうし、順番は後半に回してもらってるんだろ。
「ポピパのライブが好きなんだってさ」
桜愛は嫉妬しそうだな。ましろのことを可愛がってたから。
「よかったら見守ってやってくれ」