元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
「何も蹴り出さなくてもいいと思うんだがな……」
何でもない裏路地を地形把握ついでに散歩している中、俺は蹴られた腰をさすりながらため息を吐く。リリを拾ってあいつらに任せたのはよかったが、まさか俺の使ってた部屋を使うと言い出すとは。いつか出てくつもりで荷物は置いてなかったし別にどこでも寝れるから構わねぇんだけど、まさか部屋の中を片すからと蹴り出されるとは思ってなかったぞ。
「しかしあいつらだんだんと容赦なくなってきたな」
特にアリーゼの奴、あんな笑いながら邪魔と言ってくるとは思ってもいなかった。いや、俺だって野郎に聞かせられないことを話すって言ってくれりゃ出てくってのに、あんな変態を見るかのようにこっちを見てくるとは思ってもいなかったぞ。
「どうせ時間かかるだろうし、散歩終わったらダンジョンで稼ぐのもいいか?」
お金も持ってないし、個人的に使えるお金も欲しいから稼げると言われているダンジョンに行くのもよさそうか。しかし、ダンジョンに潜ったとしても稼ぎ方が分からん。リリを拾ったときもそうだったけど、モンスターを倒しても石ぐらいしか残ってなかったのにどうやって稼ぐんだ?
「……もしあそこにダンジョンがあったら間違いなくガープさんに放り込まれてたな」
ダンジョンにいるモンスターを見た時にも思ったが、見た目が気色悪いのはともかくこっちに向かって殺す気で来ていたんだから鍛錬にちょうどいいと下に置いて行きそうだなとガープさんがギャーギャー騒いでいる俺やルフィたちの首根っこを掴んでいる様子が脳裏に浮かんだ。
「いや、あの気色悪いの肉にならないから最悪餓死しかねないからさすがにそれはない……とは、言えねぇか……」
そもそも文句を言っても聞くようなお人じゃないし、聞いたところで自分の”生命帰還”を体得した経緯を考えたらそれすらも鍛錬だと言ってそうなのが目に浮かぶか。
ここでガープさんの鍛錬を受けてた方が楽だったのか、それともあっちの方がまだ楽だったのか。どっちが楽なのかを考えたところでガープさんがそんなぬるい鍛錬を課すわけがないかとため息交じりの笑いが込みあがってくる。
トラウマにもなりかねない記憶の蓋がパカパカ動いているのを無理やり無視して残った時間をどうするかを考えていると、遠くから苛立った声が聞こえてきた。
「ッチ!おい!あのクソガキどこに行きやがった!」
「……あん?」
顔がしかめていくのが分かる。手に力が入ってパキリと指が鳴り、落ち着かせるように息を深く吐いて声のした方に歩く。
「あのクソガキ、俺たちのおとりをしている最中に逃げやがって!おかげでいらねぇケガ負う羽目になったじゃねぇか!」
「あのでけぇ荷物からいくらか分捕るしかねぇな」
「どうせ二束三文にしかならねぇだろうが、ないよりはマシだろうしな」
「ガキで女なのにあんな荷物持ってたんだからガラクタしかねぇだろ」
少し歩くと曲がり角のすぐ近くで声が聞こえた。全員男であり、苛立つ声と嘲る声、そして下卑た笑いも聞こえている中で俺の頭の中は熱がこもっていくような感覚に襲われる。
おとり。でけぇ荷物。ガキで女。なるほど。なんとなくそうだろうとは思っていたけど、やっぱあれはそういうことだったか。んで、あれはその原因だと。なるほど。
「とっととあのクソガキから分捕れる分は分捕るぞ!わかったらあのクソガキを……」
「おい」
俺の呼びかけに反応する前に近くにいたモジャ頭の頭を掴み、壁に本気で叩きつける。骨が砕けて肉が潰れる感覚が振動として手から伝わり、叩きつけた壁にモジャ頭がめり込んで動かなくなった。
「ちょっと、話聞かせてもらっていいか?いいよなァ?」
顔は笑っている。けど、目が笑えていない。覇気も漏れ出ていることを自覚しながら、力んだ手の指からバキバキと関節が鳴る。覇気に耐えきれていないタヌキと短髪は腰を抜かしたのか立ち上がる様子はなく、ガタガタと体を震わせて必死に後ろへと下がっていたが、それを逃す気はなくこいつらの足を蹴り折る。
このまま突っ走ればアストレア・ファミリアの迷惑になる。それは頭の中でわかっていた。けれど、だからどうした。ここで動かないのが俺の正義か?俺の憧れた正義はここで動かないことなのか?違う。俺の憧れた正義は、俺の正義はここで動くことだ。ここで動かなければ俺は俺の正義に顔向けできなくなる。ガープさんに誓った俺の正義に、2度と。
