秋桜の揺らぎ   作:粗茶Returnees

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8話 無意識は鉄壁の防御

 

 沈んでいた意識が浮上して、ぼやける視界に白い光が映る。それが部屋の電気だと認識できた頃には頭もはっきりしてきて、トントントンって包丁で切ってる音が聞こえてくる。

 体を起こしてそっちを見たら台所に今井さんが立っていて、私はソファで寝ていたんだって今気づく。

 ここは紅葉くんの家なんだけど、たしか白金先輩と今井さんと三人で買い物してて……、その後の記憶が飛んでる。

 

「ましろちゃん起きたんだ。ベッドに寝かせてあげようと思ったんだけどね」

 

「あの……私はなんで寝てたんですか?」

 

「ん? 覚えてない? 買い物の後に燐子と三人で話してて、その時にましろちゃんキャパオーバーしてたんだけど」

 

「白金先輩…………あっ」

 

「思い出さない方がよかったか~」

 

「~~っ」

 

 刺激的な話になったんだ。犯人は今井さんだけど、白金先輩に耳元で……あんなこと言われて……。

 私はそれを想像しちゃって気を失ったんだ。思い出した今も火を吹きそうなくらい恥ずかしい。ソファにあるクッションを抱きしめてそこに顔を埋めた。穴があったら入りたいよ……。

 

「ご飯は紅葉が帰ってきたらでいい? 遅くなっちゃうけど」

 

「らいりょうふれふ……」

 

「あはは……、りょーかい」

 

 料理の音がまた聞こえてくる。恥ずかしくて悶苦しいけど、料理の音は家庭の音って感じがして心が落ち着いてくる。

 原因は今井さんなんだけど、それを落ち着かせてくれるのも今井さん。嫌いになれない人だなぁ。

 

「お風呂貯めときますね」

 

「うん。ありがとう」

 

 落ち着いたら私も何かしなきゃって思えて、でも晩御飯の準備はほとんど今井さんがやっちゃってるから私は別のことを担当する。ひとり暮らし用だし、家のお風呂より小さいのは当り前。その分洗うのはすぐ終わって楽かも。

 自分の服にかからないように気をつけながら洗い流して、それが終わったらお風呂の栓をしてお湯を流し込む。温度をどうしようか悩んで、とりあえず普段の温度にしといた。

 

「終わりました」

 

「こっちも仕込みは終わったし、休憩しよっか」

 

「はい」

 

 今井さんがお茶を入れてくれて、並んでソファに座る。いつもならこれくらいの時間に晩御飯を食べてたりするけど、紅葉くんと一緒に食べたいから待ってる。

 

「紅葉が帰ってくるのは10時過ぎだし、待ってる間にでも本探そっか」

 

「ブフォ! げほっ、げほ……! な、何言ってるんですか! そんなの探さないですよ! う、疑うのは失礼だと思います! 紅葉くんはそういうえ、えっちな本は持ってないです!」

 

「ん~? アタシは別にえっちな本を探そうなんて言ってないけど~?」

 

「ひゃぁっ……ぅぅー……」

 

 今井さんに嵌められた。ニヤニヤと物言いたげな顔をされて、私はぷいって顔を逸らした。

 

「アタシもなかったらいいなって思ってるけど、探してみるの面白そうだなぁとも思ってるんだよね。紅葉みたいな男の子相手じゃないとできなくない?」

 

「そんな体験したくないです」

 

「ま、アタシもガッツリ探そうとは思わないかな。燐子が言ってた仕掛けとかを探すとなると、大掃除みたいに物を移動しないと駄目かもしれないし。軽くかな」

 

「わ、私はやらないですよ!」

 

「うんいいよ~」

 

 お茶を飲みきった今井さんが軽い足取りで寝室へと突入していく。この部屋は特に物を隠せる場所がないし、今井さんもここはすでに全部把握してるのかもしれない。寝室の方はベッドと机。縦長の本棚が所狭しと設置されてる。正直あそこも物を隠せる場所がない気がする。

 

「怪しいところがないかと改めて部屋を見ても、きれいに整頓されてるから難しいね~」

 

 難しいとか言いながら、それすら楽しんでるんだと思う。聞こえてくる声色がすっごい弾んでる。楽しんでるときに声が出ちゃう人なのかな。その後も実況みたいにずっと声が聞こえてきた。

 

「紅葉くんは……そんなの持ってない……」

 

 自分に言い聞かせる。

 それは信頼という名の願い。

 私が持ってるイメージが崩れるのが怖い。

 

 何度も何度も心の中で自分に言い聞かせた。そうやって自分を落ち着かせると、今井さんの実況が止まってることに気づいた。

 

 もしかして……本当にあったのだろうか……。

 確かめるのが怖い。でもこのまま気にせずに放っておくこともできない。

 

「あの……今井さん」

 

