元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ルーニー

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もしもの世界16

 

「……もう大丈夫だよな?」

 

 見聞色の覇気で辺りを確認し、視線を彷徨わせて木刀を持った鬼が周りにいないことを確認した俺は大きく一息を吐く。アイズから鍛えてほしいという懇願を断るために使った刀をダメにしたのがバレて追いかけてくるリューから逃げてきたが、まさか1時間も追いかけてくるとはなぁ……。刀にしてもバレる前に交換しようとしてたのに、まさかあんな早くバレるとは思っていなかったぞ。

 

「今晩までは帰れんな……。リューの奴なんとなくセンゴクさんに似てきてる気がして苦手なんだよな」

 

 あの子の説教はそこまで似ているわけでもないのにガープさんのやらかしに付き合っていた俺も一緒にセンゴクさんの説教を受けていた時のことを思い出す。それについては全然問題があるわけじゃねぇんだが、あの説教どことなくガープさんと一緒に説教を受けてた時と似た気分になるんだよな……。あれにはなんとなく逆らえん。

 さすがに今すぐ帰ったらあの説教が待っているだろうし、今は帰れねぇな。夜にでもなれば明日の鍛錬のために寝るだろうから帰るとしたら今晩か、遅くても明日の朝ぐらいがいいかもな。

 

「あれ?こんなところで何してるの?」

 

 帰るまでの時間をどうするかを考えている中、後ろから聞きなじみのある声が聞こえてきた。アストレア・ファミリアの面々とは違う声にわずかに安心しつつそっちの方を見ると、そこには腰に剣を付けて不思議そうに俺を見ているガネーシャ・ファミリアの青い髪の子がいた。

 

「いや、ちょっとな。ふらっと出てきてるだけだ。お前は剣なんか持って何かあったのか?」

 

 模擬戦の時に揉んでやった、確か名前はアーディだったっけ?は剣に視線を向けると違う違うと笑って否定した。

 

「いつものパトロールだよ。別に何か起きたからここにいるわけじゃないよ」

 

「そうか」

 

 そういって笑っているアーディに安堵する。特に俺に何かしようとしてくる様子はないし、この様子だとリューから何か言われているわけじゃなさそうだ。

 

「あ、出てるだけってことはもしかして暇?よかったら一緒に休憩しない?ちょうど今から休憩しようかなって思っていたところだったんだ。この街についていろいろ教えてあげるからさ」

 

「いいのか?正直この街あんまわからんから助かるわ」

 

 アーディからの提案にこの街についてそこまで知っているわけじゃなかった俺はちょうどいいと思ってアーディの提案に了承する。何も食わずにアストレア・ファミリアから出たから腹も減っていたし、本当にちょうどいい提案だ。

 

「あ、ごめんだけどちょっと報告したいことがあるから少し離れるね。ちょっと内密なことだからできれば聞かないようにしてね?」

 

「ん?あぁ、わかった」

 

 そういって離れて遠くにいる別の人と話をしているアーディ。まぁ海軍でも部隊が違うと話してもいいことが違ってくるから別のファミリアにいる俺に内密にしないといけない話ってのも当たり前の話か。

 

「ごめん、お待たせー!それじゃここの近くに露店と座れる場所があるからそこに行こっか!」

 

「おう。わりぃな」

 

 大して時間も使わずに仲間から手を振って離れていったアーディはパタパタとこっちに戻ってきて俺の隣で立ち止まり、行きたい方向に指を指して進んでいく。アーディのあとについていくと徐々に人通りが多くなり、言った通り食べ物や小物の露店が数多く並んでいる通りにたどり着く。見聞色の覇気で警戒するも悪意こそ若干数あれど攻撃的な感情は感じられず、見たことのない形の小物に目をとられつつもスリに気を付けながら辺りを見回していた。

 

「今のところ大きな争いがなくていいねぇ」

 

「小競り合いは起きているけどな」

 

「ちょっとずつ落ち着いてきてはいるんだけど、首謀者っぽいのはまだ捕まえれてないからね。だからそのうち大きな戦いになるんじゃないかってお姉ちゃんが警戒してるんだ」

 

「ほ~ん。まぁ、そう思うのは当たり前か」

 

 アーディのボヤキに相槌を打ちながら露店で串焼きやじゃが丸くんを複数個買い、アーディの案内で座れる場所まで移動する。着いたのは人気が少なく、けれど休憩するにはちょうどいい塩梅の人気の多さがある広場で人々の憩いの場所としているのか簡易な長椅子が点在していた。