「ここか」
ズリ、ゴリ、と重いものが地面に擦れる音がやけに響いていた。カス共から聞いた場所、こいつらの拠点の前までたどり着いた俺は苛立ちが隠せずに手に力が入る。バキリ、と何かが折れる音とくぐもった苦悶の声が聞こえてきたが気にすることなく、手にしていた
「ガバァ!」
バガンッ、とデカい衝突音と施錠していた鍵が壊れる音、扉が壊れる音、そして壁が砕ける音が大きく響いた。後ろから悲鳴の上がる声が聞こえたが、それを無視してゆっくりと壊れた扉から建物の中に入る。
「よう、クズども。喜べ、豚箱にぶち込まれる時間が来たぞ」
カツリ、カツリ、と騒然としているはずの室内に俺の歩く音が嫌に響いている。中はそれなりに広く、装飾もそれなりにあるが酒の匂いがとても強い。酒は嫌いじゃないが、ここまで強く匂うと酔いよりも先に不快感が込みあがってくる。
足元で意識がなくなっているタヌキのそれを端に蹴り飛ばして改めてこの場にいるカス共を見る。突然のことで動揺を隠せずにいるのはいいとして、どいつもこいつも目が血走ったような、何かを求めて倫理観がなくなったような目をしている。アル中でもまだマシな目をするぞ。
「なんだテメェ!?ここがどこかわかってんのか!」
嫌悪感で唾を吐き捨てたくなる俺に手に剣を持った男が振りかぶりながら襲い掛かってくるが、それを振り下ろす前にそいつの懐に潜り込んで顎に向かって天井へと蹴り上げる。
「ブボフッ!?」
歯が砕ける音とともに男の悲鳴が上がり、手に持っていた剣を落とした男はそのまま天井に突き刺さった。突き刺さった男は天井に突き刺さったまま気を失ったのかブラブラと体が揺れていたが、それを見たカス共は目を大きく見開いてそれを見て言葉を出せずにいた。
「誰か1人ぐらいは口出せる奴が欲しいからな。足だけ使ってやって手は出さねぇでやるよ。それで死んでもテメェらが弱いだけだから自分の弱さを悔いて死んでいけ」
靴を整えるためにつま先を地面に叩くように蹴る。蹴り技は使えないわけじゃないが拳よりは使い慣れているわけじゃない。だから拳に比べて威力は下がってしまうが、その分手加減もできない。最悪全員殺してしまったとしても、あの子がまた不幸なことになることはなくなるだろうしあの子のような被害者がいなくなると思えば些細な事だ。
「こ、の、クソ野郎がぁ!」
その言葉が引き金となり、各々が持っていた武器を手にして一斉に俺に襲い掛かってきた。一般人よりかは力強い動きだが、どいつもこいつも身体能力だけで武器を振るっているだけで脅威に感じるようなものはない。もはやため息すらも吐ける期待もなくなり、襲い掛かってくる連中を容赦なく蹴り殺していく。
正面から来たらその胸に蹴りを入れて骨を砕きながら後ろにいる連中を巻き込んで壁まで蹴り飛ばし、横から来れば腰に回し蹴りを入れて内臓が破裂する感覚を感じながら壁へと蹴り飛ばし、後ろから来れば体をひねって顎から天井へ向かって蹴り飛ばす。
頭、顔、首、胸、腰。もはや生かす気もない箇所へ容赦なく蹴りを入れ、天井や壁だけでなく地面にも叩き入れる。吐き出された血が頬や服に着くが、それを拭うぐらいならこいつらに蹴りを入れることに集中してただひたすらに来る連中を蹴りこんでいく。
「ひ、ひぃ!?」
全く歯が立たない様子に怯えた声が聞こえた。そのまま外へと走り去ろうとする奴が見えた俺は、天井からぶら下がっていた立派な電灯まで跳び上がり出ていこうとするそいつに向かって蹴り飛ばす。電灯の壊れる音とともに短い悲鳴が入り口から響き、電灯に積もっていた埃が舞い上がる。
「おいおい、どこに行こうってんだ?あんな小さい子が歯を食いしばって頑張ってたってのに、テメェらはすぐに逃げようとするんだな?」
天井付近から着地し、そのまま近くにいた連中を入り口の上の壁に次々と叩き込む。悲鳴と骨が砕ける音が響いてそのまま下へと落ちていき、落ちた衝撃と外から入ってきた風で舞い上がった埃が吹き飛ばされて見えたそこは、意識がない連中と電灯が積み重なって入り口をふさいでいた。
「逃げようとすんじゃねぇよ。つい
