元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ルーニー

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21話

 ミノタウロスに襲われた次の日。早朝、というには少し遅い時間帯に俺とベルは歩いていた。朝とはいえ日差しも温かく活動するにはちょうどいい塩梅の時間帯とも言えるだろう。

 

「……いつまでそうやって後ろに引っ付いているつもりなんだ」

 

「だ、だってぇ……」

 

 今から行く場所におびえているのか俺の後ろから離れようともしないベル。その様子に何をやっているんだと拳骨の1つでも食らわせたくなる気持ちにもなってくる。エースやルフィが見れば嫌悪感を隠そうともしない状態だろうと思えるほどである。

 俺とベルは今ロキ・ファミリアの拠点である黄昏の館と呼ばれている場所に向かっている。ベルをミノタウロスから助けてくれたアイズ・ヴァレンシュタインに礼もせずに逃げ出したことへの謝罪と改めて礼をしに行くため、わざわざ早朝なのにすでにギルドで働いていたエイナさんからミノタウロスの件でロキ・ファミリアのことを確認し、さらにはお詫びの品としてちょっとした手土産も買っておいた。

 

「助けてもらっておいて逃げだしたのはベルなんだからな。顔を合わせることができたらちゃんと謝罪とお礼を言うんだぞ」

 

「う、うん……わかっているんだけど……」

 

 言葉にならないような声を出しながらモジモジとしているベルは、その容姿を考えればかわいらしいと思う人はいるかもしれない。しかし、それを俺の前でやられても困る。何をどうしてこうなったのかはよくわからないし、見聞色の覇気で読み取る気もないが、謝罪とお礼をするときについてはちゃんとしてほしいものだ。ハァ、と深いため息が出る。何をここまで恥ずかしがっているのやら。もう着いたときにベルを前に押し出せばいいか、ぐらいにはベルの態度には諦めも出てきている。

 ベルを後ろに連れてしばらく歩いていくと縦に長い建物が見えてくる。地図と重ねてみると、あれが目的の建物である黄昏の館だろう。土地代が高いから縦に長くした、と言われれば何となくやるせない感も感じるが、まぁ大手となればそういうわけでもないだろう。多分主神のロキ神の趣味か幹部の考えか。無駄遣いを嫌った結果があの縦長の建物なのかもしれない。

 ここにも土地代の影響が出てきているのか、と思いながら黄昏の館へと近づく。大手ということもあって色々と問題も起きているのか、門のところには門番らしき人がいる。ギルドにも登録があり、一介の冒険者である俺やベルにもお礼のためにという理由なだけで場所を聞けば教えてくれるのだから、この場所も知られているのだろう。いくらオラリオ内でも上位に位置する強さを持つロキ・ファミリアであっても嫌がらせの1つはあるのかもしれない。

 

「すいません。ちょっと、よろしいですかね」

 

 背中に張り付いていたベルを無理やり隣へ立たせて門番へと歩み寄る。なるべく警戒させないようにしたつもりだったのだが、朝から見知らぬ男たちが来たと判断したのか、警戒の色を隠そうともせずにいた。

 

「なんだ。何用だ?」

 

「いえ。実は先日のダンジョンの上層でミノタウロスに襲われまして。その時に命を助けてもらったからそのお礼をと思いまして。朝から申し訳ないとは思うんですが、取次のほうは可能ですかね?」

 

 お礼をしたい、と言われれば追い返すことができなかったのか門番も悩むそぶりを見せる。少しの間こちらと館を交互に見ていたが、結論が出たのかフゥ、と息を吐いた。

 

「……残念ながら先日の遠征から帰ったばかりで忙しいんだ。また今度にしてくれ」

 

「あら。それは仕方ないですね」

 

 ベルから話は聞いていたが、ベルを助けたのはアイズ・ヴァレンシュタインというオラリオでも有名な冒険者らしい。遠征をしていた、という話は聞いてなかったが、昨日の出来事が深層から戻ってくる際に起こった出来事なのだと思えば、まぁ納得はできる。

 

「せめてお礼の品としてこれだけでも渡しておいてくれませんかね?」

 

「これは……」

 

 門番がうなるように手渡した箱を見る。この箱の中身はオラリオの中でも有名な店の焼き菓子だ。1箱2万ヴァリスもしたが、ベルのしでかしたことを考えれば仕方のない出費だ。

 

「……いや、わかった。これは責任もって渡させてもらう。ちなみに、誰に渡させてもらえばいいんだ?」

 

 お礼の品と言われれば拒否することもできなかったのか、わきに抱えるように持った。さすがにベルもお礼をする相手だけでも言わなくちゃと思ったのか、詰まり詰まりではあったかアイズ・ヴァレンシュタインの名前を口にした。

 

「あ、あの、アイズ・ヴァレンシュタインさんへお願いします。そ、その、ありがとうございました、と伝えていただけたら……」

 

「アイズさん……。わかった。渡させてもらう。すまないが、念のため所属先と名前を聞いておきたい」

 

「ヘスティア・ファミリアのフィースです。こっちはベル・クラネル」

 

「ヘスティア・ファミリアか。わかった。礼の品については請け負おう」

 

 門番の了承を得られたおかげか、それとも会わずに済んだおかげなのかはわからないが、ベルの表情はさっきよりも幾分かマシになっている。目的の人物にも会えないし、お礼の品も渡してくれるということにもなったし、これ以上ここにいる用はない。

 

「それじゃ、我々はここで。門番お疲れ様です」

 

「いや、こちらこそあまりよくしてやれずすまなかった」

 

 ここから去る前に門番に一礼をする。門番も礼はいらないと言わんばかりに手を振った。ベルも俺に倣って礼をしたのを見てから、ベルを連れて黄昏の館を去る。

 

