元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
「さて!ファミリア結成ということで!かんぱい!」
テンションが上がっているヘスティア神がコップを持って頭上高く掲げている。ベルもそれに倣ってか恐る恐るコップを掲げ、ヘスティア神はその様子に満足してそのままグビグビと飲み物を飲んだ。
「いやぁ、今日はめでたい日だ!ヘファイストスがくれたジュースも最高においしい!」
ゲラゲラと上機嫌に笑うヘスティア神。眷族ができてよほどうれしいのか笑みが止まることがなく、俺とベルを見てはだらしなく破顔させていた。
「やっていきたいことはたくさんあるけど、やっぱり君たちが欲しいのは恩恵だよね?」
「後でもいいですよ。せっかくのお祝いを中断するのも忍びないですし」
ヘファイストス神にもらったジュースを口につける。ヘファイストス神のくれたものは中々の上物のようで、海軍にいたころに口にしたものと謙遜のないものだった。
「いいこと言ってくれるじゃないかフィースくん。でも、お祝いと言ってもヘファイストスがくれた飲み物を飲むだけだし、別に今から恩恵を刻んでもいいんだよ」
カラカラと笑いながら豪快にゴッゴッとコップの中のジュースを飲み干すヘスティア神。もったいねぇ飲み方してるなぁと思わなくはないが、本人がいいらしいからそれでいいだろう。
「……そう、ですね。じゃあまずはベルから刻んでもらいましょうか」
俺の言葉にベルが驚いたような表情を浮かべる。目をパチクリと広げ、両手で持っているコップが微動だにしていない。そこまで驚くことか。
「兄さん、僕からでいいの?」
「気になることがあってな。恩恵をもらう前と後でどれだけ力が変わっているのか知りたくてな」
恩恵をもらうことに別に拒否感があるわけではない。恩恵をもらうことで強くなる、ということにもどういう仕組みなのかを考えることはあっても嫌悪感があるわけでもない。しかし、恩恵をもらうことでどれだけ強くなるのかがわからない、というのも気になって仕方ない。だからすぐに強さを測ることができるベルに恩恵を刻みたい。
「……あ、もしかして恩恵をもらった後で組手するの?」
「そうだ。恩恵を受ける前と後でどこまで強さが影響されているのかを調べる」
海軍にいたころは普通に鍛えただけでは武器を持った兵の強さの基準を脱することは中々ない。多くの戦場や経験を蓄積していけば時間はかかるが無難に強くはなっていた。恩恵はその時間を短縮するようなものと考えているが、それがどこまで強くなるのも知りたいと思うのも仕方ないだろう。
「あぁ。そういえば、君たちは鍛えているんだっけ。恩恵を刻んだ前と後ではだいぶ強さが違うからねぇ。きっと驚くと思うよ」
俺とベルの会話にピンと来ていないのか疑問気だったヘスティア神だったが、鍛えていることを思い出したのかすぐにニヤリ、といやらしい笑みを浮かべている。似合ってないですよその笑い方、と指摘するとうるさいやい!と頬を赤く染めてそっぽを向いた。
「いまだにモンスターと戦ったことはなかったから、恩恵を刻む前にモンスターと戦ってみたかったんだがなぁ」
「ダメだよ!恩恵もなしにモンスターと戦うなんて自殺と何ら変わらないことなんだよ!?」
「らしいですからね。自惚れるつもりはないですが、俺たちが恩恵をもらわずに行くのが自殺行為になるとよほどの魔境らしい」
じいさんの話では1匹のモンスターに対して大人が何人もいなければ相手にならないらしい。道力で考えれば武器を持った兵士で10道力なのだから、おおよそ50道力ぐらいがモンスターの強さとなる。それが地上のモンスターなのだから、ダンジョンのモンスターとなればどれぐらいの強さなのかはわからない。
「そうだよ!君たちがどれぐらい鍛えているのかわからないけど、普通の人が鍛えたところでモンスター相手にはそうそう立ち向かえないってことをちゃんとわかってよね!」
「実際行ってみないとわからないですが、まぁ気を付けて行くことにしますよ」
頬を膨らませてて注意するヘスティア神。まぁ、正直な感想地上のモンスターが50道力程度ならダンジョンのモンスターは低く見積もっても100道力が限度にしか思えないんだが。潜れば潜るほど強くなるっていうのだから道力もその分上がっていくのだろうけど、そこまで急激に上がるようなことになるとは思えない。まさか冒険者になれば一気に4000道力もの力が手に入る、なんてことになれば恩恵のバグ具合に呆れるものだ。
