鷺森紅葉18歳。
この春高校を卒業し、大学1年生となった。誕生日はまだ来てない。
これまでにも障害というかトラブルというか、"壁"が現れては全力でなんとか超えてきたと思っている。そこそこ刺激的な生活を送ってきたと思っている。
それでも戸惑うことはこれからもあるわけで、どうしたらいいんだろうと頭を悩ませることも当然ある。きっと周りに助けてもらいながら超えていくのがいいんだろう。
さて、目下の問題は俺の部屋に何故か侵入していて、しかも俺のベッドですやすやと寝息を立てている従兄妹である。
倉田ましろ。たぶん15歳。誕生日を覚えてないことが露見したら怒られるんだろうけど、露見してないからひとまずヨシ!
そこそこ有名なお嬢様学校に入学した新一年生。大人しい性格で、サラサラとした
なんでいるのかとか、どうやって入ったのかとか、なぜ寝間着なのかとかいろいろと問い詰めたいのだが──
「飯作るか」
面倒くさいから現実逃避した。
冷蔵庫を開けて中身を確認。炊飯器の中を確認。
どちらも空っぽである。
「せめて米があれば……!!」
味噌はある。キムチもある。飲み物はある。以上です。
「インスタントにしよう」
カップ麺は貯蔵されている。その中の一つを適当に選び、開封し始めたところで携帯に着信が来た。誰だろうと画面を見ると、
「もしもし? どした?」
『どしたも何も、晩御飯の写真!』
「あ?」
何を言ってるんだと思った。それが口に出なくてよかった。写真を送ってこいってメッセージが入っていたし、俺もそれに了承の返事を送った。
ましろという衝撃で完全に記憶が飛んでいたのだが、今この瞬間に思い出すことができた。忘れていたけども、まだ俺は晩飯を食べていない。これからだ。これは言い訳が間に合う。
「あー。作るのこれからなんだよ。ちゃんと送るからそれまでに風呂でも済ませたらどうだ?」
『なんか怪しい』
なぜこういう時に女は鋭くなるんだ……!
「怪しいってなんだ怪しいって。時間見てみろ。何もおかしくないだろ」
リサの家からここまでの距離と所要時間はリサだって知ってる。それでも少し時間が合わなかったりするが、ご飯を作る前に一息ついていたという言い分が成り立つ。
『まぁいいや。アタシが寝るまでにちゃんと写真を送ること! いいね?』
「わかってるよ。お前は俺の母親よりオカンしてるよ」
『アタシはそんな年齢じゃないですー!』
「なら新妻か」
『に゙ぃぁっ!? ば、バカじゃないの!?』
「電話切るぞ。俺は腹減った」
『……紅葉のバーカ』
罵倒されて電話を切られた。
俺はスマホをポケットにしまい、急いで財布と鍵もポケットの中に入れる。
米は炊飯してないだけで貯蓄はある。とりあえず一合分だけ素早く洗米を済ませ、早炊きを押して炊飯スタート。
防犯を気にして電気をどうするか悩んだが、この時間だし消しておいても問題ないだろうと判断する。電気を消す前にましろの寝顔を1枚取り、買い物に出かける。
「リサは長風呂する方だが……時間はないな」
幸いにもここからスーパーまでは近い。徒歩で5分。走れば2分でたどり着く。
走りながら晩御飯を何にするか決めていく。米は問題ない。味噌も大丈夫。時間がないから手の混んだものはできない。こんな時に便利なのが、手間が少ないメニュー。
「焼き魚でいいか」
ど定番である。焼き鮭とか特にそう。
調味料は買わなくて大丈夫。リサのおかげで安定して揃ってる状態だ。
あとは適当に野菜でも買えばいいだろう。味噌汁の具にするものと、適当なサラダ。サラダはもう出来てるやつを買おう。リサもそこまでは言及しないでくれる。
「いらっしゃいませ~」
店員に会釈され、こちらも会釈を返す。急いでいるとはいえ礼儀は欠かせない。
どこに何があるかは把握している。カゴを持ってそこまで移動し、欲しい食材だけをカゴの中へ入れる。
さっさと買い物を済ませ、揺れを気にしながら全力ダッシュ。エレベーターを待つ時間も煩わしく、マンションでも階段ダッシュ。自分の部屋に着いた時は息も絶え絶え。
だがここでは終われない。
家の中に戻ると電気を点け、味噌汁の具にする野菜を一口サイズに切っていく。一人分でいいから手早く終わり、小さめの鍋に水を入れて沸騰させる。野菜を突っ込み、味噌を溶かしながら、横にフライパンを置いて鮭を焼く。
出来上がったら食器に移し、それをテーブルに置き、ご飯もついだら完成。
「じゃねぇな。野菜もいるわ」
サラダも食器に移し、写真を撮ってそれをリサに送る。返信を気にすることなく晩飯を食べ、食器を洗ってからスマホを確認。
『急いで買ったでしょ』
なぜバレたし!