バキ、と手に力を入れすぎて指から折れたのかと錯覚するほどに大きな音が鳴った。次々と倒れていく同胞と、そして誰も俺に傷を負わせられないことに誰も身動きができていない。誰もかれもその表情は恐怖に塗れていて目線が俺じゃなくあちこちへと動いている。
逃げようとしているが、入り口の封鎖のやり方を目の当たりにして逃げるという選択ができなくなった。そんな混乱の中にいることが手に取るようにわかる。俺が一歩踏み出すだけで、歩く音が聞こえるだけでビクリと全員が体を震わせているその姿は、こんなのがいたからあの子が苦しんでいたのかと怒りに油を注いでいるだけだった。
「おやおや。随分とうるさいですね」
誰も声を出そうとしない中で聞き覚えのない声が聞こえた。声のした方に顔を向けると、そこには神経質そうな顔つきの白髪の男が怒りに頬を引くつかせながらメガネを整えていた。
「ここに何をしに来たのです?いや、そもそもこんなにも暴れ回るとは、ここがどこなのかわかっていないのですか?」
男はまるで演説するかのように手を大きく広げ、しかしその視線は怒りに満ちながら俺を見ている。見聞色の覇気でも怒りと憎しみで満ちているのがわかり、同時に嘲りも感じる。まるで俺なんか相手にならないと言わんばかりの様子だ。
「ここはソーマ・ファミリア。ここから出る酒はとても人気でこの街だけじゃなく、街の外にも輸送されています。その恩恵はここだけじゃなく、輸送や取引に関わっているこの街にもあります。そんな場所を潰そうとすれば街の外からの恩恵がなくなるだけでなくこの街にも大きな被害が来ます。私の言っている意味は、わかりますよね?」
言外に、これ以上暴れるなら利益を求めている連中が俺を排除するために動くだろう。お前は世界を敵に回している。とでも言いたいのだろう。実際そうなんだろう。俺のやっていることはガネーシャ・ファミリアやアストレア・ファミリア、もしかするとこの街すべてのファミリアが俺を狙うことになる。ここが犯罪者の集まりならともかく、今まで何もされていないのだからここはグレーであっても黒ではない。この街からすればどっちが悪いのか判断するのは俺でもわかる。
「知るか」
「……は?」
「知るかっつってんだ。テメェらに手を出した結果なんざどうでもいいし、それのペナルティも知ったことじゃねぇ、それで出る影響なんざ考える気もねぇ、テメェらにケンカを売った後のことは今考える必要もねぇ」
俺の言葉に男は目を大きく開いた。自身の言葉に何も感じないのならともかく、まさかそれをどうでもいいと一蹴するのとは思っていなかったのだろう。
「俺は俺のやりたいようにやる。罰を与えるってんなら捕えてみろ。報復に来るってんなら喜んで受けて立つ。闇派閥の汚名も喜んで受けてやるよ。世界を敵に回したってんなら上等だ。最悪の世代と処刑を望まれた男たちを弟に持ってんだ、その程度トロフィーでしかねぇな」
むしろここで暴れなかったらあいつらから文句すら言いだしてくるかもしれない。ガープさんは、まぁ、笑ってくれるかもしれない。ボガードさんたちは頭を抱えるだろうけど、ガープさんならむしろこんなのを野放しにするぐらいなら暴れろとすら言うかもしれないな。
「都市最強だろうがなんだろうが、来るなら来い。全員叩きのめしてやる。それに、テメェの残り人生全部の分好き放題やってきたんだ。今死んでも文句はねぇだろ?」
「てめぇ狂ってんのか!?」
都市最強とはすなわち世界最強。そんなことをライラが言っていた記憶があるが、そんなもん知ったことじゃねぇ。そいつが俺よりも強かったとしても今ここでこいつらを叩き潰すことには変わりない。
まさか脅しが聞かないとは思っていなかったのか男は声を震わせていたが、そんなことは知ったことじゃねぇ。余裕そうな態度をとっていたということは、こいつはここの頭かそれなりに頭が回るのか、どちらにしろ見逃すつもりはねぇ。
「ガホァ!?」
”剃”にもならないが、それなりの速度で男まで接近してその胸に全力で蹴りを入れる。骨が砕け、肺が破裂する感触と共に男は打たれたボールのように壁へと飛んでいく。壁に激突したが、壁だけでは勢いを殺しきることができず大きな破壊音とともに壁が砕けて男は外へと飛んでいく。壁の大穴から男がそのまま向こう側の建物の壁に激突し、大きなくぼみを作って壁にめり込んだまま沈黙したのが見えた。
