法律の関係で、高校生とそれ以上では働ける時間に差が出る。分かりやすいのは、高校生は夜勤ができないというもの。高校生は22時までしか働いちゃいけない。もし働かせていたらそれは法律違反で、店側は裁かれることになる。
そこに最近できたルールが加わり、高校生は夜10時までには退勤して店を出ないといけないというものができた。店によって誤差はあるものの、21時50分には退勤だとか、21時30分には退勤とかそういう風になっている。早いところだと21時に退勤という店もあるらしい。
「リサちゃん退勤しなよ~」
「あ、はーい!」
「ついでにあんたも退勤ね」
「なんですかついでって」
「リサちゃんを送って帰るのも仕事でしょ。タイムカードは22時までにしとくし、そのために二人のシフト被せてるんだから」
「初耳ですけど」
シフト見て妙に重なってるなとか思っていたら、そういう思惑があったらしい。今は21時30分。残り30分のもつけてもらえるなら、大人しく言うことに従っておこう。
それに、リサを可愛がってるバイトリーダーが、なんでそうしてるのかも想像はつく。
「たしか明日も入ってたね。それじゃまた明日~」
「お疲れ様です」
「紅葉明日も入ってんの? 働き過ぎじゃない?」
「そうでもない。バンド入ってて部活掛け持ちしてバイトしてるリサの方がおかしい」
「アタシはほら、女子高生だし」
「理由になってねぇよバーカ。早く着替えてこい」
「はーい」
謎の理論を語るリサを更衣室に送り、リサがそこで着替えてる間に事務室で着替えを済ませる。誰かに見られてるわけでもないから無問題。時間は有効的に使いたいしな。
「ましろちゃんはどんなバンド組むかな~?」
「さぁ? メンバー集めとか苦労しそうだけどな」
「大人しい子だもんね。積極的に話せる子をまずは確保したいよね」
「やる時はやる子だけどな。スイッチさえ入れば周りを引きつけるよ」
「そうなんだ? たまにいるよね。そういうスゴい子」
「Roseliaはどう集まったんだよ。リサが交渉して回ったのか?」
「いやいや、アタシは途中加入だよ」
着替えを済ませ、更衣室から出てきたリサがウィンクする。今のどこでウィンクする要素があったのか分からない。JK語とか生み出す現役女子高生の思考は理解できないものだった。
「今失礼なこと考えたでしょ」
「早く送ってかねぇとストイックコンビが口煩いなってことしか」
「いやいやそんなことは……ないと思うよ?」
疑問形になってる時点で思い当たる節があるということ。リサはもう少し周りからの評価を真っ直ぐに受け止めるべきだろうな。そこはバンドの問題だから言わないけど。
荷物を纏めたリサと店を出る。すっかり暗くなり、春先とはいえ夜風はまだひんやりとしたものだ。
「よくそんな格好でいられるよな」
「ファッションだよファッション」
「拗らせていって露出癖とか付きそう」
「そんなことならないって!」
今リサが着てる服でも十分露出度が高い気がするんだけどな。下は太もも露出してるし、上は肩や鎖骨がはっきりと出てる。こういう服着てるからナンパされるのに、ファッションの拘りとの線引きが大変そうだなぁ。
「視線がやらしい」
「そう思うなら露出を控えた服でファッションコーデするんだな」
「うわっ、見てたの認めた」
「男なんてそういうもんだよ」
認めるのも否定するのも面倒だ。リサの揶揄いに付き合っていると話が長くなる。
「話をましろちゃんに戻すけどさ」
「飛んだな~」
「あの子って楽器できるの?」
「いや別に。ボーカルでもやるんだろ」
「ボーカル、か」
含みのある呟き。
そこについて追及する気もない。リサが何を思ってそう呟いてるのかは想像がつくし、終わった話を蒸し返しても面白くない。
「歌が好きなんだね」
「歌が嫌いでボーカルをやるやつはいねぇよ」
「それもそうだね。あ、晩御飯どうする?」
話が次々と飛んでいく。コミュ力なのか飽き性なのか。
「どうも何も家で食うよ」
「家にちゃんとしたご飯あるの? この前見たとき冷蔵庫ほとんど空だったじゃん」