なんにしても、慌てて買わなくても大した料理は作らない。それは休みの日でゆったりできる時だけだ。
なんて返信するかを悩み、とりあえず先に風呂に入ることにした。着替えを用意し、シャワーを浴びてさっぱりする。ひとり暮らしになるとお湯を張らなくてもいいやって思考に至るようになった。実家に帰ったら湯船に浸かる気はする。
「ふぇっ……」
「ん?」
体を拭いて浴室から出ると、横からか細い声が聞こえてきた。そっちを見ると、顔を真っ赤にしてるましろがいる。月白の髪が相まって顔の赤さがよく目立つ。少し薄い
「大丈夫か?」
「ふ、服きて……」
「それもそうだ」
自分の手を壁にしてこっちを見ないようにしてるましろから、消え入りそうな小声で当然の頼みごとをされる。女子校に入ってるし、彼氏がいたという話も聞いてない。男の裸なんて見慣れてないだろう。リサもそうだった。
手早く服を着て、ドライヤーで髪を乾かしているとましろが横にやってきた。まだ頬に赤みが残ってるが、落ち着けはしたらしい。
「どうした?」
「えっと……」
「黙って来たことは怒らないけど、話はしような」
「うん……」
「何か飲むか? お茶か水かオレンジしかないけど」
冷蔵庫を指差し、そこから好きなものを取れと言外に言う。ましろにはそれだけで伝わって、遠慮気味に冷蔵庫を開けた。
「うわっ」
「中が空いてることは気にするな」
そんな大きい冷蔵庫でもない。さっき使ったやつの余り物しか入ってないが、他に大量に買い込んでも置き場所に困ったりする。3日分入れ込めたらいい方だ。
ましろはオレンジジュースを取り出し、きょろきょろとコップを探す。
「正面の引き出しの上から2段目。そこにコップ入ってるよ」
「あ、ほんとだ。……可愛いのもあるね」
「リサが置いてったやつな」
「なんで?」
「まぁ……一時期いろいろあったから」
おそらく15歳な少女にはちょっと刺激的な話になるから誤魔化す。誓って同棲はしてないが、それに近いことになったのは認める。話す気はないけど。
ましろからの視線が結構痛い。責めるような視線ではなく、何やら複雑な感情が篭ってるその視線が本当に痛い。いっそ責めてくれた方がマシというぐらいに。
「ソファに座って待ってろ」
「うん」
ドライヤーをしまい、自分の分の飲み物も用意してましろの隣に座る。静かなのも妙に居心地が悪い。BGM代わりにテレビを点け、音量を調整したらお茶を飲む。
「ましろがここに来た経緯は?」
「帰り道でおばさんに会って、話してたらいつの間にかここの合鍵を渡されて──」
「オーケー話は分かった。明日にでも母親を問い質すとして、ベッドで寝てた理由は?」
「それは……その……。どうしたらいいか、わからなくて……」
もじもじする従兄妹が可愛い。
それは置いといて。
「テレビ見ててもよかったんだぞ?」
「見たい番組なくて……。落ち着かなかったから横になろうって……ベッドだと、紅葉くんがいる気がして」
なんだこの可愛い生き物。
身内じゃなかったら悶てた。
ため息をつくことで気持ちを落ち着かせ、番組内でスベってる芸人に冷ややかな視線を向けることで誤魔化す。
「それで寝落ちしてたと」
「うん、ごめんなさい」
「驚きはしたけど、ましろならいいよ。鍵閉めてなかったら説教してたけどな」
「よかった。おばさんが『鍵閉めといたらドッキリになる』って言ってくれてたから」
「それなかったら鍵閉めてなかったってことだな? よし少し小言を言ってやろう」
「え……」
ピシッと固まるましろをソファの上で正座させる。俺も正座して膝を突き合わす。
「防犯の意識がなかったってことだよな?」
「家にいる時の癖で……」