 だから、寝室のドアに体を隠しながら呼びかけることにした。中を覗くことはできなくて、今井さんが何をしてるのか目で確認できない。

 

「ん? どうしたの?」

 

「静かになられてたので……その……」

 

「あ~。そういう本はなかったよ。少なくともアタシは見つけれなかった」

 

「そ、そうですか。よかったです」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。胸に当てた手はバクバク鳴る音を感じ取ってて、それだけ緊張したってことを実感する。モヤっとする気持ちもあるのは、紅葉くんの好みが気にならないわけじゃないから。

 

「あ、ましろちゃん。お風呂のお湯止めた? ここ手動だから出しっぱなしだと溢れるんだけど……」

 

「……あ。と、止めてきます!」

 

「ついでにお風呂入っちゃいなよ。貯めたのましろちゃんだし、一番風呂どうぞ」

 

 溢れてたら止めに行く時に服が濡れちゃうかもしれない。それならいっそそのままお風呂に入っちゃえばいいのもたしか。今井さんの言葉に甘えて、私はカバンから着替えを取り出した。

 

「タオルとバスタオルは浴室近くにある収納ケースの中にあるから」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 ……タオルとかの位置まで把握してるのは、泊まったことがあるとかなのかな。

 心がモヤモヤして穴が空いた感じもして。どうやったらこれが埋まるのか分からない。

 寒い。心が寒い。お風呂で温まったら少しは埋まるのかな。

 

「わっ、やっぱり溢れてる」

 

 いつから溢れてたのかな。ひとり暮らしでこういう無駄遣いはたぶん良くないよね。溢れてから時間がそんなに経ってないと信じたい。

 

「シャンプーはこれで……ええっとこっちが──」

 

 どれが何か把握していく。偏見かもしれないけど、ひとり暮らしの男の子の家だから、トリートメントが置いてあるのが意外だった。紅葉くんはそこまで髪のことを意識してないはずなのに。

 これも今井さんが持ち込んだのかな? 泊まることは滅多にないって言ってたし、さすがに違うと思いたい。でも、あの人なら紅葉くんに髪のケアの話をして置いていったって可能性もあるかも。全然使われてなさそうだし。

 

「ふぅ……、明日はどこに行くんだろ」

 

 湯船に浸かりながら明日のことを考える。

 紅葉くんと遊びに行けるってことがすっごく楽しみになってる。紅葉くんが高校生になってからは遊ぶ機会も減って、去年はほとんど会うこともなかった。大学受験のために、紅葉くんが勉強に打ち込んでてそれを邪魔したくなかった。それに、私も高校受験があったから。

 だから、遊びに行くのは2年ぶりくらい。二人だけって考えたらもっと前かな。

 

「おしゃれ……できるかな……」

 

 今日買いに行った服を褒めてもらえるかな。白金先輩と今井さんは似合ってるって言ってくれたけど……。紅葉くんにはどう映るんだろう。

 

 明日の楽しみもあれば不安もある。考えるなら楽しいことを考えたくて、紅葉くんとどこに行くのかいろいろ想像してみた。

 どこかに買い物に行くのかな。遊びに行くって言ってたから、レジャー施設って考えたほうがいいのかな。

 

 ……手……繋げるかな……。

 

 昔は気兼ねなく手を繋いでたのに、今はなんだか恥ずかしい。でも……できたらそうしたい。

 

「紅葉くん……」

 

 名前を呼んだら胸がきゅってなる。痛いとかじゃないんだけど、息苦しい感じ。

 浴槽から出て、生温い温度に調整したシャワーを浴びる。お風呂のせいか分からないけど、熱くなった体を少しだけ冷ましたかった。湯冷めしない程度にシャワーを浴びたら、体を拭いて浴室から出る。

 

「ただい──」

 

 玄関の方を見る。今紅葉くんの声がした気がした。けど玄関には誰もいなくて、ドアも閉まってる。バスタオルで体を隠しながら、顔を反対側に向けて今井さんの方を見る。苦笑いして頬をかいてた。

 

「~~~っ!!!」

 

 バスタオルで体を隠したまま手で顔を覆ってその場にしゃがみこんだ。こんなの恥ずかし過ぎて死んじゃう……!

