元海兵がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ルーニー

37 / 53
18話

「■■■■■■■■■ッ!」

 

 ブゥン、とこん棒を振るったような空気を切る音がミノタウロスの振った腕から鳴った。ミノタウロス自身がレベル2後半の強さということもあり、その振るわれた腕に直撃すればたとえレベル3になったばかりの冒険者であっても重傷は避けられないほどの威力がある。その剛腕を以って振るわれた腕は、しかしその振るった先であるベルには当たらなかった。

 

「『紙絵』っ!」

 

 ヒラリ、とミノタウロスの剛腕を紙一重で避けるベル。確かにミノタウロスの剛腕は脅威だが、それ以上にモンスターであるが故なのか大振りが過ぎる。攻撃範囲は広くなるが、その分攻撃が当たるまでに数瞬ではあるが猶予がある。同時に、大振りであるがゆえに剛腕から出ている風圧もベルが『紙絵』で避けるのに十分なものだった。

 

「やぁっ!」

 

 『紙絵』で回避したベルはナイフでミノタウロスに切りかかる。『剃』を使ってミノタウロスの懐に接近し、コンパクトに、しかし力強く脇腹を切り裂く。傷口からミノタウロスの血が湧き出る。しかし、傷口が浅かったせいかミノタウロスの筋肉で傷口は閉じられ、出血も少なくなる。純粋に深手を負わせるための力が足りていない。

 ベルがいつの間にか近づいていたことに驚きを隠せないのか短く吠えたミノタウロス。しかし、すぐに振るった腕を近くにいたベルを振り払うように剛腕を振るう。先ほどと同じ、いや、ミノタウロスとベルとの距離を考えれば、ベルの技量を考えれば『紙絵』で避けても体勢を崩すことはほぼ間違いない。先ほどよりも危険な状況だ。

 

「『月歩』っ!」

 

そんな中、腕が振るわれると察したのかベルは腕が動いた瞬間に慌てることなく上へと飛んだ。ブゥンッと空気を切る音がダンジョン内に響き、次いでダンッと力強く空気を踏む音が響いた。ミノタウロスの背を軽々と超える跳躍を見せたベルは、さらに空気を踏み込んでミノタウロスの手が届かない場所にまで跳んだ。

 

「『嵐脚』っ!」

 

 ビュンッとベルの脚が消えたように見えるほどの速さで振るわれる。同時に、ベルの脚から目に見えるほどの鎌風が発生しミノタウロスの胸に鎌風が直撃する。

 

「■■■■ッ!」

 

 斬撃音と共にミノタウロスの胸から血が噴き出した。ナイフで切った時よりも傷が深く、血があふれ出ている。ナイフで切りつけるよりも『嵐脚』で攻撃した方が強いのは年季の差だろうか。

 ミノタウロスは胸にできた傷を押さえてベルを警戒するように唸っている。自分を鼓舞するかのように吠え、傷口を押さえる様子はあるが活動できている。『嵐脚』でつけた傷は致命傷ではない。しかし、それがわかっていないのか、それとも唸っているだけなのを見て契機と見たのか、ベルはナイフを構えて『月歩』でミノタウロスに近づいた。

 

「はぁっ!」

 

 ベルが『月歩』の勢いを利用してナイフをミノタウロスへ切りつける。ミノタウロスもそれを確認して手を伸ばすが、それを体を軽く捻って避け、ズバンッとミノタウロスの手のひらから腕まで長い切り傷がつけられた。浅いがそれなりの傷を負ったミノタウロスは痛みで怯み、わずかに体勢を崩す。それを見逃すようなことをせず、ミノタウロスに切りかかっていく。

 

「■■■■■■ッ!」

 

 これ以上攻撃を受けるとマズいと判断したのか、ブンブンと闇雲に腕を振るうミノタウロス。ベルもこの状態で決定打を入れることはできず、『紙絵』と『月歩』で様子を見ながら避ける。ミノタウロスが闇雲に攻撃していることをチャンスと捉え、ナイフが届かなくても『嵐脚』で攻撃をする。腕を振るうことに必死になっていたミノタウロスは『嵐脚』を避けることができず、腕に傷を負った。『嵐脚』を警戒して無計画に暴れることを止めれば『剃』で近づいてナイフで細かな傷を増やす。

 

 やはりというか予想通りというか、ミノタウロスとの戦いはベルが優勢だった。当たれば死が近づくミノタウロスの剛腕による攻撃だが、ベルは剛腕による攻撃の風圧と身の軽さを利用して『紙絵』を使いつつミノタウロスの攻撃を避けていく。ベルはナイフと『嵐脚』によって攻撃を仕掛け、ミノタウロスに少なくない傷を負わせていく。

