元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ルーニー

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25話

「2人とも、ちょっといいかな」

 

 今日も今日とて稼ぐためにダンジョンへ行く準備をしているさなか、ヘスティア神が声をかけてきた。たいていは準備を終えてから話しかけてくるのだが、思い出したかのような様子で声をかけてきているのを見るに少し急ぎのようなのかもしれない。

 

「どうしました?なにかあったのですか?」

 

「いや、そういうことじゃないんだ。実は知り合いの神からパーティの招待状が届いてね。そのパーティに出席するんだけど、何日かここに帰ってこないからそのつもりでいてほしいってことを言いたかったんだ」

 

 そういうヘスティア神の手には手紙が握られていた。その手紙に書かれている内容までは確認できないが、話を聞くにそれが招待状なんだろう。

 

「そうなんですか。楽しんできてくださいね」

 

 別段招待されたパーティに行かないでくれ、なんて言うこともない。むしろ羽を伸ばして友神と会えるなら行ってきた方がいいだろうとすら思っている。ベルも同じことを思っているのかぜひ行ってきてくださいと言っている。ヘスティア神も行くつもりだったのか特に顔色を変えずに頷いているのを見るに、行くつもりではあったんだろう。

 

「あ、そうだ。フィースくん、ちょっといいかな」

 

 話も終えたと思い、荷物を持ってベルと共にダンジョンへ向かおうとすると、ヘスティア神が俺だけを呼び止めた。普段なら呼び止めることもないから珍しい。

 

「別に構わないですが、時間はかかりそうですか?」

 

「ううん。そこまで時間はかける気はないよ」

 

「ベルも一緒に聞いた方がいいです?」

 

「いや、どっちかって言うと、フィースくんに確認したいだけだからいなくても大丈夫だよ」

 

「そうですか。ベル、先に外にいてくれ。ヘスティア神の話を聞いてから俺も行く」

 

「うん。わかったよ」

 

 俺の言葉にベルは部屋を出て行った。ベルが出ていくのを確認したヘスティア神はよし、と言わんばかりの笑みを浮かべ、俺の方へと顔を向けた。

 

「それで、話とは?」

 

「うん。ちょっと、話というか、聞きたいことがあるというか、ね……」

 

 何を聞きたいのかはわからないが、それが聞きにくいものなのかさっきの笑みが困り顔になってあー、だの、うー、だのと唸り声をあげている。少しの間悩んでいる様子だったが、決心がついたのか百面相をしていた表情を苦笑いするかのような表情に変わった。

 

「……うん、正直に言うよ。実はベルくんとフィースくんに冒険に役に立つものをプレゼントしようと思ってるんだ」

 

「……俺と、ベルにですか?」

 

「うん。こんな零細ファミリアであまり強くもない僕にこれだけよくしてくれたんだ。それぐらいはしてあげたいんだ」

 

「……お気持ちはありがたいですが、俺はいいですよ。現状で満足してます」

 

「そんなこと言わずに、何か欲しいものでも言ってくれよ。僕のできる限りで用意するからさ」

 

 にこやかにそういうヘスティア神だが、その目には決意に満ちた光が見えた。見聞色の覇気で聞かずともわかる、今ここでどうこう言ったところで撤回するようなこともしないと思えるほどの光だ。少しの間その眼で見られ続けた。このままいらないと言い続けていても折れることはないのだろうと察した俺は、軽くため息を吐く。

 

「……そう、ですね。なら、腕や足につけれる重しでももらえれば俺はありがたいです」

 

「お、重し……。まぁ、用意できなくはないと思うけど、そんなのでいいのかい?」

 

「えぇ。いい加減自分の鍛錬にも力を入れたいと思っていたので、ベルの鍛錬と一緒に自分も鍛えられれば時間の無駄にもならないですしね」

 