 ちょうど空いている椅子に座り、持っていたアーディの分の串焼きやじゃが丸くんを渡して串焼きを口にする。闇派閥の問題がまだ解決したわけではないけど、それでもずっと暗い雰囲気のままでいられるように人はできていないからか広場では子どもたちがキャイキャイとはしゃぎ回り、それを大人たちは見守りながら様々な表情を浮かべながら雑談をしている。それを尊いものを見るかのように眺めていたアーディは、口にしていたじゃが丸くんを飲み込むと深くため息を吐いた。

 

「あ~あ。いっそのころ全部解決してくれる英雄がいてくれたらなぁ」

 

「自分で解決しようと思わねぇのか?」

 

「そりゃ私ができることは何でもするつもりだけど、被害はないほうがいいんだし、それで闇派閥との闘いを早く解決してくれる英雄がいてくれるなら私は喜んで頭を下げるな~」

 

「なるほどな」

 

 アーディの言葉はこの街の警備を担当しているファミリアに所属している者にしてはある意味では無責任ではあるが、俺からすれば嫌悪するようなものではなかった。むしろ民衆のためなら恥をかき捨ててもいいと断言しているようなものだから好感を持てるほどだ。

 

「そういえばフィースって英雄譚って何か知ってる?私はアルゴノゥトが好きなんだ」

 

「あるご?いや、そういう話はほとんど知らんな」

 

「え~。そうなの?もったいな~い」

 

 俺の言葉にアーディはあるごなんたらという英雄譚の魅力について話し始めた。長々と内容を語るようなことはなかったが、要点を押さえた内容はとても分かりやすくどういった物語なのかを把握するにはちょうどいいものだった。

 しかし、もったいないと言われてもここにきてまだ1か月経ったぐらいしかここにいねぇんだよなぁ。本から知ることに対しての忌避感はないが、特段好んで本を読むようなこともねぇし、そもそもそんな時間もあんまねぇからなぁ。

 

「英雄譚ねぇ。やっぱこういうのってどこにでもあるもんなんだな」

 

「どこにでもあるって、アルゴノゥトを知らないのにフィースって英雄譚何知ってるの?」

 

「英雄譚っつうか、いろんな話は聞いたことあるな。なにがあったっけ?うそつきノーランドと、海の勇者?戦士?ソラだったっけ?と、あ~、よく考えたらガープさんとかルフィ、エースの話は完全に英雄譚だな」

 

「え?何それ私全然知らないんだけど!教えて教えて!」

 

「んじゃ未来の海賊王モンキー・D・ルフィの大冒険でも話してやろう。仲間を集める東の海からでいいな?」

 

「海賊?英雄譚じゃなくて?」

 

 海賊の話と聞いてアーディは少し怪訝そうな表情を浮かべたが、そんなもん知ったことではない。コビーとぐらいしかルフィの話ができる相手がいなかった時と違って今はルフィやエースの話をしても何の問題もない。それに、どうせ悪魔の実なんて創造上のものでしかないとしか思えないから本当の話とは捉えられないだろう。何より弟の自慢話ができるのは気持ちがいい。

 そう思いながらフーシャ村からの出航を始めとして、コビーとの出会い、ゾロとの出会い、ナミとの出会い、そしてガイモンとの出会いを話していく。あまり語るのは得意ではないが、それでもルフィの冒険が面白いのかアーディは興味深そうな表情を浮かべて俺の話を聞いていた。

 

「なんか、すごいね。海賊だって言ってるのに、行く先々の町を救ってきてるんでしょ?どうして海賊なんてしてるの?」

 

「たまたまやりたいことが町を救ってるってだけだろうな。気に食わない奴にケンカを売って結果町を救ったってのが大体だな」

 

 シャンクスに憧れて自由の象徴である海賊になるために努力し、ガープさんに殴られてもなおその夢をあきらめることがなかったルフィは自分のやりたいことをやり通していた。気に入れば仲良くしようとするし、気に入らなければブッ飛ばす。その過程で誰かを救ったとしてもそれを自慢するわけでもなく、ただやりたかったからやっただけだと言い切るルフィは、手のかかる弟であると同時に鼻高々に自慢にできる弟だ。

 

「ねぇねぇ、続きはどうなったの?」

 

「そうだな。次はウソップとの出会いの話になるか」

 

 ガイモンとの出会いについて喋ったから、次はシロップ村でのウソップとの出会いとクロネコ海賊団との戦いか。何を言って何を言わないでおこうかを思考していると、アーディが突然俺の手首をがっしりと掴んできた。しかも結構な強さで地味に手首が痛いぐらいの強さでだ。

 

「ん?なんで手を掴んでんだ?」

 

「フィースが逃げないようにだよ」

 

「ん?」

 

 逃げないように?こいつ何言って……。待てよ?なんか忘れてるような気が……?

