何がなんだかよく分からないけれど、私は今井さんに急かされるように手を引っ張られて外に出てる。外出しなくてもいいかなって思ってたんだけど、それじゃあ駄目みたい。明日のためのお出かけなんだとか。
「ましろちゃんって服のレパートリー多い方? あんまり冒険しないタイプ?」
「冒険は……しないです。あまり目立つのは買わないです」
「うーん、じゃあ家に行っても今と似た感じのが多いのかな」
「そう、ですね。ワンピース以外もありますけど、だいたい似てるかもです」
家に行ってもってどういうことなんだろ……。レパートリー多かったら家に向かってたかもしれないってことかな。
さすがに昨日今日話すようになった人をいきなり家に招待するのは難しいよ。紅華くんとか今井さんはやりそうだけど、私にはハードル高いよ……。
「迷う時間を入れて考えたら余裕ないし、ここはショッピングモールに直行だね」
「あの、これから何をするんですか?」
「何って買い物だよ? せっかくだし、紅葉にオシャレな姿見せたくない? 派手とかじゃなくて、ましろちゃんの良さを引き出す感じで」
「そう言われましても……、私……普通ですし」
「え。まじで言ってる?」
今井さんが信じられないものを見たような目で私を見てくる。まるでフラミンゴの群れの中に1羽だけいる孔雀を見てるような、そんな唖然とした目。
「あぁでも、燐子みたいなタイプもいるもんね。……ん? 燐子?」
一人で納得した今井さんは、カバンからスマホを取り出して手際よく操作した。達人の域ってぐらいに操作が早い。
スマホを耳に当ててるから、誰かに電話してるんだ。たぶん、その燐子さんって人だよね。
「あ、もしもし燐子。今大丈夫?」
燐子さんも電話に出るのが早い。今井さんがスマホを耳に当ててすぐに喋りだしたもん。
「急な頼みだし、燐子の都合がよかったらでいいんだけど、これからショッピングモールに来てもらってもいいかな? ちょっとコーデを手伝ってほしくて」
今井さんの電話はわりとすぐに終わって、どうやらその燐子さんって人も来ることになったみたい。展開の早さについていけないんだけど、今井さんに声をかけられて足を動かす。
「いやーごめんね。ましろちゃんってアタシとは違うタイプだし、服選びの時に近い感性の人の方がアドバイザーとしても適任かなって思って。ましろちゃんのことをもっと知ったら、アタシもいい感じにアドバイスできる自信はあるんだけどね」
「いえ……気を使っていただいてありがとうございます」
冷静に考えてみたら、私が普段着るような服装は、もちろん紅葉くんが私と過ごす時にもよく見る服装。自分の好みだけだと、どうしても似たやつばかりになるし、私だと『妹分の服』って印象が強いと思う。
だから、紅葉くんの年齢に近い人の感覚は、きっと紅葉くんにいつもと違う印象を持ってもらえるはず。
「あはは! いい感じになってきたね~」
「いい感じ、ですか?」
「うん。デートに意識が向いてる」
「でっ!! だ、だからでーとじゃ……!」
「ごめんごめん。さ、ちょっと急ごっか。燐子もすぐに向かうって言ってくれてたから」
「うぅ……」
完全に振り回されてる。燐子さんに来てもらっておいて待たせるわけにも行かないし、特に反論することもできなかった。
振り回されてるのに、それを嫌だとは思えない。
今井さんのことはちょっとアレなのに……。嫌いとかじゃなくて、苦手ってわけでもなくて、でも壁を作ってしまう人。
それなのに、こうして一緒にいることが、連れ回されるのが嫌じゃない。
なんで──とは思わない。わかってる。
数年前までは、私をこうして連れ出してくれてたのが紅葉くんなんだ。その姿と今の今井さんが重なって見えてしまう。……少しだけなんだけどね。
「っと、燐子よりは先に来れてるかな?」
「だといいんですけど……」
「あぁ……ギリギリだったか~」
今井さんが手を振ってる方には、夜空みたいに綺麗な黒髪が腰辺りまで伸びた人がいて、その人もこっちに気づいて手を振り返してる。本人を見てから気づいた。燐子さんって、Roseliaのキーボードの白金燐子さんのことだったんだ。