「た、頼む!見逃してくれ!金ならいくらでも出す!女だって酒で言うことを聞かせられる!そ、そうだ!ここの酒はどこにも置いてないしここ以外で出さないこともできる!それをあんたに全部流すようにする!だから見逃してくれ!な!?」
先ほどまでの殺意や殺気が消え、近くにいた男が媚びへつらって五体投地するように頭を下げた。このままだと死ぬと思って我先にと媚びてきたことが目に見えてわかる。こういうのは海賊共がよくやってきていたが、それに乗る気がない俺は下げていた頭をボールを蹴るように壁へ向かって蹴り上げた。
「ヘブッ!」
ボキリ、と首が折れた感覚がわかった。力が抜けた男がそのまま壁に蹴飛ばされて壁を突き破り、上半身を預けるようににして壁に掛けられた。
「何か勘違いしてるようだが、誰1人逃す気はない。二度とバカなことができないように徹底的に叩き潰す。子どもの人生狂わせたテメェらを見逃すつもりはない。大人しくミンチにされろゴミカス共」
覇王色の覇気をほんのわずかに漏らす。一般人も気絶することはない程度のものだが、足が震えて腰を抜かす程度のものであったからかさすがに腰を抜かすような奴はいなかった。けれどこれで俺が本気だということがわかったのか、誰もかれもが恐怖で顔を真っ青にしていた。
「う、うおおおお!殺せ!こいつを殺せば俺たちは生き残れるんだ!」
そして誰かが叫んだその言葉で蜂起したかのように全員が武器を持って俺に襲い掛かった。剣、斧、槍、弓。あらゆる武器を味方を巻き込んででも俺を殺そうと必死になって襲い掛かってくる連中を、もはや何も感じることなく蹴り殺していく。
「や、やめブッ!」
「な、なんでここがわかるんだよ!?」
「いやだ!死にたくない!いやだぁ!」
「なんで、くそ、なんでだよぉ!」
襲い掛かってきた連中も、逃げようとした連中も、隠れていた連中も、この建物にいた連中は全員蹴り殺した。白かった服は飛び散った血でまだら模様となり、足は染色したと思えるほどに血で染まっていた。頬に飛び散ってきた血を腕で拭い、見聞色の覇気で神らしき気配を探して感じた場所へと歩いていく。
靴が床を歩く音と血で濡れた靴音が誰もいなくなった室内に響いた。建物の奥にある部屋の中から神のような気配を感じる。間違いなくここだと判断し、固く閉ざされていた扉を怒りを込めて本気で殴り飛ばした。
「……誰だ。騒がしいぞ」
部屋の中にいたのは長く黒い髪で目元すらも隠れている陰気な男だった。目元が見えなくてもわかるほどに気だるそうな表情と雰囲気を醸し出しながらこちらを見てきたが、俺の姿を見て動きがビタリと止まった。
「…………面倒な」
そして漏れ出た言葉が怒りでもなんでもなく、見聞色の覇気を使わなくてもわかるほどの気だるさだった。俺の様子を見れば自分の配下が死んだというのもわかるだろうに、死んでいなくても俺の様子を見れば瀕死だろうことは察せられるはずなのに、まるで興味も沸いていないその様子は、本当に人に興味がないのだということを簡単に察することができた。
「……テメェ、本当に人に興味がねぇんだな。あんな騒ぎの後で全員潰したっつったってのに怒りは少しだけ。しかも面倒としか思ってねぇ。なんだテメェ、クズなのは変わりねぇけどゴミクズ共とはちげぇな」
「……あぁ。テメェ、あれか。自分の作業に没頭して、誰かを利用するつもりが利用されていただけの哀れな勘違いと同じの、職人と思い込んでいるヘタクソか」
「……なんだと?」
「似たような奴とかち合ったことあるわ。やけに海賊が技術力の高い武器を振り回していた国で、それを作ったのがその国で最高峰の科学者だったっての。確かに面倒だったけど、結局人質を取ることでしか優位に立てなかった哀れな増長野郎だったなぁ」
あの戦いは確かに面倒だった。見たこともない兵器によって軍艦が数隻も沈められたが、結局は武器頼り兵器頼りで素の実力なんて海兵の軍曹レベルにもなっていない程度でしかなかった国だった。海賊によって占拠され、実験ができればなんでもいいと言っていた科学者とのタッグでできた被害だったが、こいつはその科学者と似ていた。
「今でも記憶に残ってるぞ。やけに自分の技術力を自慢していたけど、どれもこれも結局は最高峰の技術よりも何段も劣っている程度でしかなかった、水槽の中のオタマジャクシだ」