 

「えーっと……、とりあえず体拭いて服着た方がいいと思うな~。アタシが外出て見張っといてあげるし、収納ケースで体隠れてたと思う」

 

 今井さんの声が近づいては離れてく。玄関が開いて、すぐに閉まる音も聞こえてきて、今井さんが外に出たのがわかった。

 

 恥ずかしい気持ちを抑え込んで服を着て、顔が熱いままだったけど二人を呼んだ。紅葉くんと目を合わせられなくて、紅葉くんの視線も逸らされてるのが辛かった。

 

「ましろちゃん髪の毛ちゃんと乾かさないと~。紅葉にドライヤーで乾かしてもらいな」

 

「なんで?」

 

「見えてなかったとしても償いは必要でしょ。アタシはご飯作っとくから」

 

 紅葉くんにドライヤーを押し付けた今井さんは、台所に行ってすぐに晩御飯を作り始める。残された私たちは、気まずいままだったけど紅葉くんに髪を乾かしてもらうことにした。

 

「……ましろの髪を乾かすのも久しぶりだな」

 

「……うん。小学生の時には、よくしてもらってた」

 

「泊まりとか旅行のたびにな」

 

「紅葉くんに乾かしてもらうの好きだったから」

 

「俺も、ましろの綺麗な髪を乾かすの好きだったよ」

 

「っ、……ありがとう」

 

 不意打ちで褒められると心臓がどきどきする。

 紅葉くんがこういう事を正直に言ってくれるのは両親の教育なんだとか。そのおかげで褒めてもらえるのは嬉しいんだけど、どきってさせられるのは困りものだなって思ったり。その困りものも、嬉しい困りものなのは贅沢なのかな。

 

「それで明日はましろちゃんとどこに出掛けるの?」

 

「テーマパークになった。違うとこを考えてたんだけどな」

 

「なったってどういうこと?」

 

 三人で食卓を囲いながら話す。急な変更というふうにしか聞こえないし、決定権が紅葉くんにない感じが気になる。

 

「バイト中に天災が来てな……」

 

「天才?」

 

弦巻こころ(花女の天災)

 

「……あ~」

 

 その名前だけで今井さんが納得した。私はその人に会ったことがないから、なんでそれだけで納得できるのか分からなくて首を傾げた。

 

「あの子と会話を成立させるのって難しいよな。いきなり『笑顔が足りてないわね』って言われて、なんやかんやペースを崩されたら黒服に招待券渡されたんだよ」

 

「それがこの封筒のやつ?」

 

「そういうこと。弦巻家が資金援助して国内有数のテーマパークに成り上がった場所。敷地を広げてあらゆる娯楽施設を放り込んだような場所だし、渡されたのを使わないのも悪いし、そこにしようかと思うんだが、ましろはどうしたい?」

 

「私もここでいいかな。紅葉くんと遊べるのならどこでも」

 

「そういやアタシまだそこ行ったことなかったや。感想よろしくね~。Roseliaで行ってみたいし」

 

「一日で全部は回れないマンモス級の敷地だからな。そこは勘弁してくれ」

 

「そこはもちろん。二人が楽しめるとこを回ったらいいよ」

 

 食事中ではあるけど、どれぐらいすごい場所か気になってスマホで検索をかけてみる。

 まず地図を見て絶句した。どうやってその敷地を確保したんだってくらい大きい。水族館・動物園(サファリパーク付き)・植物園・博物館・科学館。この時点で理解が追いつかないのに、遊園地としての敷地も大きい。遊園地も待ち時間を考慮するととても一日では回れないぐらいいろんなのがある。アスレチックコースとか温水プールとかスケートリンクとか温泉施設とかあるけど、もう何言ってるかわかんない。

 

「これ、国内有数どころか国内最大なんじゃ……」

 

「遊園地に絞れば有数なんだとさ。施設こそ一つのでかい敷地内に入ってるんだけど、あくまでそれぞれ独立してるらしい。だから国内最大にはならないんだとさ」

 

「複合型施設だともちろん最大なんだけどね。いや~、こころのとこは相変わらずとんでもないことするよね」

 

 そんな凄いとこの人を名前で呼べてる今井さんが分かんない。

 

「あ、招待券のは遊園地部分のやつだから、テーマパークに行くって話なのか」

 

「そういうこと。訳わからん流れだったけど、ましろと楽しめたらそれでいいって思ってる」

 

「はいはいシスコン」

 

「あのな……」

 

「成長したましろちゃんはどうだった?」

 

「肩から上しか見てねぇよ」

 

 何かとんでもない話がされてる気がする。私はそれが耳に入って来ないように必死に明日のことを考えた。

 ……やっぱり私は可愛いわけじゃないし。肌見たからって何も思わないよね。……そうじゃなくて! そんなの考えなくてよくて! 

 明日は紅葉くんと一緒に楽しみたいって気持ちはあるんだから。良い一日にしたいな。

 

 その日、紅葉くんはソファで寝て、私と今井さんが紅葉くんのベッドで寝た。ひと悶着あったけど、紅葉くんに押し切られてそうなった。

 寝ようと思って紅葉くんのベッドで寝るのはこの時が初めてで、ずっとどきどきしっぱなしでそう簡単に寝付けられるわけがないんだ。ちょっと寝不足になった。

 




 収納ケース「私ファインプレーでは?」

 バーに色が付きましたね。入れてくださった方々ありがとうございます!
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