 ミノタウロスは傷だらけだった。息を荒くして血を流し、心なしか出遭ったころよりも弱弱しくなっている様子に、ベルは優勢であることを察してナイフを構える。『剃』で撹乱し、『月歩』で勢いつけてミノタウロスにナイフを突き立てようとしているのだろう。ベルの姿がミノタウロスの前から消えた。何度目になるのかわからないが、ベルを見失ったミノタウロスは辺りを見回し、その背後でベルは刺突の構えをとった。

 ベルのその選択は間違っていない。ベルの『月歩』の移動力を考えればその刺突は十分な威力になる。そう考えての行動だったが、しかしその攻撃は失策になった。

 

「■■■■■■■■■ッッ!」

 

 ミノタウロスが吠えた。同時に、ミノタウロスから俺にも感じるほどの殺気があふれ出してきている。身の竦むような、心から揺さぶられるかのようなその咆哮と殺気は、心が未熟なベルの動きを止めるのに十分なものだった。

 

「ひッ!?」

 

 ビクリと踏み込むはずだった足が止まる。行動もままならないのかベルは体を震わせてただミノタウロスを見ていた。

 ミノタウロスの咆哮による強制停止。エイナさんの講義で教えてもらった一定以上の強さを持つモンスターが持つ力。どういう原理で冒険者の動きを止めているのかはわからなかったが、これを見るにレベルの低い冒険者にすら感じる殺気によって生存本能を震わせるものだったのだろう。現にベルの動きは止められてしまった。

 ベルの短い悲鳴が聞こえたのか、ミノタウロスはグルリとベルに顔を向ける。傷を負っているせいか心なしかゆっくりとした動作でベルに近づいている。

 

 マズいな。助けに行かないとベルが危ない。けど、鍛錬としてベルに勝てると言って相手させている。最後まで戦わせないとベルのことを信頼していないということになってしまう。『鉄塊』を覚えていればここまで悩む必要もないんだが、今のベルの耐久力でミノタウロスの攻撃を受けきれるのか?

 ベルを信じて動かないでおくか、それとも命の危機だとベルを助けるか。こんなことになるならもっと耐久力に自信を持てるぐらいに鍛え上げておけばよかった。

 

 ベルを助けるか、それともベルを信じて見守り続けるかを悩んでいるとき、視界の端で背後から金色の何かが急速にベルたちに近づいているのを捉えた。

 何が来たんだと警戒し、すぐに動けるようにしながら視界にとらえたのは、長い金色の髪に細身の剣を持った少女だった。少女はミノタウロスの心臓部を剣で突き刺し、それを払うかのように横に振り払った。

 

「■■■■■■ッ!?」

 

 突然の激痛に驚いたのか、ミノタウロスは突き刺された胸に手を押さえた。しかしそれが致命傷となったのか徐々に叫び声が小さくなっていく。最期に力が抜けたのか、全身から血を噴き出して倒れていく。

 何が起きたのか理解できていないのか、ベルは倒れていくミノタウロスの噴き出した血を浴びながら呆然としていた。

 

「……大丈夫、ですか?」

 

 ベルの前にいた少女は、無表情ながらも心配そうな声色でベルに声をかける。呆然としていたベルも徐々に状況を飲み込むことができたのか、少女を見て血とは全く別の理由で顔を赤くしていった。

 

「だあああああああああああああ!?」

 

 そして何を思ったのか奇声を上げながら少女から逃げるように走っていく。さすがに『剃』を使っているわけでもないが、普段の走り込み以上の速さで少女から離れていくのを見て、深くため息を吐いた。

 

「……何してるんだベルの奴」

 

「っ!?」

 

 ビクリと、俺の声に驚いたかのような反応をした少女は武器を構えて慌てて俺の方を向いた。初めて俺を発見したかのような表情をして、恐る恐ると言ったような、とは言ってもさっきからほとんど表情が変わっていないから見聞色の覇気で聞いているのだが、表情をしている。

 

「……どこから来たんですか?」

 

「いや、どこも何もずっとそこにいたんだが……」

 

 確かにミノタウロスが俺を標的にしないようにできる限り気配を消していたが、まさか俺を発見せずにミノタウロスに一直線だったとは思わなかった。少女も嘘!?と言ったような思いをしているが、表情が変わっていない。本当に気が付いていなかったようだ。

 

「しかし、まさかミノタウロスを倒すとはなぁ……」

 