「すみません……。お待たせしてしまったようで」
「いやいやいやいや! 急に呼んで来てもらってるだけでもありがたいし、アタシらも燐子を待たせるわけにはって急いできたとこだから」
「そうですか? それなら、よかったです」
「ほんっと来てくれてありがとう燐子」
「今井さんには……いつもお世話になってますから。それで……そちらの方は?」
「あ、この子は倉田ましろちゃん。月ノ森の1年生で、紅葉の従兄妹」
「初めまして。倉田ましろです。その……来ていただいてありがとうございます」
今井さんの紹介に便乗して自己紹介する。燐子さんは、落ち着いてる感じで大人っぽい。
「白金燐子です。微力ながら……お力になれたらと思います」
「よろしく、お願いします。白金先輩」
「ちょっと気になることあるけど、まぁいいや。時間も限られてるし早速入ろっか!」
「そうですね」
今井さんの先導でショッピングモールに入る。白金先輩は歩き方とか些細なことでも華やかに見える。自然にできてることで、それがすごい淑女って感じがする。
移動中は今井さんが中心になって話を回してくれてるんだけど、白金先輩も私のことを気にかけて話を振ってくれる。そういうのは慣れてない感じが出てるんだけど、苦手なことを意識的にしてるのがすごい。
「とりあえず明日のための服を買って、できたらワンポイントぐらいでアクセもあったらいいかな」
「明日のため……ということは、
「ふにゃっ……!」
「あ、燐子。デートって言うとこうなるよ」
「先に……言ってほしかったです」
服屋さんに入ってそんな事を言われちゃうと、勝手に頭の中で明日の想像が膨らんじゃう。
どこに行くかも聞いてないのに。
私と……紅葉くんと……二人で……。
「おーいましろちゃん?」
「ぇ……あっ、すみません! ぼーっとしちゃって……」
「ううん。こっちこそゴメンね。それで、まずはましろちゃんがどんな服を選びがちか教えてもらっていい? その傾向から、ちょっとだけ挑戦してみた服を選んでみるのがいいかなって燐子と話したんだけど」
「わかりました」
今井さんと白金先輩の服装は本当にタイプが違う。肌の露出で言ったら正反対ってぐらいに、白金先輩は肌を見せない服装。
私はたぶん、そういうのも普通ってレベルなんだけど、白金先輩に近い好みな気がする。白金先輩は、派手じゃないけど可愛いフリルとかが控えめにあるし。それを着てて『可愛い』って印象よりも『綺麗』って印象が強くなってるのは、同じ女子として羨ましいような。
「パッと手に取っちゃうのはこういう服ですね」
「色合いで言えば爽やか系か~」
「デザインも……シンプルな感じですね」
私が手に取った服を見て二人がふむふむって頷く。白金先輩が何度か私と服を交互に見て少し考え込んだ。
私のコーディネートは……たぶん難しいんだと思う。平凡で埋もれちゃうし、自分をアピールするの苦手だから、そういう服も着れないし……。
「分かりました」
「え?」
「倉田さんは……素材がいいですし……倉田さん自身を引き立てるものを、選びましょう……」
「私別に良くなんてないです……。平凡だと思います」
「そんな事はないんです。倉田さんは……可愛らしい方です。なので……こういうのも、似合うと思います」
そう言って新たに取り出した服は、私だけだと選びそうにない服。だけど、敬遠するような服でもなかった。私の視点だと見落としがちなデザイン。
「それで……上がこれになると……下は結構選べる範囲が……広いと思います。倉田さんが好きな色でも……いいのではないでしょうか」
「だね~。さすが燐子!」
「いえ……衣装を考えることが……多いので」
「Roseliaの衣装って、白金先輩が考えてるんですか?」
「はい。意見を貰うことも……ありますが、私が考えて……製作してます」
「製作まで!?」
衣装ってそんな簡単にできるものじゃないはずなんだけど……。紅葉くんたちも、たしかライブ衣装は別の人にお願いして作ってもらったって言ってたし。燐子先輩って何者なんだろ。
はっ! もしかしてRoseliaの人たちってライブ以外にも凄いことができる人なのかな!?