「あの日は買い物行く前だったからだよ」
「適当なのばっかだとお義母さんに怒られるよ?」
「料理はそこそこできるしやるよ。ってか人の母親をお義母さん呼ぶな」
高校を卒業してすぐに俺はひとり暮らしを始めた。実家からも近い場所なのだが、理由は『大学生のうちにひとり暮らしに慣れろ』と父親に追い出されたから。卒業証書を持って帰ったら住む家の物件情報を渡された高校生は、全国探しても俺くらいだろうと謎の自負がある。
今のバイト自体は高校生の時からやっていて、リサともそこからの付き合い。ばったりとうちの母親と会ったこともある。そんなこんなで、ひとり暮らしの事はリサにも知られてる。そして時たまテロられて冷蔵庫を確認される。
「ご飯に困ったら作ってあげるから」
「困らないからリサは自分と友達のことでも気にかけてたらいいよ」
「痩せ我慢とかで倒れない?」
「それはリサみたいなやつがやることだ」
「紅葉もでしょ?」
「失敗からちゃんと学んでるよ」
心配そうに見上げてくるリサの手を引っ張り、前から来てた自転車を避けさせる。夜道をこの調子じゃあ周りが心配するのも無理はない。今のは俺に原因があるのだとしても、考え事してたら周りが見えなくなりそうな子だ。
「でも食べるのが偏ったりしない? ひとり暮らしの人って栄養バランスが乱れたりしそうっていうか、適当に済ませちゃう人が多いみたいだし」
「その辺も考えてるよ。冷蔵庫に表が貼られてるのリサも知ってるだろ。それ見て考えてる」
「えと、じゃあ……」
「世話を焼こうとするな」
「あたっ」
リサのデコを軽く小突く。
デコを抑えて恨めしそうに見てくるが、痛くないようにしてるから流す。
「シフト被ったら適当に話して、雑談交えて送って帰る。俺達はそれぐらいでいいんだよ」
「……けど、いっぱいお世話になったし」
「それもお互いに、だろ? 今くらいの距離感がお互いにとっていいんだよ」
納得できそうだけど、納得しきれない。そんな感じの複雑な表情を浮かべるリサに苦笑し、止まっていた足を動かして今井家へと向かう。
「そういやリサも高3になったんだし、進路とか考えてるのか?」
半ば強引に話題を変える。話題がなんだか固いというか、これ以外パッと出なかった自分が虚しい。
「うーん、まだぼんやりかな」
くすっと笑いながらリサが話題に乗ってくれた。年下に合わせてもらうという状況に、虚しさが倍増する。
「大学に行くのもいいし、専門学校とかもありかなって思うし」
「選択肢が幅広いと悩むか」
「うん。アタシはこれって決めてるものがないから。オシャレは好きだからやるし、バンドに入ったのも友希那の隣にいたいから。部活も深い理由はないんだよね」
「今やってることの延長では選べないってとこか。まぁでも、新しく大学から始めるのもいいんじゃねぇの? 大学に入る前から決めるやつもいれば、大学で学んでから決定化するやつもいる。後者のほとんどは『もっと早く決めてれば』とか言うらしいけどな」
「やっぱ決めないと駄目じゃん」
我ながらものすごい速さで矛盾したものだ。リサにツッコまれてから気づいた。
「リサはこうなりたいって目標ねぇの?」
「どうだろ。今はRoseliaで頭いっぱいだし」
「なら、今のリサの答えはそれってことだろ」
「ん?」
「Roseliaで頭いっぱいになるぐらいRoseliaが好きなんだよ。Roseliaは3年生が4人だろ? 嫌でも方針について話し合う時は来る。その時にリサはそれを言えばいい。Roseliaが好きだから続けたいって」
「将来のこと後回しになってない?」
「そこは人それぞれ。両立させる人もいるだろうし、音楽に打ち込む人もいる。ひとまず学力は上げとけ。そうすりゃ、話し合った後から進路決めても間に合う」
「あぁーやっぱ勉強しないとダメだよね~」
苦笑いしながら目を逸らしてるところを見ると、勉強面はあまりよろしくないらしい。3年生になった今、これまでのツケが回ってくるわけだが、それも自業自得というもの。
「勉強教えるとかはないからな」