「さぁ、それじゃあ記念すべき初の恩恵を刻むとしようじゃないか!」
ヘスティア神は張り切りながらそういうとベルを連れてベッドへと連れ込んだ。恩恵は直接背中に神の血を刻み込むことで得ることができるらしく、ベルに上着を脱ぐように指示している。ベルもそれを疑うことなく上着を脱いで背中をヘスティア神に向けた。
「……うわ。ベルくん、これすごいね。めちゃくちゃ鍛えてるじゃないか」
ペタペタとベルの背中を触るヘスティア神。ベルもくすぐったそうに声を漏らしている。
まだ成長期ということもあって身長も高いわけではないが、体の筋肉はすさまじいものだ。全体的に細いものの、腹筋は割れていて力を入れずともくっきりと凹凸が浮かんでいる。何年ものの鍛錬の結果だ。
「それじゃ、恩恵を刻むのを始めようか」
ベルの体に触れるのも満足したのか、机の上に置いてあった針を手に取った。ベルに寝ころぶように指示し、ベルが寝ころんだのを見て自分の指を針で刺した。そしてその血をベルの背中に塗り付け、しばらくするとベルの背中に文字のようなものが浮かび上がってきた。
「はい。これがベルくんのステイタスだよ」
ヘスティア神はそれを羊皮紙に書き写している。ベルの背中に刻まれている恩恵はいわゆる神聖文字というもので書かれているらしく、俺には読めなかった。とは言っても神聖文字を読める人も限られてくるらしく、通常は共通語で書かれた羊皮紙を渡すだけにとどまっているらしい。
ベル・クラネル
LV.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【】
「……全部0ですね。スキルもなにも書いてないし……」
「最初はそんなもんだよ。最初っからスキルやら魔法やらがある人の方が稀だよ」
ベルの恩恵、ステイタスというらしい、を見てポツリと呟いた言葉にヘスティア神が答える。恩恵を刻んだ最初の頃は身体機能は上がるが、数値としてはすべて0に設定されているらしい。それが普通であり、それが覆されることはないらしい。
「まぁ、これで恩恵を刻むのは終わりだよ。どうだい、って言っても何か変わった感じはしないよね」
「えぇ。何が変わったのかさっぱりで……」
「普段はそうでも、戦闘の時になればその違いは判るさ」
意識を切り替えるだけで強くなれる、というのもよくわからん。まぁ、ヘスティア神も詳しいシステムはわかっていないようだし、確認してもそういうものだとしか返答も来なさそうだしそう思うしかないのだろう。
「それじゃ、組手を始めるぞ。運がいいことにこの辺りは人気がかなり少ないからな。少し離れた場所にいけば人目もない鍛錬できる場所ぐらいあるだろう」
ヘスティア神についていったときに周りを見ていたが、ここは廃墟街にも近しいのか建物は風化しつつあった。人気もなく、奥に行けば行くほど人もいなくなっているのが見聞色の覇気でもわかった。零細ファミリアだから鍛錬もダンジョンでしか出来ないかと思っていたところだったからこれはいいファミリアに当たったかもしれん。
「あ、よかったら僕も見学してもいいかい?まだここにきてそこまで経ってないけど、この辺りの地形はある程度ならわかってるしさ」
「……まぁ、誰にも言わないのならいいですが」
ヘスティア神がついてくることに関して、ここで断った方がよかったのかもしれない。けど、この周辺のことについては俺はわかっていない。下手に動いて迷い混んでしまったり鍛練する場所としてはまずい場所を選択する可能性がある以上、『六式』のことがバレることを前提で一緒に来てもらった方がいいかもしれない。それに、主神となるのだから今回でなくてもバレる可能性はある。それが早まっただけと考えることもできるから、今回はついてきてもいいだろう。
ヘスティア神の先導で廃墟街となっている街を歩く。所々浮浪者のような気配は感じるが、それも数は少ない。複雑に入り組んでいることもあって道順を覚えるのに少し苦労したが、ある程度の時間も歩いているとほとんど人が通ることもない、外壁の上についた。見聞色の覇気で周りを確認しても誰も近くにいないことはわかった。たしかに、ここはいい鍛錬の場所になりそうだ。
地面を軽く叩いて強度を確認する。見える範囲を確認してみるが、どこも普通の石で作られている普通の地面だ。建築してから相当の年月が経っているのか、建物としては十分の強度はあるが俺の手加減した『嵐脚』はもちろん、ベルの『嵐脚』でも貫通しそうな程度だ。
「ここなら問題なさそうだな。ただ、地面に傷をつけるわけにはいかないから『嵐脚』はなしだ」
