秋桜の揺らぎ   作:粗茶Returnees

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6話 隣の芝は青く見える

 

 紅葉が寝室に入っていく。眠気の限界かドアを閉めるのも忘れてベッドにダイブ。布団すら押し潰してるのはどうかと思うんだけど、今さらどうしようもない。アタシの力じゃかけ直してあげることもできないし、ましろちゃんと協力しても厳しそう。

 風邪にかからないように神様頼みするしかなくて、速攻で寝息を立て始めた紅葉にクスッと笑いを零しながらドアを閉める。

 

「眠たい時はいつもあんな感じかな?」

 

「……分からないです。そういう姿は初めて見たので」

 

「ふーん? 年上の意地かな」

 

 紅葉が眠ってる寝室にチラッと視線を向けてから、ましろちゃんに視線を戻す。固い感じ。初めてあった頃の紗夜の固さとは違って、燐子みたいに緊張してる感じかな。でも、それだけじゃなくて警戒もしてそう。

 

「うーん、お互い紅葉が間にいて知り合ったし、いきなりこの状況はキツイよね」

 

「……」

 

「コーヒーのおかわりいる?」

 

「あ……いただきます」

 

「すぐ入れるからちょっと待ってね~」

 

 アタシの分のコップとましろちゃんのコップを回収。ついでに紅葉のも回収して、紅葉のコップは洗っとく。

 

「慣れてるんですね」

 

「へ? あぁ、そこそこ来てるからね」

 

「食器持ち込むほどですもんね」

 

「まぁね。ちょーっと慌ただしい時期があって、その時にね」

 

 さすがに分かりやすいよね。ひとり暮らししてる男の子の家で、本人に似合わない食器があるんだから。我ながらよくそんな事ができたなって感心しちゃう。……それぐらい、あの時は余裕がなかった。私も、紅葉も。

 二人分のコーヒーを入れて、アタシが持ってきてた牛乳も入れる。砂糖の分配は本人に任せるのがいいよね。

 

「はい、ましろちゃんの」

 

「ありがとうございます」

 

「砂糖はセルフでお願いね」

 

「はい」

 

 ましろちゃんの隣、少し間を開けて座る。仲がいい人にはよく「距離が近い」って言われるんだけど、さすがのアタシもほぼ初対面の子相手にそういう距離にはならない。心の距離に似てるかな。

 さてこれからどうしよう。話題が見つからなくて気まずい。共通の話題なんて紅葉以外ないし、バンドはましろちゃんがまだだし。

 とりあえずテレビに頼ることにした。電源を入れて、何かないかな~って言いながらチャンネルをコロコロ変える。ましろちゃんの様子も見て、目を引くものがあればそれでもいいかな。

 

 そんな期待は裏切られました。特にこれといったものはなかったです。

 

 BGMになる程度のバラエティ番組を流して、ふと昨日ましろちゃんにあった時のことを思い出す。

 

「あの制服って月ノ森の服だよね?」

 

「えっ……あ、はい。そうです」

 

「よかった当たってた~。アタシ羽丘に通ってるんだけど、月ノ森はうちとも花女とも違って完全にお嬢様学校じゃん? 入ってすぐだとは思うけど、印象どんな感じ?」

 

「そう、ですね」

 

 グイグイ行っちゃってるかな? ましろちゃんが髪を弄りながら視線を下げてコーヒーを見つめてる。話題を変えようか悩んで、他に何かないかと考えてると小さな口が開いた。

 

「周りには凄い人がいっぱいいるんです。スゴイ頭が良かったり、運動できたり、才能に溢れてる人がたくさん。……でも、私には何もなくて」

 

 おや、これはもしかしてアタシ地雷を踏み抜いた?

 

「で、でもほら。ましろちゃんはバンド組むんでしょ? これからだと思うよ」

 

「バンド……組んだら楽しいかなって、思ったんですけど……。なかなか上手くいかなくて」

 

 自虐気味の笑顔がとても悲しかった。無理に取り繕ってる。寂しい笑顔。

 そっか……昨日の時点では既に……。それなのにアタシは応援するって言っちゃったんだよね。この子にとってそれは追い打ちになっちゃったんだ。

 

「あの、今井さん?」

 

「ごめんね」

 

 ましろちゃんを優しく抱きしめる。アタシにこんな事されても嬉しくないだろうけど、こうしないといけない気がしたんだ。戸惑ってるましろちゃんの頭をそっと撫でて、そのうちましろちゃんも受け入れてくれた。

 

「私、結構考えるのが癖なんです。ああだったらいいな、こうだったらいいなって。楽しいことをいっぱい考えて……。でも──」

「それは悪いことなんかじゃない」

 