 重し、というとヘスティア神も予想外だったのかわずかに顔を歪める。どうすればいいんだろうと言わんばかりの表情にもうちょっとわかりやすいものの方がよかったかな、と思わなくはなかったが、ヘスティア神もわかったよ、と軽く頷いてくれた。

 

「それじゃ、ベルくんに必要なものってあるかな。鎧とか武器とかがいいかなぁとは思っているんだけど、どれがいいのかよくわからなくて」

 

 ベルに必要なものと言われても、あまり思いつかない。こういってもらっているのだからさすがに使って消える消耗品をお願いするわけにはいかないだろう。鎧も『剃』や『月歩』の機動性を考えたら必要はない。胸当てや手甲、具足だけだったり重くない軽鎧程度なら問題はないかもしれないが、今のベルでは大なり小なり機動力が削がれてしまうだろう。あと思いつくのは武器だが、体の成長に合わせていずれ刀や剣にするつもりだが、そんな先の物をもらっても意味はない。となれば、もらった方がいいものはナイフだろうか。

 

「……ベルには、そうですね。上等なナイフでももらえたらいいかと思いますよ」

 

 今のナイフでも戦えないことはないが、いずれ中層に行くことを考えたら上質な武器を持っておくに越したことはないだろう。現に中層のモンスターであるミノタウロスと戦った時もナイフでは深く傷を負わせることはできなかった。筋力が足りていないこともあるだろうが、同時にナイフの質もあまりよくはなかったこともあるだろう。

 

「上等なナイフ……。わかった。参考にさせてもらうよ」

 

 上等なナイフ、と言われて買える場所に心当たりがあるのか、ニコリと笑みを浮かべたヘスティア神。値段もピンキリとはいえ、上等なナイフとなればそれなり以上に値段もかかりそうなものなのだが、金銭については大丈夫なのだろうか、と思わなくはないが、かのヘファイストス神とも親交があるからそこらへんは何とか出来るのだろう。

 

「あと、このことをベルくんには、できるなら内緒にしてくれるならありがたいんだけど……」

 

「……まぁ、サプライズで、ということなら俺も協力はしますよ」

 

「ありがとうフィースくん!」

 

 ニコリと明るい笑みを浮かべるヘスティア神。ベルのために武器を用意しているということは恥ずかしいのかあまり言われたくないようだし、俺としても言わないでほしいというなら言うつもりもない。まぁ、ベルなら適当な言葉も鵜呑みにしそうだからごまかすのもさほど労力はないだろう。人のことを疑うということをしてほしいとは思うのだが。

 

「それじゃ、話も終わったようですし、ベルも待ってるので俺は行きます。ヘスティア神もパーティを楽しんできてください」

 

「長々とありがとうね。それじゃ、行ってらっしゃい」

 

 話したいことも終えたからか、今度こそヘスティア神が手を振って見送ってくれた。廃教会の秘密の扉を開けると廃教会の入り口でベルが空を見上げて待っているのが見えた。

 

「悪いな、またせた」

 

「あ、兄さん。そんなに待ってないよ」

 

 廃教会の入り口で待っていたベルが俺を視認すると横へと並び歩き始める。大通りまでに行くにも少し時間のかかる立地なこともあってベルとは鍛錬のことについて話しながらダンジョンに向かっているのだが、今日はヘスティア神と2人だけで話していたことが気になったのか俺よりも先にベルが声をかけてきた。

 

「兄さん、神様となんの話をしてたの?」

 

「パーティに行くからこれからの食事について相談してたんだよ。ヘスティア神の分がなくなるから保管部屋にある食糧で足が早い物から使っていかなくちゃならないからな。何日いないのかの確認のと一緒にそれの相談をしていた」

 

「あぁ。なるほど」

 

 俺の言葉を特に疑問に思わなかったすぐに納得した。とっさに思い付いたことなのだが、食事のことに関しては俺が主に管理しているせいか特に何も思わなかったようだ。

 

