秋桜の揺らぎ   作:粗茶Returnees

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5話 解釈違いなんて当たり前ですよ

 

 睡眠の海の中でぼんやりと意識が浮かび上がる。ぼうっとする頭で、眠たい眼を擦ってから寝返りを打つ。いつもあるはずの抱き枕がなくて、反対側にあるのかなってもう一回寝返りを打つとやっぱりない。

 どうしてだろってぼんやり考えて、カーテンから溢れて入る日差しの位置がいつもと違うことに気づく。そんなに寝相悪かったかなってちょっぴり恥ずかしくなって、もう少し寝たいなって枕に顔を埋める。光に邪魔されないように、枕に私を受け入れてもらうためにスリスリ。

 

 ……いつもの枕と違うって気づいたのはその後だった。

 

「~~っ!!」

 

 ガバッて体を起こしてカーテンを開ける。眩しい光に目が慣れるのに時間がかかったけど、慣れてきた私の目に映った窓からの景色は、やっぱり私の部屋のものとは違う。

 ベッドのすぐ近くにある机。椅子を引いたらベッドに当たりそうなくらい狭いけど、今は座るわけじゃないから関係ない。その机に置かれてるプリントにはたぶん授業内容が書かれてる。高校生のものじゃなくて、それが大学生のものだってすぐに分かる。

 

「私……昨日泊まりに来て……。それで、……ぁぅ」

 

 顔を手で覆ってその場にしゃがみ込む。

 恥ずかしいことをした。おばさんに鍵を渡されて分からぬままにここに来て、紅葉くんのベッドで寝ちゃってて……。起きたらお風呂あがりの紅葉くんとばったり会っちゃって……。

 

「ぁぁぁぁ……! 思い出しちゃダメ……!」

 

 思い出して顔が沸騰しそうなくらい熱くなる。小さい頃は一緒にお風呂に入ったことはあるけども、それも小学校入ってからはなくなった。それ以降見たことなんてなくて。

 

「だから考えちゃダメなのにっ!」

 

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! 

 

 ここは紅葉くんのお家で、紅葉くんがいつも寝てる部屋で。私はそこで寝ちゃって、それでこんな事思い出しちゃって。こんなの考えちゃってるなんて私……。

 

「えと、あの後は紅葉くんのお友達が来たんだよね」

 

 言葉に出して変な考えを強引に終わらせる。私の中の悪魔っぽいのがさっきのを未だに囁いてるけど、私はそれには耳を傾けたりなんてしない。

 紅葉くんたちと一緒にゲームして、紅葉くんと同じチームにしてもらって──

 

【押し倒されたよね!】

 

 天使さん!? 

 

 なんてことだろう。私の中に出てきた天使さんまで敵だった。

 頭の中でその時の記憶が鮮明に蘇ってくる。少し顔を上げたらキスできちゃいそうなくらい顔が近くて、紅葉くんの綺麗な紅色の目は私しか見てなくて。髪を退けてくれる時にほっぺに指先が触れて、それが少しこそばゆかった。

 

 ──二人っきりだったらよかったのに

 

「っ!? だめだめダメダメ! 私何考えてるんだろ!」

 

「ましろ? どうかしたのか?」

 

「ひゃぁっ!」

 

 一人で騒いじゃってる私を心配してくれてるのが分かる優しい声。それに驚いた私は、今まともに紅葉くんを見ることなんてできなくて、咄嗟に紅葉くんの布団の中に体ごと隠す。

 

「……なんで布団に包まってんの?」

 

「へっ!?」

 

 紅葉くんの言葉が頭の中でグルグルとトリプルアクセルを成功させる。それの脳内処理が終わった瞬間私の目もグルグル回って布団から飛び出す。

 

「うわぁぁぁ!! あぁ……っ!」

 

「ちょっ、落ち着け!?」

 

 紅葉くんの顔をまともに見られない状態なのに紅葉くんの布団に包まっちゃってたなんてそんなの言われたら紅葉くんの存在を全身で感じちゃってるようなものでそれを見られたなんて私はもうどうしたらいいのか──

 

「怖い夢でも見たのか?」

 

「~っ!」

 