「ぇ……」

 

「誰だってそう考えるもん。おかしなことじゃない。ましろちゃんは、人よりもいっぱい想像しちゃうのかもしれない。けど、それは絶対に間違いなんかじゃない。今は少し休んで、また前を向けるようになるから」

 

「そんなこと……だって、私は……!」

 

「それはたぶん、アタシじゃなくて紅葉に話すことじゃないかな?」

 

「っ!」

 

 息を詰まらせて泣きそうになってる。瞳が揺らいでて、何か言おうと口を開いては閉じての繰り返し。

 ましろちゃんもきっと解ってる。紅葉と話さないといけないことだって。ましろちゃんにとってとても辛いことだと思う。アタシが話を聞いて、間を取り持つってやり方でもいい。

 けど、きっとアタシは間に入らないほうがいい。やり方は一つじゃない。なんでも間に入ればいいわけじゃない。そういうのもアタシはRoseliaで学んだから。

 

「辛いことを言ってるのはわかってる。でも、紅葉が受け止めるってこともアタシは知ってるから。その事はましろちゃんの方が知ってるでしょ?」

 

 唇を噛み締めたましろちゃんがこくりと頷く。腕の中で肩を震わせてる彼女を見ると、残酷なことをしてるって嫌でも実感できる。仲介者になってあげたくなる。それを抑えて、アタシは二人の手を引き寄せる役じゃなくて、この子の背中を押す役にならないといけない。

 

「ねぇ、ましろちゃんにとって紅葉はどんな人?」

 

 ましろちゃんを放して体勢を元に戻す。ましろちゃんはコーヒーを二口飲んでから話してくれた。

 

「一言で言うと、紅葉くんはお兄ちゃんなんです」

 

「二人を見てたらまぁそんな感じはするね」

 

「……いつも私の手を引いてくれてました。紅葉くんはいろんなことに挑戦するから、いつもどきどきしながら見てました。一歩間違えたら大怪我するようなこともしてたんです」

 

 やんちゃな少年期ってやつかな。今はそんな感じしないけど。

 

「どんなことでも挑戦するのがカッコよくて。いつもキラキラしてるんです」

 

「そんな紅葉が好きなんだ?」

 

「はい。…………はい?」

 

「違うの? 今ましろちゃん楽しそうに話してたよ?」

 

 動きが静止したましろちゃんの頬が赤くなっていく。アタシに顔を見られないように反対側を向いてるのを見てると、反応が可愛くてつい揶揄いたくなる。自重するけども。

 

「わかんないんです……」

 

「ん?」

 

 まだ頬に赤みが残ってるましろちゃんが、胸をぎゅって握りしめながら振り向く。

 

「紅葉と一緒にいると、もっともっと一緒にいたくなるんです。でも甘えるのはやめたくて。こうやって考えるとどんどん胸が苦しくなって、切なくなるんです……! コレ、なんなんですか? 私……どうしたらいいんですか……!」

 

 ああ、そっか……。ましろちゃんはそう(・・)なんだ。

 

「ごめんね。そこはアタシ、力になれないや。それに名前をつけるのは、ましろちゃん自身がやらないとダメだと思う」

 

「そんなの……っ」

 

 ごめんねましろちゃん。アタシはそれだけは何も言ってあげることができないんだ。

 その役割はアタシじゃない。ヒントを与える立場にいるのは一人しかいない。

 

「紅葉と一緒にいたらきっと解るよ」

 

「へ……?」

 

「紅葉のことで悩んでるなら、紅葉の側にいたらいい。そしたらいつの日かストンって結論を出せる時が来るから」

 

「いつの日かっていつですか?」

 

「そこはましろちゃん次第だよ」

 

 自分のことへの気づきは、自分でするのが一番いい。周りができるのはそのきっかけ作り。時には答えを教えてあげてもいいんだろうけど、それだけじゃ駄目なんだ。

 自分で考えること。自分で答えを出すこと。

 それはすぐにできる事じゃない。だからって後回しにすることでもないんだよね。

 

「そういえばましろちゃんって食べ物でアレルギーとかある?」

 

「いえ、ないですけど」

 

「ならよかった」

 

 紅葉は起きてこないだろうから、お昼はましろちゃんと二人で。もちろんアタシが作るし、ましろちゃんに手伝ってもらうのもありかな。

 お昼にはまだ早いけど、アレルギー確認は大事だからね。

 

「お料理されるんですか?」

 

「うん。アタシ料理好きだし、バンド練とかでもよくクッキー持ってくよ」

 