「はい!」
さすがに鍛錬をしていくうえで建物を壊していくのもまずい。何かのきっかけでバレて弁償なんてことになれば零細ファミリアには無理な出費になるだろう。そうならないように『嵐脚』も使用しないようにして、横に飛ばすのもやめておいた方がいいだろう。
「そうだ。ちょうどいい。ヘスティア神、組手の開始の合図をお願いしたい」
「え?あぁ、いいよ」
いつもの距離間で立合い、合図のための石を探そうとしてヘスティア神がここにいることを思い出す。いるならついでに合図をしてもらおうと提案し、ヘスティア神も了承した。
コホン、と軽く咳ばらいをし、手を手刀の形にして下に向けた。
「それじゃ!開始!」
バッとテンションが上がっているのか開始の合図と同時に腕を上げるヘスティア神。それと同時に、ベルの姿が消えた。
「へっ?」
ヘスティア神の間の抜けた声が上がる。しかし、それを認識する前に後ろに回し蹴りをすると、ガンッと硬質な音が響いた。
「ええええぇぇええええ!?きえ、消えたぁああああ!?」
「なるほど。確かに力は上がっているな」
ベルの蹴りと俺の蹴りがぶつかり合い、少しの間拮抗する。確かに、最後に組手を行った時を考えたら格段に力が上がっている。拮抗している足をそのまま振り抜いてベルを離す。ベルも焦ることなく体勢を整えて瞬時に『剃』を使って姿を消した。
「『剃』の速度も上がっている。なるほど。恩恵を刻むだけで階級が1つ上がるぐらいには強くなれるのか」
『剃』から現れ、次々とくるベルの攻撃を焦ることなく捌く。パンチ、キック、『六式』、どれをとっても力が上がっているのがわかる。ベルが『剃』を使った戦法が身についてきていることもあってか、少尉クラスが相手なら無傷、とまではいかないが余裕を持って勝つことはできるぐらいには強くなっている。刻む前はまだ軍曹レベルぐらいだったのに、これは大きな差だ。この分なら『嵐脚』も相応に強くなっている可能性が高い。
なるほど。これが恩恵を刻んで得ることのできる強さか。確かにこれを欲してここに来るという理由がわかる。ただ身に刻むだけでここまで強くなれるなら楽なものだ。
「けど、力が上がっていても、それだけだな」
ジリィッと地面を踏みしめる音が聞こえると同時に横からベルのパンチが襲い掛かってくる。それに合わせて俺もいつもの組手以上のパンチをベルの拳に合わせるように入れる。
「いっ……!」
ガンッという音に交じってベルの苦悶の声が漏れ出たのが聞こえる。その痛みに耐えているのか数瞬の隙が生まれた。
「痛みに耐えるために隙を作るな。いつも言っていることだぞ」
「ガハァッ……!」
その隙を逃がすことなく、がら空きとなったベルの胸に蹴りを入れる。今までの教えが生きたのかベルは体勢を崩すことなく地面を砂煙を上げながら滑って俺と距離が離れた。
「ぐぁ……!ぐぅ、そ、『剃』ッ!」
痛みに耐えるように歯を噛みしめ、次の手を打つためにか『剃』で移動する。恩恵を刻んだおかげか、確かに『剃』の速度は上がっている。恩恵を刻む前もそれなりに速かったが、刻んだ後はかつてのコビーを超える速度になっているのが分かる。
「何度も言ったことだぞ。何も考えていない『剃』は逆に隙を与えることになるということは」
けど、あくまで速くなっただけだ。コビーにあった鋭さが今のベルにはない。鍛えれば鋭さも出てくるはずだが、今はまだ恩恵を刻まれた後の力になれていないだけなのか。どっちにしろ、今後の鍛錬のメニューが分かっただけよしとしよう。
「そら。隙だらけだ」
「あっがぁっ!」
目視できるほどの速度になったベルを蹴り飛ばす。胴に入った蹴りはベルの肺にあった空気をすべて吐き出させ、ゴロゴロと地面を滑り転げる。
『剃』は次の踏み込みのためにどうしても数秒は速度が低下する。その隙をどうするかが今後の課題となるが、今ではその隙が大きな命取りだ。
「どうした。まだ組手が終わってないぞ」
「っ!『紙絵』!」
『剃』で瞬時にベルへと近づき、パンチを放つ。ベルもそれに気が付いたのか慌てて『紙絵』で回避をするが、無理な体勢で無理やり『紙絵』で回避したせいで体勢が大きく崩れた。
「そら。大きな隙だ」
ベルも無理やり『月歩』で動いて避けようとするが、大きく体勢を崩してしまったせいで『紙絵』と『月歩』がうまくいっていない。その隙を見過ごすわけもなく、ベルを地面に叩きつけるようにパンチする。
「ぐぅぁっ……!」
地面に体が叩きつけられて跳ねる。ここから『月歩』も出せないほどに弱った上に『鉄塊』も習得できていないベルにとって、ここから次の攻撃を避けるための術はもうないだろう。現にベルは何もできずに地面に倒れている。