「話盛り上がってるとこ悪いんだけど~。ましろちゃん一回試着してみたら?」
「それもそうですね」
「それじゃ試着室にゴーゴー!」
「ちょっ、ちょっと待ってください……!!」
「んー? どうしたの燐子?」
今井さんに案内してもらってたら、白金先輩に呼び止められる。
「あの……スカートかパンツも選んだ方が……いいと思います」
「え、でも下は好きなのでいいって話なら、今回買うのは上だけでもいいんじゃない? ましろちゃんと連絡先交換して、相談しながら家で決めるってパターンもできるし」
さらっと連絡先交換が確定してる気がする……。
でも白金先輩となら、連絡先を交換してもいい気がする。相談できる事が、これから増えるかもしれないし。
「いえ……倉田さんが良ければそうしますが……あの、倉田さん……今着てるのワンピース……」
あ……。って声が聞こえた。それが私の声なのか今井さんの声なのか。もしくは両方か。
「ぁぁぁっ……! 私ちょっと選んできます!」
「ましろちゃんそっちメンズ!」
ちょっとしたドタバタもあったんだけど、無事に上下揃えての試着も済んで、せっかくだからと上下一式で買った。
「うーん、アクセどうしよっか。時間もなくなってきたし……」
「必須というわけでも……ないのでしたら、またの機会に……買うのもいいんじゃないでしょうか。それこそ……鷺森さんと一緒に」
「紅葉くんと……。来られでしょうか?」
「ましろちゃんの頼みなら断らないと思うけどな~。明日のは紅葉が考えてるみたいだし、また違う日にこのカードを使いたいよね」
迷惑じゃなかったら……いいな。
「ひとまず……明日はその服でいいかと……。今井さんが……他にも案を考えてると……思います」
「ふふん。任せて!」
グーを握る今井さんは、何やら自信満々だった。変なことにはならないと思うし、ちょっと怖いけど頼りになる気がする。
買い物を済ませてショッピングモールを出る。これだけのために白金先輩を呼んでしまったのが申し訳なくて、連絡先を交換しながらその事を謝った。
「呼んでいただけて嬉しかったです。私も……楽しめましたし……よかったらまたお出かけしましょう」
「は、はい!」
すごい優しい人で、燐子先輩に後光が差して見えた。この人は天からの使いなんじゃないだろうか。
「何か忘れてるかと思ったら思い出した! ましろちゃん帰ったらアレ探すよ!」
「アレ……ですか?」
「うん。エッチな本」
「ふぇっ!? な、ななな、なにを……いってるんでひゅか」
「いやー。ひとり暮らしの男子なら当たり前じゃん? 探してみたくない?」
「今井さん……いつの間に、そういうのに……抵抗感じなくなったんですか?」
「……正直抵抗はあるよ? ただ、紅葉相手には吹っ切れちゃうんだよね……」
哀愁を漂わせた今井さんが遠い目をする。動揺してた私はパニックになって思考がまとまらない。
「裸でも見られたんですか?」
「ひゃだきゃ!?」
そこに来て白金先輩のこの発言。私には核弾頭を投げ込まれたようにしか思えなくて、目がぐるぐるメリーゴーランド。
ふらふらって倒れそうになった私を白金先輩が後ろから支えてくれる。ぼうっとしてるけど、お礼言わなきゃって口を開こうとして、それより先に白金先輩の声が耳元で発せられる。
「えっちな本を探すならベッドの下ではないですよ」
なんのはなしをされてるんだろう……。
「え!? ベッドの下が定番じゃないの!?」
今井さん、のらないでください。
「定番だからこそ隠すのはそこじゃないんです。木を隠すなら森。本棚を探ってください。カバーで隠すか違う本のケースに入れてる可能性があります。もしくは仕掛けですね。引き出しの底を偽装する場合もあります。簡単にできて誤魔化しやすいのはこの手の位置です。それと倉田さん。あなたは自信ないようですが、十分容姿が優れておられます。はっきり言ってしまえば、庇護欲をそそられる控えめな可愛らしい印象なのですがそこでさらに胸が大きいです。これはもう武器ですよ。もしえっちな本を見つけたらそれを参考にして迫るのも、相手に自分の成長を意識させるのに有効な手だと思います」
こんな時ばかりは自分の癖を恨みたくなる。見つけちゃって、その格好をしたら意識してくれるかな、なんてはしたないことを考えてしまったのだから。
そんな事を考えてしまって、私は意識が飛んだ。
「いきなりどうしたの燐子。詳し過ぎない?」
「何か電波を受信してしまいました。……何かの作品の……影響でしょうか?」
「そっか~。それなら仕方ないね。あこと一緒にいて伝染ったのかも」
「ふふっ、かもしれないですね」