「あ、そうだ。兄さん、ダンジョンに行く前にちょっと寄りたいところあるんだけど、いいかな?」

 

「別にいいが、ベルがそんなこと言うなんて珍しいな」

 

 いつもならすぐにダンジョンに向かって鍛錬をすることに集中しているのだが、ダンジョンに行く前にどこかに行きたいというなんて思わなかった。ダンジョンには鍛錬を兼ねて行っているからポーションと言った傷薬も基本的に俺が管理しているから足りていないということもない。ポーションの類を欲しているわけでもないだろう。

 ベルの先導で大通りを歩いていると、ふと見覚えのある通りだと思った。どこで見たのかを思い出そうとしていると、ふと見覚えのある看板が見えた。

 

「……豊穣の女主人?なんでまたここに?」

 

「実は、シルさんにお弁当を用意してもらってたんだ」

 

「へぇ。あの子に。だから今日の弁当はいらないって言ったのか」

 

 確かに今日の分の弁当はいらないとは朝言っていたが、まさか昨日の今日で弁当を準備してもらえるほどの中になっているとは思わなかった。あの子、よほどベルのことを気に入ったのか。

 

「こんにちは。シルさんはいらっしゃいますか?」

 

 ベルが中に入り、それに続いて俺も中に入る。まだ営業して間もないのか、それともまだ営業していないのか中にはまだ誰も入っていなかった。

 

「あ!ベルさん!」

 

 ちょうどテーブルを拭いているところだったのか、手に布巾を持ちながらパタパタと寄ってくるシル。ニコニコと笑みを浮かべながらベルと話しているのを横目に女将のもとへ歩いていく。

 

「いやぁ、どうも弟が申し訳ない。わざわざ弁当も作ってもらっているみたいで。弁当代、いくらになります?」

 

 財布を手にしながらいくらか握っていると、女将はカラカラと笑いながら財布を持つ手をしまうように言ってくれた。

 

「なぁに。シルが勝手にやってることさ。こっちからはお金は取らないよ」

 

「……そうですか。それは申し訳ない」

 

 お店の食材を使っているだろうが、それでもお代はいらないと言ってくれた女将。店の者が好きに使っているだけの話だから、と言われればこちらも強く言えない。

 ベルたちが仲良さげに会話をしているのを女将と共に見ていると、隣に金髪の給仕が来ていた。

 

「どうも、シルがお世話になっているようで」

 

「いやぁ、どっちもどっちな気はするけどなぁ、あの様子だと」

 

 内容までは聞き取れないが、お互いが笑みを浮かべて仲睦まじく会話をしている。ここで顔を赤らめていたりすれば、恋人同士の逢引だと思われてもおかしくはないと思えるほどに仲が良く見える。これがわずか数日前に出会ったばかりだというのだから、仲良くなる早さに舌を巻きそうになる。

 

「……もし、シルを泣かせるようなことがあれば、私は彼を容赦はしない」

 

「はっはっはっ。憎くは思っていないとは思っていたけど、そういうものなのか。お気に入りに粉をかけておくあたり、やっぱり女というのは怖いものだな」

 

 給仕の言葉に思わず軽く笑い声が漏れる。海軍にいた頃でも、似たようなことはいくらか聞いたことはあった。海軍は海賊と戦うという都合上男性が多くいたが、比率がとても小さかったとはいえ女性がいなかったわけではない。男性であろうとも女性であろうとも入ったころはみな平等に雑用から始まる。雑用の頃から将来性がありそうな、死ににくそうな海兵がいれば粉をかけていた女性海兵がいなかったわけではない、という話を同僚から聞いたことはあった。実際に見た事はなかったが、それでも実際にあるという話を聞いたときには女って怖いな、とは思ったりしたのは懐かしい思い出だ。それを世界が変わった今見ることになるとは、しかもそれが弟で見ることとなるとは人生何が起きるのかわからないものだ。

 