 ミノタウロスへの剣の刺突もそうだったが、突き刺した後に横に薙ぎ払うなんてこと普通はできない。それこそよほどの力を持たないと突き刺している剣を骨ごと断つ何てことはまずできない。覇気を使っていたのなら話は別だろうけど、そんな様子もない。それだけのことを可能にする力がある、ということはそれだけレベルが高い、ということなんだろう。

 

「……あの、もしかして、迷惑でしたか?」

 

「いや、鍛錬のためとはいえ、俺もベルを助けようか悩んでいたから正直ベルがケガなく終わっていることにホッとしているからな。そうでもない」

 

 ありがとう、と伝えると少女も華やかな、やはり表情は変わっていないが、雰囲気を出す。ホント表情に出さないな、と思いつつもいい加減ベルのことが気になってきたからそのまま離れようとすると、別の声が聞こえた。

 

「何だったんださっきのトマト野郎。おいアイズ、ミノタウロスは片付いたのか……誰だ、テメェは?」

 

 少女と同じ方向から来たのは白い青年だった。チンピラのごとく目つきが悪く、こちらをにらみつけてくる。見聞色の覇気で確認してもあまりいい感情を持っていないことがわかるが、新世界の海賊どものことを思えばどうということはない。

 

「さっきこの人に弟を助けてもらった人だよ。トマト野郎ってのが、頭から血を被さった少年という意味なら俺の弟だ」

 

 それを聞いて青年はチィッと舌打ちをした。思考を読むと説明が面倒だのなんでこんなことになどと考えているようだったが、特に気になったのが『逃げたミノタウロス』ということだった。が、それを考える間もなく青年は俺にとっとと帰ってもらうことに決めたらしく、威嚇するような声色で口を開けた。

 

「それなら文句はないだろう。とっとと失せろ」

 

「ベートさん」

 

 アイズと呼ばれていた少女はベートと呼ばれた青年に非難するような視線を向けているが青年はそれにも動じない。話と思考、状況から察するに、どうもあのミノタウロスはこいつらがここまで上げてしまったのだろう。

 

「……まぁ、そっちで何かあったとしても、それを利用させてもらっていたこっちにも非はある。特に何か言うつもりはないさ」

 

 ピクリ、とベートの目元が動いた。雑魚のくせに、と苛立っているようだが、それを飲み込んでか荒々しく息を吐き出した。

 ミノタウロスの件に関しても、ベルに相手をさせず、俺が全部相手をしていればこういったことにはならなかった。原因は向こうにあったのだとしても、それを利用していたのだから俺にも非がないわけではない。それぐらいは認めたほうがいいだろう。

 しかし、ベルの奴、助けてもらっておいて逃げるとは何しているんだ。家に帰ったら説教だな。

 

「あぁ、そうだ。ベルには助けてもらった礼を言うように説教しておくから、名前と所属先だけでも確認させてもらってもいいか?お礼もせずにいるのは失礼だしな」

 

 助けてもらっておいて礼の一つもしない、というのも仁義に欠ける。しかも逃げるように去っていったのだからさすがに無礼が過ぎる。

 

「あ、あの、お礼は、大丈夫です。そもそも私たちが悪いようなものですし……」

 

 アイズは表情をあまり変えずにやんわりと断りを入れる。自分たちが悪い、ということはやはりミノタウロスがここまで来たのは何か失態を犯したからなのだろう。悪いことをしたのにお礼を言われるのもあまり気持ちのいいものじゃない、という気持ちもあるようだ。

 

「……まぁ、そういうなら。じゃ、またどこかで会った時にでもお礼させるということで」

 

 ここで食い下がっても、あまりいい印象は持たれないだろう。とりあえずベルにお礼をさせるように説教をして、どこかで出会うようなことがあったらそこでお礼をさせてもらうってことでいいか。

 改めて2人に礼を言い、いい加減ベルのことも心配になってきたからベルを追いかける。ダンジョンの出口の方へ走っていったのはわかっているけど、どこまで行ったんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、あの野郎」

 

 名前も知らない、アイズが助けたのであろう冒険者の関係者であろう男をベートはにらみつけている。その眼に宿っている警戒心を隠そうともしていない。

 

「なぁ、アイズ。確かこっちに来ていたミノタウロスは、2匹だったはずだよな」

 

「……はい。確かに1体が先行して走って行って、もう1体が遅れて逃げて行ったのは間違いないです」

 

 今回の遠征から帰還する最中にミノタウロスの群れと戦うことになったロキ・ファミリア。勿論高レベルの冒険者がいるため疲労していた中とはいえ苦戦を強いられるほどのものでもない。しかし、ミノタウロスの群れを倒している最中、多くのミノタウロスが上層へ逃げ込むという事件が発生したのだ。

