広町さんの家のアトリエを使わせてもらえることで、私達は練習場所に困ることがなくなった。だけど毎日練習そこで練習してるわけじゃない。練習がお休みの日もある。そんな時は学校の課題をやったり、遊びに行ったりしてて、今日は二葉さんとお出かけ。
「ねぇ倉田さん」
「なに?」
「前に紅葉さんに会った時に聞き忘れてたんだけど、紅葉さんたちのバンド名ってなに?」
「バンド名? なんで?」
「どんなバンドだったのか気になって、調べたら出るかなって思ったんだけど名前を知らないから調べられなくて」
「あー、それはたしかに調べられないよね。えっと、バンド名はたしか……」
……あれ、バンド名ってなんだっけ?
そういえば私、紅葉くんのバンドの名前聞いたことなかったような。ライブには何回も行ってるし、メンバーさんと話したこともあるはずなのに。
「……ごめん、私も知らない」
「え!? なんで!?」
「ライブに行ったことはあるけど、バンドの名前とか気にしたことなくて……」
「ポピパは一回で覚えたのに!?」
「う、うん……」
最初の方は紅葉くんを見に行ってただけだとか恥ずかしくて言えない。メンバーさんと話してからも、個人個人で見てたからその纏まりであるバンド名を覚えてないとか言えない。
周りのお客さんが話してたのを何回も耳にしてるけど、全然気にしてなかったからちゃんとは覚えてない。なんとなくでしか覚えてなくて、たぶん名前を聞いたらそれでやっと思い出せるレベルかな。
「あ、でも聞いたら教えてくれると思うし、聞いとくね」
「うん。お願い」
さっそくスマホを取り出して紅葉くんにメッセージを送る。返信が早い時と遅い時があるけど、何かしてる時が決まって遅いだけ。遅くても夜には返信が来るはず。
「倉田さんと紅葉さんって仲良いよね」
「うん。家もそんなに離れてないから、小さい頃から遊んでもらってたんだ。小学校も一緒だったしね」
「本当に家近いんだね」
「今は紅葉くんがひとり暮らししてるから、前よりは離れたけどね。それに紅葉くんが中学に入ってからは会う頻度が減ったと思うよ」
「学校が違うとそうなるよね」
小学校と中学校。そういう区分の違い一つで距離ができたように感じる。引っ越したわけでもなければ、喧嘩したわけでもないのにね。それが少し寂しく感じたこともあったね。3歳差ってなると、私が中学生になっても紅葉くんが高校生になってるし。
「案外倉田さんが知らない一面とか多そうだね」
「あ、それはもちろんあるよ」
「認知してたんだ……」
「うん。バンドのことだって、紅葉くんがライブをするって段階で知ったんだ。バイトのことも後から知ったし、何でも教えてくれるわけじゃないよ」
「なんだか意外。紅葉さんと倉田さんはお互いに何でも話してるように思えたのに」
「私が話すことの方が多いからかも」
悩みを聞いてもらうなんてよくあったし、勉強を教えてもらったりしてた。紅葉くんは、こっちが切り出すまで待ってくれる人なんだよね。強引に聞き出すとかしないもん。話しやすい環境を作るってことはしてくれるけど、切り出すのはいつもその人から。
「私が一緒いない時にどう遊んでたのかも知らないよ」
「男の子だけだと何やるか分からないって言うよね。私はずっと月ノ森にいるから知らないけど」
「うーん、クラスの子だとボール遊びとか、走り回ってるのをよく見たかな。紅葉くんも昔は周りを振り回すタイプだったよ」
「ええ~、全然想像できないよ」
今は凄い落ち着いてるもんね。大学生になってから……ううん、高校生のうちにいつの間にかそうなってた。紅葉くんが変わったのを知った時はびっくりしちゃった。変わったというか、落ち着きを得たって感じかな。
そんなことを思いながら二葉さんと歩いてると、街中にある大きな公園に通りかかった。長い滑り台がある公園で、フリーマーケットが行われるくらい広さがある。今日みたいな週末だと、そこで遊んでる人たちも多い。今だって賑やかな声が聞こえてきてる。
「あの人は引率かな」
「へ?」
「ほら。あの人。公園に来てる子たちに慕われてるようだし、たしか遊びを教えるお仕事もあるらしいんだよね」
「そうなんだ。二葉さん物知りなんだね」
「も、もちろんよ」
どんな遊びをしてるのか気になるけど、パッと見たくらいじゃ何してるか分からない。遊具に隠れてる子もいるし、かくれんぼなのかな。
「倉田さん、あれなんの遊びか分かる?」
「ううん。隠れてる子がいるし、かくれんぼかなって思ったんだけど探してる子も何人かいるし……」
「出てこいテロリスト共! この子がどうなってもいいのか!!」
「助けてぇー!!」
「いやほんとに何してんの!?」
「ん? あれ? ましろちゃんじゃん久しぶり~!」
