元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ルーニー
ヘスティア・ファミリアに入団してはや半月が経とうとしていた。ベルの剣術の鍛錬も今までの『六式』の鍛錬で慣れているおかげか、それとも才能があったおかげかすぐにコツをつかんでいた。
鍛錬を始めて1週間もすればナイフと『四式』との戦い方に慣れてきたのか組手もナイフを使う前と同じぐらい動けるようになった。そのころを見計ってダンジョンでベルの剣術の鍛錬とお金稼ぎを兼ねて潜っているのだが、予想以上に成果がなかった。
「ふむぅ……。弱い」
俺の1割も出していないただのパンチで1発で死に至る上層のモンスターの惰弱さに逆に頭を抱えることになっている。ここの弱さはベルよりもかなり弱い。鍛錬をするにしても、戦い方の基礎を再確認しながら戦うぐらいしかない。
「ここいらのモンスターの道力も100道力ないからなぁ。多対一の戦闘訓練にはいいが、これではベルの鍛錬にもならんからなぁ」
壁に背を預けてベルの戦闘に目を向ける。ナイフを振るう腕も扱えている程度には成長したベルも、5階層のモンスターを簡単に倒している。現に今もモンスターの群れも問題なく全員倒すことができている。
ゴブリンとコボルドの集団を『剃』と『月歩』で撹乱し、ナイフと『嵐脚』で確実に仕留め、『紙絵』で攻撃を回避する。最初の頃は命のやり取りが行われているということでひどく怯えていたが、それも戦っているうちに慣れたのか少し経てば組手の時と同じように戦うことができている。殺らなければこちらの命が危ないということを雰囲気で自覚できたのか、以前にはあった命を奪う手捌きに迷いはなくなっている。
そうこうしているうちにモンスターの群れの最後の1匹が倒された。喉元を切り裂かれ、声もなく灰へと変わったモンスターの返り血を頬につけたベルは一息ついたと言わんばかりに深く息を吐いた。
「終わったよ、兄さん」
ピッとナイフについた血を払い飛ばして鞘に納めるベル。一面に見えるモンスターもすべて倒れているか灰になっているものばかりで、少なくとも意識があるモンスターはこの場にはいなかった。
「ごくろうさん。それじゃ魔石でも採るか」
ベルの様子を確認するが、特にケガをした様子はない。剣術も『四式』の扱い方も徐々にうまくなってきていることに満足しながら、ベルと手分けしてナイフを取り出して肉体が残っているモンスターの魔石を採る。
「しかし、上層じゃこれだけあっても大した金額にはならないもんなぁ」
ジャラジャラとポーチの中で魔石がぶつかり合う音が鳴っているのを聞きながらぼやく。これだけ採っても1万も行かないのだから、新人のうちは冒険者稼業もそう稼げるものでもないのだろう。最も、この街にいるレベルの分布を考えれば上層のモンスターの魔石は飽和しつつあるのかもしれないと考えれば、下に行けば行くほど魔石の価値が上がっていくのもわからなくはない。
「ベル、鍛錬もかねて中層に行くか?」
「ダメだよ兄さん。前にそれでエイナさんに怒られていたじゃない」
「……そうか」
ベルにダメだと言われてハァ、とため息を吐く。ベルの鍛錬にもなるから割と本気で考えていたことなのだが、俺だけならまだしもベルも一緒となるとあの担当受付嬢にバレる可能性が増えるのは、確かにまずい。主に説教が面倒くさいという面で。
かつて1度だけベルの基礎的な剣術の鍛錬を自分でやるように伝え、1人でダンジョンに潜ったことがある。上層はもちろん、中層もモンスターが弱く、全力の半分も出すこともなかったから話にならないとしか感じなかった。確かにダンジョンの階層ごとの地形や環境が面倒になったことはあるが、『月歩』を使えばそう大して困るわけでもなかった。
「まぁ、『六式』を隠しているからな。常識を考えれば仕方ないが、勝手に下に行ってもいい気はするがな」
あの分ならまだ潜れそうだったけど、結局食料とベルの鍛錬のこともあって24階層まで行って帰ったのだが、大して手ごわいと感じることはなかった。もっと下に行けばいいのかもしれないが、時間と食料、そしてベルの鍛錬を見る時間が無くなるからそう上手くいかない。
結局1日に近い時間をダンジョンで過ごしていたせいか、ダンジョンから戻った際にギルドでエイナさんにとやかく言われることになるとは思わなかった。何階層まで潜っていたのかを聞かれたから、レベル1でギリギリ行ける12階層と伝えたのだが、1人でそんなところまで行くのは危ないだろうと雷を落とされた。まさか説教だけで3、4時間もかかるとは思ってもいなかった。いやまぁほぼ1日ダンジョンに潜っていたおかげで眠さが多大にあったこともあってその時の態度が悪かったということもあったのだろうけども。