ベルが倒れて地面に伏ている間、その隙を攻撃せずにベルが声を聞けるようになるまで待つ。陸に上がった力尽きそうな魚のごとく、全身で息をするように倒れているベルに体力の増強も課題かと考える。
「組手はここまでだ。今日の組手でなにがダメでなにが必要なのか、考えるように」
「はぁ、はぁ……ゲホッゲホッ……。は、はい……」
ベルは立ち上がる様子もなく、力なく倒れている。恩恵で力が上がるという話を聞いて強くしたんだが、少しやりすぎたか。でも、確かにベルは強くなっていた。技術はそのままだったが、単純に力が強くなった、というところだった。この分なら道力も100道力ほどは上がっていてもおかしくはない。恩恵を刻む前と後の強さを知ることができて俺としては満足だ。
倒れて動けないでいるベルを背負い、ヘスティア神のところまで歩く。ヘスティア神はあんぐりと口を開け、ワナワナと体を震わせている。
「……君たち、いったい何者なの?簡単に姿が消えたり変な避け方をしたり。そこいらの、それこそ上位の冒険者でもできないようなことをポンポンするなんて、普通じゃないよ!?」
というより、ベルくんは大丈夫なのかい!?と担いでいるベルを心配そうに見るヘスティア神。ベルも大丈夫です、とヘスティア神を安心させるように弱弱しくではあるが笑みを浮かべている。
「……というか、フィースくんって何者なの。恩恵ももらってない
「鍛えてますから」
「……その一言で済まそうなんて思ってるんじゃないだろうね?」
「と言っても事実ですし」
ベルと俺の使った『六式』はこの世界にはない体術ではあるけど、『六式』のことを言うつもりはない。主神になるわけだから言った方がいいのかもしれないが、そのルーツを言うわけにはいかないから黙っていた方がいいだろう。それに、鍛えに鍛えたことは事実だし、そういうものだと思ってもらわないとこっちが困る。
「……嘘はついていない。その鍛え方ってのがすごく気になるわけだけども、まぁ言う気はなさそうだし、いいよ」
ポーション買うお金もないのにどうしてそこまで痛めつけるかなぁ、とベルを心配するヘスティア神。正直これぐらいのケガには慣れてもらわないと鍛えてきた意味がないのだが、確かにここまで疲労させたことは今までなかった。これからはもう少し手加減することにしよう。
「……ちなみに、それ他の人教えたりすることってできたりするかい?」
「する気はないのでファミリアの募集なら別の方法を考えてください」
「ぐぅ……。ばっさり切るね君……」
やっぱりというか、ヘスティア神はスキルでもない『六式』を見たからか目を輝かせて聞いてきたが、やる気はないとスッパリと切る。ヘスティア神もそれをわかってかガックリと肩を落としていた。
「わかっていると思いますけど、あまり吹聴しないでくださいよ。情報は財産ですし」
「わ、わかったよ。トホホ。せっかく他にはない力を売りにしようと思ってたのに……」
念のために釘を刺すと、ヘスティア神はあきらめたかのような溜息を吐いて空を見上げていた。嘘をついている様子もないし、まぁこれである程度は大丈夫だろう。
さて。あとはベルの鍛錬だな。
原作では冒険者とそうでない人とでは大きな差がある、という設定があるようですが、ONE PIECE世界ではあってないようなものでしょう(確信)。だって一定以上の強さがあれば地形破壊がデフォじゃないですか。ガープの山破壊しかりチンジャオの氷の大陸の破壊しかり。
ステイタスについてですが、素の能力に関しては反映しないということにしました。(身体能力)+(ステイタス)ではなく、身体能力は身体能力、ステイタスはステイタスとわけて考えてます。
ちなみに主人公はベルとの組手ではめちゃくちゃ手加減してます。本気の半分でも出せばパンチで地面に叩きつけたら地面にヒビ、または砕くことなんて日常茶飯事ですしね。ホントONE PIECE世界ってドラゴンボールほどじゃないけどパワーインフレしてんな。
あと、オリジナル技ってタグに書いたのにいつになればオリジナル技出せるんだろうか。
急には変えることはできないけど、投稿について
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出来たら即投稿
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週1のペースを保ってほしい