捕まえるときにワシの科学力がどうのこうのと騒いでいたが、どれもこれもベガパンクよりもたらされた物と比べれば数段も劣る程度でしかなかった。海軍に売りに来たらそれなりのもてなしがあっただろうが、それでも重宝するかと言われれば首を横に振る程度でしかなかった外の世界を知らない愚物。ボガードさんから言わせればその程度の人物だったそれを似ていると言うと、それが怒りの琴線に触れたのかアストレアさんとは違う、こちらを潰すかのような威が神から放たれた。
「私を侮辱するか!神酒の神であるこの私を、酒を造る腕がないと愚弄しているのか!」
常人が受ければ間違いなく気を失う空気が震えるほどの威、神威だったか、が発せられたが、それ以上の殺意の籠った覇気を何人からも受けてきた俺にとっては膝をつくほどのものではない。むしろこの程度の奴にあの子が苦しめられていたのかと思うと、殺意すらも込めて覇王職の覇気をそいつだけにぶつける。
「人が狂う酒作り続けるような、子どもが笑えもしないようなもん作ってる時点でテメェにそれを言える資格があると思ってんのかテメェは!」
覇気と神威の衝突に空気が震え、建物に罅が入る。人が神威に対応できるものを放ったことへの驚きか髪に隠れていた目が遠くからでもわかるほどに見開かれていた。
そのまま怒りで足を強く踏みしめながら神へと近づく俺に動揺してか神威が揺らぎ、そして胸ぐらをつかまれるとそのまま神威が消えてその表情は目が髪で隠れていても大きく動揺しているのが目に見えていた。
「テメェが作ってんは酒じゃねぇ!他を排してでも狂ったように求めるようなもんが酒なわけがあるか!んなもんはただの麻薬だ!人を壊すだけの飲みもんを、酒って呼ぶのかテメェは!」
ブチブチと服が握力で千切れていくのを感じながら覇気を出したまま神に頭突きをするように目を近づける。髪の奥から見える目は驚きと動揺で揺らいでいて、それでいてそれ以上の怒りがふつふつと湧いてきているのが見えてきたがそれでも俺は言葉を続ける。
「酒ってんなら、一大事が終わった後の宴会でくだらないことで笑いながらお互いのジョッキに入れ合うような、下品だろうと大口開けて笑って、それを見て頭を抱えて、やかましすぎて怒鳴り声をあげて入ってくる上司が出てくるような、最高の酒を造るってんなら誰もがうらやむ場を作る酒を造りやがれ!」
髪の奥の目が大きく動いた。呼吸も止まり、そして瞳孔が開いたのが見える。目が泳いでいるからか目が揺らいでいるようにも見えた。
このままこいつを始末してやろうかと、空いている手に覇気をまとわせようとすると同時に後ろから誰かがこちらに向かってきている足音が聞こえてきた。
「フィース様!」
後ろから悲鳴にも近い声が聞こえた。その声はとても震えていて、今にも泣き出そうなものだった。次いで足に何かがぶつかったような軽い衝撃を感じる。しがみつくように足を抱えている温かなその子は、嗚咽交じりに声を震わせて俺を止めるように俺のズボンを握りしめるように強く抱きしめて漏れ出る涙を拭こうとせずに俺を見上げていた。
「お願いです、フィース様、フィース様が手を汚す必要はないんです、リリが、リリが我慢すればいい、だけですから!だから、だから、フィース様……!」
何が言いたいのかまとまらずに支離滅裂になりつつ、そして言葉にできなくなったのか言葉に詰まったリリはボロボロと涙をこぼして嗚咽を漏らす。同時に左右からライラとアリーゼがこれ以上目の前の神に手を出せないように俺の手首を強く掴み、さらに俺の首に剣を添えていつでも俺の首を掻っ切れる状態にしていた。
「フィース。今回の暴走はさておき、神の殺害は絶対に見逃せないぞ。神殺しは例外なく極刑になる。それがどんな理由であったとしても、私たち人が神に手をかけるのは、絶対にダメなんだ」
いつもなら激昂しながら言ってきそうな輝夜が俺を諭すような声を出して俺の肩に手を置いた。俺の手首を掴んでいる手も含め、その手は本気を出せば簡単に振りほどくことができる程度でしかなかったが、それを俺は振り払うことができなかった。
リリと輝夜の言葉に俺は神に向けていた覇気を弱め、胸ぐらをつかんでいた手を放す。体勢を崩した神はそのまま地面にへたり込むように座ったが、その表情は混乱と動揺、それ以上の怒りに満ちていた。
「このまま来てもらうわよ。いくらあなたでも、いえ、あなただからこそこの件を有耶無耶するわけにはいかないわ」