 

「やっと見つけたぞフィース!」

 

 聞きなじみのある声に思わず肩を跳ねさせる。恐る恐る声のしたほうを見ると、そっちから肩から息をするほどに疲労しているが、それでも腰につけていた木刀を震える手で持つと怒りのままに俺を睨みつけているリューがこちらに向かって歩いているのが見えた。

 

「ゲェ!?何でここが分かった!?」

 

「アーディにここに来るのを教えてもらったからだ!」

 

「いつの間にそんな……あの時の内密っつってたやつか!?」

 

「あ、バレちゃった」

 

 えへへ、と笑いながら舌を出しているアーディに思わず頭を抱えたくなる。そういやこいつとリュー仲良かったんだったか!

 クソ!ルフィの話をしてたら追い回されていたのを忘れてた!久々にコビー以外でルフィの話ができたと思って楽しみすぎていた!

 

「こ、の、手をはな、はな、放さねぇのか!?おい放せ!握りつぶすぞ!?」

 

「え~。それは怖いな~」

 

「怖そうにしてねぇなお前!?」

 

 へへ~、とのんきそうに笑みを浮かべているアーディに、さすがに本気で握りつぶすようなこともできず、かといって地味に力が強いから何とか無駄なケガもしないように加減して剥がそうとするのも時間がかかる。敵ならまだしも、味方側でまだ子どもから抜けきっていない子を傷つける気はないのだが、このままだとリューにつかまって説教が始まってしまう。嫌だぞセンゴク元帥みたいな説教をまた受けるのは!

 

「よし。こうなったらやることは1つだ」

 

「へ?」

 

 ガシリ、と空いている手でアーディの腰を掴み、そのまま足が背中のほうに行くように小脇に抱えるように抱き寄せる。よし。これで動きやすくはなった。

 

「え!?ちょ、フィース!?」

 

「なっ!?貴様、アーディを抱き寄せて何をする気だ!」

 

「お前から逃げるんだよ!放す気がないなら抱えたほうが早いんだよ!」

 

 そのままリューから逃げるために、アーディの足が地面を引きずらないように抱えなおして猛ダッシュする。後ろからさらに怒りに染まったリューの叫び声が聞こえてくるが、疲労のせいもあってかそれも徐々に小さくなっていく。とはいえすぐに追いついてきそうな距離がしばらくは続くだろうから安心して速度を落とせるわけもない。

 アーディを連れていくことになるが、アーディをガネーシャさんのところに置きに行ったとしてもどうせガネーシャさんのとこの連中も同じように拘束してきそうだし、しばらくはこのまま付き合ってもらうことにしよう。

 

「えっと、放してくれると、嬉しいなぁ、なんて思ってるんだけど……?」

 

「ならお前が掴んでる手を放せ!そうすれば万事解決なんだがなぁ!」

 

 こいつもこいつで律儀に俺の手首をずっと掴んできているのだからへたに放すわけにもいかない。この状態で放してしまったら引きずることになるだろうし、放したからと言って素直に俺の手首を解放してくれるとは全く思えない。くそっ!こいつ変に律儀だな!

 

「あれは、アーディさん!?なんで抱きかかえられているんだ!?」

 

「アストレア・ファミリアの『疾風』が追いかけてるって、まさか闇派閥か!?」

 

「おい、誰かガネーシャ・ファミリアに連絡しろ!アーディが連れ去られようとしてるぞ!」

 

「なんか余計に騒ぎがひどくなってきたな!?」

 

「それは全面的にフィースが悪いと思うよ」

 

「俺か!?俺が悪いのか!?お前が放せばこんなことにならなかったと思うんだが!?」

 

 リューから逃げていると俺とリューの追いかけっこを見た冒険者らしき連中が次々と俺を追い回すようになってきた。しかも武器も持ってきてるし、なんなら情報が回っているのか先回りしてきている連中も出てきている。優秀なのはいいが、今だけは面倒クセェなぁおい!

