元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
16話
ヘスティア・ファミリアで恩恵を刻んだ次の日。俺とベルは冒険者としての手続きを行うためにギルドへと足を運んだ。開業時間になってからまだそこまで経っていないにも関わらず、中は既に冒険者たちでにぎわっていた。
こんな早朝にギルドに来ることあるのか、と周りを軽く観察しながら目的の受付まで移動する。受付嬢はファミリアを探していた時とは違う人だったが、特に問題はないだろう。
「冒険者の登録に来ました」
受付嬢にそういうと、それなりに勝手を知っているのかこなれた手つきで申請書を取り出して俺とベルの前に差し出した。
「お2人様でよろしかったでしょうか?」
「えぇ。2人でよろしくお願いします」
「それでは、こちらの用紙にご記入をお願いします」
指し示された記入個所をベルと手分けして記入していく。記入内容はそう多くなく、名前と所属ファミリア、年齢と言った基本的な情報だけだった。
記入個所が少なかったからかベルと同じぐらいに書き終わり受付嬢へと提出する。受付嬢も受け取った書類を確認していくが、俺の名前のところで怪訝そうな表情を浮かべた。
「……あの、失礼ですが、フィース様のファミリーネームは?」
「捨て子だから無しで大丈夫です」
「さ、さようでございますか」
踏み込んではいけない部分だったか、と若干後悔した表情を浮かべて書類を確認していく受付嬢。じいさんに引き取ってもらった時にクラネルを名乗るか?とも言われたが、今でもどのファミリーネームを名乗るべきなのか迷っている。ガープさんに拾われて義理の孫となったあの時にモンキー・D・フィースと名乗ってもいいと言われたが、海軍を裏切った今それを名乗るのも躊躇う。じいさんに拾われたとはいえ、クラネルを名乗るのもどこか違う気もしている。だから、今の俺は何もない、ただのフィースとして名乗っている。
「……はい。フィース様とベル・クラネル様ですね。登録の手続きを行いますので、少々お待ちください」
確認を終えた受付嬢は書類を持って事務所の中へと入っていった。申請書を書き終えたベルは落ち着かないのかソワソワとしている。
「いよいよ冒険者になれるんだね!」
「登録にはもう少しかかりそうだけどな」
ワクワクが止まらない、と言わんばかりに体を小刻みに動かすベル。それでも興奮は冷めないのかキョロキョロと辺りを見回したり冒険者であろう人たちを見てさらに目を輝かせている。その様子に思わず苦笑いが浮かび、落ち着かせるために頭を押さえるように撫でる。俺の意志は伝わったのか多少落ち着きは取り戻したが、それでもまだソワソワとしている様子に俺はまた苦笑が漏れる。
しばらくの間そうしていると、事務所の方から受付嬢が戻ってきた、と思ったら俺とベルの前に来たのはさっきの受付嬢とは違う、とがった耳に眼鏡をかけた女性だった。
「フィース様とベル・クラネル様でよろしかったですか?」
俺とベルの名前を確認する受付嬢に、疑問が浮かんだ。受付を行った人とは別の人がわざわざ来るということは、何か聞き取りしなければならないことがあるのだろうか。
「えぇ。そうですが、なにかあったので?」
「いえ、冒険者にはギルドの方から担当が付くようになっているんです。お2人には私、エイナ・チュールがアドバイザーの担当としてつくことになりましたのでそのご挨拶にと思いまして」
「へぇ。冒険者には担当がいるんですか」
担当が付く、というのは初耳だ。冒険者の街というだけあって冒険者もかなりの人数がいるはずなのにわざわざ担当を作るというのは話を通しやすくするため、と考えたらいいのだろうか。まぁ、今のところこちらが特に不便になるわけでもないからそこまで深く考えなくてもいいか。
「お2人は今回初めて冒険者として登録された、ということですのでギルドの方から支給される道具があります。あちらのカウンターで申請していただければ受け取ることができますので先にあちらのカウンターで手続きをお願いしてもよろしいですか?」
「道具の支給?へぇ、そういうのもあるのか」
てっきり申請だけで終わるものだと思っていたんだが、そういうのもあるのか。
エイナさんに支給道具を引き受けできる場所を確認し、ベルを連れてそこまで移動する。さすがに部署が違うせいか少し距離のある場所だったが、ギルド内の観察もできたから特に苦には感じなかった。
「すいません。こちらの方で新しい冒険者対象に道具の支給があるとお聞きしたのですが」