「あの……教えてもらってもいい、ですか?」

 

 まさかましろちゃんから提案されるとは意外だなぁ。ちょっと面食らっちゃった。

 

「もちろん! 紅葉の胃袋掴んじゃえ!」

 

「ふぇっ!? それは……」

 

「紅葉の好みの味付けとか知ってるし、その辺も教えられるよ~?」

 

「…………よろしく、お願いします」

 

「うん!」

 

 ましろちゃんはまだアタシに対して距離感を測りかねてる。警戒心が消えてない。それでも、ましろちゃんからも歩み寄ってくれてるのが嬉しい。

 一緒に料理作ったり、テレビを見たり。簡単に作れるお菓子を教えてあげたり、紅葉の好みを教えてあげたり。やっぱり紅葉が関わると食いつきが良くて、それが可愛くて微笑ましい。

 

「おはよ……」

 

「おはよう紅葉くん」

 

 紅葉が起きてきただけでも表情が明るくなった。すっごく分かりやすい。

 

「おはよ~。思ったより早く起きたね?」

 

「バイト行く前に適当に食べていくし」

 

「適当はダメだってば。アタシとましろちゃんで作るから顔洗ってきなさい」

 

「お前は母親か」

 

 なんか言ってるのを流して、ましろちゃんと台所に立つ。手分けして紅葉の分を用意して、味付けとかは全部ましろちゃん。紅葉の好みの味にしたいみたいで、アタシは横から教えた。

 

「間に合わせだけどいいよね」

 

 ご飯に箸を伸ばす紅葉を見ながらそう言う。ましろちゃんがそわそわしてて、紅葉の反応が気になってるのが丸分かり。

 

「リサが作るやつに文句なんて出ないよ。美味しいし」

 

「ありがと。でもこれはましろちゃんが作ったからね?」

 

「……まじで?」

 

「まじで」

 

「……味、大丈夫かな?」

 

 落ち着きなく聞いたましろちゃんに、紅葉はふわっと笑って頷いた。

 

「美味しいよましろ。ありがとう」

 

「本当? よかったぁ」

 

 ホッと胸を撫で下ろしたましろちゃんに、良かったねって言いながら二人の関係に納得する。

 アタシじゃ見ることができない紅葉の表情もあるんだよね。

 

「ご馳走さま。俺がバイト行ってる間どうする? もうすぐ夕方だけど、ましろが鍵持ってるしどっか出かけててもいいんだぞ?」

 

「うーん。ま、軽く出かけるのもいいかもね」

 

 どうするかはましろちゃんの意見を優先するけどね。大人しい子だし、先輩でまだ面識の薄いアタシとずっといるのは疲れるかもしれない。本人が一番気楽にいられる過ごし方にしよ。

 

「私は、別に……」

 

 決めかねてるね。

 紅葉としては、夜遅くならないうちに戻ってきておけばいいって考えだろうけど。全部委ねてる感じあるね。ましろちゃんの手を引いてた頃の反動かもしれない。

 

「あっそうだ」

 

 食器を洗って、バイトに行く準備が終わった紅葉が何か思い出してピタッと止まる。その視線はましろちゃんに向かってて、何か伝えることがあるみたい。

 

「ましろ明日遊びに行こう」

 

「え?」

 

「嫌ならやめとくけど──」

「嫌じゃないよ。……行きたい。紅葉くんと一緒に遊びたい」

 

「よかった。細かいことは帰ってきたら話そ」

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 ほんと、嬉しそうに綻んじゃって。

 紅葉が家を出て行った後、ましろちゃんに視線を向けて気づいた。この子今想像の世界に旅立っちゃってる。

 

「って! それしてる場合じゃないよ!?」

 

「ふぇっ!? ど、どうしたんですか!?」

 

「どうしたじゃないよ! わかってる? 明日紅葉とのデートだよ?」

 

「デート? ……………ぁぅ」

 

 そこまでは頭が回ってなかったか……!!

 これはもう家にいる場合じゃない。時間が少ないけどできる限りのことはしないと。

 

「ましろちゃん出かけるよ」

 

「ど、どこにですか?」

 

「デートなんだからお洒落しなきゃ!」

 

「ふぇ……で、でーとって言わないでくださいぃ……」

 

 何言ってんの! 男と二人ならそれはデート! お洒落は欠かせないよ!

 

 




 ましろちゃんが淡い気持ちを抱いてる相手の家を我が家の如く自然体に過ごし且つどこに何があるかも把握してるリサ姉。
 ましろちゃんにダメージが入ってることには気づいていない様子。
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