 

「ねぇ、なんで模擬戦の時に使ってた高速移動をしないの?」

 

「ただでさえ連続して使ったら足に負担かかんのにお前を抱えてるからだよ!あとお前が耐えられるかわからんから使えねぇんだよ!」

 

 ”月歩”ぐらいならそう大きな負担でもないんだが、”剃”は瞬間移動とすら言えるほどの超スピードの移動だがその分足にかかる負担は相当なものだ。6、7回連続で使えば足に痛みが走るし、10回も連続で使えば1日は戦闘ができなくなる。間隔を空ければ問題ないのはそうなんだが、さすがにデカくはないとはいえ人1人を脇に抱えるようにしながらだと足にかかる負担が大きすぎる。覇気を使えばそれも無視できるんだが、さすがにバランスが悪すぎる今やると制御をミスってそれ相応に地面が砕けるかもしれん。それはさすがに後々面倒になるだろうからできん。

 つうか一応負担かからないようにしてるとはいえ、こいつはこいつでのんきだなぁ!しかもいつの間にか掴み方変わってるし、こいつなんか楽しんでないか!?

 

「クソ!知らん顔しかないが多分味方側だろうから殴れん!地味に面倒だな!」

 

「逃げたら余計に騒ぎひどくならない?」

 

「ここまで来たら捕まってたまるか!」

 

「う~ん。本末転倒」

 

 アーディはあきれたような物言いをするが、こいつ俺の意思次第で大ケガ負うかもしれないってわかってるんだろうか。いろいろと心配になるぞ。

 とはいえ、このまま追いかけられて先々で構えられていると面倒だな。しゃーねぇ、屋根の上を走るか。

 

「念のためちょっと体に力を入れろ!跳ぶぞ!」

 

「え?キャッ!?」

 

 俺の忠告にアーディは不思議そうな声を出すが、結構強めに跳んだことで息が詰まったような悲鳴を上げる。一回のジャンプで屋根まで登るとそのまま屋根と屋根を跳び回って追っ手を振り払おうとするが、結構な速度で跳び回っているのに俺を見失うことなく追いかけられてるやつもいてもう内心面倒だなとげんなりし始める。

 

「あそこだ!屋根の上にいるぞ!」

 

「どうやってあんなところに登ったんだ!?」

 

「あんな場所だと移動しにくいはずだ!今のうちに囲め!」

 

「念のため梯子も用意しろ!」

 

「北東に追い込め!あそこは家が離れてる!あそこで追い詰めるぞ!」

 

「このままだと追い込まれそうだけどどうするの?」

 

「なんかのんきだなお前!?」

 

 この騒ぎの原因なのによくもまぁこんなのんきで居られるなこいつ!?自分が傷つけられるかもとか思ってねぇのか!?そんな気はねぇけどさ!

 あぁ、もう面倒になってきた。こうなったら本気であいつら撒いてこいつをガネーシャさんのところに届けてやる。

 

「念のため体に力込めてろよ!」

 

「は~い」

 

 手首を握る強さが強くなり、体にしがみつく強さも強くなった。この分なら多少無茶しても振り落とされることはないだろうけど、念のため体を支えてている腕に力を入れながら屋根が壊れないように足に覇気を貯めて全力で走る。そのまま大通りのほうへと走り、勢いを落とさないままさらに足に覇気を込める。

 

「なんで速度が落ちない……あいつ、まさか!?」

 

 下から驚く声が聞こえてきた。向かい側にある建物に向かって走り、そして思いっきり踏み込んだ。さすがに本気でやったら屋根が壊れるから”月歩”で一気に跳ぶ。ダンッ!と地面を強く踏んだ音が響き、念のためもう片方のの足の”月歩”で距離を稼いで向かい側の建物のさらに奥の建物の屋根へと着地する。

 

「うわぁ~……。よくあんな距離跳べたね。なんか空を跳んでたみたいだったよ」

 

 着地してそのまま逃げる俺にアーディは感心したように、それでいて無意識に声を出したかのようにつぶやいた。さすがに本当に空を跳んだとは思っていないようだが、それでも何か思うことがあるのかマジマジと俺の足を観察している。

 