 気づいた時には私は紅葉くんの腕の中にいた。私が振り回してた右手を握られて、背中に手を回されてギュッてされてる。小さい頃に私が泣いてたらよくしてくれてたこと。

 恥ずかしいはずなのに、それ以上に安心感があって落ち着ける。紅葉くんは私より断然身長が高くて、こうやって紅葉くんの胸に埋まってたら赤くなってる顔も見られないで済む。落ち着いてくると自分の息が上がってたことに気づいて、紅葉くんが優しく背中をポンポンってしてくれるタイミングに合わせて呼吸してるとそっちも落ち着いた。

 

「大丈夫か?」

 

「……うん。ありがとう」

 

「怖い夢でも見たのか?」

 

 同じ質問。紅葉くんが心配してくれてる証。私は首を振って違うって答えた。

 

「紅葉くんのせい」

 

「なぜに!?」

 

「ふふっ、紅葉くんが悪いの」

 

「えぇ……」

 

 紅葉くんにちょっと寄りかかって目を閉じる。揶揄ってるのがなんだか楽しい。懐かしい頃を思い出せる。

 

「朝飯食べるだろ?」

 

「何かあるの?」

 

 たしか冷蔵庫にはほとんど何もなかったはず。私はここに来たのが初めてだし、どこか別のところにも食べ物があるのかもしれない。

 紅葉くんから離れて見上げると、痛いところを突かれたって雰囲気で苦笑してるのが見える。

 

「息抜きにコンビニ行ってたから、パンは買ってきてある」

 

「そうなんだ。いただきます」

 

「ん。食パンにするか菓子パンにするかはましろが決めてくれ」

 

 こくりと頷いて、じーっと見つめる。たぶん視線はちょっと冷めた感じ。私がそうするのがわからないみたいで、紅葉くんは首を傾げた。

 

「どうした?」

 

「……着替えるから出て」

 

「……ごめん」

 

 紅葉くんが部屋を出てドアをそっと閉めてくれる。そういうことに鈍いのはどうなんだろって思う。人のこと言えないんじゃないかな。

 持ってきてたカバンから着替えを取り出して寝間着から私服へと変える。その途中でふと自分の体に視線を落とす。スタイルに自信とかあるわけじゃないけど、大人の女の人っぽくなったとは少しだけ思ってる。

 

 もし……紅葉くんが見たら、どう反応するんだろう……。

 

 そんな"もしも"を考えて、その場を想像しちゃって顔が熱くなる。

 仮にそんなことがあったとしても、私は紅葉くんの反応を見るより先に恥ずかしさで意識が飛ぶ。隼並みの速さでそうなると思う。

 

「でも……」

 

 でも、もしそんな事があったら。

 

「意識してくれるかな……」

 

 胸がギュッて締め付けられる。苦しくて辛くてイタい。

 期待は時にキツくなるって知ったばかりなのに、どうして淡い気持ちを抱いてしまうんだろう。

 考えれば考えるほど胸が苦しくなる。イタくて、泣きそうで、だけど何をすることもできない。

 

 せっかく紅葉くんが落ち着かせてくれたのに……。

 何も考えなかったらいいのかな。

 上を見ることはやめたほうがいいのかな。

 

 私に相応しいのは──なのかな。

 

 ワンピースタイプの服を着て、俯きながらドアを開ける。ドアの斜め前に冷蔵庫があって、紅葉くんはちょうどそこにいた。

 

「おはようましろ。飲み物は何にっ……と」

 

 振り向いてくれた紅葉くんの胸に飛び込む。背中に手を回して強く服を掴む。

 紅葉くんはビックリしてたけど、何も言わずに私を包んでくれた。

 

 なんで私はこうなんだろう。

 紅葉くんに頼ってばかりなのはやめようって決めてたのに。自分の力で頑張るんだって決めてたのに。

 どうして私は紅葉くんにいてほしいんだろ……。わかんない、何もわかんないよ……!