「今だ! 奪還作戦開始ー!!」
「うぉぉぉ!!」
「返り討ちにしてやれぇ!!」
「……これなんの遊びなの?」
「……さぁ?」
私に声をかけた人が完全に目を逸して、捕まっていたと思わしき子が脱走。それを助けるために隠れてた子たちが飛び出して、捜索側の子たちがそれを阻止しようとしてる。……うん、なんの遊びか分からないね。ゴムボールも飛び交ってるし、クッションバットを片手に追い掛け回してる子もいる。
「紅葉兄ちゃん捕まっちゃったー」
「今回は俺達の負けだな~」
「紅葉くん!?」
「あ、ましろと二葉だ。そんなとこで何してんだ?」
決着ついて全員が集合すると、そこには紅葉くんの姿もあった。大学生二人はお互い敵チームに別れてたみたいだね。その方がフェアって理由なのかな。二人の周りに子どもたちが集まってて──
「子育てペンギン?」
「ぷふっ! く、倉田さん変なこと言わないで……!」
変なことって言われたのはちょっと心外。そう見えたんだから仕方ないじゃん。
紅葉くんたちに気づかれなかったらこのまま素通りでよかったんだけど、声をかけられたからそれはできない。私と二葉さんは公園の中に入っていって、親ペンギン状態の紅葉くんたちへと近づいた。
「紅葉くんたち何してるの? そういうバイト?」
「いや、シュウがいきなり家に来てな。外に連れ出されたんだよ」
「特に何も考えてなかったんだけど、暇潰しに紅葉を連れ出そうと思ってなー。連れ出して適当にここに来て、子どもたちが多かったから巻き込んで遊んでる」
「うわっ、無計画ですね……」
「行きあたりばったりが好きだからね! ところで君はましろちゃんの後輩かな? 中学校楽しめてる?」
二葉さんが頬を引き攣った。ピクピクしてて魚みたい。紅葉くんはシュウさんに冷めた視線を送ってて、そうしながら子どもたちを遠ざけさせてる。その進行に比例して二葉さんの肩が震え始めて、ちょっと涙目になりながらシュウさんを真っ直ぐ見た。
「私は高校生です! 倉田さんと同じクラスで委員長してるんです! 決して中学生ではありません!」
「まじで!? これは失礼しましたお嬢様」
「流れるように土下座したな……」
あまりにも綺麗な動作だったから、紅葉くんがそう呟くまで土下座してるって認識できなかった。二葉さんも遅れてハッと気づいて、土下座はやめてほしいと必死に呼びかけてる。
「ですがお嬢様」
「なんですかその口調は!?」
「失礼。いやさお嬢様!」
「何も変わってませんよ!」
「容姿はどうしようもないもの。愚かにもそれのみで判断し、おそらく気にしていることで決めつけてしまったのは私の不注意でございまして、しからば腹を切って詫びる所存でございます!」
「どこから小刀取り出したんですか!? というかやめてください!」
「シュウ。ここでふざけてる方が失礼だぞ」
「……ほんとだ! いや本当にごめんなさい!」
相変わらず賑やかな人だな~。紅葉くんのバンドにもこんな感じで賑やかな人がいたよね。大学でも似た感じの人と仲良くなるのは、そういう人のほうが合うってことなのかな。たしかに紅葉くんが羽目を外したら意気投合しそうな気がする。そういえば紅葉くんのバンドの人たち、今はどうしてるんだろ。元気かな。
シュウさんの謝罪も終わって、私たちは公園のベンチに腰掛けた。私と二葉さんが座って、シュウさんと紅葉くんが立ってる。気持ち程度のお詫びとして、シュウさんが飲み物を買って来てくれて、それを二葉さんに渡してる。私と紅葉くんの分まで買ってくれたのは、シュウさんの人の良さかな。
「……うっ、苦い……」
「飲む前に気づけよ……」
貰った飲み物がコーヒーで、砂糖とか牛乳の量次第では飲めるんだけどこの缶コーヒーは駄目だった。貰った飲み物に文句を言ってしまったことが心苦しい。紅葉くんの当然のツッコミにも萎縮しちゃって、頑張って飲もうとしたら紅葉くんに手を抑えられた。
「俺のと交換しようか。こっちならましろも飲めるだろ」
「でも……」
「シュウはこれぐらい気にしない奴だよ。むしろましろに無理させると自分を責める」
「ザッツライト! さすが紅葉。よく分かってくれてるね!」
肩をバンバンと勢いよく叩くシュウの手を退けさせた紅葉くんが、私の飲み物と交換してくれた。紅葉くんの飲み物は普通のお茶で、初めからこっちにすればよかったなって思ったりする。たぶん紅葉くんは先にお茶を頼んでたんだろうけど。
「……あっ」
私は気づくのが遅かった。紅葉くんと交換した飲み物は、私が口をつけたやつなんだ。だからそれを紅葉くんが飲んじゃったら──
「間接キスって初めて見た……!」
二葉さん目をキラキラさせないで! 私今すっごい恥ずかしいんだから!