「……わーったよ」
神から手を放してもアリーゼの俺を見る目は鋭いままだった。ライラも俺を注視してすぐにでも剣を下ろせるように適度に力を込めて首に添えている。このまま暴れたとしてもアリーゼたちを無駄に傷つけるだけだし、これ以上神を嬲る気も起きない。全身から力を抜いてなされるがままの状態になり、それを手で感じたアリーゼたちはホッとしたように息を吐いた。
ライラに視線を向けてそのままリリに動かし、それを見たライラも俺のやりたいことを理解してかその手をズボンにしがみついて嗚咽を漏らしているリリに動かす。かろうじて動いた手でリリの頭を軽くなでるように叩き、それでも嗚咽が止まらないリリを輝夜がため息交じりに静かに引き連れていく。それを追うようにアリーゼとライラも俺の手を引いて動き出し、俺もそれに従うようにゆっくりと足を動かす。
「待て」
ズ、とまた神威がこの部屋に満ちる。暴力的な威に俺以外は全員体を震わせてその場に崩れ落ち、気を抜いていた俺もわずかに膝を崩しながらも踏ん張り、神の方に顔を向ける。
「俺を、俺を蛙以下だと言うのならこれを飲んでみろ!」
ダンッ、とまるで叩きつけるように木でできたコップを地面に置いた。その勢いで中から黄金色の液体が飛び散り、その量は少ないながらにまさに豊潤で濃厚な香りと言い表すしかない匂いが遠くからでも香ってきていた。
「これを飲んで何事もなければ、私のすべてを貴様に委ねてやる!金も!酒も!この腕もだ!お前の望むものすべてを与えてやる!」
髪の奥から見える目がギラギラと輝いているように見えた。逃がすつもりはないと気炎すらも吐いている様子に、俺は何も言わずそのコップを手に取る。
「ダメです!それを飲んでは……!」
後ろから息絶え絶えのリリの悲鳴にも似た声が上がる。コップからは遠くから香っていた以上の豊潤すぎる匂いに意識がふらつきそうになるほどの酔いを感じるが、それを吐き出すように息を深く吐き、そして中身を飲み干すために一気にコップの中の液体を口の中に流し込んだ。
「…………」
そして、気づけば俺の目の前には見渡す限りの海が広がっていた。軍艦が海をかき分けて進んでおり、船首でデカい海王類を引き上げていたガープさんが大笑いをしていて、
『どうしたフィース!早くこっち来いよ!』
『じいちゃんがでけぇ海王類を捕まえたんだってよ!一緒に焼いて食おうぜ!』
『しかし、こんだけデカかったら俺たちだけじゃ食いきれねぇんじゃねぇの?』
『なに!コビーたちにも分けてやればいい!』
エースが俺を見て手招きをし、ルフィが目を輝かせてよだれを垂らし、サボが海王類を見て苦笑いし、ガープさんが大笑いをして船首に海王類を乗せていた。その光景を見て俺は笑いがこぼれた。なにせ、今目の前にいるのは
『ガープさん!?そんな大きな物を船に乗せたら転覆してしまいます!』
『ゆ、揺れてる!やばい揺れ方してるって!』
『コラァ!ガープぅ!お前何をやっとるかぁ!』
兄弟がそろっていて、ガープさんも楽しそうで、後ろから驚きと悲鳴にも似たコビーたちの声も聞こえて、近くの船からセンゴクさんの怒鳴り声が聞こえてきて、何もかも俺の望んでいたその光景に、
「クソ……!こんな、こんなもので、こんな……!クソ、クソが!」
ギリィ、と歯ぎしりが響き、手にしていた木のコップの破片が床に落ちる音がむなしく響いた。手の中に残っていた木片を力の限り壁にぶつけるように投げ、それでも収まらない怒りでバキバキと手を鳴らして強く拳を握りしめていた。
その様子を見ていた神は呆然と目を見開いて俺を見ていた。その表情はまるで信じられないものを見るかのようであり、同時に希望を見出したかのようなものに満ちているのが怒りの中にいる俺でもわかるほどだった。
「お前は、狂わないのか……?」
「狂わない!?狂わないだと!?怒り気が狂いそうだ!もうあり得ない世界が頭ん中で駆け回りやがる!ガープさんが、ルフィが、エースが、サボが!俺たち全員で笑いながら海軍やってる様を!バカやって追いかけられて、センゴクさんに激怒されて、それでも笑って、あんな、あんな
力の限り、それこそ覇気すらも込めて腕を大きく振り回した。ドンッ、とまるで太鼓を叩いたかのような音と振動が空気を揺らし、空気砲となった殴りつけた空気は弾道にあった酒樽をすべて破壊しつくした上に壁に大きな穴を空けた。