 

「ましろ。一緒に朝ご飯食べよう?」

 

 私が返事をする前にチャイムが鳴る。紅葉くんが目で合図したのかな。リュウさんがドアを開けに行った。いつもなら気になるけど、今は何も気にならなかった。

 

「あれ? 久しぶりだね」

 

「わーお。リュウさん久しぶり~! 紅葉は?」

 

「いるけど……ちょっと」

 

「なになに? もしかしてまだ寝てるの~?」

 

 気にならなかったのに、来た人の声で体がビクッてなって固まった。胸がまたギューッて苦しくなって、紅葉くんに回してる腕に力が入る。

 

「ありゃ、朝からお熱い……」

 

「だからちょっと待ってほしかったんだけど」

 

「あはは……ごめんね」

 

 来たのは今井さん。紅葉くんの家に何個か食器を持ち込んでる人。たぶん、今は会いたくなかった人。

 

なんで……来ちゃうの……

 

 私の小さな抵抗は誰にも拾われることはなかった。

 

 今井さんが来たのは、冷蔵庫に全然食材が入ってないのを見越してのことみたい。袋からは食材が見え隠れしてる。

 私と紅葉くんはソファに座って、コンビニで買ってきたっていうパンを食べてる。その間に今井さんが食材を冷蔵にしまって、これまた持ってきたっていうコーヒーを入れてくれた。ミルクと砂糖がほしい。

 

「さて、鬼嫁もとい新妻さんが来たことだし、俺らは帰るわ」

 

「何言ってるんですか!?」

 

「ついでにゴミも捨てに行っとくよ」

 

「サンキュ。じゃあまた大学で」

 

「おう! あっ、明日のも忘れんなよ!」

 

「わかってる」

 

「それじゃ、お邪魔しました~」

 

 二人が帰っていって、部屋が少し広く感じる。賑やかな人がいなくなったのもあって、変に静かだと思っちゃう。

 

「紅葉。明日のって何の話?」

 

「個人的な話」

 

「ふーん? なら聞かない」

 

 今井さんが私の反対側、紅葉くんの隣に座る。

 

「挟まれた」

 

「両手に花でいいじゃん?」

 

「この後寝たいんだが」

 

「やっぱオールで遊んでたんだ。そんなことだろうなって思ったよ」

 

「寝てないの?」

 

「寝てないな。夕方からバイトあるし、それまでは寝ようかと思ってる」

 

「はいはい。アタシらは目覚めし代わりね」

 

「いや起きれるよ……」

 

 紅葉くんが寝坊したって話は聞いたことない。おばさんも「その辺の手間がかからないのはありがたいのよね」とか言ってたし、紅葉くんは本当にちゃんと起きれるんだと思う。

 

「じゃあ寝る前に手短に話しとこっかな」

 

「なにを?」

 

 気が抜けたのかな。紅葉くんの意識が一気にぼんやりとしだした。横になったらすぐに寝れるんだろうね。

 

「アタシ今日泊まるから」

 

「は?」

 

 そんな眠たげな感じが一気に弾け飛ぶ。私も横でぽかんて口開けてる。発言の衝撃が強すぎるよ。

 

「お前正気か?」

 

「正気も正気。紅葉なら大丈夫って信じてるもん。それに、週末のほうが自堕落な生活送ってるみたいだし?」

 

「息抜きを兼ねてるんだけどな。ましろはどうする?」

 

「え?」

 

「いや、ましろの予定聞いてなかったし。今日帰るつもりだったのか、もう一泊するのか。ましろの好きにしていいぞ」

 

 眠気が強いのかな。紅葉くんはちょっと投げやりだった。

 チラッと今井さんの方を見る。きょとんとしていて、何も気にしてなさそう。それがなんだか余裕に見えて私の心が掻き乱される。私は紅葉くんの服を縋る気持ちで掴む。手が震えててうまく力が入らないけど掴んでいたかった。

 そっと紅葉くんの手が重ねられる。

 

「ましろももう一泊しようか。必要なら家に連絡しとけよ?」

 

「……うん」

 

 紅葉くんは私のこの気持ちを分かってくれてるわけじゃない。

 

 私にだってうまく言葉にできない。

 

 それでも汲み取ってくれる優しさが。その朗らかな対応が。

 

 

 私がまだ子どもとして見られてるんだって認識させられる。

 

 




 作者はましろちゃんに強めの幻覚を見ています。
 
 
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