元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
本当にありがたいことに本編を待っていてくださってる方がいらっしゃるのてすが、正直に言うと本編を書くよりもしもの方を書くほうがなんでか筆が進むので、待っていてくれている方には申し訳ないですがお待ちいただけたらありがたいです。
感想いただけて本当に嬉しいですね。
「リューはまだ落ち込んでいるの?」
フィースの鍛錬が終わり、ガネーシャ・ファミリアの厚意で今日は一日自由な日となっていたアストレア・ファミリアの本拠の中でアリーゼは心配そうな表情を浮かべてリューを見る。鍛錬の時も集中できておらずフィースにやる気がないなら出て行けと言われるほどであり、今でも机の隅に座っているリューの表情はとても暗く、食事もろくに取らずにずっと俯いて黙ったままだった。
「あの程度で落ち込むなんて未熟にもほどがありますわね」
「まぁけど気持ちはわからんでもないけどな。あたしだってあいつの口からあんなことが出てくるとは思わなかったし」
ため息交じりの輝夜に対してライラは難しそうな表情を浮かべて冴えない男神との邂逅について思い返していた。かつて正義を背に背負い、家族を救うために背負った正義から背いたことは聞いていたが、まさかあそこまでのことを考えていたとは輝夜もライラも思ってもいなかった。
「それってフィースの正義?」
「そうそう。あいつから正義についていろいろと言われて言い返せなかったのがよほどまいってるみたいだぞ」
アリーゼはそこにいなかったためにどういった様子だったのかは聞いた話でしかわからないが、確かにフィースの語った正義は考えたこともないようなものだったのは確かだった。フィースの語る正義は正義ではないと言われても否定できないし、それを正義だと肯定するのも正直に言えばアリーゼにはできるとは言えないものだった。
正義は人の数だけある。正義とは絶対的なものであり、正しい正義があるからこそ探さなくてはならないと思っているアリーゼにとってもそれは心に刺さる言葉だった。
「アストレア様はどうお思いになるんですか?」
「……答えてあげたらいいのかもしれないけど、私の口から正義が何なのかは言わないほうがいいわ」
「それは、どうしてです?」
「私が言った正義が正義になってしまうからよ。正義を司る女神の言葉はあなたたちが思う以上に重い言葉なの。だから、もし私がそれを言ってしまったらフィースだけでなく
予想もしていなかった主神の言葉に誰もが絶句した。自分たちは正義の女神の眷属であるファミリアだ。眷属なのだから正義を志すのは当然であり、そうであるために日々努力し行動してきているという自負がある。
それなのに敬愛する主神から自分たちが悪になるという言葉が出されては、アリーゼですらも冷静でいられることができなかった。
「……私たちが、悪に……!?」
「もちろん本当にそうっていうわけじゃないわ。けど、もしここで正義とは何かを断定してしまったら、例えあなたたちでも私の正義と違うことをしていたらそれは正義じゃない、正義に反する悪と言うことになってしまうの。それほどまでに
だからここで正義とは何かを言うつもりはない。そう言い切ったアストレアに誰も言葉を発することができなかった。アリーゼすらも言葉に迷うように口を開いては閉じてを繰り返しており、フィースの正義に悩んでいたリューに至ってはまるで親に見捨てられた子どものようにアストレアを凝視し、しかしそれ以上のことは何もできずにただただ呆然としていた。
「そういえば、あいつはどこにいるんだ?」
話題を変えるようにライラはこの場にいない居候の姿を探し始める。それに乗っかり敬愛する神からの言葉から逃げるようにフィースの姿を探すが、少なくともこの部屋の中にはおらず、またこの場にいる全員が鍛錬が終わった後からフィースを見ていないことを思い返していた。
「そういえば鍛錬が終わってから見ないわね。どこに行ったのかしら」
「お昼にも見なかったわよね?もう!フィースったら気分で外に出て迷子にでもなったのかしらね!」