「クソが!」
それでも怒りが収まらず、これ以上ここにいたら誰彼構わず殴りつけてしまうとほんのわずかに残った理性を総動員して床を砕きながら外へと向かって歩いていく。後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきたが、それに反応する余裕すらなく外に向かって歩き続ける。道中にある壁を全力で殴り飛ばして粉々にし続け、家具、そして石でできた柱すらも収まらない怒りを発散するように殴って折り続けた。
そうしてしばらく歩き続けるとようやくエントランスに続く通路にたどり着き、それでも怒りが収まらない俺は武装色覇気を纏った腕でエントランスまでの壁を殴りつけて殴った先の壁を消し飛ばすかのように殴り飛ばした。まだ残っていた理性で斜めにしたおかげで穴から見える限りではここ以外の建物には被害はなさそうだったが、この建物には直径2mほどの大穴が空いた。
「なんだ!?」
「こっちだ!ここから犯人が出てくるぞ!」
俺が空けた穴の向こう側から続々と集団がこっちに武器を構えている。暴れたからかある程度落ち着いてきてはいるがそれでも武器を向けられたら反射的に殴ってしまうとギリギリ働いている理性が覇王色の覇気を噴出させた。武器が落ちる金属質な音と人が倒れていく音が続々と出ていく中、敵意が感じなくなったと分かると同時に覇気を抑え、気を失って倒れている中を歩いて外へと出て行った。
「……フィース」
外にいたのは中と同じく大勢が倒れている光景だった。そんな中で立っていたのはガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアでも見知った連中だけであり、アーディが起こしたんだろうリューが息も絶え絶えな状態でアーディの肩にもたれかかっていた。
全員が武器を構えている。切っ先を俺に向けているが、誰も向かってこない。立っていたとしてもアーディも含め、気を失っていない中でも足を震わせて立っているだけで精いっぱいの状態な奴がほとんどなのもあるが、俺が何かしたんだろうけど何をしたのかわからないから動けないのだろう。
そんな中俺は何も言わずに、向かってこないように覇王色の覇気を気絶しない程度に吐き出しながら歩く。覇気に圧されたからか誰も動けず、誰も何も言えない状況の中歩いている俺に聞こえてきたのは、今にも消えていきそうなほどに小さな声だった。
「……待ってください」
弱弱しく、けれどしっかりとした意志を持って出された声に足を止める。声のした方を見ると、そこには恐怖で息を荒くしているリューが、けれど今にも泣き出しそうな表情を浮かべて俺を睨んでいた。
「……なんだ。わりぃが今無性に気分が悪いんだ。お前らでもちょっとのことで手が出そうなぐらいには抑えるのに苦労してんだよ」
苛立ちを隠せずに吐き出した言葉に周りはビクリと体を震わせたが、リューはむしろこちらを睨みつけながら一歩こちらに向かって歩き出した。けれど体勢を崩してしまい隣にいたアーディに再び体を支えられるが、それでも俺に向かって歩き出すように足を踏み出した。
「あなたは、これが正義と言うのですか!?いくらよろしくない連中だったとしても、こんな、こんな所業が許されると思っているのですか!?」
「リュー……」
慟哭にも似たリューの叫びに、アーディは悲しそうな表情を浮かべてリューを見た後に俺を見る。敵意や悪意を持って睨みつけているわけでもなく、けれど好意的なものでもないその視線を向けるアーディと、どうすればいいのかわからないのか武器を構えながらも動くこともなく俺を見続ける周りの中、俺は死屍累々としている建物の中に視線を向けて深く息を吐いた。
「……正義か悪かと言うのなら、間違いなく悪だろうな。ルールも何もなく感情で1つの組織を潰したんだ。秩序を考えれば悪以外の何物でもねぇ。許されるわけがないだろうよ」
あのクソどもの怒りがここまでやったとはいえ、俺がやったことは海軍にいたとしても許されるかどうか怪しいだろう。情報規制で世間的には潜んでいた悪を倒した、とでも言うんだろうけど、ボガードさんやセンゴク元帥、ツル中将からは詰められるだろうことは目に浮かぶ。