「あぁ、はい。お名前の方とファミリアの名前をお願いします」
「ヘスティア・ファミリアのフィースとベル・クラネルです」
「ヘスティア・ファミリアのフィース様とベル・クラネル様ですね。少々お待ちください」
受付にそういうと、受付は名前をメモして事務所内へと入っていった。扉を開けた際に聞こえた声からさっきの受付の事務所とつながっているのか入り口にいる冒険者たちの声が微かに聞こえた。
受付が事務所に入ってしばらく経ったが、まだ受付がくる気配はない。
「……長いね」
「不正支給がないようにチェックすることも兼ねているんだろうし、お役所仕事なんだから長いのは仕方ないさ」
支給品がどれぐらいのものなのかはわからないが、確認を怠れば不正な支給をしてしまう以上確認に慎重になるのは仕方ないだろう。室内にあった空いた椅子にベルと座り、またしばらく待つと、事務作業が終わったのかようやく受付が支給品を持って来た。
「はい。こちらが支給品となっております。リストにない物がないか確認をお願いいたします」
そう言って渡されたものは予想よりも少なかった。何かを入れるための少し大きめのポーチに、3階層分の地図、鉄製の胸当て、そしてどこにでも売っていそうなナイフだった。
「……このポーチは何を入れるもので?」
「おや、ご存知ではないので?これはモンスターから採れる魔石を入れるためのものです」
「魔石?……あぁ。魔石ね」
モンスターから採れる魔石。この石はモンスターの核であり、魔力が込められているらしい。それを砕けばどんなモンスターも灰へと変わっていくが、それ自体に価値があるらしくそれを利用してこの街がここまで大きくなったのだとか。詳しいことはじいさんから聞いていないからわからないが、概要としてはこれで問題ないようだ。
「こんなもので集められるんだ。モンスターの心臓部と聞いていたけど、思った以上に小さいんだね」
「そこまで小さなものに価値があるなんてな」
正直、心臓部というほどだから心臓と同じかそれよりも大きいものだと思っていたのだが、腰につけれる程度の大きさのポーチで十分なのか。
「あと、この地図は?3階層までしかないようですが」
「入ったばかりの冒険者はダンジョンでよく迷いますので、初めの3階層だけは迷わないようにとギルドから支給させてもらってるんです。あとの階層は別の窓口で販売させてもらってます」
「へぇ。そういうことなのか」
確かに、ベテランならともかく、初めの頃はダンジョンで迷うことがあっても仕方ないか。もらえるのもたった3階層だけなのは正直不満はあるが、まぁ紙も無料で手に入るわけじゃない。4階層よりも下の階層の地図が有料なのは仕方のないことなのだろう。
「このナイフは、魔石を採るための物だと考えたらいいので?」
「そうですね。一応武器としても使えるものですが、冒険者は基本自分の得物を持っていますから、魔石を採るために使うことが主になりますね」
ふむ。確かに冒険者になろうと思っている人は、全員が全員ではないだろうが、武器を持っていてもおかしくはない。まぁ、妥当と言えば妥当か。
もらったナイフを抜いて叩く。錆も刃こぼれもなく、安物ではあるが武器として使っても問題ない程度の強度があることは確認できた。
「……確かに確認しました。これで全部でよかったですか?」
「えぇ。ギルドから支給できる品はこれですべてです」
受付から支給品のすべてを確認して、特に問題がなかったからベルと支給品を分ける。受付に礼を言って部屋から出てエイナさんのところに戻る。カチャリ、カチャリとナイフが動くたびに鞘にこすれる音が喧噪な建物内で微かに聞こえる。しかし、ナイフか。刃渡りはおおよそ50cmで肉厚、とは言えないがそれなりに厚みはある。周りに誰もいないことを確認して振ってみるが、ナイフというだけあって重くはない。
「ベル、戦闘でナイフを使うようにするか?」
「え?でも、『六式』は無手での戦闘が基本じゃないの?」
ベルは武器を使うことに驚いたのかキョトンとしている。今まで武器を使った鍛錬をしてきてなかったこともあって武器を使うことに戸惑いを感じているようだ。
「武器がなくても問題ないように鍛えていたんだが、ベルはまだ決定力がないからな。それに、『六式』を使いながら武器を使っている人はいるから問題ない」
確かにベルは素手でもある程度の戦闘はできるが、モンスター相手だとどこまで戦えるのかは分からない。パンチやキックといった打撃はある程度以上の強さがなければモンスター相手だと不利だとは聞いているから、ベルは『嵐脚』以外にダメージを与えることができない可能性がある。だからベルにナイフを使うことを勧めている。