「飛び越えた!?」

 

「嘘だろ!?あそこまで8Mはあるんだぞ!?」

 

「高レベル、下手したらレベル5はあるんじゃないのか!?」

 

「レベル5は俺たちじゃ相手にならない!ロキ・ファミリアを呼べ!」

 

 背後から怒号にも近い声が小さいながらも聞こえてくる。喧噪も徐々に小さくなってきてはいるが、それでも完全に撒くためにさらに屋根を跳び回って人気の少ない方へと進んでいく。

 

「おぉ~。最初は怖かったけど、慣れたら風と景色が気持ちいいねこれ」

 

「人のことをアトラクション扱いしてんじゃねぇよ」

 

 それをアーディは面白いものを体験しているかのように気軽に言っているが、コビーとかヘルメッポに似たようなことをしたら始終悲鳴を上げていたのに、こいつ本当に図太いな。

 

「ねぇ、もっと高く跳べたりできない?もっと高いところからこの街を見てみたいんだけど」

 

「人の話聞けよ。最近の若いのは人の話を聞かねぇなおい……。よぉしわかった。高いところに行けば放すんだな?」

 

 生意気を言うアーディに、ふと視界に入った建物に視線を向けた俺は口角が上がるのを自覚しつつそっちの方へと跳ぶ。対して音も立ててない上にそれなりに人通りが多いからか俺に気づく奴はおらず、目的の建物に向かって跳んでいるとアーディは目的が何なのかを察してきたのか間抜けた声を出す。

 

「えっと、そっちってバベルの塔があるんだけど……?」

 

 ほんのわずかに声が震えているアーディだが、それを意図的に無視して見聞色の覇気で確認した人影のない場所に降りてそのままバベルの塔へと突っ込んでいく。

 

「放すかしっかり捕まってないと大ケガじゃすまねぇから早いとこ決めるんだな」

 

「ちょ……!?」

 

 どこに行こうとしているのか察したのかアーディが驚きで目を見開いて俺を見るが、唸るような声を出すと覚悟を決めたように俺のを手首から手を放し、そしてしがみつくように俺の腰に腕を回した。

 

「なんで放そうとせずにしっかりと掴むほうを選んでんだお前」

 

 いくら何でもリューの頼みに律儀すぎるだろと呆れと笑いで口角を上げ、塔を登るために腰に抱えていたアーディを胸のほうへと移動させて腕を使ってアーディを固定させる。往来する人の合間を全速力で駆け抜け、そして入り口にある日よけのルーフに足をかけてそのまま一気に塔の上へと昇っていく。

 ところどころに点在している窓を足場にしたり、”月歩”で宙を蹴ったりとを繰り返し、ある程度の高さまで登ったところで頑丈そうな窓枠を掴んで停止した。

 

「よし。これぐらいの高さなら文句言わねぇだろ」

 

 建物が豆粒のようだ、というところまでは登っていないがそれでも手のひらよりは大きい程度には小さくなった景色を眺める。海を見渡した時に見た無限の地平線のようなワクワク感はないが、人の営みを一望できる上にこの街の大きさを認識できる。そして壁よりも高いがゆえに街の外も見えるここは、海軍にいたころには見ることはなかった未知への冒険を掻き立てるようで初めて海に出た時とは違うワクワクがあった。

 

「……すごい……」

 

 アーディもこの高さから街を眺めることはなかったのか呆然とした声を口から漏らしていた。落ちないようにしっかり支えているが、それでもわずかとはいえ力を緩めるぐらいにはこの景色を堪能しているのならここまで来た甲斐はあったのだろう。

 

「……あれ?えっと、これどうやって下に帰るの?」

 

 しばらくの間この景色を楽しんでいたアーディだったが、ふと真下を見て俺にしがみつく力を強める。こっちを恐る恐ると見る顔は少し青くなっているように見えたが、それに俺は当然のように答える。

 

「んなもん、ここから落ちるだけだ」

 

「え、ちょっと、嘘だよね?ちょ、止まっキャアアアアアアアア!」

 

 体を支えていた窓枠から手を放し、そのまま自由落下をし始める体にアーディは悲鳴を上げて俺の体にさっき以上に力を入れてしがみつき始める。さんざん手首をつかみ続けたお返しだと笑い声をあげながら”月歩”で落下速度を落とし続ける。ダンッ、ダンッ、と断続的に空を踏む音が鳴るがそれに気付けるほど余裕はないのかアーディは悲鳴を上げながら顔を俺の胸に圧しつけてしがみつく腕の力をより強くした。