「知識の量は素直に尊敬できるけど、頭が固いのが玉に瑕だから、なっ」
少し遠くでダンジョンから生成されているモンスターに『指銃・撥』を放つ。バチュンッと水気を多分に含んだ物と硬い物を貫通する音が響くのと同時にモンスターの額に穴が空き、生成している途中にも関わらずモンスターは灰へと変化していった。
「便利だよね、その『指銃・撥』って技。『嵐脚』みたいに大きく足を振るわなくても出せるんだもん」
ベルが羨ましい、と言わんばかりに目を輝かせている。ベルの言う通り『指銃・撥』は攻撃の範囲は狭いものの、技の発動に関しては『六式』随一とすら言える。なにせ力を溜める必要があるとはいえ、指をはじくだけで遠くの敵を倒すことができるのだ。弓矢以上の強さを誇る弾が出ると言えば、その労力と仕事のコスパのよさがわかるだろうか。最も、これも『指銃』を十全に扱えるようにならなければ扱えるものではないのだから習得の難易度はそれなり以上に高い。
「『嵐脚』とどっちが使い勝手がいいか、と聞かれれば悩むんだけどな」
『嵐脚』が効力範囲と威力が優秀だと言えば、『指銃・撥』は攻撃の出の速さと着弾までの速さが優秀だ。あのルフィが『嵐脚』を避けることができ、『指銃・撥』を避けることができなかったといえば、その差はわかるだろう。つまりそれぞれの使う場面が違うのだ。
「ま、これを使いたかったらもっと鍛錬に励むんだな」
「そうだよね……」
『指銃・撥』で倒したモンスターも含め、魔石をすべて採り終えた俺は同じく魔石を採り終えたベルの頭を軽くなでる。恩恵のおかげでベルは半段階、ないしは一段階強くなったが、体を硬くして攻撃を受ける『鉄塊』と、指一本で攻撃を放つ『指銃』をベルはまだ習得できていない。
その原因は攻撃を受けるという恐怖だろう。『鉄塊』は攻撃を上回る硬さで防御する技で、『指銃』は手を硬くして指で攻撃する技だ。自身の体を傷つける可能性がある、という恐怖に打ち克つことができず、『鉄塊』に必要な筋肉の硬直を発揮することができずにいるのが今のベルだ。
やはり、人を鍛え上げるというのは難しい。体を鍛えても心が付いていかなければそれも意味がない。自分のこともあってわかっていたつもりだけど、ここまで厄介だったとは思ってもいなかった。
「……ん?」
ふと、ダンジョンの奥から何か声が聞こえたような気がした。人の足音でもないその音は、おそらくモンスターの足音だろう。新しくモンスターが生まれてこっちに来ているのか?と思いベルにナイフを抜かせて構える。ドス、ドス、ドス、と重いものが走っていることがわかるその足音に注意しいていると、ダンジョンの奥からモンスターの巨躯が見えてきた。
「ミ、ミノタウロス!?なんでこんな上層にミノタウロスが!?」
ベルが驚いたように声を上げる。現れたのは牛の頭に筋骨隆々としている体のミノタウロスだった。強さ自体はレベル2の後半にも至るという話で、レベル1の冒険者が出遭えば死は必至とすら言われている中層のモンスターだ。それがどうしてこの5階層にいるのかわからないが、こういうこともあるのだろうか。
「なんだ、ミノタウロスか」
驚いている様子のベルに対し、俺の反応は少しガッカリとしたものに近かった。せっかくなのだからレアモンスターだったり上層の中で強いとも言われているインファントドラゴンだったらよかったのに、とすら思っている。いや、階層を考えればある意味でレアモンスターなのだろうけども。
エイナさんに怒られた中層まで勝手に行った折りに何度か遭遇したミノタウロスだったが、手加減してもなお倒せる程度しか強くないという印象だ。その割に魔石の価値がそれなりにあったことで懐事情もよくなったから出会ったら狩っておこう程度のモンスターだ。
どこか慌てたような様子のミノタウロスだったが、俺たちに気が付いたのか腕を伸ばしてこちらに向かってきた。それに慌てることなく、伸ばした腕を弾いて横っ面に蹴りを放つ。バキャンッと骨の砕ける音と肉を叩いた音が響いてミノタウロスがダンジョンの壁に土煙を上げて激突した。壁に激突したミノタウロスは絞り上げるような鳴き声と漏らし、力なく腕をダラリと下して灰になった。
「しまった。力加減を間違えた」