「親がいるから許されるだけで、一人なら鍵を閉めろ。そりゃあレスリング選手とかなら女性でもたいてい問題ないと思うぞ? 霊長類最強の女とか犯人が逃げるレベルだな。でもましろはそうじゃないだろ」
「ごめんなさい」
眉を下げてるましろの様子を見る。反省はしてるようだ。説教も面白くないし、現実では偶然でも鍵が閉まっていたのだから、グダグダと言及する必要もない。
どうせなら、ましろの防犯意識をこの際に高めさせよう。
「なんでこの話してるかわかるか?」
「一人だと危ないから」
「そうだな。女の子だと特にな。腕力で男に負けるのがほとんどだ。襲われでもしたら抵抗もできない」
「助けを呼ぶしかないもんね」
「それも大事だが、それは外とかなら有効なんだよ。ここみたいに一室でやられてみろ。助けを呼んでも誰にも聞こえないぞ」
あっと反応するましろにちょっと困らされる。抜けてるとは言わないが、無知故の浅慮さは将来が心配になる。将来じゃなくても、今でも心配させられる。高校生は中学生ほど守られないものなのだから。
「身内だし、贔屓目になっちゃうかもしれないけどな? ましろは可愛い子だよ」
「ぅぇっ……、ありがと……」
「で、可愛い子は狙われやすいんだよ。特にましろみたいに大人し目の子だと、押し切られやすかったりするし」
「そ、そんなことないよ。私だって危ないなって思ったら離れるよ」
「断るの苦手だろ?」
「うっ……」
「少し遊ぶだけとか低いハードルを用意されて、そこからズルズルとってパターンもあるんだ。警戒心は高めなさい」
「はい……」
しょんぼりするましろにくすりと笑い、正座を解かせる。
「線引きをちゃんとして、楽しむものは楽しめばいいんだよ」
「紅葉くん、あのね──」
ましろの言葉を遮るように家のチャイムが鳴らされる。こんな時間に誰だと思ったが、思い当たることがあって焦る。
玄関に向かってる途中で足を止めて振り向くと、ましろがこてんと首を傾げた。ましろは泊まるつもりで来てる。こんな時間に帰らせるわけにもいかない。
もう一度チャイムが鳴らされた。
「紅葉くん出ないの?」
「あー、出るよ」
何を思ったのかましろが側に寄ってくる。できたら寝室にいさせてそこを閉め切っておくのが上策だが。悲しいかな、この時間に起きてしまったましろは眠気を感じさせないほど目がぱっちりしてる。
ましろが代わりに出ようとして、それを阻止して後ろに移動させる。戸惑うましろに何と説明したらいいかも分からず、ひとまず「側にいろ」と指示を出しておく。
ましろが戸惑いながらも納得してくれて、後ろから服の裾を掴む。その理由は分からないが、これ以上待たせるわけにもいかず玄関を開けた。
「チッス紅葉! 遊ぶぞ!」
「これ差し入れ。摘みながらオールな!」
「あぁ、うん。ありがと」
「反応うっす! 遊ぶって話してただろ~。……ん? その子誰!?」
「わーお。紅葉が女の子連れ込んでる」
「語弊のある言い方! 従兄妹だよ」
「せやかて工藤!」
「誰が工藤だ」
「めっちゃ可愛いなこの子結婚して!」
「えぇっ!? え、あの……」
まさかの求婚。彼女になってとかそんなものをすっ飛ばしての最終ゴールを頼み込んだぞこいつ。
ましろに近づこうとするバカの前に腕を突き出して妨害する。潜ろうとするところを足も使って妨害。
「何すんだよ。マイハニーがそこにいるのに!」
「この子に手出したら海に沈めるからな」
「わぉ! まぁいいや。とにかく遊ぼうぜ!」
「このバカはその子から離れさせて、その子の隣に紅葉でいいだろ。せっかくだし、ちょっとくらい一緒にゲームしてもいいんじゃね?」
遊ぶ約束を反故にするわけにもいかず、ましろもいるのだからそれが妥協点。
それで納得して、ましろにもそれでいいか聞いてから二人を中に通した。
今夜は眠らせないよ!