「えぇ! そこは優しさ見せるとこでしょ~!」
「同世代でやり切れ。どうせそっちの方が頑張れるタイプだろ」
「…………そうかも」
ぐだぐだと話していると今井家に到着する。その隣はRoseliaのボーカルでリーダーの湊友希那が住む家。幼馴染らしい。
「もう着いちゃった」
「さっさと家に入れ。それを見届けてからじゃないと俺も帰れない」
「心配してくれてるんだ?」
「バイトリーダーがな」
「あはは! そういうことにしとくね」
うわぁこの子話聞いてないよ。
「リサおかえり~」
「あ、お母さんただいま」
「どうも。娘さんをお引き取りください」
「アタシは商品か」
時間で判断してるのか、リサの母親が中から出てくる。リサは母親似なんだなぁって毎度の事ながら思う。容姿といいノリの良さとかコミュ力とか。父親の遺伝子はどこに行ったのだろうか。
俺とリサのやり取りを見てくすくすと楽しまれているようだが、早く娘を家に入れなされ。
「紅葉くん今日もありがとうね」
「いえいえ。バイトリーダーにしばかれるので」
「ふふっ、それでもリサの帰りを安心して待てるのは紅葉くんのおかげよ? リサもバイトのあとはいつも──」
「お母さん何言おうとしてるの!? それはいいでしょ!」
「陰口とか知りたくなかったな~」
「そんな話はしてないからね!?」
慌てふためくリサが面白い。反応がいい相手を弄るのは楽しいものだって古事記にも書かれてる。日本人の特性は長く受け継がれてるものだ。
「ほら家に入って早めに寝ろ。夜ふかしは乙女の敵なんだろ?」
「も~! 送ってくれてありがと! また明日!」
「はいはい。また明日」
可愛らしく怒るリサと楽しんでるリサの母親に手を振って別れる。二人が家の中に入っていくのを見届けたら、自分の家へと足を伸ばす。
「……ん? 明日はリサシフト入ってなかったんじゃ?」
今更ながら気づいたが、大したことでもないし何でもいいかと片付ける。
一人夜道を帰りながら考えるのは、今日店にやってきた従姉妹のましろのこと。少し様子がおかしかったのが気になる。でも、そこを指摘しても話そうとしないだろう。あまり主張できない子だ。無理に聞くのは逆効果。
話してくれるのを待つしかないし、勘違いで済むのが一番いい。
「冷蔵庫に何残ってたかな」
学生用マンションに入り、エレベーターに乗り込んで晩飯のことを考える。リサにああ言った手前、ちゃんとしたものを食べないといけない。チャットアプリにも『晩御飯を写真で送ってくること!』ってメッセージが入ってる。
「適当にネットのやつ載せてもバレるしなぁ……。うちの食器類も覚えられてるし」
というか、リサが持ってきた食器もあったりする。
冷蔵庫にそれなりに食材が残ってることを祈り、玄関の鍵穴に鍵を突っ込む。鍵を開けようと捻ったら手応えがなかった。壊れたのかと焦り、一回反対側に回す。今度は鍵が閉まった。もう一度反対に回す。今度は開いた。
元から空いていたということ。
鍵は閉めて出た。それはちゃんと覚えてる。なのに開いてた。誰かが開けた。
誰が? 泥棒か?
緊張が走る。中にいる誰かを刺激しないように、鍵音でバレてるだろうが、慎重にドアを開ける。
家の中の電気が点いてる。
玄関には侵入者の靴。ご丁寧に並べられてるのはある意味意表を突かれた。
ドアを静かに閉め、靴を脱いで家に上がる。どこにいるか分からないが、ひとまずドアが閉まってる場所は後回しだ。
元よりひとり暮らし用。間取りは縦長になってて、ドアがあるのは風呂場とかトイレ。あとは奥の部屋くらいだ。
奥の部屋は寝室にしてる。その手前が生活の場で、台所もそこにある。
かすかに寝室から明かりが零れ出てる。息を整えて一気に部屋のドアを開けた。
予想通りそこには侵入者の姿があった。
「すぅ……すぅ……」
俺のベッドで寝てる
「なんでだよ!」
その場に膝から崩れ落ちる。
結構気に入ってるひとり暮らしの生活。
予定外の来訪者は楽しみを確実に砕いていた。
倉田ましろの髪の色は何色かという話が盛り上がる日が来てもいい。
私は月白派です。