「まぁ、優柔不断なベルのことだ。結果的に泣きを見ることになるのはベル自身だろうさ」

 

 今はまだシルに好かれているだけかもしれないが、そのうちベルを想う人は増えるかもしれない。勿論そうでない可能性も十分にあるのだが、あの天然っぷりを見ているとどうも何人かひっかけてくるんだろうなぁと思わなくはない。人懐っこさから主婦たちに好かれていたベルだったが、まさかこうやって同じぐらいの歳の女の子をひっかけられるようになるとは、子供の成長は早いものだとつくづく思い知らされる。

 

「それ、兄としてどうなんですか」

 

「別にどうもないさ。ベルにはベルの人生がある。ある程度導いてやることはしても、道を決めるのは結局ベル自身だ。俺や別の誰かがとやかく言うようなことじゃないさ」

 

 給仕の呆れるような目に俺は軽く笑い声をあげる。自分の道を決めるのは自分だ。そこに後悔はするようなことはしない。そうするべきではない。

 かつての俺やルフィたちがそうだった。俺はサボを殺した天竜人を殺すために海軍に入り、ルフィとエースはサボの遺志を継いで自由を求めて海賊になった。自由にやっているルフィたちが羨ましいと思わなかったか、と言われれば羨ましいと思ったことがない、とは言わない。ルフィとエースの活躍を、賞金額が増えていくたびに楽しそうにしている表情を思い浮かべることはあった。その中に俺も入っていればと思う時もあった。けど、終ぞ復讐を終えることはできなかったが、海軍に入ったことに後悔はない。後悔なんてしていたら、きっとサボに笑われるだろう。

 

「……どうか、したのですか」

 

「?何がだ?」

 

「ずいぶんと、悲しそうな、でも懐かしそうな表情をしていたので、つい」

 

 給仕の指摘に思わず顔に手を当てる。ルフィのようによく表情に出るようなことはないとは思っていたが、まさか会って間もない人に指摘されるとは思わなかった。

 

「……昔を、もう会えない人たちを思い出していたからかな」

 

「……それは……」

 

 俺の言葉になにか思うことがあるのか、給仕はわずかに顔をしかめる。もう10年以上も前の話になるというのに、俺の中ではまだ消化しきれていないのだろうか。あの頂上決戦で自分の命を懸けて兄弟を救ったあの時の記憶は、一生忘れることはないんだろう。

 

「兄さん、そろそろダンジョンに行こうよ」

 

「……そうだな。そろそろ行くか」

 

 シルとの話も終えたのか、ベルはもらったであろう弁当を片手に俺の方に来た。ここにいても何か頼めるような様子でもないし、素直にダンジョンへ向かうか。

 

「悪いけど、さっきの言葉は忘れてくれ」

 

 給仕にそれだけ告げると女将にお礼を告げ、ベルを連れて店を出る。過去を思い出すことはいくらでもあったが、最近はやけに多い気がする。いい加減あの世界のことを忘れる、とまでは言わなくても消化するような何かが必要なのかもしれない。

 

 結局、あまり気分が乗らなかったこともあってベルの鍛錬だけで一日を終えることになった。あのスキルのこともあってかそれなりに成長はしてきていたが、海軍のことを思えばまだまだ弱い。けれど、鍛えて行けばきっと海軍の中でも将校に比類するほどになれるはずだ。ベルなら、きっと。

 

 




 主人公はまだONE PIECE世界に引きずられている状態です。未練がある、と言い換えることもできますかね。死んだことは自覚できるけどそれでもONE PIECE世界の住人に会いたいという気持ちが強い、いわゆるホームシックに近い状態です。少し前に同じようなことをしたのにまた書いたのはさすがにしつこかったりしますかね?
 間違いなく本編ではやらないですが、何かのきっかけがあれば魔道具とか魔法でONE PIECE世界と交差するような話は書きたいですね。かけるかは置いておいて。

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