輝夜も言葉を引継ぎ、誰かフィースの行方を知らないかを周りに確認し始める。アリーゼもさっきの空気を払しょくするように努めて明るく振舞いながらフィースの行方を語り、探す必要があるんじゃないのかと捜索を視野に入れ始めると部屋の外から探していたフィースののんきな声が響いて聞こえてきた。
「よ~うい。誰かいるか~?」
「フィース、お前どこに……」
噂をすればなんとやらとやれやれと言わんばかりにため息を吐いて乱暴に開けられた扉の方を向いて、扉をもっと優しく閉じろ、誰にも言わずに外に出るのはやめろ、等と文句を言うつもりだった面々はフィースの様子を確認するや例外なくビタリと動きを止めた。
片手で肩から背負うように持っている背負いかばんは今にも中身がこぼれそうなほどにパンパンで、もう片方の腕の中にはボロボロのローブを全身を隠すように被っている小さな子どもがビクビクと体を震わせて不安を隠せずにフィースとアストレア・ファミリアの面々とに視線を右往左往させていた。
そしてそれを為しているフィース本人と言えばこの状況をどうとも思っていないのかそのままズカズカと部屋の中に入って空いているイスにその子どもを座らせると自身は持っていたかばんをその隣に置いて近くにいた輝夜に顔を向けるとちょうどいいと言わんばかりに親指で座らせた子どもに指を指した。
「こいつに飯をくれ」
「ツッコミどころが多い!」
アリーゼの叫びにも近い大声に子どもがビクリと体を大きく震わせる。その様子を見たアリーゼは慌てたように子どもに謝り、怒りで頬を引きつらせながらその怒りを鎮めるために輝夜が手を頭に遣りながら深く息を吐き出した。
「えっと、とりあえずなぜその子を連れてきたのかしら?」
「なんかキモいのが追いかけてたからぶっ飛ばして拾った。安心しろ、ゴミは地面に埋めて肥料にしてきた」
「お前は何をやってる!?」
悪びれる様子もないフィースに輝夜の猫かぶりが剥がれて思わずフィースに指を指す。フィースは気にした様子もなく空いていたイスにドカリと座って足を組んでリラックスした様子で脱力をし始める。
「ちょっと待って。キモいのって、もしかしてモンスター?え、ダンジョンに行ってたの?1人で!?地形も何も知らないのに!?」
「冒険っつうんだから地図なしのほうが面白いだろ。方向音痴でもねぇし。つかあそこ人型とかのが多くて食えそうになかったしブッ飛ばしても塵になって食えねぇのどうなってんだ?」
「そういう問題じゃねぇよ!?」
「ずっと彷徨うことになったらどうする気だったの!?私たちフィースがどこに行ったのか知らなかったんだから下手したら行方不明で捜索してたんだよ!?」
「そんな暇あるのお前ら?」
「お前がそれを言うのか!?」
最近になって目に余るようになってきたふてぶてしいどころじゃない様子のフィースに、こいつこの野郎と歯をギリギリと噛みしめてフィースを睨みつけるアストレア・ファミリアの面々。
これがこの子の素なのかと初邂逅の時を思い返していたアストレアは喜ぶべきなのか呆れるべきなのか悩んでいた。
「あの、えっと、その、ご、ごめんなさい。今すぐに出ていきます。助けてくれたお礼も出します。だから、だから……」
そんな中で現状を理解できていない少女は泣きそうな表情を浮かべながら言葉に詰まり始める。モンスターにやられたわけではなく経年劣化によるものであろうボロボロの服からも、そしてあまりにも周りの顔色を窺いすぎている様子からもあまりいい環境にいないことを簡単に察せられたアストレア・ファミリアの面々は口を閉じる。そんな中でアリーゼだけは優し気な笑みを浮かべて少女と顔を合わせた。
「ねぇ。お名前聞いてもいい?」
「え?」
「お名前。誰かわからないとお話しがうまくいかないこともあるの。だから、教えてくれないかな?」
バカなことをするようになってきたフィースだが、それでも人道から外れたようなことをするような人間じゃないことはこの場にいる全員わかっている。恩人に助けられた経験から子どものことになるとやけに甘くなるのは日ごろのパトロールからでもわかっていた。
だからこそこうしたほうがいいと判断したからこその行動だということは理解しているアリーゼは子どもを怖がらせないように優しく笑みを浮かべて下から覗き込むように子どもの前でしゃがみ込んだ。
「……リリルカ・アーデ、です」