 このままではロキ・ファミリアの失態でレベル1の冒険者たちに危険が及ぶ。そうなってしまえばいろいろと問題が起こるということでファミリア全体で必死になって逃げたミノタウロスを追いかけていた。アイズとベートが追いかけていたのは2体のミノタウロスだ。

 

「でも、私が倒したのは1体だけです」

 

「じゃあ、あと1体はどこに行ったんだ?」

 

 スンスン、とベートは鼻を鳴らす。狼人特有の鼻の良さでミノタウロスを追跡できていたのだが、ミノタウロスの臭いがここで途切れている。ミノタウロスの血の臭いが充満しているから詳しいことはわからないが、ここから奥へ行ったような臭いはしていないとは判断できた。

 

「他の道も確認したが、どこにもいなかった。だったらこの道に2匹とも逃げていたはずだ。なのに、アイズが見つけたのは1匹だけじゃねぇか」

 

 だからこそ、もう1体がどこに行ったのかがわからない。1体はアイズが倒した。なら、残りのもう1体は?臭いがここで途切れているということは、ここで倒されているということになる。しかし、アイズがここにたどり着いたときには1匹目のミノタウロスは見つけることができていない。

 

「……ここに来るまで他に誰にも出会っていないです。ということは、あの2人がミノタウロスを倒したってことじゃないでしょうか?」

 

 現にアイズが倒したミノタウロスはすでに満身創痍だった。至る所から切り傷が走り、あと少しで倒されていてもおかしくはなかった。あのタフで有名なミノタウロスが、アイズが高レベルであることを考慮してもたった1太刀で倒されているのがその証拠だ。

 つまり、上層であるにもかかわらず、もう1体は倒されていてもおかしくはない状況であることには違いない。

 

「……2匹もいなかったということは、少なくともアイズが来る前に倒しているということになるか」

 

 1体を倒した後にもう1体が来たのか、それとも2体を同時に相手していたのかはわからない。しかし、もし2体を相手にしていたのだとしても、さっきまで話していた男が余裕そうにしていた理由がわからない。なら、すでに1体が倒されていたから余裕だったということの方が信憑性が高いことになる。

 

「……そういえば、あの人鍛錬のためにあの子に相手をさせていた、って言ってたような気がします」

 

「鍛錬だぁ?」

 

 アイズの言葉にベートは眉を顰める。鍛錬のためにベルと呼ばれていた少年とミノタウロスを相対させていたということは、少なくとも両人ともにミノタウロスを倒すだけの実力はあるということになる。さらに鍛錬をさせていたということは、少なくともあの男はレベル2の冒険者でも複数人がいなければ討伐も危ういミノタウロスを1人で倒すことのできる冒険者ということになる。ということは少なくともレベル3以上である可能性が高い。

 

「……あんな奴、俺は聞いたこともないぞ」

 

 しかし、そんな人物は耳にしたことがない。黒髪に蒼い三白眼、ヒューマンらしい容姿に細身の長身、ダンジョンに潜っているとは思えないスーツにも似たきっちりとした服装、そして何より手甲や具足といったもの以外に武器らしい武器を一切持っていなかった。そんな特徴的な冒険者ならば少しでも耳に入っていてもおかしくはないはずだ。それなのに、記憶にある一切の情報と合致しない。

 

「……何者だ、あの野郎」

 

 苛立ちを隠そうともせず、男の去った後をにらみつけるベート。その後ろで、アイズが興味を持ったかのような光を目に宿していた。

 

 




 ベルくん、(未強化)ミノタウロスと戦うの巻。ベルくんは落ち着いて戦えば勝てるけど油断したり調子に乗ればピンチになる程度には強くなりました。強制停止がどういう判定で効くのかわからなかったので心の強弱で効くことにしました。ベルくん体は強くなっても心はそのままだということを示したかったんですが、描写はやっぱり難しいです。
しかし、ベルくんって『六式』使いとしては弱い?いや、ネロの強さを見たら『四式』使いとしては十分な気がするような……。
いや、CP9の強さ、というかルッチの強さが異常なんですよ。類比できる強さがないから強さの描写って難しいんですよねぇ……。
ちなみに主人公が手甲だの具足だのを着用している理由は武器無しでダンジョンに入っていたのをエイナさんから咎められて仕方なく購入したからです。まぁダンジョンに全くの装備なしで行くのは常識的ではないですしね。仕方ないね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。