ガープ中将の下にいた時も、『六式』と武器を使って戦っていた人はいたし、あのマリンフォード頂上決戦の時も『六式』と剣を使って戦っている人はいた。確かに武器を持っていることで『指銃』が使えなくなると言った不具合もあるが、他の『六式』を考えれば武器の相性は決して悪いわけではないのだ。
「うぅ。た、確かに僕の『四式』じゃ決定力はないけど、でも『嵐脚』が使えるんだから武器は必要ないと思うんだけど……」
「『指銃』も習得できていないのに、至近距離での戦いでわざわざ『嵐脚』だけを使うのか?耳にタコができるぐらい言っているが、『六式』は適切な状況下で使うことで真の力を発揮できる。1つの技に依存している状況はそれから逸脱していることはわかるだろう?」
「う、うん……」
俺の説得にもあまり歯切れのよくない返事をするベル。チラチラとナイフと俺に視線を行ったり来たりさせたりしているが、何か不満でもあるのだろうか。もしかしてナイフではなく剣を使いたいと思っているんだろうか。まぁ、確かにナイフよりも剣のほうが冒険者らしい武器だとは思うだろう。
「ベルにはまだ剣は早いぞ。身長が伸び切っていないベルが使っても刀身の長さと重さで武器に振り回されるだけだ。その点このナイフは武器としての長さと硬さを満たしている。これでも十分に戦えるぞ?」
「い、いや、その、ナイフに文句があるわけじゃないんだ。その、やっぱり、兄さんと同じ無手でダンジョンを攻略していきたいなぁ、なんて……」
チラチラここっちを見ながら恥ずかしがるように言うベル。ふむ。確かに今まで無手で組手をやってきたのだから不安になるのは仕方ないことか。
「ベル。ダンジョンは組手と違って命の危険がある場所だ。俺は慣れているから大丈夫だが、ベルは戦いそのものに慣れていないだろ?『六式』を全部修めたわけでもないし、まだ無手ではそこまで強いわけでもない。それに、不幸中の幸いというべきか、ベルは『指銃』を習得できていないだろ。足は『嵐脚』、手はナイフで戦ってもおかしくはない」
武器を持つとどうしても手を使う『指銃』は使えなくなってしまうため、『六式』使いは武器を好んで使う人は多くはない。が、さっきも言ったようにいないわけではない。かのCP9のカクは悪魔の実の能力もあったが悪魔の実を食べる前も『六式』を十分に扱いながらも2刀を扱っていた。両手の2刀と両足の『嵐脚』2刀で4刀と言っていたのだから、ベルもナイフと『嵐脚』で2刀流、あるいは3刀流を極めて行けばいい。
「大丈夫だ。ダンジョンなんて鍛錬するのにうってつけの場所もある。もしかしたらベルには俺とは違って剣術の才能があるかもしれないだろ?俺も基礎部分で教えられる範囲では教えるから」
とは言っても、俺も剣術に関しては基礎は海軍でも鍛錬していたが、基本的に素手で戦っていたこともあり、あまり得意ではない。せいぜいが基本に忠実な剣の振り方ぐらいだ。
まぁ、雑用、階級もない時代に鍛えた際の知識はまだ残っているから基礎的な部分を教えることはできる。武装色の覇気の習得に次いで斬鉄の基礎も鍛錬はしてあるからそこを教える分も問題ない。
「……わかった。兄さんがそういうなら、僕はナイフを使うよ」
軽くため息を吐き、観念したようにうなずく。カチャリ、と強く握ったからかベルが手に持ったナイフが鳴った。
「よし、じゃあ今度から剣術の鍛錬もメニューに追加するか」
ニィ、と笑みを浮かべてベルの頭をなでる。ベルの鍛錬に自分の鍛錬、そして俺の剣術の再確認と忙しくはなるが、これも弟のためだ。喜んで肌を脱ごうじゃないか。
ベルくんのナイフ使いフラグを立てるのかどうか正直頭抱えてました。いや、別に使わなくてもいいかなぁとは思ったんですけど、このままだと来るべき強化ミノタウロス戦で至近距離で『嵐脚』を使うというちょっと絵面的にどうなんだ?と思ったのでナイフを使用することになりました。
武器を使うこと自体は『六式』を使って武器を使うのはカクがいるので特に違和感はないかなぁとは思っていたんですけど、『六式』って基本無手での攻撃が基本なので理由つけて武器を使わせるのは難しかったです。『指銃』使えないようにしてよかったと思った瞬間でした←
ちなみに主人公には剣の才能はありません。基礎的な剣術は下っ端時代にボガード(ガープの側近)に鍛えられていましたが、純粋な剣術勝負だと中佐にも勝てない程度にしか強くないです。ただ斬鉄の心得はありますのである程度の余裕があれば剣での斬鉄、および戦闘中の『嵐脚』での斬鉄は可能です。