「リリルカちゃんね?見たところ武器とかもなさそうだけど、どうして1人でダンジョンにいたの?」
「…………」
アリーゼの質問にリリルカは視線を彷徨わせる。言ってもいいのか、言わないほうがいいのか、言うことでもしかしたらあの地獄から抜け出せるんじゃないかという希望と、言った後で地獄から解放されなかったらより深い地獄になるんじゃないかという恐怖が頭の中で駆け回り、どうすればいいかわからず呼吸が荒くなり体が小刻みに震え始める。口を開き、そして震えた声をかすかに出して口を閉じる。そんなことを繰り返し、そしてだんだんと嗚咽すらも混じり始めた。
その様子にただ事ではないとリリルカが見えない場所で目を鋭くしているアストレア・ファミリアの面々と、そしてリリルカを拾ってきたフィースの表情がとてもではないがリリルカには見せられないほどに怒りで歪んでいた。
「…………」
「お、おいフィース?顔がすごいことになってるぞ……」
さすがにマズいと思ったのかライラがボソリと指摘するがフィースはその表情のままリリルカを見続け、そして混乱の果てに何も言うことができずついに息を詰まらせながら泣き始めたリリルカに、さっきまでの怒りをそのままに攻撃的な笑みを浮かべた。
「こいつのファミリアを潰してくる。手加減しなくていいから楽でいいわ」
そういうや否や荒々しくイスが弾かれるほどの勢いで立ち上がって出口に向かって足を向ける。バキリ、と怒りのあまり力が入りすぎたのか手の関節が大きく鳴ってその音を聞いたリリルカがビクリと大きく体を震わせた。
「待って。潰すにしても手続きをしないといけないわ」
「いらねぇだろ。ゴミ掃除に余計な手間を入れたくねぇ」
「それだとアストレア様に迷惑が行くから待てって言ってんだよ」
「…………」
次々とかかる制止の言葉にとても嫌そうな表情で舌打ちを打ち、チラリとアストレアの顔を見て深く息を吐く。そして外に向かおうとしていた足をリリルカの方へと進め、リリルカと顔を合わせるためにしゃがみ込んでまっすぐとその目を見た。
「よし。しばらくここにいろ」
「え?」
「ゴミカス共の掃除が終わるまでここにいろってことだ。全部終わるまで外に出れるかわからねぇけど、まぁ外にいるよりかは全然いいだろ。なに、俺がいいって言ってんだ。子どもが変に遠慮しなくていいぞ」
居候とは思えない言葉にアストレアの面々は驚きで目を丸くしてフィースを見る。そしてこの場にいる全員の内情を代表するかのように頭が痛いと言わんばかりに頭に手を置いていた輝夜が怒りで頬を引きつらせた笑みを浮かべてフィースに顔を向けた。
「なんで居候のあなたがそれを決めるんですかねぇ?」
「鍛えてやってんのにか?」
「それは居候している費用に対する対価でしょう?」
「そうか」
輝夜の言葉にフィースは深く息を吐く。そして悩む素振りを見せるが、すぐに不承不承と言った表情を浮かべて再び息を吐いた。
「そうか。それならしょうがねぇ。なら量を増やして対価を増やすか」
「あれ以上にキツくする気!?」
「今んところギリギリのところがどこか確認しているところだけど、まぁ一気にキツくすればいいか。まぁ即効性の回復薬があるなら加減ミスっても問題ないだろ」
「ちょっと!?私たちの冒険者としての生命を断つ気!?」
「お前らの命はこの子にかかってると思え」
「よし!お前ら豪華な飯持ってこい!このままだとあたしら鍛錬で殺されるぞ!」
こいつマジでやらかすぞ、とフィースの淡々とした表情を見たライラは本気のトーンで指示を出す。それを聞いた面々はバタバタと足を動かして部屋を飛び出していき、いつの間にか部屋の中に残ったのはアストレアとアリーゼ、輝夜、ライラ、そしてリューだけだった。
「ちゃんとご飯とかのお金はあなたが集めてくださいね」
「この子のファミリア潰してあるもん全部奪えば支払いは問題ないな。よし」
「おい。一応ここは正義のファミリアなんだぞ。堂々と奪うとか言うんじゃねぇよ」
「知らん。俺は俺の正義で動いてるだけだ」
頭が痛いと言わんばかりの輝夜とライラの表情にフィースはどうでもよさげに先に汚れを取るほうがいいか?と顔についた汚れを見て指でぬぐい取る。たまたま目が合ったライラに風呂の準備も頼もうとしたがライラはそれを察したのか飯食ってからでいいだろと思いながらもそそくさと部屋を出て行った。