「あー、お前はそういうの気にしない奴だったな。けど先にましろちゃんに一言入れといてやれよ」
「ごめんましろ。口つけたわ」
「うん……」
事後承諾。紅葉くんはもう少しそういうことに気を配って欲しいって思うな。でも私が飲めないのを気づかずに口をつけちゃったのが原因だし。こういうことで文句言うのは違うって分かってる。
恥ずかしいけど……耐えるしかないんだよね。
「ふぅ、ごちそうさま」
「一気飲みで処理したか。紅葉らしいな」
すごい勢いで飲み干した紅葉くんのおかげで、私の羞恥時間が数秒で終わってくれた。二葉さんが少し残念そうにしてるけど、立場が変わったらそんな余裕ないと思うな。というか、少しほっぺが赤くなってるね。
「あ、そうだ。せっかく会えたし、今聞いちゃおっか」
「なにを?」
「倉田さんに話してたんですけど、紅葉さんがいたバンドってどんな感じだったのか知りたくて、調べようにも名前を知らないなって気づいたんです」
「ましろってバンド名知らなかったっけ?」
「ごめん……知らないんだ」
「……そういや言ったことなかった気もするな」
何か言われるかと身構えたけど、紅葉くんは何も言わなかった。嘘か本当か、紅葉くんもバンド名を私に言わなかったことにしてくれてる。
「バンド名は
「ふぁんたじあ……そんな名前だったんだ」
「リーダーが決めたバンド名だよ。良くも悪くも、あいつが巨大な中心だったバンドだ」
「ましろちゃんもバンドやってるんだっけ? バンド名は? ライブの予定ある?」
「質問攻めするな」
シュウさんがグイグイ来るのを紅葉くんが止めて、私は苦笑しながら二葉さんの方を見た。うちのバンドリーダーは二葉さんだし、その質問に答えるのは二葉さんの方がいい気がする。
「倉田さんへの質問だよ?」
「えっ」
「倉田さんが答えて」
「……バンドの名前はMorfonica。メタモルフォーゼとシンフォニーを合わせたの」
「メタモルフォーゼ。ドイツ語で変化とか転身とかそういう意味の単語か」
「シュウお前ドイツ語分かるのか」
「ドイツ語はカッコイイから独学で覚えたぜ! 大学の外国語科目でもドイツ語は履修してる!」
「単純だなー」
その感覚は分かるような、分からないような。二葉さんと顔を見合せてお互いに困った感じで笑っちゃった。
「シンフォニーも音楽用語か。調和って意味合いで使われることもあるし、いいバンド名をつけたな」
「みんなで考えたんですけど、Morfonicaって名前は倉田さんの意見なんですよ」
「そうなのか。すごいなましろ、センスあるじゃないか!」
「あ、ありがとう」
紅葉くんに褒めてもらえたのがこそばゆい。それは嬉しさから来てて、全然嫌なこそばゆさじゃない。
「次のライブは月ノ森の音楽祭なんだけど……」
「あ、招待券があれば外部の人も来られますよ。ご家族は招待券無しで入れるんですけど」
外部の人って入れるのかなって不安に思って二葉さんを見ると、すぐにそれに気づいてくれて教えてくれた。
「そうなんだ。八潮さんに言ったら招待券をくれるかな?」
「そうだと思うよ。八潮さん生徒会に入ってるし」
「それって何枚まで使えるやつなんだい? 二葉ちゃん」
「一人の生徒につき2枚までですけど、必要なら私も貰ってきますよ」
それだけで4枚集まる。緊張するけど、紅葉くんに見てほしいかな。やっぱり恥ずかしいような。
「うーん、とりあえずシュウは来るだろ?」
「ましろちゃんと二葉ちゃんの晴れ舞台となれば是非とも行きたいね! リュウも言ったら来そうだな」
「とりあえず3枚は確定として、あと一人がどうなるか分かったらましろに連絡するよ」
「わかった。私も友達に先に話し通しとくね」
「ありがとう」
私たちの2回目のライブ。Morfonicaとしては初めてのライブ。
そのライブに紅葉くんたちが見に来る。
大切なライブの意味が増した気がした。