 こいつ力つえぇな。割と息苦しくなってくるんだが、覇気もないのにこんな細腕からこんな力出せるのか。

 アストレアさんやガネーシャさんから聞いた恩恵の力を改めて認識しつつ、アーディの声が聞こえてきたのかこっちを見て指を指している人が多くなってきてから”月歩”による減速をやめて腕と足を塔の壁に当てて落下速度を減速させ、ある程度の高さになってから誰もいない場所に向かって壁から跳んで着地する。

 

「お願い通り高いところまで移動したんだ。報酬は楽しみにしてるからな」

 

「……生きてる?私生きてるよね?」

 

 俺の冗談が聞こえてなかったのか俺にしがみ続けながら恐る恐るといったように足を地面につけたアーディはちゃんと地面にいることを認識したのか、しがみついたままではあったがそのまま脱力して俺に体重を預け始める。これに懲りたら俺を捕まえようとするんじゃねぇぞと思いながらガネーシャさんのところに行こうとアーディを抱えなおそうとすると、ふと俺の周りからとてつもなく強い怒りの感情が俺に向かってきているのを感じた。

 

「随分と大きな騒ぎを起こしてくれたな、フィース。街全体を巻き込んだ逃走劇は楽しかったか?」

 

 いつの間にか俺の周りには武装をしたガネーシャ・ファミリアの連中と、そしてなぜか一緒にいるリューとアリーゼ達アストレア・ファミリアの面々。ご丁寧にその手には武器があったし、何なら一部が普段以上に力が入っているのが見て取れる。

 

「お前のおかげで無駄に騒ぎが大きくなっていたぞ。ガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアの合同訓練だったがここまで騒ぎが大きくなったのはお前の暴走が原因だと触れ回ってやっとついさっき騒ぎが落ち着いた。無駄な労力をかけさせられたわけなんだが、どう落とし前をつけるんだ?」

 

 ……やっべぇ。今すげぇあいつらの後ろに激怒したおつるさんがこっちを睨んでいる幻影が見えてくる。これ俺死ぬんじゃねぇかな?

 

「最後に言い残すことはあるか?」

 

「こいつが手首を解放しなかったからこうなった。だからこいつが悪い」

 

「辞世の句はそれでいいな。やれ」

 

「おい!誰だ魔法ぶっ放した奴は!?殺す気か!?一応俺お前らの味方だよな!?」

 

「以前よりマシになったとはいえ、あまり予断を許さない状況が続いている中であんな騒ぎを起こすようなバカをどう思う?」

 

「いやまぁ騒ぎを起こすバカを殴り倒すのはそれはそうなんだが、っぶねぇ!おい今の炎ぜってぇアリーゼだろ!?おいバカなんで斬りかかってくるんだよお前おいアーディマジで手を放せ!」

 

「アーディ、そのまま掴んでいてね。大丈夫。いざとなったらフィースが助けてくれるから」

 

「うん、わかった」

 

「いやなんで俺!?どちらかというとお前らが助ける側だろ!?お前もなんで了承してんだ、ちょ、おい!?バカ、それはマジで効くからやめろ!」

 

「効くからやってるのですが、それすらもわからないんですね。このままくたばれクソ野郎」

 

「クソ面倒なことしやがってこの馬鹿野郎が!このままサンドバッグになってろ!」

 

「いやーーー!誰か助けてーーー!」

 

 そうした騒ぎが10分以上も続き、なんとか誰も傷つかずに落ち着いてからシャクティと輝夜から正座を言い渡され、背後のおつるさんからも同じように正座を言い渡されたような幻視を見た俺は言われた通りその場に正座する。そしてそのまま諸々からの説教を正座で受け、やっとのことで終わったのは今にも日が暮れようとしている頃だった。

 こんなことになったのはガープさんと一緒に海軍本部で鍛錬中に大きな被害を起こした時にセンゴクさんとおつるさんから説教を受けた時以来だ。改めて俺は反省した。今度からは絶対にバレないようにうまく行動しようと。

 できないことはないとはいえ、枷になるために胸にしがみついてくるアーディに攻撃が行かないように代わる代わる襲いかかってくる連中をさばくのはもう2度とやりたくねぇ。

 

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