あまりにも傍若無人ぶりに輝夜の額に血管が浮かび上がっており、アストレアもアリーゼも珍しいものを見たようにフィースを見ていた。唯一文句を言いそうなリューは正義とは何かをいまだに飲み込めておらずただフィースの行動を見るだけだった。
それでもこの場にいる誰もが勝手に決めたことについてを責めることはあってもリリルカをここに置くことについては否定していなかった。フィースは知らないことだが、これがファミリア間での大きな問題になることも、相手のファミリアから大きく上げ足を取られる行為だということも、アストレア・ファミリアを気に入らないファミリアから攻め入られる大きな隙であることも、すべてわかっている上でリリルカをここに置くことを否定しなかった。
「……あの、どうして、リリを……?」
そしてそれを察せないようなリリルカではなかった。このままここにいてもいいことになるようなことにはならない。そう頭では理解していても、どうして自分を救ってくれようとしてくれているのか、その希望の光に手を伸ばすかのように震えた声を出した。
「子どもは大きな争いを知らずにのんきに生きるべきだ、なんて理想論を言うつもりはないが、ろくな生き方もしてねぇゴミカス共より優先して生きるべきだとは思っていてな。未来ある子どもがろくな目にあってないのを見逃す気はねぇんだよ」
そして、それを見たフィースはフードの上から目元を隠すように頭に手を乗せて乱暴に撫でた。フィースからすればこの拉致同然の行為を悪いことだろうが知ったことではなかった。誰からも助けが来られない無人島で死にかけていた自身を誰にも救われない状況にあるリリルカに重ねながら、救われた時のことを想っていた。
「なに、お前のいた場所全部ぶっ壊してやるから安心してここにいろ。そんで全部終わったら好きなことできるように何をしたいかでも考えとけ」
ニィ、と命の恩人であるガープの豪快な笑いを思い出しながらフィースは笑った。大笑いはしていないが、それでも心細いときに見る笑みの心強さはフィース自身よくわかっていた。
フィースの笑みを見たリリルカはフードの隙間から呆然としていたが、それでもようやく心から安堵できたのか口元を緩ませて鼻をグズグズと鳴らし始める。
「……う、うぇぇ……」
「後で飯になるから遠慮せずに食えよ。文句言ってきたらいつも以上の鍛錬を課してやるから安心して食え」
ポロポロと涙を流して静かに嗚咽を上げ始めたリリルカにフィースは笑みを浮かべてリリルカの頭をゆっくりと優しくなでた。安心できる場所をようやく見つけたリリルカは今までの不安を吐き出すかのように、けれど大きな声を出さないように親に泣きつく幼子のようにフィースに顔を埋めて泣き始めた。
アストレアは困ったように笑みを浮かべるがそこに嫌悪感は全く感じられない。勝手なことを言いやがる、と輝夜が不満そうに鼻を鳴らすが事情が事情だけにそれをここで口に出すことはしない。扉の奥ではライラも呆れたような、それでいてわずかに妬みが混じった感情を吐き出すようにため息を吐き出し、リューは子どもの安心した泣く声を聴いて正義とは何なのかを再び考える。そしてアリーゼはフィースの様子を見て思い出したかのように手を打った。
「アストレア様、あれが神様たちの言うロリコンというやつなんですね?」
「おい、誰がロリコンだ。子どもに欲情するようなクソになった覚えはねぇぞ」
「えぇ……」
「ちげぇっつってんだろ!おいそんなゴミを見るような目で見んじゃねぇ!またンな勘違いされてたまるかってんだよ!」
「何度もそう思われてるってことは自覚してないだけでそうなのではないのです?」
「ふざけんなよクソが!テメェら明日の鍛錬覚えとけよ!」
「ちょっと!?こっちに飛び火してるじゃない!」
ギャーギャーと再び騒がしくなった部屋の中、アストレアはそれを楽しそうに見ながら笑みを浮かべる。
「ほら、お客様の前でみっともないことしないの」
そしてチラリとリューの方へと視線を向け、リューが再起してくれることを願って収拾がつかなくなりつつあるこの場をまとめるために手を叩きながら制止を始めるのだった。