「あの、ごめんなさい兄さん。あの様子だとあのお菓子高かったんでしょ?」

 

「そう思うなら命の恩人相手に逃げようとするんじゃない」

 

 ペシリ、とベルの頭を軽く叩く。痛くもない程度だったが、唐突に叩かれたからか痛いと小さく呟いて叩かれた場所に手を遣るベル。

 

「いいかベル。恩はちゃんと返せ。命に関わるようなものに関してはなおさらだ。恩を仇で返す様な真似は……」

 

 命を救ってくれた恩人、と言ってふと脳裏にガープさんの笑みが浮かんだ。何もない島から救ってくれたガープさんに対して、あの時の俺は尊敬があった。半分復讐に近い気持ちで、それこそいつかサボを殺した人物を探し出そうと思って入った海軍だったが、ガープさんから受けたものは確かに俺の中に蓄積していたことは間違いない。

 ベルにはこう言っているが、結局命を救ってくれた人に対して恩を仇で返しているのは俺なんだろうな。才能があると言ってガープさんは俺を将校へ推薦してくれて、それに恥じないように努力をして最年少で少将まで昇りつめた。ガープさんも鼻が高いと誉めてくれた。でも、結局はエースたちを助けるために命を投げうってでもサカズキの攻撃からエースを守った。それも民衆が見ている中で海軍のコートを着たままだ。新聞でも最年少少将であることを報じられていたからそれなりに有名だったらしい俺の裏切り行為は、世間に知れ渡っているだろう。まさに俺はガープさんから受けた恩を仇で返しているも同然だろう。俺が死んでから推薦者でもあり後見人でもあるガープさんがどんな扱いを受けているのかはわからない。それなのに、俺は別の世界とは言えこうしてのうのうと生きている。もう2度と謝罪もできない俺はこうした説教をする権利はないのかもしれない。

 

「……兄さん?」

 

 唐突に言葉を切ったせいか、ベルが不安そうな表情で俺の顔を見る。ふぅ、と頭の中で渦巻いていた考えを吐き出すように息を深く吐いてベルの頭を軽くなでる。

 

「……とにかくだ。命の恩人にはちゃんと礼をしろ。わかったな」

 

「う、うん……」

 

 ベルへの説教も終わり、一区切りという意味も込めて笑みを浮かべる。けど、うまく笑えているような気がしない。それがベルにも伝わっているのか、それとも目に見えてぎこちない笑みを浮かべているのがわかるのかベルの表情は浮かないものだった。

 

「……悪い、少し気分が冴えない。先にダンジョンに行っててくれ。後から行く」

 

「う、うん。5階層のところでいいんだよね?」

 

「あぁ。悪いな、ベル」

 

 ベルの頭を軽くなで、ベルと別れるように早足で歩く。朝ということもあって人通りも疎らだったメインストリートだったが、門番とのやり取りで時間がそれなりに経ったからか人の往来も多くなってきていた。

 前の世界では嫌というほど見てきた海が見たい。唐突にそう思った。前の世界では嫌なことがあったら海を眺めていた。サボが死んだとき、才能がなく鍛錬がうまくいかなかったとき、人を助けられなかったとき、海賊に逃げられたとき、そして、エースが捕らえられてもなお何もできないとわかったとき。どれもが俺の手では何もできなかった、どうすることもできなかったことばかりだ。この世界に来てからもう十何年も経っているというのに、今更こんなにもナイーブになってしまうとは、なんて情けないんだろうか。

 

「……ここじゃ海も見えないんだよな」

 

 オラリオの中でも海が見える場所は限られてくる。そもそも海が見える場所はオラリオの外にある街に行かなければならない。ダンジョンの蓋にもなっているオラリオで1番高い塔を見上げる。登ってでも海を見渡せる場所に行こうかとすら思ったが、『月歩』を使ってでも登ってしまおうかと思った自分を律する。ベルに目立つような使い方をするな、と言ってきているのに、少し昔を思い出したらこれだ。自嘲すら湧いて出てくる。

 今まで特に気になることもなく、すぐそばにあったとすら感じていた海。どうしてか今はとても遠くに感じた。

 

 






いつの間にかお気に入りが2000越えてて草。描写とか進むスピードとか悪いレベルなのにここまでお気に入りに入ってくれるとは思ってもいなかった。本当に皆さんありがとうございます。さすがONE PIECE人気がダンチだぜ!
こんなにお気に入り入れてくれてるとかこわい(本音)。1000人ぐらいが最高とか思ってたのに、なにこれこわい。

正直、この場合ロキファミリアがやらかしたことに対して相手にお詫びを入れないのはどうなんだろうと思わなくはない作者です。ミノタウロスの件についてもギルドに報告しているのかどうか、確認できていないのでどう解釈するべきかちょっと悩んでます。ちょっとソードオラトリア読み直してきます。

ということで、今回は主人公がナイーブになる回でした。必要か?と言われれば、ぶっちゃけ必要ないよなぁと思わなくはない、水増しの回と言ってもいいかもしれないです。ただ単に『六式』を習得できている超人でもちょっとしたことでへこんでしまう人なんだということを書きたかっただけです。あと向こうに負い目があったとしても命を救われているんだから早くにお礼を言いに行かないのもどうなんだろうなぁと思ったので一緒にそれを書いただけです。
正直な話オラリオの街の全体像がどんなものなのか、どこに設定が載っているのかわからなかったのでイメージで書いてます。メレンの港町もオラリオから出ないといけないものなのかもわかってないんです。
初期プロットではベルくん緊張しすぎて幼い子みたいに後ろにべったり、なんて考えてたんですけど、さすがに幼さを強調しすぎているのとあざとすぎるので止めました。

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