「けどな、それで何もできない子どもが死ぬぐらいなら悪と断定された方が遥かにマシだ。こんなことしても全員を守れるわけでも助けれるわけでもねぇことぐらいわかってる。けどな、だからと言って助けを求めている目の前の子どもを助けずにいるのはちげぇだろ」
「……どうして、そこまで……?」
「……俺はガープさんに救われた。いつの間にか放り出されていた無人島に小さい子どもが1人、助けもなくロクな飯も食えず、毒かもわからない草木をかじって雨が溜まった泥水を啜りながらなんとか生きていた。無人島に人がいるなんざ誰もわかるわけがねぇ。必死になってつけた火も頼りなく、例え見えたとしても海賊の根城かと思って見て見ぬふりをするのが当たり前だった。そんな中で俺を助けてくれたのがガープさんだった」
今でも鮮明に思い出せる。衰弱していた俺を救ってくれた、豪快に笑いながら部屋の中に入ってきたあの英雄の姿を。どう考えてもおかしい上に怪しさすらもある俺を、救ってくれた恩人のあの姿を。あの姿に俺は強い憧れを、憧憬を覚えたんだ。
「憧れたよ。栄養不足でロクに動けない俺を救ってくれただけじゃない、どこの誰かもわからない俺を孫として迎え入れてくれた。もしかしたら海賊になりたいと言っていたルフィに家族ができれば考えが変わるかもと思ったのかもしれない。けど、それでも何もわからない俺を笑って迎え入れてくれたんだ。俺を、救ってくれたんだ」
あの人に拾われた後が辛くなかったわけじゃない。未熟な体で狂暴な生物のいる森の中に放置されたり、ルフィたちと一緒に何度も気絶するほどの鍛錬をさせられたりと理不尽だとすら思えるようなこともしてきていたこともあった。けれど、その根底には俺たちに対する愛があるのはわかっていた。何もなかった俺にとってそれは本当にうれしいことだった。
「……それに、俺は弟を助けられなかった。知っていても力がなかったせいで助けることもできずに眠っていた。あの時の無力感をまた味わうのはまっぴらごめんだ」
だからこそ、ガープさんに鍛えられていたのに俺はサボを救うことができなかった。ブルージャムとの戦いでエースをかばって大ケガを負った俺はサボの行動を知っていたのにそれを止めることもできず、海に散ったことを知ることしかできなかった無力感は今でも心臓を締め付けられるような苦しみを覚える。
「だから俺はあの人みたいになりたい。自分の意思を押し通せるぐらいに強い、英雄と呼ばれたあの背中を追いかけてんだ。未来ある若者を優先して救えって言っていたガープさんの教えを俺なりに守りたいって思ったんだ。だから、俺は俺の救える子どもは救う。俺に手を差し伸べてくれたガープさんと同じように、手を伸ばせなかったあの時と同じことにならないように、俺も手を差し伸べたかったんだ。それがたとえ自分勝手な
自分の手を見る。この手で救えたのはガープさんと比べればほんのわずかだろう。ガープさんでも救えなかった命はあるのだから俺がそれ以上を求めるのは強欲が過ぎるのかもしれない。でも、それでも俺は、あの人と同じように救いたいんだ。あの人に俺が救われたように。
「……頭が冷えたらここに戻る。日が暮れてからになるだろうけど、手錠でも足かせでも、拘束する物を準備しておいてくれ」
それだけ言い残すと向かい側の建物の屋根に向かって跳ぶ。そのままバベルの塔に向かって跳び跳ねていく中、ほんの少しだけ赤くなっていた空を見て深くため息を吐いた。
あぁ〜、海が見てぇなぁ。俺は、どうすればよかったんですかね、ガープさん。
ザニスがファミリアの面々が虐殺されてるのに余裕そうにしてるのは、
・騒ぎになってるからアストレア・ファミリアやガネーシャ・ファミリアもしくはそれ以上のファミリアが来る、
・街の情報は集めているものの良くも悪くも常識を理解しているためフィースの情報は過大評価されていると思っていた、
・それを踏まえて二つ名や今までフィースに関する情報が影もなかったためどんなに高くてもレベル1の中での最強格としか思ってなかった、
・さらに経験則的にこちらが余裕そうな態度をとれば万が一相手が格上だったとしても迷いや逃げに回る可能性が高いから、
・もし無理だったとしても金を積めば闇派閥だとしても見逃してくれるから、
と考えていたため。酒しかないソーマ・ファミリアを襲うのはほとんどが金がらみなため、この考察は間違ってはいないがフィースがいろんな意味でバグ枠なのが敗因。