灰と魔石だけになったミノタウロスを見て、ベルの鍛錬にちょうどよかったのに殺してしまったことに後悔する。今のベルはミノタウロスといい勝負をする程度には鍛えてあるため、戦わせればいい勝負をするかと思ったのだが、手加減を間違えて殺してしまった。
「あと2、3匹は来ないかな」
ミノタウロスの魔石を拾い、ポーチに入れながらミノタウロスが走ってきた方向を見る。基本的に中層以下のモンスターが上に上がってくることはないという話は聞いているのだが、稀に起こる大移動みたいなものが起きているのだろうか。そうだったら他にもミノタウロスかそれに類するモンスターが来ていてもおかしくはないはずだ。
「ねぇ、兄さん。それってもしかして僕が相手するためのものだったりするのかな?」
「そりゃそうだ。そうでなくっちゃ鍛錬の意味がない」
「無理だよ!いくら『四式』があるとはいえ、僕はまだレベル1なんだよ!?兄さんみたいな強さもない僕には無理だって!」
とても嫌そうにブンブンと首を横に振るベル。そこまで嫌なのかと思うが、担当受付のエイナさんとのやり取りを考えればしょうがないのかもしれない。
冒険者になりたての、それこそ冒険者として登録したその時に、ダンジョンに関する勉強としてエイナさんが大量の資料を片手に俺とベルに何時間もの間拘束して勉強会と称するものを行った。確かに身になる情報が多く、ダンジョンで知っておくべきことを説明してもらえたのは大きかったが、同時にダンジョンの怖さも教えられることになった。人の話を信じやすいベルにとって、レベルの差というのは恐ろしいものなんだと、そう信じているようだ。
目の前に自分と同じ技を持っている俺がいともたやすく中層まで行ったというのに、どうしてこう自分には自信を持てないんだろうか。そう思わなくはないが、俺自身も『六式』使いとして未熟だと言っている分その影響もあるのだろうか。もっと傲慢に、とまではいわないがもっと自信を持って行動すればいいのに、と思わなくはない。
「ベル、お前は未熟なりにも『四式』を修めているんだ。ミノタウロスだろうが勝てるって」
「で、でも……」
実際、今のベルならば決定打のなさから苦戦はするだろうが、勝てない相手というわけではない。『嵐脚』は剣を振るった程度の威力しかなく、接近戦も支給されたナイフのみ。剣術も仕込んではいるが、仕込み始めてまだ日は経っていない。上層程度のモンスターならば余裕を持って倒すことはできるだろうが、中層にもなってくると倒せないとは言わないが時間がかかる程度にはベルの筋力も技術も足りていない。
しかし、逆に言えば時間はかかるが倒せるのだ。戦いの最中で大ケガを負うかもしれない。下手をすれば負けてしまうかもしれない。ベルはそういった意味での命のやり取りという極限の状況で鍛錬するには、ミノタウロス辺りの強さが必要な程度には強くなっているのだ。
「ベル。お前は少し冒険者としての常識に囚われすぎている。それが悪いとは言わないけど、俺たちは『六式』を使う。そこいらのモンスターなんか目じゃないのは、実感できているだろう?」
「そ、そうだけど……」
「大丈夫だ。ベルならできる。そういう風に鍛えているんだから、自信を持て」
自信なさげに頷いていたベルの両肩を叩き、目を見る。不安そうに揺れている目だったが、俺の言葉に自信が出てきたのか徐々に揺れもなくなってきている。
ドス、ドス、ドス、とダンジョンの奥から再び重々しい足音が聞こえてきた。ベルの肩から手を離して音のする方に目を向けると、また1匹ミノタウロスが何かから逃げるようにこちらへと向かってきていた。
「お、運がいい。もう1匹ミノタウロスが来たな」
タンッとベルの背中を叩いて前へと押しやる。ベルも驚いた表情を浮かべていたが、やらなくちゃいけないんだと悟ったのか気を引き締めて鞘からナイフを抜いた。
「俺は手を出さない。持てる力を以ってミノタウロスを倒してみろ、ベル」
「はいっ!」
走っていたミノタウロスがこちらに気が付いたのか、腕を上げて襲い掛かってくる。ベルの邪魔にならないように後ろに下がり、ベルはナイフを構える。
ミノタウロスが腕を振るい、ベルが『紙絵』でそれを避ける。ベルにとって、初めて命の危険がある戦いが、始まった。
ウォーターセブン編をアニメを再履修して思ったんですが、『指銃・撥』ってめちゃくちゃ便利な技ですよね。指を鳴らすような感覚でルフィのゴムの体に傷をつけるレベルのものを出せているんですから。
あと憧憬一途の効果なんですが、解釈がすごい面倒くさいですね。英雄としての憧憬なのか、それとも想い人を救えるようになりたいという憧憬なのか、いまいち判断が付きにくいんですよねぇ。